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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第五章 クラカト
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197 もうひとつの攻略法


 裕二、エリネア、シャーリーン、エバの四人は、ワグラーの思惑を利用して彼と接触する為に、クラカトの森へと入る。

 そこには当然、多くのアントマンティスの群れがあるのだが、裕二たちが森の中を進んでいくと異様な光景に出くわした。


「な、何だあれ!」


 裕二がそう叫ぶ。


「首吊りに見えるわね」


 エリネアにはそう見えているようだ。

 四人はその現場へ足早に向かう。


「この吊り下げられているのは、やはり女王ですね」


 エバは下からそれを見上げる。女王は既に死んでいるようだ。その真下にも既に殺されたアントマンティスの兵隊が転がっている。


「とりあえず女王を降ろそう」


 裕二はそう言って木に登り、太い枝にロープで吊り下げられた女王を地面に降ろした。そして、その体をじっくりと調べるが、目立った外傷はない。攻撃されて死んだのではないようだ。しかし、しばらく調べていると、エリネアが何かを見つけた。


「これ何かしら? 胸の辺りが少しだけ切られてるわ」

「この切れ目の場所……蜜核のある位置ですね。ですが……かなり丁寧に蜜核を取られています」


 エバにはそれがすぐにわかった。自身もフォートナーに仕えている以上、蜜核を取った経験もあるはずだ。

 しかし、この状況を考えると戦闘中にそれをやっているが、普通そんな事をするのは少し考えにくい。周りに敵がいるのに、そんな丁寧な作業をするだろうか。


「なるほどな。これがワグラーのアントマンティス攻略法か」

「それは何となくわかるのですが、これをする必要性が……」


 エバからすると雑にやってしまった方が作業は早い。その方が良いのではないかと考えている。しかし、裕二の考えは違うようだ。


「切り口はかなり最小限に抑えられている。これは蜜核を取り出す為だけじゃないな」

「どう言う事でしょう?」

「これは、女王へのダメージを最小限に抑えたいからだ。この女王は蜜核を抜かれ、木にぶら下げられながらも、しばらく生きてたんだよ」

「そ、そうなのですか!」

「でなきゃ丁寧にやる意味がない。死んだら目印の役目を果たさないからな。今説明する」


 ワグラーの仲間は女王のいる群れを見つけると、先回りして丁度良い木を見つけておく。それは幹を登られない為に、枝が太く長いものがある木を選ぶ。そこに登り、アントマンティスの群れが来るのを待つ。

 群れが来たら高い場所から女王にロープを掛け、引き上げる。そして、丁寧に蜜核を抜く。そうすれば女王はしばらく生きている。そこへ別の人間が囮になり、別の群れを引き連れてくる。そこで女王と鉢合わせれば、囮は無視される。その群れと女王の兵隊の戦いになる。

 そこで勝つのは女王の兵隊だ。何故なら、別の群れは真上にいる女王を狙うので無防備になるからだ。それがここで死んでいるアントマンティスとなる。

 しかし、戦いに勝った兵隊も時間が経てば女王は死ぬ。女王を失った群れは、新たな女王を生み、更に繁殖力を増す。

 この方法なら、ワグラーの仲間はほとんど攻撃を受けない。そして蜜核を取り、女王も兵隊も増やせる。


「下にある死体も剣や魔法の攻撃ではないわね。アントマンティス同士、鎌による攻撃よ」


 エリネアが、アントマンティスの死体を調べながらそう言う。ワグラーの仲間は蜜核を取り、アントマンティスに襲われないので悠々と逃げてるはずだ。

 裕二たちの攻略法とは違い、全てを倒さない。それは蜜核を増やし、アントマンティスを変異種へと変えてしまうやり方。

 笛の代わりに女王本体を、そして、攻撃はアントマンティス同士にやらせる。蜜核さえ取れれば、後はアントマンティスが増えようがどうでも良い、と言うのなら、理にかなった方法と言える。


「これで、アントマンティスを増やし、蜜核を取ってるのは確実に人の手によるものとなった。それをやっているのは十中八九ワグラーだ」

「じゃあ、後はその目的ね。ワグラーを捕まえればわかるわね」

「いや……」


 ――『アレ』をここでは使わないのか……


 このやり方だと、ロープとナイフ、後はそこそこの身体能力と慣れがあれば出来てしまう。ワグラーの言っていた『アレ』は、ここで使われてはいない。


「まあいい。けど、ここは既に奴らのテリトリーだ。それは頭に入れといてくれ」


 女王をこのようなやり方で殺すのは、フォートナーの兵士でも冒険者でもない。それが、ワグラーのテリトリーに入っている証拠になっている。

 今のところ、まだその気配はないが、いずれ向こうから裕二たちを見つけるだろう。

 裕二たちは再び森の奥へ歩き出す。


「ユージ様。そろそろワグラーは現れるのでしょうか」


 シャーリーンが歩く裕二の後ろから、不安げに声をかける。


「たぶん少数の斥候がいるだろうな。こちらを見つけたら仲間に知らせ、気づかれないように取り囲む。だから、それに気づいても無視してくれよ。既にいるから」

「既に……わかりました。愚者を装うのですね……私は装わなくても愚者のような気もしますが」


 少し自信なさげなシャーリーン。しかし、そこへエリネアが声をかける。


「もう少し自信を持ちなさいとユージに言われたでしょ。あなたにはまだ大役があるのよ」

「そ、そうでした……」


 とは言え、裕二とエリネアはともかく、シャーリーンにはなかなか、自分を捕まえにくる大盗賊と対峙するのに緊張しないワケにもいかないだろう。


「まあ、エバとシャーリーンはワグラーが現れるまでだ。後は俺とエリネアがやる。そしたら二人は、また亜空島だな。それまでは頑張ってくれ」

 

