32 武闘大会開幕
「ではこれより、王立チェスカーバレン学院、武闘大会を開催する!」
学院内にある円形の闘技場。その観客席は、学院の生徒全てを収用するのに充分な大きさがある。そこには生徒以外にも、騎士団や冒険者ギルド関係者、貴族から一般庶民も訪れるスペンドラの一大イベントでもある。
その闘技場に設けられた舞台から、リシュテイン・チェスカーバレン学院長が大会の開催宣言をする。
その声に観客席は大きく沸き返る。
「やっぱりジェントラー家の倅か、エリネア姫様、後はバイツ・エストローグ。この三人だろうな」
「はっ! お前知らねーのか? ユージ何とか、ってのが凄いらしいぜ。俺はソイツに銀貨五枚賭けてんだ」
「そんなヤツいたか?」
「ゴンズにそう聞いたぞ」
「な、なに! クソッ! ゴンズのヤロー、俺にはそんな事言ってねーぞ」
観客席のアチコチからは、そんな会話が聞こえてくる。
その間、闘技場の舞台の上では、選抜メンバーが一人ずつ紹介される。その順番は選抜八位からだ。
「まず、一年選抜テスト八位。リサ・スクワイア」
リシュテインのその声に舞台の一歩前に出るリサ・スクワイア。
やや小柄で茶色の髪を肩の上で綺麗に揃え、眼鏡をかけた真面目そうな少女だ。優しそうなおっとりしたタイプにも見えるが、その印象は地味でもある。
元々、美男美女の多いこの学院では目立つタイプではない。
しかし、その印象というのも人それぞれだろう。
――か、かわいいかも。
――裕二の好みのタイプだー!
――ミャアアアア!
――裕二様。これからトーナメントなのです。そんな事考えてる場合では……
――わ、わかってる。
引き続き、シェリル、ドルビーと紹介が続く。そして五位のテリーの紹介になる。すると……
「キャアアアー!」
「テリオスさまー!」
「頑張ってー!」
会場が割れんばかりの黄色い声援に包まれる。テリーの女生徒からの人気は想像以上のものだった。テリーもその声援に手を振って応える。
――クソッ、これさえなければ本当に良いヤツなのに……
と、考えるのは、もちろん裕二だ。しかし、それ以上に面白くないのはシェリルだろう。その表情はかなり険しい。
そしてバチル、バイツ、裕二と紹介されて行く。
意外と人気があるのはバチルだ。ネコミミが珍しい、という事だろうか? そして裕二への声援は……普通だ。
だが最後、選抜一位のエリネア・トラヴィス。その名前が呼ばれた時。会場はテリーを凌ぐ歓声に沸き立つ。
「ウオオオ! エリネア姫だ!」
「相変わらずお美しい」
「姫さまー! 頑張ってー!」
もはやコンサートが開けそうな程の人気ぶり。男性の声援が凄いが、女性からもかなり人気があるようだ。
しかしエリネアは、その声援に僅かな笑みと、軽く手を振る程度に留める。
その紹介が終わると、選抜メンバーは闘技場脇の席へと移る。そこには様々な関係者らしき者が入り乱れており、何故かシェリルやエリネアの取り巻きの姿も見られる。一応彼女達の世話人という事らしい。
裕二にはもちろん、そんな人間はいないはずだったが、そこには見覚えのある顔も見られた。
「ユージ様!」
「マレットさん?!」
グラスコード侯爵は、この日の為にマレットを含めた使用人数名を、会場に送り込んでいた。もちろんそれは、裕二のあらゆる世話をする為にだ。そしてそれは当然シェリルにもついている。だが、マレットに関しては、裕二の専属という事らしい。
「良いんですか? アッチの手前不味いのでは?」
アッチとはシェリルの事だ。
「大丈夫です。シェリル様には必要以上の人数を付けてありますので」
使用人たちは、裕二の席に様々な飲み物、果物、着替え、タオル、等、色々用意している。
はっきり言って、これほど必要ではないのだが、おそらく貴族家としての見栄もあるのだろう。全てではないが、他の選抜メンバーもそうしている。特にエリネアの所は大人数だ。治療の為の魔術師団がいるらしい。その中で、裕二だけ恥をかかす訳にはいかないと言う、グラスコード侯爵の配慮だ。
それを横目に見るシェリルは、あまり良い気分ではなさそうだ。だが、そこへ新たな世話人の集団がやってきた。その先頭に立つ人物に、周りは驚きを隠せない。
「やあ、ユージ。久しぶりだね」
声をかけてきたのは、テリーの為の使用人を引き連れた、ヴェルコート・ジェントラー侯爵だ。ジェントラー侯爵はテリーより先に裕二に声をかけた。そしてテリーはそんな事を気にする様子は全くない。
「あ、こんにちは。お久しぶりです、ジェントラー侯爵」
「ユージ。決勝はテリーとユージになるのかな? まあ、手加減はしないで良いからね、ハッハッハ」
「は、はあ」
「だが結果はどうあれ、大会が終わったら食事に行こう。約束は覚えているだろ?」
「え、は、はい」
大物貴族の登場に、周りは緊張している者も多い。その中でも、心穏やかでないのは、マレット、そしてシェリルになるだろう。
