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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第五章 クラカト
191/219

191 やぐら作戦


「ところでユージ。こちらの配置は全て完了したが、そっちはどうだった。攻略法は出来たのか?」

「バッチリだ。早く広めたいので今から説明する。エリネア頼む」

「ええ、わかったわ」


 裕二がそう言うと、エリネアが素早く馬に乗り、どこかへ行ってしまった。

 それに構わず、裕二は少し離れてから地面に手をつく。するとそこからもの凄い勢いで土が盛り上がり、四本の柱が作られながら、上部が箱型に変形していく。柱の途中には屋根のような物が作られ、それで完成のようだ。


 それを見たベルとウドーは、目をカッと見開いたまま、口を開けて固まっている。


「へへ、オメーら見たか。ユージはスゲーだろ。だが、ユージの凄さはまだまだこんなもんじゃねえぜ」


 と、ガークックが我が事のように自慢している。そして、裕二の方へ向き直る。


「で、ユージよお。こりゃ何だ?」

「やぐらだな。ガークックもこの辺の村で似たようなヤツを見ただろ? ここへ来るまでに草原にもいくつか作ってある」

「あー、人が上に乗るアレか。で、これを何に使うんだ?」

「アントマンティスを簡単に倒すのに使う。今からその方法を詳しく説明する。ガークックもよく見て覚えてくれ。お前に頼みたい事もあるからな」

「俺に……わかったぜ! 任せろよ、兄弟!」


 ガークックは裕二に何かを頼まれる事が嬉しいのか、誇らしげな表情をベルとウドーに向けた。


 やぐらの高さは六メートルほど。四本のがっしりした柱に支えられている。その柱の途中、三メートル辺りの場所に丸い板状の屋根、もしくは傘のような物が付いている。

 一番上は人が乗る場所なのだろう。箱型に作られている。

 裕二はフック付きロープを出し、それを投げて上部の縁に引っ掛けた。


「じゃあ、先に実演する。エバ。頼む」

「はい」


 ロープは何ヶ所も結ばれて玉になっており、エバはそこに足を掛けながらスルスルとやぐらの上まで登っていった。そして、最後にロープを上に引き上げる。


「そろそろ来るから、全員少し離れてくれ」


 裕二が草原の奥へ目を向けると、そちらからはエリネアが馬に乗って戻ってくるのが見える。しかし、それだけではない。エリネアは後ろにアントマンティスの群れを引き連れていた。


「お、おい。ユージ。ありゃ……」

「大丈夫だ」


 裕二は心配そうなガークックをたしなめる。フレックとキリーは、エリネアの様子がいつもと少しだけ違う事に注目していた。


「何か咥えてるな……何だあれは」

「……棒……笛?」

「いや、何も音がしてない」


 エリネアは馬を走らせ近づいてくる。やがて、すぐそばまで来ると、エリネアの口に咥えた物も見えてくる。しかし、フレック、キリー、そしてガークックたちにはそれが何だかわからない。

