186 赤黒マンティス
「バイツがいたのかよ!」
「ええ、お陰で助かりました」
王都ではセバスチャンの懸念通りの事がおきてしまった。しかし、そこを偶然通りかかったバイツに助けられた。裕二はそれを聞き、懐かしい友人の顔を思い出す。しっかり者のバイツなら、セバスチャンとも上手く噛み合っただろう。
「そうか。バイツにはまた岩塩拾ってきてやるか」
「ひ、拾った物ではなく、もう少し良い物をお贈りしてはどうかと……」
セバスチャンも忙しかったので、あまりバイツと話してはいないが、彼らも色々と行動しているようだ。
お陰で店に並べる物資は間に合った。
「おお、値付けもしてあるな」
裕二が異次元ポケットから物資を出すと、武器なら武器。その束ごとに値段も書いてある。いわゆる標準小売価格だ。それを基準に後は冒険者の様子を見て値段も決められる。王都の価格とは微妙に違うだろう。
「そろそろエリネアたちも来るだろう。ありがとう、セバスチャン」
さすがにこのままセバスチャンに手伝ってもらうわけにはいかないので、消えてもらう。この人は誰なのか、と聞かれたら面倒だ。
裕二が店の中で次々と物資を出していると、そこへエバとシャーリーンがやってきた。
「す、凄いですね。これだけの……」
「エバ。聞いてはなりません」
「そ、そうでした」
全ての物資を出し終えた裕二は、二人にそれを並べて整理してもらう。
後から来るフレックは力仕事だ。食材は別の場所へ運ぶ必要がある。エリネアとキリーは土魔法で、店に足りない品物を並べて置く為の台などを作ってもらう。
外では村人が椅子やテーブルを運んでいた。とても足りそうにないので、代わりになりそうな木箱などを用意してもらったり、或いは簡単でも良いので作ってもらう必要もあるだろう。
こうして急ピッチで、ガラックは冒険者の為の臨時拠点へと変貌していった。
やがて陽が落ち始める頃、用意されたテーブルの周りには松明が炊かれ、様々な食事の準備も終わる。近くにはテントが張られ、店の品揃えは街と比べても遜色ないほど品物が並ぶ。
その頃からぼちぼち冒険者が村を訪れるようになった。
「おい見ろよ! やっぱりくそエーゼルで買わなくて正解だったな」
「すげーな。こんな村にこんな店があるのかよ」
「品質も良いな。の割に値段もまあまあだ。魔石まであるのか」
そして、テーブルの方も賑わい始めた。
「うーん。美味い!」
「やっぱり暖かいものがいいよな」
ガラックは急激に雰囲気も明るくなり、アチコチでお金のやり取りが見える。早速大きな布袋を購入した冒険者が、アントマンティスの討伐部位を詰め込んでいる光景も目にする。村人も、当初考えていた人数よりも多くの人が忙しく動き回る。
これでガラックは冒険者の拠点としての役割を、何とか果たしてくれそうだ。
「凄いなユージ。これなら大規模討伐も円滑に行くだろうな」
「そうだな。彼らには頑張ってもらわないと」
フレックと裕二がその光景を見つめる。
「しかし、これだけの物資。どうやって揃えたんだ」
「ま、まあ。そこは色々とな」
「そうか。なら詳しくは聞かん。俺たちも明日に備えて飯食って寝るか」
フレックにどう思われているのかはわからないが、裕二が収納魔法を使えるのはとっくにバレているだろう。だが、彼はそれについて詳しく聞こうとはしない。正常な冒険者にとって、それは当たり前の事でもあるからだ。
今日一日でやり終えた拠点作り。
テーブルから賑わう楽しげな声は、それが上手くいった証となるのだろう。
彼らの笑い声が、一時の平穏を裕二たちに与えてくれる。
「明日はミリーダに行く。フレックとキリーも行くだろ?」
「そうだな。この近辺の掃除は彼らに任せれば良いからな。と言うか、特に必要がなければ、俺たちは今後もユージたちと共に動くつもりだ。構わないか?」
裕二、エリネア、エバ、シャーリーンは元々グループとして動いていたが、フレックとキリーは別だ。しかし、彼らも今まで裕二たちと行動を共にし、様々な事を見て一緒に動きたいと思ったのだろう。それはこちらも歓迎だ。
「ユージの采配で動いた方が効率も良さそうだしな」
「ああ、こちらもよろしく頼む。でもキリーの意見は?」
「大丈夫だ。キリーはああ見えても納得している。エリネアと仲良くなりたいみたいだぞ」
「そ、そうなのか。そうは見えないけど」
いつの間にかその辺は話し合ったのだろうか。特に問題はないようだ。
「明日まではやる事も同じだ。それ以降は様子を見て決めよう」
「わかった。頼むぜ、リーダー」
「うぐっ、リーダーじゃないけど」
そして、裕二は再び冒険者の集まるテーブルを見渡す。
――そういや、ガークックがいないな。アイツ何やってんだ?
