199 森の先
ワグラーを捕らえはしたが、僅かな隙を突かれ自害されてしまった。裕二たちは仕方なくワグラーを魔法で凍らせ、異次元ポケットに入れておいた。
「とりあえず皆疲れただろ。一旦、亜空島で休もう」
ワグラーについてはもう、どうにもならない。その代わりに銃を手に入れた。裕二以外の三人はそれが気になっているようだ。
「ユージ。それって武器なの?」
「そうだ。これは異世界の武器」
「い、異世界ですか!?」
「エバ、異世界とはなんですか」
エリネアはともかく、これを正確にエバとシャーリーンに説明するのは難しい。なのでその辺はある程度省いて説明をする。
「この世界のものじゃないって事だな。かなり強力な武器だ。少し訓練をすれば、子供でも大人の軍隊に勝てる。ワグラーはアントマンティスと銃を使えば少ない人数でもフォートナーに勝てる、と信じていた。まさにその通りだ。この武器はそれを可能にする」
「そ、そんなに凄いのですか!」
「それは恐ろしいですね」
「これはこの世界にあってはいけないものだ。おそらくだが、これに魔人が絡んでいる。エバとシャーリーンは、これの事を絶対人に話すな。見なかった事にしてくれ。迂闊に人へ話すと、君らの死だけでは済まなくなる」
こんな物がこの世界にあるはずがない。どう考えても、ここに魔人が絡んでる可能性が高い。ほとんど一般人のエバとシャーリーンが、これを知ってもろくな事にならない。
「魔人、或いはペルメニアからさえ、狙われる可能性がある。フォートナーなどあらゆる記録ごと消される」
「そこまでの……わかりました。それは見なかった事にします。本物の契約魔術をしてもらっても構いません。エバも良いですね」
「はい。異論はありません」
「そこまでしないよ。確実にこの場だけの話にしてくれれば、それで良い。俺は君たちを信じてる」
裕二はそう言って銃をしまう。そして、エリネアがため息を吐くように言った。
「でも、子供でも使えるなんて、そんな危険な武器もあるのね」
「ああ、技術が進めばいずれこの世界でも作られるだろうな」
「そんなに危険なのに?」
「自分たちの力で、いちからこれを作って、その危険も利点も熟知しながら発展するのなら、それはそれで良いと思う。良くも悪くもそれが人の歴史だし、そこを否定はするつもりはない。それなら攻撃魔法も同じだからな。でも、こう言う形で大量殺人が簡単に出来る兵器を、安易に手に入れるのはダメだ。ワグラーがこれを使ってたら、この地方の人がどれだけ死ぬかわからない。そしておそらくそれだけでは終わらない。それを欲しがる輩もたくさん出現する。ワグラーなら、それを味方にする事も計算済みだっただろう。そうなれば、魔人の思う壺だ」
「そうね、わかったわ。ユージがそこまで言うならかなり危険なのね。もし、これがペルメニアの諜報団に知られたらエバとシャーリーン……あっ」
――諜報団……もしかして。
「どうしたエリネア」
「い、いえ。何でもないわ」
しかし、銃に関しての問題は、まだ片付いていない。ワグラーのアジトにまだそれがあるはずだ。幸いにして、ワグラーは仲間を全員アジトに帰している。そして、彼らはワグラーの死を知らず、命令もないので今のところアジトから、最悪でも森から出る事はまずない。
「それも全て取り上げる。それを最優先でやろう」
もう一つの問題は、ワグラーが死んだ事。その証言はスマホに映像として記録してあるが、その肝心のスマホのバッテリーがもうほとんどない。
「ちょっと再生したら終わるな……あっ、ヤベ」
裕二がそう言いながらスマホを見ると、バッテリー表示は赤。一パーセントしかない。もう何をしても終わるしかない。
裕二がこの世界に持ってきたのは、スマホ以外では小銭とかアメ程度で、スマホの充電器はない。あっても家庭用コンセントがないから使えない。つまり充電は不可能。
「うーーーーん、セバスチャン!」
「畏まりました。少し考えてみます。スマホをお預かりしてよろしいでしょうか」