 そのままエリネアはやぐらの真下を通り過ぎる。その時――


「えっ? 何でだ」

「……不思議」


 やぐらの真下までアントマンティスを引き連れてきたエリネア。そこを通り過ぎた時、エリネアはそのまま行ってしまったが、何故かアントマンティスだけはそこに残った。

 そして、アントマンティスの群れは、柱を登ろうともがき始めた。


「赤黒マンティスが二体いるな。それも良く見といてくれ」


 裕二の説明で赤黒マンティスに注目すると、その二体だけが柱を登り始める。通常のアントマンティスは全く登れないようだ。


「お、おいユージ! 上にはエバがいるんだぞ」

「……大丈夫。あの板があるから登れない」


 慌てるフレックに対し、裕二ではなくキリーが冷静に答えた。


「あれはネズミ返しってヤツだ。あの板の先には行けない。マッカチンも登れないようにしてある」


 裕二がそう説明した矢先、柱を登っていた赤黒マンティスがボトっと落ちてきた。ネズミ返しに阻まれたようだ。


「じゃあ、良く見てくれ」


 そう言うと、裕二は柱に群がるアントマンティスに普通に歩いて近づく。そして、いきなり背後からその腹を蹴り上げた。


「ユージ! 危な……くないな」

「……無視……されてる?」


 蹴られたアントマンティスは裕二を無視して再び柱に向かう。アントマンティスは裕二の攻撃に対し、完全に無反応だ。


「ガークック。そのメイスでアントマンティスを倒してみな」

「お、おう」

「せっかく背中を向けてるんだからそこを狙え。念の為、正面には立つなよ」


 恐る恐る近づくガークック。しかし、先程と同じように、アントマンティスはこちらを一切無視している。ガークックはその無防備な背中にメイスを思い切り叩き込んだ。アントマンティスはその攻撃に大きな傷を負っているが、それでも柱を登ろうとしている。ガークックには一切反応しない。


「な、何かわかんねーけどスゲーぞ!」

「ガークック。もう全部倒していいぞ」


 そのままガークックは、多少時間はかかったが、赤黒マンティスを含む十体のアントマンティスを、ひとりで難なく倒した。もちろんガークックは全く攻撃されず、ダメージもない。

 フレックとキリーも愕然としている。


「ど、どうなってんだユージ。凄いけど、全く意味がわからない。キリーわかるか?」

「……あの笛みたいのが関係してる……後はわからない」


 実演が終了し、やぐらからエバが降りてきた。その手には、先程エリネアが咥えていた物と同じ物が握られていた。


「じゃあ、今から説明する。キリーの言ってたのは一部正解だな」


 裕二はエバから笛のような物を受け取ると、それを指し示す。


「これはキリーの言う笛が正解。これでアントマンティスを呼び寄せる」

「でもユージ。音は全く聞こえなかったぞ」


 フレックがそう疑問を呈した。


「確かに音は聞こえないけど、ちゃんと鳴ってる。人の耳では聞こえないだけだ。アントマンティスには聞こえてるんだよ」


 それは犬を呼び寄せるのに使う、犬笛と似たような物だ。エリネアとエバの咥えた笛は、吹くと人には聞こえない超音波を発する。それがアントマンティスを呼び寄せる。

 エリネアはこの笛を使い、アントマンティスを引き連れてきた。そして、やぐらの真下まで行くと、それを吹くのをやめる。代わりに今度はエバが笛を吹く。なのでアントマンティスはエリネアを追いかけるのをやめ、エバのいるやぐらに登ろうとし始めた。

 笛が鳴っている間、アントマンティスはそれしか狙わない。何を差し置いても笛の方へ向かう。だから、裕二が蹴っても、ガークックが攻撃しても無視していたのだ。


「この状態ならアントマンティス、いや、赤黒マンティスもマッカチンも楽に倒せるだろ?」

「確かに。攻撃を受けずに無防備な姿まで晒しているのなら、下級冒険者でも安全に倒せるな」


 フレックは顎に手を当てて答える。しかし当然、何故こうなるのか、その疑問もあるようだ。


「でもユージ。こんな凄い笛、どうやって手に入れたんだ?」

「いっぱいあるぞ。ほれ」


 ユージはそう言うと、フレックに袋を投げてよこした。その中には、先程と同じ笛が二十本ほど入っている。

 そこから笛を取り出すフレックとキリー。人差し指二本分くらいの、少し変な形の白い笛だ。


「な、なんでこんなに……」

「さっき作ったからな」


 驚くフレックにあっさり答える裕二。その横でキリーがしげしげと笛を眺める。


「……どうやってこれを……いや、この手触り……」

「お、わかったか? さすが魔女っ子キリー」

「ユージ。おれぁ全然わからねえぞ!」

「ガークックにもちゃんと説明するよ」



 裕二がクラカトの森で女王をチビドラに持たせたのは、やぐらと同じ状態を作る為だ。チビドラのした事を普通の冒険者でも出来るように再現している。そこにアントマンティスは集まる。

 しかし、アントマンティスは何を目印に集まるのか。もちろんそれは女王。だが、これは正確ではない。女王の何を目印にするかが重要。それが裕二の知りたかった事だ。


 クラカトの森でチビドラに女王を持たせた後、他のアントマンティスが近づいてきた。裕二の調査はまずその時に、自分たちと女王のどちらを攻撃するのか、それを知る必要があった。そしてその結果。アントマンティスは裕二たちを無視して女王を襲ってきた。

