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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第五章 クラカト
182/219

182 大規模討伐の仕組み


「来たか」


 グレイダは自分の執務室で大きな椅子に足を組んで腰掛ける。その前にある机を挟み、不機嫌な顔で男に話しかけた。


「へっへっへ。何だその顔。随分やられたな」

「黙れ……」

「だいたい聞いてるぜ。ユージとか言う冒険者か。そいつを殺せば良いんだな」

「いや……あの野朗は俺が殺す!」


 その男の身なりは汚く、街の有力者であるグレイダにも不遜な態度だ。しかし、その態度は問題にされず受け入れられている。


「強いから俺を呼んだんだろ?」

「違う……アレを使わせろ」

「はっ!? 馬鹿言うな」

「いいからアレを持ってこい!」


 男はため息を吐き肩をすくめる。


「お前馬鹿か? 何のために今までやってきた。今バレたらどうする。俺はそんな危ない橋は渡らん。手を引くぞ」

「くっ……」

「少しは冷静になれよ。そいつを殺せばいいんだろ? 俺がやってやるから、それで我慢しろ」


 男はグレイダをそう諭す。グレイダの方もそれで冷静さを取り戻したのか、随分落ち着いた表情になってきた。


「そうだな……そんな事には使えんか」

「そうだ。アレは適切な場面で使う。何度もそう言っただろ。俺に任せておけ。皆殺しで良いのか?」

「いや、待て。シャーリーンともう一人、凄い美人の女がいる。そいつらは生かして連れて来い。他は殺せ」


 ここで言うもう一人とは、間違いなくエリネアの事だ。


「あの女は俺の奴隷にする。死ぬまで楽しませてもらう。シャーリーンは用が済んだらさっさと殺す。それまでは楽しませてもらうが」

「そうかい。好きにしろよ」

「まあいいだろう。あの女はかなりの上玉だ。それで満足してやろう。出来れば、あのクソゴミの前でめちゃくちゃにしてやりたかったが」


 サディスティックな笑みを浮かべながらグレイダはそう言った。それを聞く男は、いつもの事なのか特に表情は変えない。


「お前の言うとおりにしてやるんだ。そっちもちゃんとやれよ」

「ああ、任せろ」


 話が済んだのか、男は振り返り部屋を出ていった。そのしばらく後にグレイダもそこから出ていく。


「何だろうね。きったない男。グレイダも相当なゲスだね」

「テン。屋敷はどうでした」

「怪しい物はない。蜜核らしき物もなかったよ」

「そうですか」


 その執務室の窓の外。そこにはセバスチャンとテンがいた。おそらくグレイダは報復を考えるだろうから、様子を見てこいと、裕二に言われていたのだ。


「あの汚い男の事はシャーリーンとエバにも言うんでしょ? 汚い男でわかるかな」

「大丈夫です。わかるようにしてありますので」



 亜空島で食事を終えた裕二たち。後からくるセバスチャンやテンの事を教えながらお茶を飲む。もちろん細かい事までは教えない。それも聞かないようにそれとなく言っておく。


「後は今後の方針だけど……」

「その前に私から良いですか」


 エバが手を上げて発言を求める。


「実は、今日のグレイダとのやり取りで気づいた事があります」


 それは裕二たちが冒険者の怒鳴り声を聞いて店に駆けつけた後から、グレイダが裕二に殴られて店から出ていくまでの間だ。


「その中でグレイダは随分おかしな事を言ってました」

「おかしな事?」


 エバが言うのは冒険者とグレイダのやり取り。その中でグレイダはこう言っていた。


「ふん、なるほどな。おい、お前! 値段に文句があるなら買わなければいいだけだ。それを決める権利は店にある。お前にそれを決める権利はない!」


 それは裕二も良く覚えている。頭にくる発言ではあるが、特に間違ってはいないように思える。もちろん冒険者の方も間違っていない。

 店の決めた価格と冒険者の求める価値基準が折り合わなかった。それを決めるのは冒険者ではなく、店側なのも確かだし、独占販売のような形で、釣り上げた価格に抗議するのも普通の事。

