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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第五章 クラカト
180/219

180 エーゼル


 精霊馬に乗りエーゼルへ向かう四人。裕二とエリネアで一頭。シャーリーンとエバで一頭を使う。


「本当にすいません。馬まで貸していただいて」

「まあ逃げたなら仕方ない。それより、シャーリーンは家の方、大丈夫なのか?」

「ええ。ペルメニアの友人に会うのでしばらく戻らない事にしてあります」


 エバも最初はそのつもりでついて来たらしい。だからあんなに反対していたのだろう。色々と小細工をして家を留守にしているようだ。


「馬を貸して悪いな、エリネア。後で亜空島の書斎に指輪が残っているか探すか」

「いいわよ。私はこの方がいいの。白虎の時は一緒だけど馬だと別々でしょ」

「まあ……そうだな」

「もしユージに何かあったら、そばにいる方が良いでしょ? 私はその為にいるんだから。ユージは私に好きなように命令すれば良いの」

「う、うん」


 エリネアは裕二の腰にまわした手を、こちらへ引き寄せるように動かす。


 ――なんか……密着度が増してるような……

 ――ユージおっぱい当たってる?

 ――ミャアアア?

 ――たまに……かな。


 エリネアも裕二との旅に慣れてきたのか、あまりその辺は気にしなくなったようだ。裕二はちょっと嬉しい。

 一方のシャーリーンとエバも小声で話している。


「姫様。あの二人冒険者ではなく、かなり高位の貴族かも知れませんね」

「ええ、特にエリネア様は気品が違いますね。あのマントがなければかなり目立つのでしょう。良く見ると同じ女性でも見惚れてしまうような美しさでしたから」

「そのエリネア様はかなりユージ様を大切にされてるご様子。恋人同士かと思いましたが……主従関係にも見えます」

「何者かはわかりませんが、契約魔術がありますから迂闊な事を聞いてはダメですよ」

「そうですね。何が契約に引っかかるか」


 ――て、言ってるねー。

 ――ミャアアア。

 ――一応上手くいってるな。


 お互いにヒソヒソと話しながら馬を走らせる。一応アリーに探りを入れてもらったが、偽の契約魔術は問題なく作動している。これで裕二たちが多少変わった事をしても大丈夫だ。


「あれは……アントマンティスですね」

「既に倒されてます。他の冒険者でしょう」


 進行方向の脇に見えるバラバラにされたアントマンティス。これは裕二がムサシに命じて殺らせたものだ。

 本来はアントマンティス程度なら、現れてから倒してもムサシに先行させてもどちらでも良いのだが、今はさっさとエーゼルに行きたいのでそうしている。


 やがて街道は左右に別れる分岐点に差し掛かった。

 そこにある立て札には、右がライラと言う村、左がエーゼルと書かれている。裕二たちが進むのは左のエーゼル。

 ライラ方面に行くと、その先はガラック、ミリーダと農村が続く。南には草原が広がり、その向こうがクラカトの森。森を南東に抜けるとクラカト湖がある。裕二たち本来の目的地はそちらだ。


「見えてきました。あれがエーゼルです」


 シャーリーンが指し示す低めの壁に囲まれた街。それを見る限り、モンスターの襲撃は少ないのだろう。アントマンティスでは登れなさそうなので、壁としての役割は充分果たされていると思われる。

