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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第五章 クラカト
192/219

192 シャーリーンの心境


 ガラックに戻った裕二たち。まだ陽は高く、村にいる冒険者はいない。とりあえずは村でただ一人の商人であるエントラに、店の様子を聞きに行く。


「あ、ユージさん」


 エントラは裕二を見つけるとすぐに、明るい笑顔でこちらを迎える。その様子から、売り上げも悪くないのだろうとわかる。


「店はどうです?」

「冒険者の皆さんが帰ってくると大忙しですよ。今から品物を大量に並べておかないと間に合いません」


 冒険者のいない今の時間帯に、店の準備、食堂の仕込み、テーブルやテントの修理や増設、掃除など、かなり忙しいようだ。村人たちも、今が稼ぎ時とわかっているので、率先して動いてくれてると言う。


「ガークックって奴が、後でこれと同じ物を店に置かせろって言いに来るはずなので、許可して下さい」

「わかりました! これは……何ですか?」

「アントマンティス討伐に使う笛ですね」


 一応エントラにも笛について説明をしておく。もちろんやぐらの説明もし、地図も渡す。エントラはそれをしきりに感心して聞いている。


「こ、これなら、村でも戦えそうですね」

「あ、そうか。やぐらは村のを見て思いついたんだ」


 無防備なアントマンティスなら、戦闘経験の少ない村人でも、数を頼りに何とかなりそうだ。武器も店に山ほどある。


「ここなら壁に穴を開けるだけで済むな」


 笛を使う場所は、やぐらでなくともアントマンティスの手が届かなければ良い。壁に囲まれた村なら、そこに笛の音波が通るだけの穴があれば良いのだ。

 アントマンティスは目標に真っ直ぐ向かうので、穴に群がり壁は登らないはず。

 従来のやぐらはそのまま見張り台にし、アントマンティスが来たら鐘で警報を鳴らす。そして、穴の前に行き笛を鳴らす。そこにアントマンティスが集まってきたら、武器を持つ村人が外へ出て倒す。冒険者がいたら、そちらに頼む。数が多くなければ、ある程度村だけでも対応出来る。

 そんなやり方が安定してきたら、村に配置したゴーレムも撤収出来るようになるだろう。


「後で適当に小さな穴を開けときますよ」


 店の前には道を挟んで、たくさんのテーブルが置かれている。今は閑散としているが夜になれば冒険者で賑わい、ちょっとした祭りのような雰囲気になる。


「俺がおごるからそこで食事しよう」


 結局、物資の仕入れに全くお金を使わなかった裕二。たまには派手にお金を使ってみたいので、気前よく皆におごる事にした。とは言っても、六人分の食事代など微々たるものだが。


 村人を捕まえて注文を頼むと、しばらくして料理が運ばれる。

 黒パン、肉と野菜のスープ、小麦粉の団子を赤いソースに絡めた、スパゲティの原型のような料理。

 メニューも内容も質素。味はそれほど悪くないが、どちらかと言うと量で腹を満たす感じだろうか。草原を駆け回り、戦闘をして帰ってくる冒険者向けとなっているのだろう。


 村の奥には民家が疎らに並ぶが、その間にはテントが連なり密集している。中央には大きな焚き火をした跡がある。夜になれば、再びそこに火が焚かれるのだろう。多くの冒険者がそこに集まる光景が目に浮かぶ。


 シャーリーンがそんな村の様子をじっくりと眺めている。


「本当はフォートナーがこれをしなければいけなかったのでしょうね……」

「姫様……」


 バルフォトス、ポルスク、エーゼルを取り仕切るフォートナー家の娘、シャーリーン。その末端にあるガラックが、こんな風に変わるとは思わなかった。想像すらしていなかったのだから、力不足以前の問題だと痛感している。

 シャーリーンが考えもしなかった事を少しだけ立ち寄った碌に事情も知らない旅人に、本来はこうあるべきだと、説教されたようなものだ。しかもその全てが的を得ている。

 グレイダが何かおかしな事を企んでいる。そう感じ取り、それをどうにかしたいと行動したシャーリーン。しかし、裕二はそれも含め、もっと広い視野で事を解決しようとしている。その差に、自分の器の小ささを感じている。

 自分も何かをしなければならないが、何をして良いのかわからない。裕二の役に立ちたいが、どうして良いのかわからない。


「私はなんの役にも……」

「何言ってんだ? シャーリーンは充分役に立ってるだろ」


 裕二にそう言われ、ふと顔を上げる。


「シャーリーンが最初にグレイダへの危機感を持ってくれたから、その先の問題に着手する事が出来たんだ」


 その時はエバでさえ反対していた。シャーリーンはたったひとりで戦いを始めようとしていたのだ。その相手はグレイダ・シーハンスとアントマンティス。そこには自分の実家さえ立ち塞がっていた。シャーリーンにとっては巨大な障害だ。

 しかし、シャーリーンは裕二を見つけた。そこでなりふり構わず裕二に助けを求めたからこそ、今があるとも言える。そして裕二はグレイダを知り、エーゼルを知り、アントマンティスを知った。更にその先にある噂だけのぼんやりとした存在もだ。それを知らなければ、いくら裕二でも対応など出来るはずもない。


「そうでしょうか。あまり役に立ってる気は……」

「もう少し自信を持って良いと思うぞ。と言うか自信を持ってもらわないと困る」

「え?」


 そこで裕二は不敵な笑みを浮かべる。


「いずれ俺たちはグレイダと直接対決をする。その先頭に立つのはシャーリーンだからな」

「えっ……え?」


 もしそうなった場合にシャーリーンがいなければ、即座に戦闘、殺し合いとなる可能性はかなり高い。しかし、それでは意味がない。殺して済むならとっくにやってる。だが、そんな事をすれば、裕二はワグラーのようなお尋ね者になりかねない。