 それはアントマンティスが攻撃する為の目印を、女王が持っているからだ。裕二と女王がいれば、その矛先は必ず女王へ向かう。

 しかし、女王はチビドラに掴まれて飛んでいるので、アントマンティスの攻撃は届かない。やぐらの場合も同じだ。その時、裕二がアントマンティスを蹴ってこちらに反応するのか確かめたが、それに対する反応はなかった。

 つまり、アントマンティスは敵対する女王がいたら、機械的にそれを狙う。その状態では他の対応は出来ない、と言ってもいい。なので後ろから蹴られても反応はしない。

 何故なら、その戦いは捕食ではなく、群れの存亡を賭けた戦い。アントマンティスにとっては特別な戦いなのだ。それが裕二の予想でもあった。

 女王と言う目印を見つけたら、全てを差し置いて機械的な行動を見せる。その女王を倒さなければ、自分の群れが滅びるかもしれない。その理由は、敵対する女王もまた、自分たちと同じ行動をとるからだ。殺らなければ殺られる。それは普通に殺られるのではなく、群れの壊滅、女王の死を意味する。しかし、その行動が、最終的に群れのリーダーを統一させる事にもなる。アントマンティスには最も重要な戦い。なので捕食対象よりもそちらが優先されるのだ。

 アントマンティスの前に裕二が立てば、それは捕食対象となる。たとえそれが、群れを壊滅させるような敵でも、彼らの行動パターンは決められている。捕食対象はあくまでも捕食対象。

 その時に女王がいたら捕食対象は無視し、自分たちにとっての特別な戦い、存亡を賭けた戦いに没頭する。

 その場合の攻撃対象は女王。そして、女王と自分たちの間にいる者。つまり女王とその兵隊となる。だが、これは女王の前にある邪魔な物を排除する為の攻撃だろう。必然的に劣勢な方は壊滅となる。その間に人が入れば邪魔者となり、それも攻撃対象となるだろう。しかし、その背後ならそうはならない。単純に、女王と兵隊の間にさえいなければ良い。

 この習性を利用し、チビドラがしたように遮るものがない空中なら、アントマンティスは、ただそれを追いかけてウロウロするだけとなる。後ろから蹴られても反応しない。これがやぐらと同じ仕組みになる。

 おそらくフォートナーの軍隊は、そのヒントになる光景を何度も目にしている。しかし、捕食の為の攻撃と存亡を賭けた攻撃の区別をしなかった。だから気付かなかったのだろう。


 そこまでわかった裕二は、次に目印を探す。女王の持つ何かが目印になり、敵対するアントマンティスを引き寄せる。

 裕二はそれが音波か匂いと推測した。そして、実はその後もう一体の女王を発見している。しかし、それは既に死体となっており、他のアントマンティスに殺された後だ。

 だが、死体だったにも関わらず、あまり蹂躙された様子はない。匂いならば死後もしばらくそれが続き、その間も蹂躙されると思われるが、音波なら死んだ直後に止まるので攻撃も止まる。それはおそらくだが、呼吸に対応しているからだろう。アントマンティスは目印が消えるまで攻撃する。そこには機械的な行動故の差があるはずだ。匂いなら死後も蹂躙、音波ならそうならない。死体の具合から後者と判断出来る。もちろん他の可能性もないわけではないが、それが調査の優先順位となる。

 しかし、裕二はその死体を解体し、音波を出しそうな喉あたりの骨を調べると、そこにあっさり笛を発見した。それは死体の外観、喉に二つの穴を先に発見していたので、その調査は比較的スムーズに進んだのだった。

 それを洗浄し、骨から笛の部分を切り取る。それを別の群れで使うと、アントマンティスが集まってきた。その笛が目印となる証明だ。それが裕二の見つけたかった物となる。

 おそらく女王はその笛を使い自分の兵隊に命令する。それが本来の使い方だ。だが、それは他の群れから見れば、自分の女王以外の女王を示す事にもなっている。故に、確実に殲滅しなければならない攻撃対象となる。


