20 エリネアのすべき事
「エリネア」
「はい、お母様」
そこは王宮の一室。シュリエスト・トラヴィス妃の私室だ。
エリネアの前には華美な装飾を抑えた、小さな椅子に座る母、シュリエストがいる。
「明日からチェスカーバレンでの生活が始まりますね」
「はい」
「宮廷占星術師の話しでは、星はあなたの元に降りるそうです。その意味がわかりますね」
「はい」
シュリエストはゆっくりと諭すようにエリネアに語りかける。
「その時になって後悔しないよう、チェスカーバレンで思い切り、悔いのないよう準備をなさい」
「はい、お母様」
――そう、私には王家ではなく、トラヴィス家としての役割がある。その為にはユージを追い越さなくてはならない。
でもユージの力は大きい。ユージは今より更に力をつけるだろう。私にユージを追い越す事が出きるのか。
「お母様……私は……お母様! ……はっ!」
エリネアは朝の日差しで目が覚めた。
「夢……」
◇
「エリネア様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
教室に入るエリネアに多くの者が挨拶をする。表面上いつもと変わりない朝だ。しかしエリネアの内側は先週迄とはちがっている。
――まずはユージにけじめをつけなければ。あれは私が悪いんだもの。
エリネアが教室内を見渡すと、ちょうど裕二がドアから入ってきた。
それを見たエリネアは、すぐに裕二の元へ駆け寄った。
「ごきげんようユージ」
「ご、ごきげんよう」
エリネアが駆け寄ってきた事にも驚いたが、朝の挨拶はおはようが常識だった裕二は、慣れないながらも何とか対応する。
「ユージ、この間はごめんなさい。私先走ってしまっておかしな事を言ってしまいました」
「い、いや。俺も言いすぎたし。すいませんでした」
「そして改めて魔法実技の時のお礼を。ありがとうございました」
エリネアは裕二に対し深々と頭を下げる。その光景にクラス中が驚いている。その中には裕二を睨み付ける者もいる。
「お礼として私にできる事があればおっしゃって下さい。ユージの為に出来るだけ力になります」
「は、はい……」
これでこの一件は終了だろう。エリネアは完璧にけじめをつけた。
しかし裕二は今までより、もっとドライな雰囲気を感じている。感情を抑えた、というより感情を消した、という雰囲気だ。
「ちょっとあなた! エリネア様に何て事させるのよ!」
いきなり口を挟んできたのはシェリルだ。シェリルは目をつり上げて怒っている。とは言っても良く見る光景ではある。それをエリネアが手で制した。
「シェリルさん。これは私とユージの問題です。口を挟まないようお願いします」
「し、しかしエリネア様に頭を下げさせるなんて――」
「私の意思は尊重出来ないと?」
エリネアは静かな口調でそう言った。
「も、申し訳ありませんでした。エリネア様」
シェリルが黙るとエリネアは裕二に向き直り「では失礼いたします」と言って、自分の席へ戻った。
当然シェリルは裕二を睨み付けている。
◇
「そりゃ見たかったな」
「テリーはもう少し早くこいよ」
「でもドライな雰囲気か……まあ仕方ない。今はそれで良しとしとけ」
「まあそうだよな」
裕二とテリーはそんな話しをしながら歩く。
「とりあえずその話しは終わりだな。改めて騎士科に行ってみるか? 早い方がいいだろ」
「そうだな」
騎士科には騎士科のグランドがあり、魔法科にも魔法科のグランドがある。魔法科のグランドは実技より体力トレーニングに使われるが、騎士科の場合は実技が多い。魔法科の実技が見たい場合は演習場の方が良いだろう。
その他にも個人用のトレーニングルームも完備されているが、武闘大会前は予約でいっぱいになる。訓練を見られたくない人が多いという事だ。なので学院内外には民間の経営する有料トレーニングルームもある。金持ちの貴族はそういう場所を利用する。
そんなこんなで裕二とテリーは騎士科のグランドにたどり着いた。
「なあテリー、この間も思ったけどあの鞄なんだ? 売ってるのか」
騎士科の生徒は魔法科と違い複数の剣を持ってる者もいる。練習用や予備に必要な為だ。もっともそれは一年生より上級生になるが。
そして座学もあるため、常に帯剣してる訳にもいかない。その為、複数の剣を入れておく細長い鞄があり、街に行けば売っている。学院のあるスペンドラならではの商売だ。裕二の元いた世界の人間が見たら、釣竿ケースかと思うだろう。
「そういう事なのか」
「名前は決まってないけど皆勝手にソードケースとか言ってるな。細くても中はけっこう入るよう工夫されてるらしいぞ」
「ソードケースか……」