 グレイダをどう断罪するか。そこに意味があるのだ。その時シャーリーンは、フォートナーと言う名前を最大限有効に使わなければならない。


「それが出来るのはフォートナーの名を持つシャーリーンだけだろ?」

「わ、私は……」

「まあ、その為の舞台は俺たちに任せろ。シャーリーンの後ろには俺たちがいるからな」


 シャーリーンが全員を見渡すと、それぞれの笑顔が見える。それを見てシャーリーンの体は僅かに震え上がるが、それもすぐに治まる。


 ――私にそんな事が出来るかどうか……でも、後ろに裕二様たちがいて、私を支えてくれるなら。


「姫様、大役です。しっかりとお努め下さい」

「はい……そうですね」


 ――ユージ様が私に道を示してくれるなら。


 そんな、僅かに引き締まったシャーリーンの表情を見て、エリネアが笑みを浮かべる。


 ――大いなる英雄。偉大なる大魔術師は五百年前、ペルメニアの民に道をお示しになられた。私は今、それと同じものを見ている。その火はまだ小さなものだけど、きっとウォルターもカフィス様も、それを幾度となく見てきたのね。


 エーゼルを落とし、その旗印にシャーリーンがおり、断罪されたグレイダかそこにいたのなら。腰の重いフォートナーはどの様な行動を取るのか。誰でも簡単に想像がつく。

 まだその為にしなければならない事が幾つかある。今はまだ、村人の救済をしている段階だ。しかしそれも、目の前に並べられた料理や店の様子を見れば、順調にいっていると判断出来る。


 やがて陽が傾いてきた頃。冒険者がぞくぞくとガラックへ帰ってきた。並べられたテーブルも少しづつ賑わってくる。


「お前らこの笛知ってるか? これスゲーぞ」

「バーカ。とっくに知ってるよ。これがあれば、もう余裕だぜ」


 裕二がガークックに渡した最初の笛が、既に幾人かの冒険者に行き渡ったようだ。


「でよう、やぐらがあってな。休憩するにもちょうど良いし、アントマンティスが見えたら、下に降りてよう……」

「ガークックって奴がいきなりアントマンティスを蹴ったんだ。でも奴らは全く反応しねえ。んでそいつがいきなり……」

「本当かよ、信じられねえな。そんなの真に受けて囲まれたらヤベーだろ」

「だったら明日の晩飯賭けるか? 明日の朝は、俺らと行こうぜ」

「ロープとフックが足りねえな。余分に買っとけ」


 この様子なら今日明日には、ここにいるほとんどの冒険者に話が行き渡るだろう。ガークックが頑張ってくれた、と言うよりも、得意になって話しまくる姿が目に浮かぶ。

 やがて、完全に陽も落ち、辺りは暗闇に包まれる。


 現在の裕二たちは、村の空き家を有料で提供してもらっており、それぞれがそこへ戻ったり、村の様子を眺めたり自由な時間を過ごす。


「エバが裕二様は不思議な方だと言ったのが、何となくわかりました」

「そうですか?」

「ええ、ユージ様の側にいるだけで力を与えられてるような気がします。それは私たちだけでなく、村人や冒険者も同じ。彼らのイキイキした表情がそれを物語ってます。それに気づいてはいないんでしょうけど」


 エバと二人で空き家に戻ったシャーリーンは、そんな話をしていた。


「姫様……」

「何かしら」

「恋する乙女のような表情になってますが」

「そ、そんな事はありません!」

「やはり、ユージ様に甘えられたい、と」

「ち、違います!」

「出来れば自分も甘えたい、と」

「もっと違います!」


 その頃、フレックとキリーは暗闇の中にも関わらず、村の外に出ていた。


「お前、緊張しすぎだろ。大丈夫なのか?」

「……大丈夫」

「明日はやぐら増設とエーゼルに女王を届けないとな」

「……やぐらは私が。人と話すのは任せる」

「わかったよ。ギルドは俺、魔法関連は頼むぞ」


 そして、裕二とエリネアは、村のひとけのない場所で土魔法でベンチを作り、座っている。


「そこまでやったら、次はワグラーだ。だけど、ここが魔人との関連が一番ありそうな場所でもある」

「でも、魔人がいるなら、ガラック周辺の変貌する様子は見てるんじゃないかしら。そこに私たちは見えてないはずだけど」


 エリネアはそう言うと、ウォルターから預かった護符を取り出す。まだ黒ずんできてはおらず、しばらくは問題なく使える。しかし、僅かに色が変わっているように見えなくもない。


「そうだな。でもこの近辺はもう冒険者たちが勝手にやる。自分でやぐらを作る猛者も、ひとりやふたりは現れるだろ。明日少し増やして終わりだ。俺たちはやり方さえ教えればいい」

「そうね。あのガークックって人がいてくれて助かったわ。最初はこの人大丈夫かしら、と思ったけど」

「アイツはパーリッドでも下の者への面倒見が良くてそこそこ有名人だったぞ。バチルに叩きのめされて、更に有名になったみたいだけど」

「そこが不安要素でしょ」


 そんな話をしていると、食堂の辺りから、ドッと湧き上がる声が聞こえてきた。そちらで何かあったらしい。


「何かしら」

「たぶん――」


 裕二がそう言いかけると、そちらから大きな声が響いてくる。


「お前ら待たせたな! 笛を大量に作ってきたぜ。欲しい奴は金持って並びやがれ!」


 声の主はガークックだったようだ。

 裕二とエリネアはそれを聞き、顔を見合わせて笑った。


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