3 異世界生活は楽じゃない
本日やりたい作業を整理する。
まずは食料確保。
昨日見たニワトリサイズのウズラっぽい鳥を捕まえたい。出来れば森で木の実なども欲しい。
そして水を入れたり、煮炊きの出来る容器。
これは斧頭を作った要領で超能力を使い、岩を加工すればいけそうだ。
もうひとつ、鳥を捌いたり細かい作業をするのにナイフが欲しい。
裕二の知識にあるのはラノベで良く出てくる、黒曜石ナイフだ。
黒曜石は、黒く半透明なガラスのような鉱石。割ると鋭い破断面が現れ、簡単に刃物の代わりが作れる。
その他にも昨日に引き続き、薪やタワシ植物集めもやりたいし、アリーや自分の能力検証などやる事はたくさんある。
「だがまずは鳥、容器、ナイフだな」
「だな!」
裕二は昨日作った斧を持って洞窟を出て、少し山を下ってから辺りを注意深く見渡す。見た感じ何もいない。そこで裕二は意識を集中し気配を探ってみる。
元々超能力者として鋭い勘を持つ裕二は、そのへんの能力も向上しているのではないかと考えていた。そしてその考えは間違っていなかった。裕二はすぐにその気配を捉える。
「いるな」
百メートル程先にある岩の近く。ウズラっぽい鳥は保護色で見えにくいが確かにいる。裕二は視界と気配の両方で鳥を捉えていた。
超能力者の主な能力は大別すると二種類ある。ひとつは手を触れずに物を動かしたり壊したりする物理的影響のある力、サイコキネシス。もうひとつは人間の限界を超えた感知能力、透視やテレパシーなどだ。
ウズラっぽい鳥の居場所を探るのは感知能力になる。これを鍛えておけば猛獣など危険生物が近くにいた場合にも役立つだろう。
「だけどどうやって捕まえるかな……」
昨日の様子を考えると、おそらく鳥に察知されたらもう無理だろう。あの足の速さには追いつけない。それに一応鳥なので飛ぶ事も考えられる。そうなったら絶対無理だ。
裕二が考えあぐねていると、肩付近でパタパタと浮いているチビドラが「ミャアアア」と鳴いた。
「何だ? いいアイデアでもあるのか?」
「チビドラが捕まえるってー」
「なに?! 出来るのか?」
「ミャアアア!」
「任せろってさ」
良く考えればチビドラは飛ぶ事が出来る。小さくてもドラゴンだし力もそこそこあるだろう。何より小回りも効きそうだし、裕二がやるより良いかもしれない。
「そうだな。良し! チビドラ、あのウズラっぽいヤツを捕まえて来い」
チビドラは「ミャアアア」と一声鳴くと意外な速さで飛んで行く。
「俺達も行こう」
「いこー!」
チビドラの急接近にウズラっぽい鳥が気づき、大急ぎで逃げ出す。しかしチビドラはウズラっぽい鳥の進路に、ファイアーブレスを放ち逃亡を阻止する。
「おお! いいね」
何度かその攻防を繰り返した後、ウズラっぽい鳥はチビドラにあっさり捕まった。鳥はチビドラの鉤爪にがっしり掴まれ、そのまま裕二の所に戻る。
「こんな簡単に捕まえるとは……」
「ミャアアア!」
だが捕まえたら捕まえたで、その後処理がある。血を抜き、羽を毟り、部位事に切り分け、内蔵を洗う。刃物がないと難しいだろう。もちろんこれもラノベからの知識だ。
「とりあえず首を落として血抜きだけするか」
裕二は鳥を地面に置き、チビドラに抑えさせながら斧で首を落とす。そこから思い切り血しぶきが飛び、鳥は首を完全に落とされたのにもかかわらず暴れまくる。
「うげ、マジかよ」
鳥はチビドラに逆さまの状態で持たせ、血抜きを終え、そのまま移動する事にした。
今日は小川沿いに森へ行く。もしかして川幅も増し、魚がいるかもしれないからだ。それを捕まえる手段は今のところないが、いるかいないかだけでも知っておきたい。
山を下り森に入ると予想通り川幅も増してきた。水の流れで少しずつ山から転がって来たのだろう、川沿いには石が多い。黒曜石っぽい石を見つけては他の石をぶつけて割ってみる。
何度かそれを繰り返していると、いい感じに割れる石があった。黒曜石かどうかはわからないが、ナイフとして使えそうだ。
「羽を毟るのは、確か熱湯に数分つけるとやりやすいんだよな」
「異世界転生ストーリーにはそう書いてあったよねー」
「あの本持ってくりゃ良かったな」
手っ取り早く熱湯を得たいので、小川の一部をせき止め深めに掘る。
「チビドラ、そこら辺の石を片っ端から火で熱してくれ」
「ミャアアア!」
しばらくチビドラが熱した石を裕二が木の枝でせき止めた場所に押し込む。それを繰り返すと水が煮立ってきたので、血抜きしたウズラっぽい鳥を放り込む。数分経ってから鳥を取り出し、羽を毟る。
何とか羽を毟り終え、さっき作ったナイフで鳥を切り分け部位事に分けた。
「今少し食べてみるか。アリー、薪拾っといてくれ」
「オッケー」
その間に内臓を洗い食べる分だけ切り分け、残りは大きな葉っぱで包み、蔓で縛る。
「薪集まったよー」
「ありがとう。チビドラ、薪に火をつけてくれ」
「ミャアアア」
火がついた薪に串刺しの鳥肉を炙るように近づける。しばらくすると脂が滴り食欲をそそる。鳥肉の色がだんだん狐色に変わっていき、脂もジュクジュクと音をたてる。
そして裕二は、じっくりこんがり焼いた鳥肉をそのままかぶりつく。
「うめー!」