 街の入り口には槍を立てた兵士が二人。裕二たちはそこで止まる。


「ここに臨時の冒険者ギルドがあるだろ?」

「ああ、依頼の冒険者か。中央通りの最初にある左の脇道を行け。隣の通りに大きな倉庫がある。そこが臨時ギルドだ」


 ぶっきらぼうな態度の兵士はそれだけ言うと、手で払う真似をしながらさっさと行けと促す。

 本来ならここにはフォートナー家の娘、シャーリーンがいるので、そんな態度は許されないが、もちろんそれは言わない。

 エバは兵士を睨みつけながら入り口をくぐり抜ける。


「食料や飲食店が多いな。武具店は少ないか」


 中央通りには雑多な匂いを漂わせる食品関係の店が多い。武具店は少なく宿屋はそこそこと言った感じだ。

 街の規模としては裕二が初めて冒険者登録をしたパーリッドよりも小さい。

 中央通りはそれほど長くはなく、すぐに街の中心、中央広場らしき場所が見える。そこは戦闘の想定でもしてるのか、結構な広さだ。

 そちらへは向かわず、兵士の言った左脇道に入り隣の通りに出る。すると雰囲気は一気に寂れるが、倉庫もすぐにわかった。その端っこにある扉が臨時ギルドだろう。

 そして、裕二を先頭に中へ入る。すると如何にも臨時らしく、椅子やテーブル、書類などがただ置かれただけの殺風景な部屋がある。

 そのテーブルの上に足を乗せ、こちらを見ている大柄な男がいた。そして、入ってきた裕二を見てニヤリと笑う。


「待ってたぜ! ユージ」

「うえっ! ……パーチかよ」


 そこにいたのはパーリッドのギルド職員、裕二とも仲の良かった大男、パーチだ。


「ガークックの野朗に聞いてるぜ。つーか婚約者って三人いるのかよ! ざけんなよユージ」

「いやいや、違うから」


 一応裕二が双方に簡単な説明をする。

 エリネアは婚約者と言う事にして、シャーリーンとエバは途中で組んだ冒険者とした。

 パーチの方はガークックと同じ理由、パーリッドの仕事減少に伴い、一時的にこちらの臨時ギルドを担当する。助手などはおらずパーチひとりらしい。


「婚約者三人とは羨ましいねえ」

「だからチゲーっての!」


 そして、依頼について聞いてみると、だいたいこちらの予想通りだ。

 アントマンティスが増えすぎたので討伐する。女王を一体確保したい。蜜核はギルドで買い取り、持ち去ると処罰の対象となる。


「アントマンティスは素材として使えるが、今回は多くなりそうだから、右足を討伐部位として持ってこい。本体の買い取りは場所がねえからここではやらねえ。中央通りか他の街でやってくれ」

「倉庫があるだろ」

「そこは討伐部位を置くんだよ」

「それだけ多いって事か?」

「だろうな。依頼が始まるのはこれからだから、わからん」


 そして、女王は最初の一体のみ受け付ける。しかし、生け捕りにして連れて来なければならない。途中で死なせたら蜜核のみ回収する。


「眠らせて連れてこい。魔法でやるか薬品を買って眠らせるかは自由だ。買うと高えけどな」

「女王の見た目は兵隊と違うのか?」

「白くてデカいらしいぜ。普通のアントマンティスを白くして、子を生む為の腹が余分にあるって話だな。ただ攻撃力はほとんどねえって話だ」


 エーゼルの南にあるライラ、ガラック、ミリーダなどの農村。その先の草原にアントマンティスが出始めているので、まずはそこの駆除。

 草原の数を減らしたら、次はクラカトの森のアントマンティスだ。女王はその奥地に兵隊とともにおり、生け捕りには時間がかかるだろうとの事。


「村の近辺から始めてくれ。被害が出すぎると面倒だ」

「わかった。だけどかなり広範囲になるだろ。冒険者だけでやるのか? バルフォトスの兵士は?」

「状況によりけりだとよ。それはエーゼルに聞いてくれ。ギルドの管轄じゃねえ」


 やはり聞いていたとおりだが、そこが少し不自然に感じる。バルフォトスの兵士はこういう時の為にあるのではないか、とも思えるのだが。

 兵士を呼びたくない。遅らせたい理由でもあるのだろうか。


「まあ、そんな感じだな。ユージなら楽勝だろ。さっさと終わらせてくれ」

「無茶言うなよ。後、ここで冒険者登録は出来るか?」

「仮登録のみだ。ここは臨時だからな。後でその仮登録証を持って、別のギルドで申請しなきゃならねえ」

「そうなのか。二度手間だな」

「だけどユージが登録してるから現状でも依頼は受けれるぜ。他のお嬢さん方は助手で申請しとけ。ユージが金を受け取って分けりゃいい」


 結局、他で申請し直すのなら、ここで登録の必要はない。裕二以外の三人は助手と言う事にする。エリネアは少し残念そうだ。実は登録したかったのだろうか。


「じゃあそれで受ける」

「よっしゃ! これで早めにパーリッドに帰れるぜ」

「いや、期待すんな」


 依頼の受け付けを完了した裕二は、その後少し、パーチと別れたタルソット村以降の話をした。話せない事も多いのでかなり脚色しているが、それを聞くパーチは楽しそうに相槌をうつ。