「わかった、セバスチャンに預ける。失敗しても文句は言わないから、好きにやってくれ。一休みしたら、俺とエリネアは行く。エバとシャーリーンはそのままゆっくり休んでくれ」
三人が返事をすると、裕二はおもむろに立ち上がる。
「いや……俺とエリネアは先に少しだけ銃を扱えるようにしとくか。威嚇射撃くらい出来ないと困るな。俺も触るのは初めてだし」
「私たちがそれを使うの? 慣れない武器より魔法の方が……」
いくら銃が強力とは言え、それを持った一般人よりも、裕二とエリネアの方が強いのは明らかだ。事実ワグラーたちとの戦いにはかなりの余裕もあり、一瞬で終わった。銃を持っているとわかってる相手に負けるはずがない。裕二とエリネアが銃を持つ意味などないはずだ。
「いやいや、ハッタリも大事って事だよ」
◇
「ワグラーからの連絡はまだなのか。たかが冒険者相手にいつまで時間をかけるんだ」
その頃グレイダは、ワグラーから裕二殺害の連絡を待ちながら、私兵を引き連れて街を練り歩いている。
ワグラーの計画が成功すれば、グレイダは街を恐怖で支配出来る。エーゼルは商人の街ではなく、見た事のない兵器を持つ、軍事独裁都市に生まれ変わるのだ。バルフォトスとポルスクも、いずれその支配下に置かれる。
「おい! 貴様の店は税が足りていないと聞いてるぞ。どうなってる!」
「それは……値上げの指示により客足の方が……」
「貴様はそれでもエーゼルの商人か! 自分の努力不足を棚に上げ、街のせいにするな! 値上げの利益があるはずだろ」
「で、ですが……」
グレイダの言葉に震え上がる商人。言ってる事はメチャクチャ。言いがかりにしかなっていない。最早理屈など通じないのは明らかだ。しかし、グレイダはそんな商人を見てニヤリと笑う。
「まあ、仕方ない。代替案を示してやろう。お前の負担はほとんどない」
「ほ、本当ですか! 是非、それを」
グレイダは代替案と言う言葉で商人を釣り上げる。アメとムチ、にも思えるが、実際はムチしかない。それはすぐに明らかとなる。
「お前の娘はなかなかの器量だと聞いている。それを屋敷に仕えさせろ。娘の働きにより、税は免除してやる」
「なっ……そんな!」
それは商人の娘をグレイダの慰みものとして差し出せ、と言う意味だ。
グレイダの指示により、街の経済は少しづつ落ち込んできている。それにより商人たちの不満も出始めている。しかし、この横暴な態度のグレイダに正面から逆らえる商人はいない。彼らに出来るのは、影で先代の代官を懐かしむ程度。
本来なら、こんな事を長期間続けていれば、フォートナーに知られてグレイダは困る事になるのだが、それはワグラーの計画が成功するまでの間だけだ。
グレイダはそう思っているのだろう。そんな態度を隠す事もなくなってきている。街で気に入った女性に目をつけてやりたい放題だ。
「ありゃ、明らかに異常だな」
それを影で見ている人物がいる。
「俺に……ギルドに出来ることは何もねえが……ユージならどうするか……」
それは臨時ギルドを取り仕切るパーチ。ずっとエーゼルにいるパーチは、少しづつ変わる街の様子を目の当たりにしている。助けてやりたいとも思っているが、あんなのでも代官には変わりない。ギルドに口出し出来る事ではないのだ。それはグレイダが裕二を首にしろと言ったのを、パーチが拒否したのと同じ構図。そこへ口出ししても何も変わりはしない。それどころか、エーゼルにギルドの弱みを掴ませる事にもなってしまう。そうなれば、グレイダはそれを最大限利用するだろう。
「こんな街、さっさと出て行きてえぜ」
嫌な気分のまま、パーチは臨時ギルドに戻る。そのドアには、一通の手紙が差し込まれていた。
「なんだこりゃ?」
◇
「姫様。グレイダとワグラーの計画がここまでとは思いませんでした」
「私もです。フォートナー乗っ取りどころではあませんでしたね。ペルメニアとでも戦う気なのでしょうか」
「恐ろしい。そこに魔人が絡んでいるなら、本当にフォートナーなど最初からなかった事にされてしまいます。大国ペルメニアから見たら、我々は街道封鎖だけで終わってしまう程、貧弱なのです」
