184 村の策
「急ぐぞ、キリー!」
先頭のフレックとキリーは馬を急がせる。
ライラの村の外側。その一か所に群がるアントマンティス。そこから聞こえる咀嚼の音。
何を食べているのかは、群がるアントマンティスの影になり見えないが、状況的に見て、逃げ遅れた村人が襲われた。人が食われてる可能性は高い。
「うっ……」
「姫様! 見てはいけません」
込み上げるものを押さえ込むシャーリーン。その目を手で塞ぐエバ。
しかし、裕二とエリネアはそれ程動じていない。
「人じゃないから大丈夫だ」
「でも、アレは食料かしら。何故あんな所に……」
裕二たちが言うには、アントマンティスが食べてるのは人ではなく、何らかの食料らしい。
だが、村の外側にアントマンティスが食べられる食料が置いてある状況もおかしい。
「見てみな」
裕二の指差す方向には、既にフレックとキリーがアントマンティスをほぼ倒しきっている。そして、そこにあった物も見えるようになっていた。
「アレは……肉や野菜でしょうか」
エバが裕二にそう訊ねる。
「まあ、そうだけど。見るのはその上だ」
「上?」
エバはそこに向けた視線を辿る。
アントマンティスの向こうには、村が作ったモンスター避けの柵があり、更にその向こうにはやぐらが組まれている。
上とは、そのやぐらの事だ。
やぐらの上には数人の村人がおり、そこから食料に群がるアントマンティスに槍を向けていた。
「食料でアントマンティスを一か所に集め、槍で攻撃してたんだ」
「なるほど……あの柵ではあまり長くは持ちこたえられないし、一か所に集めた方が狙いやすい」
「おそらく何度もやってるんだろう。ここで暮らす者の知恵ってワケだな」
そんな状況に納得しながら、裕二たちはフレックとキリーに合流する。
すると、やぐらの上から声がかかった。
「アンタらは、アントマンティス討伐に来てくれたのかい?」
「そうだ。村には入れるか」
「ちょっと待ってくれ。今、門を開ける」
代表して答えたフレックは、裕二の方を向き苦笑する。
「人が喰われてるかと思ったが、村人もなかなかやるな」
「……フレック……勘違い」
そう言いながらキリーはフレックをジロリと見上げる。
◇
「ありがとうございました。おかげで助かりました。私はライラの村長、マークスと申します」
裕二たちはライラの村長、マークスに案内され、彼の家へと向かう。そこで現在の状況を話してもらう。そこでまず話されるのは、先程の食料を使ったアントマンティスへの攻撃だ。
「いい作戦だとは思うけど、アレばかりは出来ないだろう」
フレックがそう訊ねる。
「ええ、仰るとおりです。アレを何度もやれば、村の食料はなくなります。先程の食料も備蓄から出したもの。これ以上は持ちこたえられません」
村は自分たちの食料を犠牲にアントマンティスを倒している。しかし、それも当然限りがあるので、いつかは底をつく。
村長のマークスが言うには、それもギリギリの状態になっており、早く兵士が来てくれるのを待ち望んでいると言う。
「派兵は検討段階らしい。代わりに冒険者がくる。聞いてないのか?」
「そ、そうなのですか。今頃、検討段階では……」
村にそのような話は聞かされていないらしい。つまり放置されてる、と言う事だろうか。
「我々はエーゼルから来た役人から、しばらく持ちこたえろ、と言われただけで……」
話を聞く限り、役人は様子を見に来た程度。そこへエバが質問する。
「エーゼルの私兵は? 確か五十人くらいはいるはず。彼らが先遣隊になるはずですが」
「いえ、役人の護衛で数名来ただけで、一緒に帰りました」
「そんな! エーゼルは何を考えているのですか!」
それさえもやっていない事に憤るシャーリーン。フォートナー家の人間としては当然だろう。
エーゼルには少数ではあるが、シーハンス家の私兵がおり、こう言った場合には彼らがアントマンティスの調査、バルフォトス本隊が来るまで、村の防衛を担う。しかし、それは動いていないらしい。これでは完全に、村を見殺しにしたいとしか思えない。
どう見てもライラはエーゼルに見捨てられている。おそらく、この先にあるガラックとミリーダも同じである可能性は高い。
「だいたい状況はわかった。役立たずのエーゼルはとりあえず無視だ。まずは食料。それと村の防衛強化。この二点だな」
裕二がそう言って立ち上がる。
「マークスさん。食料は余分にあるので供給します。食料庫へ案内して下さい」
「は、はい」
裕二にはエルファスで受け取った食料が、かなり残っている。その半分も放出してやれば、とりあえず食料難は防げる。
「シャーリーンとエバはそれを村人に上手く分け与えてくれ」
「わかりました」
「はい!」
「後は柵をどうにかしたい。エリネアは土魔法で柵の強化を頼む」
「ええ、任せて」
「キリーもそちらを手伝えるか?」
「……可能」
「良し。フレックは外の見張りを頼めるか? 一時的に柵が無くなる場所は用心してほしい」
「わかった、任せてくれ。キリーとエリネアを、アントマンティスの攻撃で煩わせないようにするんだな」
「そうだ。俺も後で手伝う」
そして裕二の指示でそれぞれが動き出す。
裕二とマークス、シャーリーンとエバは食料庫へ。エリネアとキリー、フレックは外へ向かった。
食料庫は村長宅の裏にあり、マークスにその扉を開けてもらう。そこにはほとんど食料はなく、残された食料も今日中に食べ尽くしてしまいそうな量しかない。
そこへ裕二が、異次元ポケットから大量の食料を出す。それをシャーリーンとエバが仕分ける。そこへ村人を集めて取りに来てもらう。