 そして、先に来ているはずのガークックは、もう現場へ向かったらしい。しかし、その話をするとパーチが眉をひそめる。


「そういやユージは馴染みだから教えとくけど、この街の商人はボッタクリが多いらしい。宿屋も普通の三倍だ」

「そうなのか?」

「ああ、ガークックも怒ってたぜ。街の雰囲気も冒険者に対する視線はあまり良くねえ。一応気をつけろ。ここはパーリッドじゃねえんだ。下手なケンカはするな」

「わかった。そう言うところは相変わらず頼りになるな」

「へへ、まあ上手くやれ」


 裕二は軽く手を振り部屋を出た。エリネアたちも笑顔で軽く会釈すると、パーチも嬉しそうに笑う。

 そして、再び脇道を通り中央通りに出る。


 パーチから得られたのは、依頼の詳しい内容。バルフォトスの派兵については検討中。店はボッタクリが多い。要約するとこの三つだ。そのボッタクリについては今すぐ確認出来る。


「少し店を見てまわろう。何も買わないけど。それを終えたらさっさと街を出よう」


 エリネアにそう告げる裕二。


「ボッタクリも何か関係あるのかしら。ケンカはするなって言ってたわね」

「どうかな。バチルがいないからケンカはないだろうけど」

「ああ……ケンカっ早いらしいわね」

「まあね。バチルに胸ぐら掴まれてる店主とか、シェルラックの掘りに投げ飛ばされた酔っぱらいはよく見たな」


 パーチの話を聞く限りでは、もしここにバチルがいたら、値段に腹をたてて店を破壊する姿が想像出来てしまう。その場合、相手も意味がわかってない事も良くある。ボキャブラリーの乏しいバチルは皆殺し、かバターソテーしか言わないので相手もわけがわからないだろう。

 裕二とバチルがシェルラックにいた後期は、バターの姉ちゃんには逆らうな、とか、ひとりなのに皆殺しって言われた、とか色々噂になっていた。


「そんな恐ろしい人がいるのですか」

「何故バターソテーになるのだ」


 シャーリーンとエバもその話を楽しんでいる、かはわからないが、興味深く聞いているようだ。


 しかしその時――


「ふざけんじゃねえぞ、この野郎!」


 数少ない武具店の中から怒鳴る声が聞こえる。裕二たちはすぐに、そこへ向かった。


「だからねえ。買いたくなきゃ買わなけりゃいいでしょ」

「俺は討伐依頼で来てんだぞ。その為の物資はここしかねえんだよ」


 どうやらパーチの言ってた話は本当らしい。討伐に使われる様々な物資が、この店ではかなり高い。その店も少ないのでは、冒険者もここで買うしかなくなる。他所の街などに行ってたら何日かかるかわからない。店の態度はその足元を見て、不当に値段を釣り上げてるようにも思えるのだろう。


「てめえ、なめてんのか! たかがロープが何で通常の五倍になる。ペルメニアの高級店でもそんなにしねえぞ」

「ここはペルメニアではありませんのでね。その高級店が安いならそちらへどうぞ」

「くっ、こ、この野郎!」


 その冒険者は顔を真っ赤にして怒っている。そして、怒りのあまり店主の胸ぐらを掴もうとした時、そこへ別の人物が現れた。


「いったい何を騒いでいる!」

「グレイダ様!」


 その声の主を見た店主がそう叫ぶ。裕二もそこに注目する。


 ――こいつが、グレイダ・シーハンス……なのか?


 数人の護衛に囲まれ、貴族のように豪華な服を着て腰にサーベルを刺す男。

 細みの体で尖った顎に腫れぼったいまぶた。かなり目つきが悪く、第一印象も良くない。

 たった一言でも無駄に偉そうな雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。

 それが、この街の代官。シーハンス家の現当主。グレイダ・シーハンスだ。


「この男が値段にいちゃもんをつけて暴れようとしているのです。何卒お助けを」

「ふん、なるほどな。おい、お前! 値段に文句があるなら買わなければいいだけだ。それを決める権利は店にある。お前にそれを決める権利はない!」

「でも俺たちはここで買うしかねえんだ。だいたい依頼を出したのはテメエらだろ! 冒険者集めてボッタクリかよ」

「依頼を出したのは確かにエーゼルだ。でも店が依頼を出したのではないだろ? 何の関係がある」

「て、てめえ」


 グレイダの言う事に男は反論出来ずにいる。そう言われてしまえばそうなのだろう。口論ならグレイダが勝ってしまいそうだ。となれば、後は男が引くか、それとも力づくか、となってしまう。