「……す、凄すぎる」

「何言ってんだ。キリーも一部当たってただろ」

「……笛が関係してると言っただけ。私ではその笛を見つける事すら出来ない」


 キリーは予想を遥かに上回る裕二の答えに、震えるほど驚いていた。その隣にいるフレックもそれに強く頷く。


「なるほど……大したものだ。感心するよ、ユージ。しかし、それだけ笛があるなら、その分女王を倒したって事になるのか? それはそれでかなり大変そうだが」


 フレックがそう質問する。まだ女王は死体も含め、数えるほどしか見つかっていない。それをするには森の奥へと入り、多くのアントマンティスと戦わなければならない。ひとつの笛を取るのに手間がかかりすぎる。


 だが裕二は、そんな必要はないと、あっさり首を横に振る。


「アントマンティスの女王はどこから生まれるか。それを考えたらわかる」


 アントマンティスは通常の死、自然死の場合、そうなる前に自ら次代の女王を生む。しかし、そうでない場合は、バラバラとなった群れのひとつひとつで女王が生まれる。つまり兵隊が女王に変異すると言う事だ。それが今の状態でもある。


「兵隊は女王になる。そうなれる為の資質を最初から備えているんだ。その資質には笛が含まれる。だからほとんどのアントマンティスには笛がある。でもそれは女王にならないと使われない」


 その器官は、成長したアントマンティスなら全てに備わっている。だが、女王にならなければ、そこへ呼吸を送り込めない等の仕組み、そんなようなものが、あるのだろう。最初から笛を持ってはいるが、女王と言う形の変異をしなければ、それは使えない。


「そう言う事か! てことは、その辺に転がる普通のアントマンティスを解体、加工すれば……」

「笛は手に入る」


 それが裕二の持つ大量の笛だ。


 これでやぐらと笛。その使い方がわかっていれば、アントマンティスは普通の冒険者でも安全に倒せる。


「わかったか? ガークック」

「お、おう。だいたいな。ベルとウドーはわかったか」

「はい! わかりました」

「凄いですよユージさん! そんな事考えるなんて」


 どうやらガークックよりも、ベルとウドーの方がわかっていそうな気がする。裕二はガークックを中心に、その三人へ話す。


「そこでガークック先生に頼みたいのは、笛の量産だな。まだ、これじゃ足りない。ガラックの店に置いて手間賃くらいなら取ってもいいぞ」

「それいいですね! やりましょうよ。ガークックさん」

「そうですよ! 僕ら戦闘苦手だし」

「お、おう。そうだな。他ならぬユージの頼みじゃ断われねえか」

「あまり値段は高くするなよ。こんなのすぐに真似されるからな」


 既にいくつか作ってあるが、まだこれからやぐらも増やす。その位置を書き込んだ地図も作る。

 ガークックたちはそれを受け取り、売る時にやり方を説明する。冒険者が出払う昼間に、アントマンティスの死体を探し、そこから笛を取り出す。それを綺麗に加工して売る事になるだろう。

 彼らはお金を稼ぎながら、同時にこのやぐら作戦を広めてくれる事になる。


「討伐が終わる頃にはフォートナーから大量受注とかあるかもな。彼らは定期的に討伐するし」

「ほ、本当かユージ!」

「いや、そこまで知らん。余ったら売り込んでみろよ。俺は責任取らないけど」

「良し! ベル、ウドー。すぐにやる。行くぞ」


 ガークックたちがその場を去り、残りの者はそれを苦笑しながら見送る。裕二に上手く乗せられた感まる出し過ぎたようだ。しかし、上手くやればそんなに悪い話でもない。後は彼らの商才次第だろう。


「やぐらを作れるのは俺とエリネアとキリーか」

「……あ、あんなに素早く作れない」

「のんびりでいいよ。無理はさせない」

「……も、申し訳……」


 と、何故かガチガチなキリー。自分の力不足を感じると緊張するのだろうか。それをエリネアが微笑ましく見つめる。


「ふふ、キリーってかわいいわね。出来る範囲でやってくれれば充分よ」

「明日はそれと、女王もエーゼルに運びたいな。一旦ガラックに戻ろう」


 ガラックの店、食堂、宿、そして草原のやぐら、笛。その使い方を広めるガークック。これで冒険者たちをバックアップするシステムは完成だ。


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