 そのまま進んでいくと、アントマンティスの群れも増えていくが、同時に、既に倒されたアントマンティスも増えていく。ざっと見る限り、そのほとんどはアントマンティス同士の戦闘によるもので、ワグラーたちと戦闘した痕跡はない。


「かなり上手くやってるな」

「ユージの言う、切れ者って言うのも当たってるわね。かなり蜜核を溜め込んでるんじゃないかしら」


 その蜜核の流通ルートもフォートナーに押さえられているので、すぐには売れないだろう。今はアジトに溜め込まれているはずだ。


「蜜核はペルメニアに売ってるのか?」


 裕二がそう訊ねるとシャーリーンが答える。


「はい。バルフォトスから南に伸びる街道の先はペルメニアです。ケンネック伯爵の領地が窓口となり、ペルメニア全土に流れます」

「ケンネック伯爵……エリネア知ってるか?」

「ペルメニア北部のケンネック伯爵家ね。チェスカーバレンの傍系よ。この辺りの事情なんだろうけど、軍事面より商才の強い領地になるわ」

「ほう。この辺りの事情って、モンスターが少なくて、フォートナーがあるって事か」

「そう。チェスカーバレンと繋がりが強いから、スペンドラにも蜜核はたくさん売ってるんでしょうね。気にした事ないけど」

「ああ、なるほど。そう言えばどこかで見たような気もするな。ゴンズの店にあったのか?」

「かも知れないわ。でもそうなると、ケンネック伯爵はフォートナーの上客になるの?」


 エリネアがシャーリーンに訊ねる。


「はい。一番のお得意先です。ケンネック伯爵には良くしてもらっているので、お父様も頭が上がらないと思います」


 フォートナーにとっては重要な取り引き先であるケンネック伯爵。ここが動いてくれればグレイダなど簡単に潰せるだろう。しかし、身分を隠しながら旅をする裕二とエリネアにそれは不可能。そもそも二人はそんな事を考えてもいない。

 むしろ、エリネアがここにいるのがケンネック伯爵に知られ、そこで下手に助力でもされたら邪魔になる可能性の方が高い。

 裕二の目的はグレイダを潰す事ではないのだから。

 上手く扱えれば有用かも知れないが、こちらの事情は話せないのでそれは難しい。


「勝手に安値で売られるとケンネック伯爵も困りますから、規定のルートに乗らないものは取り締まってくれるんです。蜜核は安くありませんから」

「なるほどね。ワグラーがそれを売るなら、かなり遠くに行く必要があるのか?」

「いえ、闇ルートを確保してるでしょう。今は派手に売ってないだけかと思われます」

「ああ、そっか。悪人なのにわざわざ輸送費かけてそんな正規ルート開拓、みたいな事するワケないか」


 と、話はやや脱線しながらも森の奥へと進む。


「ケンネック伯爵ね……ん? 何だあれ」


 辺りに転がるアントマンティスの死体は相変わらずだ。しかし、そこに他とは様子の違うものがあった。裕二はそこへ近づき、しゃがんで調べてみる。


「随分キレイな死体だな」

 

 アントマンティスの鎌にやられた痕跡はない。それならば大きな裂傷があるはずだ。となると、人が倒した事になるのか。


「頭部に傷があるけど……何かしら……こんな武器は……」

「いや、待て! 何だこれは……おかしいぞ」


 裕二の様子が急激に変わり、周りは一気に緊張する。しかし、そのすぐ後に別の変化が起こる。裕二は少しだけ目を見開いた。


「このタイミングかよ……みんなこのまま聞いてくれ。既に前後分かれて挟まれ近づいてきている。数は前が五、後ろ四の合計九人」


 全員平静を装いながら裕二の言葉に耳を傾ける。いよいよワグラーたちが現れるようだ。


「俺たちはこの死体から討伐部位を取ってる振りをする。向こうが敵意を見せるまで、こちらも敵意を見せるな」


 四人全員がアントマンティスの討伐部位を取ってる振りをする。その間も気配はゆっくりとこちらへ近づいている。やがてそれは森の草を踏む音となり、シャーリーンでも分かる気配へと変わっていった。

 四人はしゃがんだまま、ゆっくりと顔を持ち上げる。


 裕二は前方から来る五人をじっくりと観察する。その真ん中にいるのがワグラー。間違いなくスマホで見た男。その左右に二人ずつ仲間がいる。彼らは一様に、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながらこちらへやってくる。


 だが、それだけなら大した問題でもない。問題は違うところにある。


 裕二はワグラーを見たと同時に、その男の言っていた『アレ』が何なのかを悟った。


 ――う、嘘だろ……まさか、そう言う事なのかよ!


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