「…………けっ! やめだ。誰がテメエらの依頼なんぞ受けるか。潰れちまえ!」


 かなり悔しそうだが、男は引き下がるようだ。彼はアチコチ蹴り飛ばしながら帰っていった。裕二たちはその背を見送る。


「全く困った輩だな。ああして不当に商品を掠め取ろうと……ん?」


 そう話していたグレイダの視線が裕二の背後に向く。そこにはシャーリーンがおり、一瞬ビクッとなりながら裕二の服を軽く掴む。


「シャーリーン! シャーリーンか。いやあ綺麗になったね。こんな場所で何を……いや、家においで。ゆっくり食事でもしよう」


 目ざとくグレイダに見つけられたシャーリーンは後ずさる。護衛のエバも一族の人間には何も出来ずに黙るしかない。

 裕二たちは最低限の用事だけを済ませるつもりだったので、グレイダと偶然鉢合わせるとは予想していなかった。


「嫌です! あなたに会いにきたのではありません」

「はっはっは。シャーリーン、女性は男性の言う事を聞くもんだよ。だいたい君は僕の婚約者だろ。今のは許してあげるからこちらにおいで」


 そして、鉢合わせたら鉢合わせたで、まさかいきなりここまで傲慢な態度を見せるとも思わなかった。

 普通の女性なら到底受け入れられない言葉だろう。しかし、グレイダは今までそれが受け入れられてきたからこそ、こんな態度をとれるのだ。

 その背景には、街を治める権力者としての力がある事は容易に想像出来る。

 グレイダはシャーリーンの言葉を聞き流し、その腕を掴もうと手を伸ばした。

 裕二はこれを止めるべきか。と考えた瞬間、先にエリネアが声をあげ、グレイダの手をはたき落とす。


「みっともない真似はやめなさい。嫌がってるのが見てわからないの」


 そこで初めて、グレイダはエリネアに注目する。そうなると今まで気配を断っていたマントの効果は無効だ。

 グレイダはエリネアを見て、一瞬呆けたように目を見開く。


「お、おお! 君は見た事ないほど美しいね。そうだ! シャーリーンと一緒に来るといい。君のような女性がこんな汚い場所へきてはダメだ」

「行くわけないでしょ。冗談じゃない!」

「そうだな……君なら僕の側室にしてやっても良い。どうだい? 王族のような暮らしをさせてあげるよ」


 と、本物の王族に寝ぼけた事を言いながら、グレイダはエリネアの腕まで掴もうとする。しかし――


「もうやめとけ」


 その間に裕二がスッと体を入れてエリネアをガードする。すると、グレイダは露骨に嫌そうな顔をして、汚いものでも見るかのような目に変わった。


「何だ貴様は? 冒険者風情に用はない。僕が怒らないうちに消えろ」

「そうかい。じゃ、帰るぞ」


 裕二はその言葉に従い、振り返りながらエリネアとシャーリーンの肩を叩き、二人に店を出るよう促す。


「何をしている! 帰るのはお前だけだ。女を置いてさっさと失せろ!」

「この三人は俺の連れだ。お前みたいなゴミには指一本触れさせない」

「な、なんだと! 無礼者があ! 構わん、コイツを殺せ!」


 いきなり逆上するグレイダ。その背後にいる護衛に叫びながら命令する。

 しかし、その直後に後ろからバタバタと音がして、護衛が動く気配はない。

 不審に思ったグレイダがそちらを振り向くと、護衛は全員倒れている。ムサシが手だけを実体化させ、さっさと倒したのだ。


「なっ!? この役立たずどもが!」


 そして、グレイダは自分のサーベルを抜くと、裕二目掛けて突っ込んできた。

 しかし、裕二にそんな攻撃が当たるはずもなく、グレイダは簡単に腕を掴まれねじ伏せられる。


「は、はなせ!」

「剣を収めて帰るか?」

「ふざけるな! 貴様絶対に許さん! 殺す、必ず殺す!」


 ――めんどくせーな。


 こう言うタイプの人間は絶対に引かない。相手の言う事が如何に正論であろうが聞く耳を持たない。

 それは今まで見ててわかったし、シャーリーンの言ってた内容とも呆れるほど一致する。いや、むしろシャーリーンは控え目でもあった。この男は何をどうしようが自分の意見が聞き入れられなければ、必ず禍根を残す。