ジェントラー侯爵は、その二人に見せつける様に、裕二との仲をアピールしているようでもある。
「こ、これはジェントラー卿。私、グラスコード家の侍従長を努めております、マレット・パーキンスと申します。本日はテリオス様の応援でいらっしゃいますか?」
「おお、これはどうもマレット殿。もちろんテリーの応援もありますが、テリーの大切な友人のユージが、もしかすると誰も世話人がいないのでは? と、要らぬ心配をしてしまいましてね。人数を余計に連れてきてしまいました。まさかグラスコード家が、その様な事をする訳がありませんでしたな。いや、申し訳ない」
「い、いえ。とんでもございません」
マレットは精一杯の笑顔を貼り付け、ジェントラー侯爵へ応える。だが内心は冷や汗ダラダラだ。何故なら、ジェントラー侯爵は誰の目にも、裕二を特別視しているのが明らかな態度をとっているからだ。
同じくシェリルも、その会話に加われそうにない。本来ならジェントラー侯爵に対し、テリーの恋人的な印象を残しておきたいところだが、マレットの尋常じゃない雰囲気が、それを出来なくしている。そしてジェントラー侯爵も一見、穏やかな態度に見えるが、シェリルなど全く眼中にないかのように振舞っている。
「親父、その辺にしておけ。ユージも困ってるぞ」
「おお、済まないユージ。では応援してるので頑張ってくれ」
その後、ジェントラー侯爵は、エリネアや数人の者にも声をかけ、貴賓席に移っていった。そしてマレットは青ざめたままだ。
ヴェルコート・ジェントラーが裕二の養子の件で、グラスコード家に何か言ってきた事はない。マレットもグラスコード侯爵も、あくまで裕二の口から聞いただけ。つまりそれは、非公式発言とも言える。だが今回、ジェントラー侯爵は裕二との仲をアピールし、裕二に対しての並々ならぬ気遣いを見せてきた。ジェントラー家の当主が直接それをする、という重みを感じない訳にはいかないだろう。
「久しぶりですな、ジェントラー卿」
「お久しぶりです院長先生」
「これから戦う生徒達を、あまり惑わせてもらっては困ります」
リシュテインは苦々しげにそう告げた。それに対し、ジェントラー侯爵は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いや、申し訳ない。ユージに挨拶がしたかったもので」
「ユージ・グラスコードをかなりお気に召された様子ですな」
「ハッハッハ、何と言ってもテリーの親友ですから。大切にしなければテリーに怒られてしまいます」
「なるほど、それはごもっともですな」
リシュテインの隣に席を取ったジェントラー侯爵。そこでは一見不毛な、腹の探りあいが繰り広げられる。
◇
「ではこれより、トーナメントの組み合わせを発表する」
鼓笛隊のファンファーレにより、舞台にかけられた幕が下ろされる。そこには大きく、トーナメントの予定が書かれていた。
第一試合。
ユージ・グラスコード対バチル・マクトレイヤ。
第二試合。
エリネア・トラヴィス対リサ・スクワイア。
第三試合。
テリオス・ジェントラー対ドルビー・コールゲン。
第四試合。
バイツ・エストローグ対シェリル・グラスコード。
と、なっている。
◇
「げっ! 第一試合でしかもバチル相手かよ」
滅茶苦茶な性格のネコミミ娘ではあるが、その実力は騎士科ナンバーツーとも言われる。裕二はその戦いを、森でほんの少しだけ見た。一瞬でオークを倒したその力は侮れないだろう。そしてテリーの話しでは、獣人ならではの身体能力の高さ、特にスピードには要注意との事だ。
「ユージ! お前もバターソテーなのニャ!」
「い? 何が?」
そして第二試合のエリネア。その表情はいつもと変わりなく、淡々と準備をしている。その視線の先には、対戦相手のリサ・スクワイアは写っていない。
――ど、どうしよう。一番対戦したくないエリネア様と第二試合なんて……
うつむき気味のリサが、このように考えてるとは、誰も思わないだろう。
そして第三試合のドルビー。
――クソッ! 初戦からアイツとは。後の事なんて考えてられねえ。
その相手のテリーは、全く普段と変わりなく、緊張してる様子もなく、周りの者と雑談をしている。
そして第四試合のシェリル。
――ふんっ! 何なのよ、ヴェルコート・ジェントラー。こっちには見向きもしない癖に、ユージにばっかり。
と、試合と全く関係ない事を考えていた。
対するバイツはシェリルの事は眼中にないのか、テリーの様子を伺っている様に見える。バイツの一番警戒しているのは、やはりテリーなのだろう。
「では、これより第一試合を始めます」
会場にアナウンスが響くと、それまでざわめいていた観客も静まり返った。そして、一辺三十メートル程の闘技舞台へ、裕二とバチルが登る。