裕二はそこまでやると、後は任せて外へ出る。
「後はこれを備蓄分と各家庭、均等に分けないと」
「姫様、私がやりましょう」
エリネアとキリーは村の門から柵を作り変えていく。その方法は土魔法による強固な壁の作成。
二人で作って高さや厚さがバラバラにならないよう、先に打ち合わせる。
とりあえずエリネアが、高さ五メートル程の壁を作る。
「これでどうかしら?」
「……可能。でも村の周り全てでは魔力が持たない」
「私が七割やるわ。キリーは三割ならやれる?」
「……可能……ご、ごめんなさい」
「ふふ、いいのよ。三割でも村全体の、となると大変よね。余力は残しておかないと」
自分の力不足を詫びるキリー。それでも三割やってくれるなら大助かりだ。
エリネアは意外と素直で可愛らしいキリーに微笑みながら、壁を作り始める。
その外側にいるフレックは、二人が作業中に他の事に煩わされないよう、見張りをする。
「うぉ……おお! 凄いな」
エリネアの魔法をかけ始めると、柵の真下から土が盛り上がり、そこに刺さっていた木の杭はどんどん抜けて倒れる。
その土が一定の高さになると、今度はそれがギュッと引き締まり壁の硬度を増す。
フレックはそこを拳でコンコンと叩いてみる。
「硬い。これなら問題ない」
エリネアは外周に沿ってゆっくりと壁を作る。反対方向ではキリーも同じ事をしている。その二人がぶつかれば終了だ。
「ほう。魔女っ子キリーなかなかやるな」
そこへ裕二もやってくる。
「ユージか。今のところアントマンティスの気配がないから、俺はやる事ないな」
「なら、抜け落ちた木材集めるか。それで新しい門だけ村人に作ってもらおう」
「そうだな。今あるのは殴ったら壊れそうだ」
村人たちは新たな門作り。裕二たちの夕食を用意。泊まってもらう空き家の掃除。などを手伝い、作業はなんとか終了する。
そして裕二たちは食事を終えると、村の用意してくれた部屋に集まる。色々と情報交換、作戦会議をする為だ。
最初にフレックが話し始める。
「まず、エーゼルだな。あまりに非協力的すぎる。物資を持ち込んできてる者は良いが、普通は荷物を減らしたいからな。あれでは討伐に差し支えるぞ」
やはりフレックたちもそう感じているようだ。これから集まる冒険者はそんな環境で討伐をしなければならない。
「エーゼルがそこに協力する気はないみたいだぞ。ひとりその件で揉めて帰ってるのを見たからな」
「そうなのか? マズイな。それでは個々の負担が大きくなってしまう」
「それはどうにか改善したい。後で考えよう」
それについては今すぐには取り組めない。だが、早急に何とかしたい問題だ。対応が遅れれば、それだけ冒険者は減ってしまう。
それを何とか改善し、アントマンティスの討伐に取り組む。最初は村近辺の草原だが、早めにクラカトの森へも入りたい。そちらの方が数は多いはずだ。
今はまだ、どの程度アントマンティスが増えてるのかさえわかっていない。
「明日は隣村のガラックに行ってみよう。そちらの状況も知りたい」
裕二がそう提案する。
「わかった、そうしよう。ところでユージ。魔人の噂は知ってるか」
「魔人……ああ、一応知り合いに聞いてる。だけど詳しくは知らない」
「そうか。なら、俺の知ってる事は話しておく」
フレックとキリーもその噂は聞いている。しかし、魔人目撃の噂など、そうそうあるものではない。
「俺たちはその噂の出どころを探ってきた」
「そうなのか!」
「ああ、魔人の首と情報があれば大儲けだからな。実は俺たち、それを辿ってクラカトに来たんだ」
魔人の首と情報。そう簡単には得られないものだ。もしそれを手に入れ、ペルメニアに差し出せば、かなりの額の報奨金がもらえる。フレックとキリーの狙いはそちらにあるが、もちろんそれが簡単ではない事は知っている。
なのでそれを探りつつアントマンティスの依頼も受けている。
「俺たちはペルメニア方面から来た。その道中、行商人から魔人の噂を聞いた」
フレックたちはその行商人から辿って数人から話を聞いた。その全てが多少の差はあれ、クラカト周辺の目撃となっている。
そして、その噂を最初にバラまいた人物についても聞いた。
「まあ、自分が見たって事だな。それも行商人だ。だけど、そいつは行商人仲間では全く顔の知られてない奴だそうだ」
話を聞いた行商人たちも、その噂を聞いた時以外は会ったことがないと言っていた。
「なので、噂の出どころはかなり怪しい」
それを聞いたシャーリーンが口を開く。
「つまり、嘘をついてる可能性もあるって事でしょうか。例えばクラカト周辺に人を近づけない為、とか」
「正直良くわからない。それをすれば魔人を恐れて近づかない人もいるが、俺たちみたく近づく人もいる。近づけたくないなら、魔人ではなく別のモンスターとかにした方がいい」
「それもそうですね……」
――近づく人もいる……俺もそうなるな。それを待ち構えている可能性はある。
裕二はそう考える。しかし、ひとつ疑問もある。
「それを俺たちに話してもいいのか? 魔人の首を狙っているなら普通話さないだろ」
「まあ……そうだな。だからあまり他所では言わないでくれ。裕二たちは今までの態度を見て信頼出来ると判断した。だから話した。もし、魔人に出くわしたら協力してほしいからな。なら、話しておくべきだろ?」
フレックは笑いながらそう話す。キリーもほんの少しだけ、広角が上がっている。笑っているのだろうか。
魔人の首を狙い、その情報収集も積極的に行うフレックとキリー。裕二にとっては仲良くしておきたい存在だ。
「わかった。その時は協力しよう」
裕二も笑顔で応える。