 こうなってしまった以上、その禍根が残る事を前提に考えなければならない。それを最小限に抑えるか、それとも、一時しのぎでも禍根を叩き潰すか。


 ――仕方ない。


 その場合に手っ取り早いのは――


「ぐふっ!」


 裕二はグレイダのはらを蹴り上げる。そのまま首を掴み殴り飛ばす。


「がはっ!」


 壁に叩きつけられたグレイダは、裕二を見上げる余裕もなく、再び殴られる。そして、髪の毛を掴まれ、反対の壁に投げられた。


「貴様! ふざけ――ぐっ! この俺にこんな事を――ぶはっ!」


 裕二はグレイダの言う事を完全に無視して更に攻撃を加える。強がっているうちは話しても意味がない。


「お前! 俺はこの街の――ごほっ!」


 グレイダがその態度を崩さない限り、裕二は話さないし殴るのをやめないつもりだ。しかし、それも割りと早く軟化し始める。


「や、やめろ。やめてくれ!」

「は? お前、俺を殺すんだろ? それは俺も嫌だからな。先に俺がお前を殺すしかないだろ」

「ちょ、ちょっと待て!」


 裕二は同じような攻撃を何度も繰り返す。一応、かなり手加減はしているが、グレイダは抵抗など出来るはずもなく、既にボロボロの血まみれだ。ほんの少し喋らせるだけの隙以外は与えない。


「ま、待ってくれ! 頼む」

「無理だな。その隙を狙うんだろ? 俺も殺されたくはないので待たない」

「う、嘘だ。じょ、冗談にきまってるだろ。お、俺はそんな事しない!」

「信用出来ないな。お前は剣を持つ護衛に命令もしたし、お前自身が俺に剣を向けた。殺す気まんまんだろ。そんな奴をどうやって信用する」


 そしてまた腹を蹴り上げる。グレイダは悶絶しながら腹を押さえる。


「ぐはっ、やめて! お、お願いだ」

「はあ? お願いだと? なら先に俺のお願いを聞いてくれよ」

「わ、わかった。何でも聞く。だからもうやめてくれ」

「本当だな! 嘘なら今すぐ殺すぞ」

「本当だ、絶対だ!」


 と、その言葉を引き出したので、裕二は殴るのをやめる。


「絶対に何でも言う事を聞くんだな?」

「も……もちろんだ。金でも身分でも何でもやろう。お前なら護衛として俺の配下に――」

「黙れ! 聞かれた事だけ答えろ」


 この期に及んで自分に有利な方向へ誘導しようとするグレイダ。あまりにもミエミエすぎる。それをピシャリと黙らせてから話を続ける。


「なら言うぞ。俺のお願いは、お前にさっさとこの場から消えてもらう事だ。それも五秒以内にな」

「え……ご……びょ……」

「約束は守れよ。それが守られなかった時点で俺はお前を殺す。いいな――五!」

「ひぃっ!」


 考える間も与えず、裕二はカウントを始める。

 グレイダはアタフタと立ち上がるが、ダメージで足がもつれ、上手く立ち上がれない。


「四!」


 だが、裕二はカウントをやめないので必死に立ち上がり、壁を伝ってそこら中の物をぶちまけながら移動する。


「三!」


 そこまで数えたところで、グレイダは店の外へ転がるように出ていった。護衛は放ったらかしだが、一応これで静かにはなった。


 この手の輩は力でねじ伏せ、心を折ってしまった方が手っ取り早い。そうすればしばらくは大人しくなるだろう。しかし――


「これでとりあえずは――あ、あれ、ちょっとやりすぎたのか?」


 背後にいたシャーリーンとエバは、青ざめたまま固まっていた。彼女たちからすると、シーハンス家の当主にこのような事をするのは、相当に大それた事になるのだろう。裕二はそれを見て、マズったかと感じる。

 しかし、エリネアは全くそうは思っていないようだ。


「問題ないわ。本当ならこれだけじゃ済まないもの。それにユージは私とシャーリーンを守ろうとしたし、引き下がろうともした。そこに剣を向けたなら、殺されても文句は言えない。これがテリオスやバチルならどうなってたか。むしろ相手が優しいユージで運が良かったわよ。逃げられる余裕まで与えたんだから」

「だよな。バチルなら剣を向けられたら容赦なく殺すし、テリーならシーハンス家ごと……いやいや、あの二人は参考にならないぞ」


 裕二はそう言いながら残されたグレイダの護衛を外にポイポイ放り投げる。そして、店主には数枚の金貨を握らせ「これで壁を修理してくれ」と、言い残して店を出た。


「さっさと街を出よう。またアレが来たら面倒だ」


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