 価格が高いので買うのを諦める。今回は冒険者が折れた。そんなのは良くある話でもある。だから裕二はそこに口出しはしなかった。


「ですが、これは間違ってます」

「どう言う事だ?」

「姫様はわかりますか? フォートナー家令嬢と言う立場上、わかってなければいけない事ですよ」

「え……ごめんなさい。わかりません」


 エバ以外は何が間違ってるのかわからない。しかし、シャーリーンは立場上わかってなければならない。それはクラカト周辺の事情が絡むとも考えられる。


「店側が価格を決めるのは間違ってはいません。ですが、それは平常時の場合です。今はそうではない」


 クラカトの森でアントマンティスが増えると、それに対応するのはクラカトから最も近いエーゼルが中心になる。

 そこには冒険者であろうがバルフォトスの兵士であろうがお金がかかる。エーゼルには少なからずその負担がある。


「それだと。だから、負担を減らす為に店の価格を上げる……ってならないか?」

「なりません。先程の冒険者は何も買わずに帰ったではありませんか。同じように買い控えをする人が増えます」


 エーゼルは兵士や冒険者が消費する物資を供給する必要がある。バルフォトスの兵士はそれがある程度支給されるが、それはあくまである程度だ。湯水の如く物資が使えるわけではなく、経費を考えてそうさせない部分もある。極端に言うと横流し防止みたいな事だ。

 足りない場合そこで取れた素材を売り、必要な物資を揃える事も良くある。兵士はアントマンティスを狩るのだから、実際それ程負担にはならなず、余分な支給を抑えられる。

 そして、それをするのは兵士だけでなく近隣に住む一般住民や流れてきた冒険者なども含まれる。依頼がなくても冒険者はアントマンティスの素材を売れるのだ。

 大規模討伐の場合、同じ素材が溢れるので、その買い取り価格は下がりやすく、必要な物資を揃えにくい状況が出来てしまう。


「そうならない為に、バルフォトスはアントマンティスが増えた場合、エーゼルに補助金を支給するのです」


 エーゼルはその補助金を受け取り、素材の買い取り、物資の価格が適正になるようコントロールしなければならない。

 それは討伐が円滑に進むよう、買い取りと供給をエーゼルがバックアップすると言う事だ。

 シーハンス家はそれをする為にエーゼルにいると言ってもよく、最も重要な仕事のひとつと言える。


「グレイダは補助金を使い、出来るだけ買い取り価格を上げ、店の価格を下げなければならない。店にそれを決める権利などないのです」


 今回は兵士よりも冒険者を使うので、物資の支給がない分経費は下がる。それは討伐を円滑に進めるため、街を通して還元しなければならない。

 店が通常の何倍もお金を取ることはあり得ないのだ。


「そ、そうなのですか? 知りませんでした」

「実際は正規兵の維持や徴兵の数などあるのでもっと複雑です。冒険者との比較は簡単ではありませんが、グレイダはそれを書き換えるられる地位にあります。どちらにしても、冒険者が不利益を被るのがおかしいのは、間違いありません。姫様はお勉強なさって下さい。我々はアントマンティスを上手くコントロールしなければなりません。最前線の兵士は街や村がバックアップしてこそ、大規模討伐が出来るのです」


 それはクラカト周辺の街や村が、一致団結して行う事。その中心にエーゼルがある。それが正しい形だ。


「それならエバの言うとおり、確かにおかしいわよね」


 そこにエリネアが疑問を口にする。


「兵士を呼ばずに冒険者を呼ぶ。その冒険者からお金をぼったくれば、彼らはバカらしくなって帰ってしまう。店にいた人もそうでしょ? そうならない仕組みがあるのに、それはやらない」

「だな。そうなれば討伐は進まず近隣の農家から被害が出る。そこの税も減る。いずれエーゼルにもアントマンティスが到達する。何も良いことはない。冒険者からぼったくる程度では埋め合わせ出来ないし。蜜核を大量に取るのが目的でもアントマンティスを放置は出来ないよな」


 それでは街や村が壊滅する危険がある。蜜核を大量に取る、とアントマンティスを大量に増やす、はイコールではない。そのバランスを欠いては自分たちの被害に繋がる。その為に必要な戦力である冒険者に不便を強いる。グレイダはいったい何がやりたいのか。


「アントマンティスを増やしたい……けど何でかしら? フォートナー家を乗っ取るにしても難しくなると思うわ。地理的に考えれば、そこより先にエーゼル、つまり自分が被害を受けるはずよね。そうなると、フォートナー家から見ればグレイダの失態にも見えてしまうし」