亜空島に残ったシャーリーンとエバ。二人は裕二の説明を改めて噛みしめている。
魔人に関する情報は極秘のものが多い。それをしているのはペルメニアだ。フォートナーが魔人と絡んでると思われたら、ペルメニアはフォートナーを容赦しないだろう。それと同じ事はアンドラーク、ステンドット子爵にも行われている。
「姫様のご英断がフォートナーを救う事になるのでしょう」
「私は何も……」
「ユージ様を雇われたのは、姫様の判断です。私はそこまで思慮が足りず、それに反対し、姫様の足を引っ張ってしまいました。本当に申し訳ありません。ユージ様が何者かはわかりませんし、知ってはならないのですが、今はあのお方に縋るしかありません。この様な問題はフォートナー本家でも対処出来ません」
「ユージ様とエリネア様なら……」
「可能です。反対していた私が言うのも変ですが、彼らの信頼を絶対に裏切ってはなりません」
エバはきっぱりとそう言った。裕二が何者かはわからないし、その能力と知識もどこまであるのかわからない。しかし、それが自分たちの許容範囲を遥かに越えているのは確かだ。その様な人物でなければ、この問題に対処は出来ない。
もし、シャーリーンが裕二を雇っていなければ、エバは殺されシャーリーンはグレイダの慰みものにされ、フォートナーとの信頼関係が必要なくなれば、エバと同じように殺される。そんな風になっていたかも知れない。
「姫様。もし、ユージ様が姫様を気に入られたなら、いつでも嫁げるだけの心の準備はしておいて下さい」
「そ、そんな事あり得ません! エリネア様がいらっしゃるのに、私なんか……」
「いえ。フォートナーはユージ様に全てを差し出しても足りないのです。あり得なくても心の準備は必要です。それに相手がユージ様なら不満はないと思いますが」
「ふ、不満なんてあるはずが……あの様な方に……」
「甘えられたら嬉しい、と?」
「そんな事言ってません!」
――ですが……本当にそうなったら……
「姫様、ニヤけています」
「うっ……」
シャーリーンとエバがそんな話をしながら、ふと、裕二たちの映る窓ガラスに目を移す。
二人は身体強化されてるのか、猛スピードで森を行く。そこへ向かってくるアントマンティスなど、ほとんど無視だ。裕二とエリネアは軽々とアントマンティスの頭を飛び越え、その追跡を許さない。
「凄いですね。私たちでは付いていけませんね」
「一流を遥かに越える身体強化なのでしょう。お二人にはアントマンティスなど、いえ、グレイダも、そしてワグラーさえも、最初から敵ではないのです。ユージ様がその気になれば、全てとっくに終わっています。それだけなら、の話ですが」
「どう言う事ですか?」
「姫様が最初、ユージ様を雇いたいと申し出た時、一度断られました。ですが、ユージ様は姫様の魔人と言う言葉に反応した。それが雇われたきっかけです。それがなければ、お二人はそこから立ち去っていたでしょう」
その時の事を思い起こすシャーリーン。確かに裕二は魔人の言葉に反応していた。あの時は何としても二人を雇いたいと思っていたので、そんな細かい事はすっかり忘れていた。
「え、ええ。確かにそうですね」
「ユージ様は最初からここまで、いえ、この後まで見越していたのです。だからこそのガラックであり、アントマンティス攻略法であり、ワグラー捕縛なのです」
「ユージ様は、この絵を最初から見ていた……そこにいるのは魔人! 全てはその場所を導き出す為の……」
「はい。そして、それはまだまだ続きます。姫様にはグレイダと対峙する、と言う大役がございますから」
「わかっています。私はユージ様のご期待に応えなければなりません」
「既にユージ様には、その絵も頭の中にあるのです。必ず上手くいきます。そうすればきっと、ユージ様も姫様に甘えて下さいます。自信をお持ちください」
「そうですね……え?」
やがて、森を走る裕二とエリネアの映像は陽のあたりにくい薄暗い森から、一気に明るい開けた場所に出る。そこで二人は立ち止まった。