異世界で初めての食事は、何の味付けもない鳥肉だ。元の世界でこれを食べたら、うまいと感じるだろうか? 味付けしてない肉など論外と思ったかもしれない。しかし肉の弾力、脂の甘み、少し焼け焦げた部分の香ばしさ。間違いなくうまい。結局鳥は半分近く食べてしまった。
「くったー」
満腹になった裕二は、しばらくその場で休み、この後どうするか考える。
「鳥とナイフはクリアしたから、後は容器か」
容器は大きな石を加工するので洞窟に帰ってからの方が良い。その付近で石を集めて練習がてらやる方が良いだろう。
裕二は立ち上がり小川を眺める。この辺りの川幅は二メートル程だ。
「小さい魚はいるな。でも底が浅いから大物は厳しいか」
でもそれは更に下流、更に水深のある場所なら大きな魚がいる可能性は高いという事でもある。
「とりあえず薪とタワシ植物集めよう」
裕二は山の斜面からほど近い場所で薪とタワシ植物を集める。その間アリーは木の実がないかその辺を調べてもらう。
一抱え程の薪を蔓で縛り、次はタワシ植物だ。
するとアリーが何か見つけたようだ。
「何かあるよー」
裕二がその場所に行くと、木の高い場所にひょうたんみたいな形の、黄色い木の実がある。
「アリー、一個もぎ取って落としてくれ」
「わかったー!」
木の実を受け取った裕二は、実にナイフで傷をつける。するとジワッと果汁が出てくる。
舐めてみるとへんな癖もなく僅かに甘い。そして次に実を切り取って食べてみた。
「美味くはないけど不味くはないな」
洋梨のような果肉に水分が多く、甘みはあまりない。何もないよりマシなのでいくつかアリーに斧を渡し、枝ごと落としてもらい縛る。
今日の収穫は鳥肉、洋梨のような果物、薪、タワシ植物だ。これを持って斜面を登り洞窟まで帰る。
裕二とアリーとチビドラだけではけっこう大変な作業だ。
「これも何か考えよう」
裕二は洞窟に辿り着き、荷を下ろしてひと休みすると早速洞窟の周りの岩に行き、加工を始めた。
超能力で岩を大雑把に割り、少しずつ形を整える。最初は薄くし過ぎて割れてしまい、それを何度か繰り返した。そうする内にコツを掴み、やっとマトモに使えそうな土鍋のような形の石鍋が出来た。
「やっと出来たあ」
裕二は洞窟前に石で釜戸を作り、石鍋に水を汲み、お湯を沸かしながら鳥肉を焼く。夕食は鳥肉と果物とお湯だ。
「せめて塩が欲しいな」
思ったよりも異世界の生活は大変だ。ラノベみたいに冒険者になってチートで凄い敵をやっつけてガッポリ金を稼いでいつの間にかハーレム、とはいかない。
だが裕二には超能力とタルパを作る能力がある。これを駆使して何とかやっていくしかない。
夕食を食べ終えた裕二は、疲れていたのだろうすぐに寝てしまった。
◇
「まず、そこそこ力があって、物いっぱい持てて、何でも要領良くこなせるのが良いな」
翌朝、裕二は新たなタルパを作る為のイメージを固めていた。今一番欲しいのは荷物持ちだ。出来れば色々出来る方が良いので、丁寧にイメージを作る。
「執事がいー!」
「執事か、いいかもな」
この山と森しかない場所に不似合いではあるが、アリーの一声で執事タイプのタルパに決まった。
裕二のイメージは燕尾服を着た白髪の老執事だが、がっしりした体格とピンと伸びた背筋で目つきも鋭く、力もありそうな感じだ。そして言葉使いも丁寧で忠誠心も高い。
そしてもうひとつ――
――異次元ポケットみたいの欲しいな。
とダメもとで強くイメージする。
そして最終的なイメージが固まり目を閉じて二時間程たった頃。
――きたか!
強い手応えを感じ目を開けると、そこにはイメージ通りの執事がいた。
「出来たあ!」
「お初にお目にかかります。以後、裕二様のあらゆるお世話をさせていただきます」
「おお! 執事っぽい」
ほぼイメージ通りの執事が出来た事に裕二もアリーも喜んでいる。たぶんチビドラも喜んでいる。
「名前つけよー!」
「そうだな。何がいい?」
「セバスチャン!」
「やっぱりか」
日本人の執事のイメージで欠かす事の出来ない名前、セバスチャン。それ以外の名前は付けようもない。
そして一番肝心な異次元ポケットが出来てるのかどうか。早速聞いてみる。
「セバスチャン。異次元ポケットはあるか?」
「はい、こちらに」
セバスチャンはそう言いながら、ジャケットの内ポケットの部分を見せる。そこには宇宙のような奥行を持つ異次元空間が開いていた。
「凄い! どれくらい入るんだ?」
「私にもまだわかりません」
その後、セバスチャンの能力を検証すると。
実体化、霊体化、そして消える事も出来る。霊体化の場合は浮遊、高速移動も可能。これはアリー、チビドラも同じだ。タルパの基本的な能力なのだろう。そして異次元ポケットは、どの状態でも使う事が出来る。その容量はそのへんに転がっている岩を全てしまっても問題なかった。無限なのかどうかはわからないが、相当な容量なのは確かだ。熱いお湯をしまっても長時間冷める事もないので異次元ポケット内は、時間の流れも違うのかもしれない。そしてセバスチャンは力もかなりあり、抱えて手が届く程度の岩なら簡単に持ち上げる事が出来る。
「セバスチャン。とりあえずスマホやら鍵やらは預かっといてくれ」
「畏まりました」
こうして新たな仲間にセバスチャンが加わった。