◇
翌朝はミリーダへ向かう。そして、一番問題なのはここになる。
ミリーダはエーゼルから一番離れている。途中の村を放置するワケにもいかないので、来る順番は最後になってしまう。だが、クラカトの森から一番近いのはガラックとなり、本来ならそこが一番危険だ。しかし、今回の場合フォートナーから兵士が来ないので戦力は均等に行き渡らない。そうなると現時点で冒険者の集まっているガラックよりも、彼らが最後に到着するミリーダの方が危険となる可能性は高い。
通常ならガラックこそが危険。しかし、通常とは違う今回の場合はどうなのか。裕二たちがそれに気づいたのは、もうミリーダが遠くに見えだした頃。なんとなく村の雰囲気を察し始めた頃だ。
「ちょっと、まずくないか」
目を細めてミリーダを見る裕二。まだほとんど点にしか見えていないが、裕二は突然馬の速度を上げた。
「悪いが先に行く」
「ゆ、ユージ! おい」
フレックの言葉を無視して裕二は馬を走らせる。後ろにエリネアを乗せているが、精霊馬なのでそれにもかかわらず速い。しかし、その様子を見たフレックはミリーダで何かが起きているのだと理解する。
「俺たちも急ごう」
先行する裕二とエリネアにはその様子が徐々に見えてくる。
「柵にアントマンティスが取りついてるわ。何とか間に合ったよう……いえ! 間に合ってない」
ミリーダを守る柵にはアントマンティスが取り付いている。その向こうには、やぐらから攻撃する村人が見える。
一見すると最初の村、ライラと似たような状況だ。
普通のアントマンティスは柵を越えられない。鎌による攻撃で柵を破壊すれば突破も可能だろう。しかし、現状そうなってはいない。柵は何とか持ちこたえているのだ。
エリネアが間に合っていないと判断した理由。それは――
「一体だけ変なのがいるわ。その個体だけが柵を登ってる」
「くそ!」
他のアントマンティスよりも一回り大きなのがいる。色も少しだけ違う。
通常のアントマンティスは真っ黒だが、そのアントマンティスは僅かに赤い。正確には赤黒いと言える。その赤黒いアントマンティスがミリーダの柵を乗り越えようとしている。
「エリネアは馬を頼む。ムサシは村の中を行け。村人に見られるな。俺は外をやる」
裕二がそう言った直後、馬上から掻き消えた。亜空間を通る移動魔法、クイックムーブを使い一気に村との距離を詰める。
その直後に裕二の剣は、柵を登る赤黒いアントマンティスに突き刺さっていた。そして、周りのアントマンティスも一掃すると、急ぎ柵を越えて村に入る。
そこには二体の赤黒いアントマンティスが既にムサシに倒されていた。
しかし、やはり間に合わなかったのか、数人の村人もそこに倒れている。
「テン! 治療だ。セバスチャンはエリネアが到着次第、村人の治療をするよう伝えろ」
◇
全員がそこに到着する頃には全て終わっていた。裕二やエリネアの治癒魔法により助かった者もいるが、若い男性二名は既に事切れており間に合わなかった。きっと彼らは家族を守る為、アントマンティスに立ち向かったのだろう。
「あ、ありがとうごさいました。あなた方が来てくれなければ今頃はもっと……」
村長らしき人物が裕二に頭を下げる。
何名かは助ける事が出来たが、若者の遺体の側にはすすり泣く家族らしき者たちが見える。しかし、さすがの裕二でも死人を蘇らせる事は出来ない。
裕二たちは沈痛な面持ちでその場を離れた。そして、先程の赤黒いアントマンティスの死体を眺める。
「こいつはなんだ? シャーリーンとエバは何か知っているか」
「私は初めて見ました。エバは何か知ってる?」
「いえ、私も初めてです」
「そうか……とりあえず通常通りの作業をしよう。こいつの事は後回しだ」
裕二たちは村長と話をしてから作業に入る。さすがにそれも全員慣れてきたのかかなり早くなっている。エバとシャーリーンは何も指示せずとも動けるし、キリーも壁を作れる範囲が短期間でエリネアに迫っている。フレックも周りの様子を見ながら、アントマンティスの死体を片付け、他の人の手伝いを行っている。
そして、それが終わると村長から提供された空き家に集まる。
「見てみろユージ。この鎌は大きさ、硬さ、鋭さも普通のアントマンティスより上だ」
フレックが切り取った赤黒いアントマンティスの鎌をテーブルに乗せた。それを手に取る裕二。
「確かにな……つまり攻撃力も防御力も上がってるって事か」
だがそれでも、ここにいるメンバーなら、その程度の違いなど誤差の範囲だ。苦戦するなどあり得ない。しかし、アントマンティスと戦うのは裕二たちだけではない。