裕二としては、このソードケースがちょっと欲しい。何故ならオークから奪った剣はまだたくさんある。ソードケースがあれば、テリーと一緒でもたくさん剣を運べる。異次元ポケットを見られる心配はない。
「テリー、次の休みあれ買おう」
「あんなもの欲しいのか?」
「剣はまだあるからな。売る時便利だろ?」
「布でくるめば充分だろ」
「とにかくいるんだ!」
「わ、わかったよ。剣を取りに行く時買うか」
話しは一段落して、二人は騎士科の練習を見始めた。
「ユージ、あそこにいる奴を見てみろ」
テリーの指し示した方向には模擬試合を行っている生徒がいる。だがその動きは通常よりかなり早い。
「あれが初歩的な身体強化だ。あれは足だけの部分強化だな。おそらく一年生だ」
言われて見れば、少しちぐはぐな感じもする。
「あっちの奴等は全体強化を使ってるな。上級生かもしれん」
一年生のうちから、それほど難しい魔法は使えないので、ほとんどの一年生は部分強化になる。
「だけど大会上位にくるのは、一年でも全体強化を使うと思っとけ」
テリーの説明を聞きながら、裕二はグランドの生徒達を眺める。だが、その印象はムサシには到底及ばない、という事だ。しかしムサシは切り札でもあるので、それナシの対応も考える必要がある。まずは自分も身体強化を使えるようにする事が重要だ。
「今日は強そうな奴いないな。あんなのばかりなら楽勝なんだがな」
と、テリーが言うと。
「何が楽勝なんだ?」
やや怒気を帯びた男の声がかかる
裕二とテリーは一斉に振り向いた。
そこにはソードケースを持った、がっしりとした体格の生徒がいる。短髪で鋭い目つきのその男はバッチを見る限り一年生だろう。そうは見えないが。
「お前がテリオスとか言う奴か?」
「ああ、そうだ」
テリーはその男に不適な笑みで答える。その表情は挑発的なものだ。
「随分粋がってるようだけど、騎士科にはそんなの通じねえぞ」
「そうかい。寝言は寝てから言うもんだ」
「はっ、挑発するならやってみるか?」
「手加減するのは得意じゃないんだがなあ」
「てめえ!」
この状況は不味い、横で見ていた裕二は二人を止めようと立ち上がる。だが、それを止めたのは別の人間だ。
「そのへんでやめておけ、ドルビー」
長い金髪を後ろで纏めた、精悍かつ長身のその人物は、ゆっくりと二人の間に割って入る。
「ケッ、バイツか。だがこいつは騎士科を馬鹿にしやがったんだぞ」
「事実を言っただけだが?」
テリーは全く引き下がろうとしない。ドルビーと呼ばれた男も怒りは収まらない。
「だったら武闘大会で決着をつけろ。怒りに任せての喧嘩が騎士のする事か」
「……ケッ!」
ドルビーはテリーをひと睨みすると、無言で去って行く。バイツと呼ばれた男はその場に残り、その鋭い眼孔でテリーを、見据える。
「お前も下らん挑発はするな。どうせ戦う事になる」
「それはお前が選抜されたらの話しだろ?」
「選抜されるさ。お前の事も知っている。テリオス・ジェントラー。お前こそ選抜から漏れるようなヘマをするなよ」
バイツはそう言うと、テリーが口を開く前に踵を返し去っていく。
「さすがにアイツは挑発に乗らないな」
「わざと挑発してたのかよ!」
「当たり前だろ。何を見にきたと思ってる」
「……挑発させて……手の内をって事か。ヒヤヒヤさせるなよ」
「挑発に乗ったがっしりした奴がドルビー・コールゲン。今の髪の毛縛った落ち着いた奴がバイツ・エストローグだ」
「そこまで知ってたのね……」
「まあな。バイツが騎士科Aクラスのナンバーワン。ドルビーはナンバースリーだったか? まあ、あの程度の挑発に乗る奴だ」
「ナンバーツーは?」
「バチル・マクトレイヤって女だ」
「女かあ。しかしあの二人けっこう強そうだな」
「バイツはそこそこ強いだろうな」
この圧倒的な上から目線。テリーだから言えるセリフだろう。裕二は内心そう思ったが、それを口に出すことはしなかった。
「そのバイツは具体的にどれくらい強いんだ?」
「お前がその気になれば余裕で勝てる。その気になればだがな。舐めてたら負けるぞ。決して弱くはない。俺なら……まあ勝つしかないだろう。どうやったら負けるか知りたいくらいだ」
「なるほど、良くわからん」
テリーの自信はさておき、侮って良い相手ではなさそうだ。おそらく、まだ見ぬバチル・マクトレイヤもそうなのだろう。
「でもバイツ以外は選抜されるかわからない。騎士科は平均的に強いからな」
騎士科一年生は平均的に強いが飛び抜けた存在は少ない。その例外がバイツ・エストローグになるのだろう。
かたや魔法科は平均値が騎士科より低いが、飛び抜けた存在は割りと多い。テリーを筆頭に裕二、エリネアといる。シェリルは嫌な奴だが能力は高い。Bクラスにも実力を伸ばしてる生徒はいるようだ。
「後は大会の組み合わせにもよるな」