 グレイダは本来しなければならない事をせず、アントマンティスを増やしている。増やしたいとも思える。利益や乗っ取りよりも被害を求めているのか。

 兵士を呼ばないだけではなく、冒険者も遠ざけようとする。それではエーゼルが困るはず。

 おそらく、これだけではわからない。まだ情報が足りてないのだろう。


「お、帰ったか」


 ちょうどそこへ、セバスチャンとテンが帰ってきた。シャーリーンとエバも少し驚きつつ会釈をする。


「申し訳ありません裕二様。グレイダの部屋に不審な人物がいたので、それを見せる必要があると思い、これを使わせていただきました」

「うおー、そんなのあったな。久々に見たぞ」


 セバスチャンはそれを裕二に差し出す。裕二以外の者はそれが何だかわからない。


「ユージ、これなに? 黒い板みたいだけど……」

「これはスマホだな」

「スマホ?」


 それは裕二がこの世界に来た時に持っていた物。セバスチャンに異次元ポケットができてから、そこに放り込んで今まで全く使っていなかった。


「要は景色を写し取って後から見れるんだよ。それ以外にも使えるけど」

「以前にバチルの使ってた記憶石みたいなものね。それも魔石なの?」

「まあ……そうかな。セバスチャン、これに不審人物が写ってるんだな」

「その通りです」

「そうか。謝る必要ないよ。良くやった」


 今回セバスチャンはそれを使い、グレイダの部屋を窓から撮影した。そこで行われた話の内容と人物を見せる為に。


 裕二は早速スマホを起動させる。バッテリーはその当時のまま残っているので問題なさそうだ。

 画面が小さいので寄り集まって見なければならないが、その映像は裕二以外の三人には驚くべきものだった。


「こんなに綺麗に映るのね。記憶石より遥かに質が良いわ」


 エリネアは感心しながらそれを見る。シャーリーンとエバも同様だ。

 そして、映像が始まると正面にグレイダ。その前で背中を見せる不審人物が映し出された。しかし――


「…………何よこれ。おぞましい」


 わかってはいたが、そのクズっぷりに呆れるエリネア。内容は聞くに耐えないもので、全員の表情も険しくなってくる。

 そこには裕二を私怨で殺し、エリネアを奴隷とし、シャーリーンを利用した後に殺すと言っているグレイダがいる。


「姫様に対しなんて事を!」

「き、気持ち悪いです」


 裕二も言いたい放題のグレイダには頭にきている。


「大丈夫だ。エリネアには指一本触れさせない。シャーリーンとエバも雇われたからには必ず守る」

「ユージ……私も必ずユージを守るわ。でも、エーゼルは一度終わってもらう必要があるわね。たかだか代官程度が何様のつもりなのかしら」


 そう言いながらスマホを睨むエリネア。それを横で見ていたシャーリーンとエバは、代官程度と言い切れるエリネアにビクッとする。

 当然そこには口を挟まずスマホに集中する。


「不審人物は汚いけど、服じたいは良い物ですね。剣やアクセサリーも安くはないでしょう」

「盗賊でしょうか。豪華な服を着て山や森で暮らしている感じですね」


 シャーリーンの言葉にエバが答えた。

 人々から奪った中で良い物を身につける。しかし、そのアジトは人の立ち入らない山や森。不審人物の身なりから、そう推測出来る。


「しかし、アレって何だろうな。秘密兵器っぽいけど」

「アレで通じてるから隠語として使ってるのね。適切な場面でアレを使うって言ってたから、何かを企んでいるのは間違いないわ」


 グレイダの口から何度か出てきた『アレ』と言う言葉。それが何なのか、現時点では全くわからない。

 しかし隠語を使い、屋敷に怪しい物もないのなら、これ以上グレイダを調べても何もなさそうだ。それは予めどこかに隠されているのだろう。その鍵は、グレイダの目の前にいる人物にありそうだ。


「話は終わりか……」


 そして、映像は最後となり、今まで背中を見せていた不審人物が振り返り、その顔が映し出される。その直後、エバとシャーリーンが叫んだ。


「わ、ワグラー!」

「こ、これがワグラー」


 二人が知るワグラーと言う不審人物。彼は何者なのか。


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