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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第五章 クラカト
194/219

194 店の襲撃


 ほとんどの冒険者が出払ったガラック。今頃、彼らは草原を駆け回り、笛を使ってアントマンティスを倒しているのだろう。

 そんな時間帯にも関わらず、ガラックに戻ってきた三人の冒険者。それは、ガークック、ベル、ウドーの三人だ。

 彼らは大きな袋を背負いながら、誰もいない食堂の椅子に腰掛ける。


「他の冒険者が倒したヤツを拾ってくれば良いだけだからな」


 彼らに必要なのはアントマンティスの喉の部分。討伐部位でもないので、多くはその辺にうち捨てられている。それを集めてきて、笛を作る。


「ベルは大鍋に水汲んでこい。ウドーは火の準備だ」


 大鍋で沸かした熱湯にアントマンティスの喉の骨を放り込む。すると、肉が剥がれやすくなり、綺麗になる。それが終わると笛になる部分だけをノコギリで切り取る。それをヤスリがけして終了だ。


「これに色を塗ったら、ちょっとかっこいいですよね」


 ベルがヤスリがけをしながら、そんな事を言った。


「それ良いな。塗装されれば耐久度も上がるか」


 ガークックがそれに答える。するとウドーが口を開いた。


「でも塗料がありませんよ」

「ま、まあ。そのうちやってみるか。なんせ客はフォートナーになるかも知れねえからな。改良も加えていこうぜ」


 彼らは裕二の言った事を割りと真剣に考えているのか、笛で商売する展望を楽しそうに話す。何年かしたら民芸品にでもなっていそうな雰囲気だ。


 そんな彼らが賑やかに作業をしていると、そこから見えるガラックの門が、村人により慌ただしく開かれる。


「誰か帰ってきやがったか?」


 ガークックがそう言うと、門から馬に乗った人が入ってくる姿が見え始める。しかし、彼らの見た感じは、冒険者ではなく兵士。その先頭には腰にサーベルを刺す目つきの悪い男がいた。


「何だありゃ」

「ガークックさん。あれエーゼルの私兵ですよ」

「な、なんだと! 本当かベル」

「先頭の男は……たぶんエーゼルの代官」


 そこにグレイダが、十数名の私兵を引き連れ、やってきていたのだ。

 今頃になって何しに来たのか。ガークックたちはそう考えながら、その一団を睨みつける。

 グレイダたちはニヤニヤしながら辺りを見回し、そこに付いてまわる村人にアチコチ指差しながら説明を求めている。

 その全ては裕二の作り上げた成果。ここにいる冒険者にも村人たちにも、今ではなくてはならないもの。どう見ても嫌な予感しかしない。


 そして、グレイダが馬を降りると、物資の豊富に並べられた店の前に立つ。


「何だこの店は! 誰がこんな事を許可した!」


 すると兵士たちにより、店の中にいた店主のエントラが、泣きそうな顔をしながら引きずり出される。


「貴様が店主か。誰の許可を得てこんな事をしている!」

「そ、それは……」


 エントラもそこで裕二の名を出したくはないのだろう。村を助けてくれた恩人にそんな事は出来ない。しかし、グレイダの追求は執拗に続く。


「さっさと答えろ!」

「わ、私が勝手に……」


 兵士に押さえつけられたエントラは、仕方なく自分がやったと答える。するとグレイダは――


「そうか。ではコイツをひっ捕らえて店は破壊しろ! そちらのテーブルもテントも全てだ」

「そ、そんな。これは冒険者の皆様が……」

「貴様がこんな場所に店を出したせいで、エーゼルの商人が売り上げが落ちたと言って困っている。こちらの許可なき営業は認められん。お前はエーゼルの商行為を妨害し、街に暮らす人々を窮地に陥れようとした大罪人だ!」


