24 訪問者
「やあ、シェリル。元気だったかい」
「お、お父様!」
ここは一年女子寮、シェリルの部屋。授業もとっくに終わり、部屋の灯りをつけ始めた頃、そこへ突然の訪問者が現れた。
その訪問者はシェリルの父、シャストニア・グラスコード侯爵。その突然の訪問にシェリルは驚きながらも、久しぶりに会う父親に嬉しそうに抱きつく。
「ハッハッハ、まだシェリルは甘えん坊だな」
「だって久しぶりなんですもの、嬉しいに決まってるでしょ」
と、一見良き父と娘という感じだ。父親にとっては娘はいつまで経ってもかわいいのだろう。しかもシェリルのように、美少女で成績も良ければ尚更だ。
「どうだい勉強の方は」
「ええ、上手くいってるわ」
「そうか……ユージとは……上手くやってるかな?」
「それは……」
途端にシェリルの顔が曇る。その表情にグラスコード侯爵も反応した。
「どうした? シェリル」
「ユージったら、こちらが色々教えてあげてもいちいち反抗的で……私だけならいいけど、エリネア様にまで突っかかるのよ。あんな人と一緒なんて嫌よ」
「そうなのか……ユージが」
グラスコード侯爵は、裕二に助けられた時、短い間ながらもしっかりと裕二を観察している。とてもそのような人間には見えなかった。そしてシェリルは多感な時期の女の子だ。お互いに何か誤解があるのでは、と考えた。
「わかったシェリル。ユージには良く言っておくよ。彼も知らない土地で心細いんだ。無理にとは言わないが、なるべく優しくしてやってくれ」
「お父様……」
グラスコード侯爵はシェリルの部屋を出ると、そのままグロッグの元に訪れ、そこでも似たような話しを聞く。
グロッグの話しは、ユージがシェリルにちょっかいを出している、という内容だが、その話しはかなり具体性に欠ける内容だ。
グラスコード侯爵はそれを、グロッグがシェリルから色々聞いて、勝手な解釈も入っているのではないかと考えた。
――やはりマレットの言う通りか……だがユージを手放す訳にはいかない。
以前裕二の元に来たマレットは、その時の裕二の様子から、シェリル、グロッグとは上手くいってないのではないかと、報告していた。
グラスコード侯爵はそれが心配になり、その様子を見に来たのが、今回の訪問理由だ。
「ユージはいるかな?」
「こ、侯爵?!」
そしてグラスコード侯爵は裕二の部屋にもやってきた。裕二もやはり突然訪れた侯爵に驚く。そして当然シェリルやグロッグの事も何か聞かれるだろうと、予想する。
「久しぶりだねユージ。元気かな?」
「はい、お陰様でなに不自由なく」
「ハッハッハ、そうか。足りない物はいつでもマレットに言ってくれ。すぐに用意させよう」
「ありがとうございます。でも、それほど必要な物なんてないですよ。学費や生活費も出してもらってるのに、これ以上は」
「そうか、でも遠慮しすぎて自分が困らないようには気をつけるんだよ」
「はい」
――やはりユージは悪い人間じゃないな。彼の遠慮深い、そして感謝の気持ちも伝わってくる。シェリルやグロッグと仲良くしてくれると良いんだが。
「ところでユージ。シェリルとは余り上手く行ってないみたいだね」
「え……はい」
「本当に済まないねユージ。シェリルはちょっとワガママに育て過ぎたとは僕も反省しているんだ」
――ワガママってレベルじゃないんですけど。
「まあ、無理に関わる事はないけど、なるべくなら仲良くしてやってくれないか? あの時期の女の子は複雑だからね」
「は、はあ」
――そういう認識なのか。となると、シェリルが俺に冤罪かけようとしたとか、グロッグがチンピラ差し向けたとか信じないかもな……タルパで確認したと言えば信じるかもしれないけど。
裕二はその人の良さそうなグラスコード侯爵の顔を見ると、とてもそんな事言う気になれない。事実を知ったらどう思うだろうか。いずれはグラスコード家を出ていく身なのだから、やはり黙っとくべき。裕二はそう考える。
「わかりました」
「でもユージ。もし何か我慢できない事があったら必ず言ってくれ。君は僕の命の恩人なんだ。僕だけじゃなくマレットもね。それは間接的にシェリルやグロッグも助けてる事になる。グラスコード家は必ず君に報いなきゃならないからね」
グラスコード侯爵は真剣な表情で裕二にそう伝えた。その言葉の中には、裕二が気兼ねしないよう配慮した意味も含まれているのだろう。
――何故この親からあんな……
「はい、ありがとうございます」
一通り話しを終えると、グラスコード侯爵はその人懐こい笑顔を裕二に向け、部屋のドアを開く。
「じゃあユージ、また来るよ」
寮の外にはマレットとは違う従者がランプを持ち、グラスコード侯爵を馬車に案内する為に待っている。
「遅くなって済まないな。行くか」
「畏まりました旦那様」
――ユージの力は必ず役に立つ。もしも我が領内に魔人が現れたら、ユージがいるのといないのとでは大きく違う。