「でも、何でこんなのがいるのかしら」
エリネアがそう呟く。今までこんなアントマンティスはいなかった。そして、エバとシャーリーンもコレについては知らない。
「アントマンティスは女王を殺されると群れがバラバラになり、各群れで女王が生まれる」
それは、より強い女王を求める自然の本能なのだろう。それぞれの女王が群れを率いて戦い、勝ち残った女王が新たに全体の群れのリーダーとなる。それが終結すれば、アントマンティスは数を増やさなくなり、やがて群れの数も落ち着いてくる。
しかし、そこに人が介在し、全ての群れのリーダーとなるはずだった女王を倒せば、アントマンティスは更に強くならなければならず、それは更に数を増やすと言う事にもなる。
「数による戦力増強では足りなくなった。だから、次は個の強さを求めた。それがこの赤黒いアントマンティスじゃないか?」
「……たぶんそう。そして、赤黒マンティスはこれからも増える」
裕二の推測に珍しくキリーがそう答える。そして、いつの間にか赤黒マンティスと名づけている。
「赤黒マンティスって、ピッタリな名前だな」
「……そ、そんな事ない」
と、同意する裕二に、何故かフルフルと首を振り否定するキリー。
この状況を考えると、今までにないほど、アントマンティスの女王は殺されているのかも知れない。それをするのは女王から蜜核を取るため。それ以外の理由もあるかも知れない。
「それをワグラーがやってるのかもな」
「ワグラー? 誰の事だ」
フレックが裕二に訊ねた。裕二は一度シャーリーンに目を向ける。
「話して良いか、シャーリーン」
「ええ、構いません」
シャーリーンに了解を取った裕二は、フレックとキリーにも今まで事を話す。
今回の事はエーゼルの代官である、グレイダと大盗賊ワグラーが絡んでいる。そして、彼らはこれから何かをしようとしている。
「なるほど。そう言うワケだったのか。エーゼルのぼったくりも何かワケがある。ユージたちはそれも調べている」
「まあな。だが、村人も救わなきゃならないから今はそっちを優先させてる」
「わかった。俺とキリーも出来るだけ協力しよう。構わないだろ? キリー」
「……構わない」
これで裕二とエリネアの正体と能力以外の情報共有は出来た事になる。そして、これからどうするのかを考える。
「とりあえずの問題は二つだ」
それはこの赤黒マンティスによる戦力増強。裕二たちなら問題ないが、普通の冒険者にとっては違う。
「おそらくここに集まってるのは下級中級クラスの冒険者だ。赤黒マンティスの群れが出てきたら厳しいな」
裕二が以前いたシェルラックの冒険者なら、この程度は問題ない。しかし、ここではそうならない。名のある冒険者が集まるシェルラックとは違うのだ。
今はまだ少ないが、群れ全体が赤黒マンティスになったら、かなりの苦戦を強いられるだろう。そして、その予想はおそらく当たっている。
「攻略法でも考えるか」
「攻略法?」
「ああ、俺は以前シェルラックにいたんだ」
「はあ、なるほどな。だからユージは凄いのか。あそこはとんでもない猛者が集まるらしいな」
「まあ、そうだな。シェルラックでは強いモンスターほど攻略法を作る。効率よく倒す為にな。だから実際は猛者も多いが、そこまででもない兵士や冒険者もけっこういる。彼らは街道や森の浅い場所を、その攻略法を使い担当している。フレックとキリーなら上位の精鋭少数分隊に入るぞ」
「ほう。そのシェルラック譲りの攻略法をアントマンティスで考えるって事か。ユージならそこにいたから、そのノウハウもあるってわけだな」
「ノウハウって程じゃないけど」
とは言っても、今すぐ何かアイデアがあるわけではない。もう少しアントマンティスについて調べる必要があるだろう。
「もう一つ問題は、この赤黒マンティスが柵を登るって事だ」
「そ、そうなのか!」
遅れてきたフレックたちはそれを見ていない。今初めてそれを知り驚いている。その驚きが意味するものとは。
「じゃあ、今まで作ったライラとガラックの壁は……」
「登られる可能性もある」
赤黒マンティスはその脚力により、ミリーダの柵を乗り越えた。裕二たちはライラとガラックに新たな壁を作ったが、それは赤黒マンティスを考慮した壁ではない。つまり、赤黒マンティスの群れが村を襲えば、新たな壁も突破される危険がある、と言う事だ。
「そこでフレックとキリーにはしてもらいたい事がある。特にキリーだな」
「…………」