 自分の権力を盾にしためちゃくちゃな言いがかり。誰の耳にもそう聞こえるだろう。しかし、単なる村人であるエントラでは、これに抗うすべはない


 しかし――


「ふざけんなこの野朗! 売る気もねえクセに何が商行為の妨害だ!」


 その前にガークックが立ち塞がる。


「ほう、冒険者か。依頼主に対する態度ではないな。そうか、貴様も店主の仲間と言うワケか」

「なんだと、テメエ!」

「邪魔する奴は全員捕らえろ! 多少の怪我は仕方ない。抵抗すれば死ぬ可能性もあるかもな。クックック」


 ――くそ! こいつ最初からその気かよ。人数が多すぎる。ベルとウドーじゃ……


 その二人もどうして良いのかわからず、オロオロするばかり。

 十数名の兵士とガークックひとりでは勝負にならない。他に冒険者はおらず、裕二もエーゼルに向かっているので、この時間に帰ってくる事はない。

 だが、ガークックは怯まず立ち向かう。


「やってやるよ、この野朗! だがなあ、俺に何かありゃ、ユージが絶対テメエを許さねえぞ。アイツはひとりでパーリッドのギャングをぶっ潰す化け物だからな」

「くっ!」

「お前なんかがユージに勝てるワケねーんだよ」

「ゆ、ユージだとぉ……」


 それを聞き一瞬怯むグレイダ。確かに裕二は強かった。その時殴られた恐怖が蘇る。だが、同時に思い出された怒りがそれを上回る。その怒りの矛先はここにいない裕二ではなく、ガークックに向けられる。


「コイツは……殺せ! ズタボロにしてガラックの門に首だけ飾っておけ!」

「なにっ!」

「それをユージに見せてやろう。罪人は晒し首だ。やれ!」


 兵士に命じるグレイダ。一斉に剣が抜かれ、ガークックへとにじり寄る。

 そして、ガークックが自分の武器に手をかけようとした瞬間、兵士が一斉に剣を振り上げ襲ってきた。


 ――ダメだ!


 ガークックがそう感じたその時、振りかぶる兵士たちへ横殴りに岩が飛んできた。


「ぐはっ!」


 横並びにいた兵士たちは将棋倒しのように倒れ、ガークックへの攻撃は何とか回避された。

 しかし、誰がそれをやったのか。全員が岩の飛んできた方向を向く。


「誰だ!」


 グレイダの向けた視線の先にはマントを羽織る老紳士がおり、こちらへゆっくりと近づく。


「何だ貴様! 邪魔するなら罪人としてひっ捕らえるぞ!」


 しかし、老紳士は落ち着き払った態度で口を開いた。


「一対多数とは感心しませんね。文句があるなら、あなたひとりでケンカしてはどうですか? それとも自分を守ってくれる兵士がいなければ、ケンカすら出来ないと?」

「な、なんだと!」

「ああ、確かあなたは、エーゼルの武器屋で少年に殴られ、情けなく泣き叫んで許しを乞うていた人ですね。それがご自分の力の全てだとわかっていない。あなたの権力はあなたの為ではなく、民の為にあるのだと、わかっていない」

「こ、殺せ! コイツも殺せ!」


 挑発的な言葉を放つ老紳士。それに逆上したグレイダは、怒りの表情で兵士の矛先を老紳士へと向けた。


「あなたに私が殺せますかね?」


 次の瞬間、老紳士が足を踏み出したかと思うと、同時に兵士が二人倒れた。凄まじい速さで顎に掌底を叩き込まれたのだ。それを見てア然とする兵士のふくらはぎに、老紳士は木をぶち折ったかのような音を立てて蹴りを放つ。すると兵士は足を押さえて倒れ込んだ。