ユージだって僕の側にいれば生活に不自由はしない。お互いにとっても良い関係になるはずだ。
シェリルとグロッグは学院を卒業するまで様子を見よう。あまりユージと仲が悪いのも困る。
ユージに関して本当の事を教えられれば良いが、そうすれば必ずユージの力が世間に知られてしまう。それだけは避けなければならない。
グラスコード侯爵は帰りの馬車に揺られながら、そんな風に考えていた。
◇
グラスコード侯爵の帰った、裕二の部屋にはセバスチャン、アリー、チビドラがいる。当然ながら彼らも全ての話しを聞いている。その感想は同じ裕二のタルパであっても、その意見は別れるようだ。
「あの様子だと事実を言うのは忍びないですね。それに言ったところで、彼らが変わるとも思えませんし」
「だよな。余計酷くなるかも」
「えー、言っちゃえばいいのにー!」
「ミャアアアア!」
「まあ今のところ、どうにかなってるからな。暴力には屈しない自信もあるし、テリーもいる。何とかなるだろう」
「おそらく彼らも、もう出来る事はそれほどないでしょうし、嫌がらせも徐々に減るとは思います」
「そうだな。でも外を歩くときは警戒頼むぞ、アリー、チビドラ」
「わかったー!」
「ミャアアアア!」
アリーはいつも通りチビドラの背に乗り、その辺をぷかぷか漂いながら、元気良く返事をする。
そして話しの流れは翌日の予定に変わってくる。その話しを始めたのはセバスチャンだ。
「裕二様。明日は授業もお休み、テリー様とのご予定もございません。たまには部屋でのんびり過ごされるのもよろしいかと」
「そうだな。どうするか……アリーとチビドラはどうしたい?」
「遊びたい!」
「ミャアアアア!」
「遊びたいと言われてもなあ」
「では裕二様。明日はスペンドラ近郊の森にモンスター狩りに出掛けては如何でしょうか。裕二様の訓練にもなりますし、アリーとチビドラも久しぶりに森の空気を味わうのも良いでしょう」
「森かあ、悪くないな。ほとんど学院の中にいるし。どうだ?」
「行きたいー!」
「ミャアアアア!」
という事で、翌日はスペンドラを出て森に行くことになった。
とは言っても、この辺りの森は常に軍隊、冒険者、チェスカーバレン自警団がモンスター討伐をしているので、近場での狩りは難しい。
行くとしたら、森の奥に入って行かなければならないだろう。
「まあ、何もいないとしても、のんびり森を歩くのも悪くないな」
「あるくー!」
「ミャアアアア!」
「お前らいつも歩かねーだろ」
以前はずっと森で過ごしていたので、久しぶりに行くのなら、ただ歩くだけでも楽しいだろう。いまだに名前のわからないタワシ植物とか見たら、懐かしいに違いない。
モンスターについては学院でも授業で教えており、この辺りでは、ゴブリン、オーク、ワイルドウルフと言った、比較的低レベルのモンスターが多いと教えている。
学院では森に入りモンスター討伐をする事を禁止はしていないが、推奨もしていない。それは毎年、森に少人数で入った生徒に少なからず死傷者も出ている為だ。
だが、禁止したからと言って、行く人間は行くのだから、その被害は大して減らない。なので森に入る場合は上級生とグループを組んだり、冒険者を護衛に付けたりする事を教えている。
ただ最近は近場ではなかなかモンスターと出会わない為、森に出かける者は減った。奥まで行かなければならないとなると、それだけ大変になるので自然と足も遠退く。
なので一年生から森に入る者は、あまりいないだろう。
裕二から見ると、一年Aクラスであっても、森で戦えるレベルでない者は多い。森で同級生に会うことはないだろう。
「エリネアがいたりして」
アリーがそう言った。言われてみればいないとは言い切れない。エリネアの能力なら、ひとりで森に入る事も可能だろう。しかしそうなると、裕二は大幅に能力を制限する事になる。エリネアにムサシやリアンを見られる訳にはいかない。
「それはそれで困るけど、まあ大丈夫だろ」
だが、それはないだろう。
◇
「はあ、はあ」
エリネアは校外に借りたトレーニングルームにいた。
翌日は休みなので、そのまま泊まるつもりだ。そこでエリネアは、大会に向け精霊魔法の訓練をしている。もちろん室内では精霊が集まりにくいので、香を炊いている。
裕二には精霊魔法は大会で使いにくいと言っていたので、矛盾してるようにも思えるが、それは単純に魔力量の問題だ。
裕二の場合は、ただでさえ多い魔力に精霊魔法を使えば、観客席まで被害が出るかもしれないが、エリネアならそこまでにはならないだろう。むしろ精霊魔法を使う事で、裕二と同等の魔法を行使出来ると考えられる。
「エリネア様。あまり無理をなされては魔力が……」
王宮から派遣された、付き添いの魔術師がそう言った。
「わかってるわ。大丈夫よ」
――二度も同じミスはしない。ユージに勝つために!