「ぎゃああぁ!」


 その兵士の足は、おかしな方向に曲がっており、もう立ち上がる事すら出来ないだろう。


「す、すげえ」


 そう呟くガークックの目の前で、老紳士は次々と兵士を倒す。そして武器を持つ彼らを、グレイダだけ残してあっさり無力化させた。

 そして、老紳士は手をはたきながら、ゆっくりとグレイダに視線を向ける。


「ここで退くなら見逃してあげましょう。ですが、そうでないなら、次は剣を使います」


 老紳士はそう言いながら、兵士の取り落とした剣を拾い、それをグレイダに向けた。


「私はかなり強いです。あなた死にますよ。こちらはそれでも構いませんが」

「くっ、くそ!」


 武器も使わず全ての兵士を倒してしまった老紳士。グレイダでは逆立ちしても勝てるはずがない。彼は苦々しい表情で口を開く。


「貴様もただで済むと思うな!」


 そんなありがちの捨てゼリフを残し、グレイダはひとりだけ馬に乗り、さっさと逃げてしまった。

 残された兵士は武器を取り上げられ、老紳士に次々と馬に乗せられ、村の外へと追い出された。


「あ、あんたスゲーな」


 ガークックはその老紳士に駆け寄り、声をかけた。その老紳士は笑顔でガークックに応える。


「あなたこそ立派でした。是非、あなた方のお力で村を守ってあげて下さい」


 それだけ言うと、老紳士は手を振りながら村を出ていった。


「お、おい! 待てよ。あんた名前は!」


 しかし、ガークックがその名を聞く事はなかった。その場にいたエントラ、ベル、ウドーも老紳士が村を出て門が閉まるまで、呆然とするしかなかった。


「くそ! くそ! くそが!」


 村から馬に乗って逃げ出したグレイダは、悪態をつきながらエーゼル方面に向かう。


「あの役立たずどもがあ!」


 その怒りは自分の兵士にも向いている。グレイダは馬の調子など気にもせず、全速力で街道を駆ける。そのまま使い潰してしまいそうな勢いだ。


 ――一応ダメ押しもしておきますか。白虎。


 しかし、グレイダが馬を駆っていると、突然その速度が落ち、やがて馬は完全に止まってしまう。


「おい! さっさと走れ。何をしている」


 グレイダはツバを吐きながらムチを打つが、馬はいななくだけでそこから先へ進もうとしない。何度か同じ事を繰り返すが、それは全く変わらない。

 しかしよく見ると、馬はゆっくりとだが後退りをしている。グレイダがその様子を訝しみ、前方の草むらへ目を向けると、そこは背の高い草に隠れているが、その一部に白と黒の縞模様の毛皮が見える。


「な、な……」


 その毛皮がゆっくりと立ち上がる。そこには体長が人の倍はある、大きく白い虎がいた。その虎は鋭い牙を剥き出し、それをグレイダに向けて威嚇する。

 グレイダは、馬がその気配に気づき、そのモンスターへの恐怖で先へ進めなかったのだと理解する。そして、グレイダ自身もそんなモンスターは初めて見る。どう見てもサーベル一本で立ち向かえる相手ではない。ひと撫でされたら終わりだ。

 グレイダは手綱さえ握れない程震え、体が自由に動かせなくなる程の恐怖を感じる。そこにいるのはグレイダの権力も言葉も一切通じない強大なモンスター。盾にする護衛さえ、今はひとりもいない。


「ひっ、ひい!」


 そして彼は馬から転げ落ち、そのまま逆方向へと何度も転びながら走って逃げた。その際にグレイダは石やら木の枝やらを、虎ではなく馬に投げつける。こちらへこないよう馬を囮にしたかったのだろう。自分ではなく馬を食え、と言うことだ。

 やがてそれが見えなくなると、そこに老紳士が現れ、残された馬と白い虎に目を向ける。


「この馬どうしますか、白虎。ここに置き去りでは、アントマンティスが来るとかわいそうです」

「グルウゥ」

「そうですね。とりあえず、亜空島の森でのんびりしてもらいましょう」


 そう言って消える馬と虎と老紳士。

 幸いにも、この辺りのアントマンティス討伐は済んでおり、グレイダは命の危険もなく、何とかエーゼルまでたどり着いたようだ。

 しかしこれからは、あんな恐ろしいモンスターのいる街道を通るのは躊躇するだろう。当分ガラックには来ないと思われる。



「パーチはそう言ってたな。ライラとミリーダはともかく、店のあるガラックは少し心配だ」


 エーゼルを出たフレックは、パーチから聞いた話を裕二に説明していた。特に今くらいの時間帯は冒険者もいないので、グレイダが何かをするなら好都合でもある。しかし、裕二は事も無げに答える。


「まあ、大丈夫だろ」

「どうしてだ?」

「な、何となくだが」


 フレックは裕二の力を知らないので、ガラックにセバスチャンと白虎を残している、とは言えない。


「でも、まあ……早めに帰るか」


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