179 契約魔術
裕二はシャーリーンから話を聞き、グレイダ・シーハンスからアントマンティス。そして、魔人への繋がりを探る為、彼女に雇われる事にした。しかし、そこには条件があると言う。
「俺はユージ。こちらはエリネア。俺たちも事情があり旅をしている。だが、それについては聞いてほしくない。もちろん素性もだ。それと、俺たちの能力。君たちには見たこともないようなものもある。それを見ても一切関知しない。誰にも話さない。それを約束出来るか」
「ええ、それは必ず守ります。しかし……謝礼は……」
「金には困ってないのでいらない」
王族のエリネアは超大金持ちでもある。裕二も冒険者として稼いだ金が余りまくっている。謝礼よりも情報が欲しいのだ。
「その代わりに契約魔術をしてもらう。それを守れば何もないが、もし約束を破るとかなり危険だ。命の保証はしない」
「そ、そんな契約!」
今まで黙って話を聞いていたエバが叫ぶ。自分の主にそんな事をさせたくはないだろう。しかし、それをしないのなら、この話はここで終わりだ。
シャーリーンは少し考えてから口を開く。
「構いません。約束さえ守れば良いのでしょ?」
「姫様!」
「あなたは契約しないのなら帰りなさい」
「くっ!」
エバは裕二を睨みつける。当然の反応ではあるが、裕二は全く表情を変えない。その約束が守られない事は、裕二たちにとっても危険な事。これ以上の譲歩はない。
「どうする。やめても構わないぞ」
「わ、わかった。本当に約束を守れば何もないんだな!」
「当たり前だが、信用するかしないかはそちらの自由だな」
「エバ。このお二方の力は必要です。おそらく並みの冒険者ではないはず」
「……そうですね。わかりました」
「じゃ、決まりだな」
裕二は懐から木の実を二つ出して、それをシャーリーンとエバに渡す。
「それは契約の実。強い魔法がかけられている。その木の実を飲み込めば契約完了だ」
――えっ、それヤマキコの実……あ、なるほど。
エリネアは黙っているが、それを見て裕二の意図に気づいた。
それは先程、セバスチャンに出されたおつまみ程度の食料だ。何の魔法もかけてはいないし見るのすらその時が初めて。
裕二も本当はそんな危険な契約などしたくないのだ。しかし、約束は守ってもらわなければならないが、それを守ってくれる保証などない。つまり裕二はありもしない契約魔術を持ち出し二人を騙している。それは双方の安全を考慮した嘘となる。
裕二たちは自身の秘密が守られ、シャーリーンとエバは存在しない契約魔術の危険と秘密を知る事の危険から守られる。
――さすがユージね。ちゃんと二人の事も考えてる。
「エリネア、ニヤケすぎだよー」
「!!」
そこへエリネアの髪の毛に隠れて、一瞬だけアリーが登場して消える。
「どうしたエリネア?」
「な、何でもないわ」
そして、裕二とエリネアが身守る中、シャーリーンとエバはただの栗っぽい木の実を口にした。
「う……」
「こ、これは……確かに魔法を感じる」
二人がそれを飲み込むと、背中にフワッとした魔法の感触があった。決して不快ではないが、それが契約の成された証なのだと理解した。
――これでいいかな、裕二様。
――良いタイミングだ、テン。
――ただの癒やしなんだけどね。
と言う演出も加わり、契約魔術モドキは無事完了した。だが、この魔法はこれで完成ではない。
「じゃあ改めてよろしく」
「ああ、よろしく頼む。だが、こちらは契約に応じたのだ。そちらにも契約とは言わんが、力は把握しておきたい。手合わせ程度は構わんな」
「ちょっとエバ!」
「そうね。多少は見せても良いでしょう。ユージ、私がやるわ」
「はい?」
気がつくと、エリネアとエバの間にはバチバチと見えない火花が散っていた。
エリネアはともかくエバはやらないと収まらない雰囲気なので、裕二も了承するしかない。
納得したとは言え、シャーリーンに契約魔術をさせたのはやはり気に食わないのだろう。この手合わせを落としどころにしたい。
「怪我はさせるなよ」
「わかったわ」
――偽の契約魔術は結局何のリスクもなく謝礼もそれにより帳消し。本来なら感謝されるべき事。でもそれは言えない。当然こうなるわね。なら、せめてその怒りはユージの代わりに私が受け止める。
二人はその場から少し離れて向き合う。いきり立つエバと力を抜いたエリネア。シャーリーンはなす術なくそれを身守る。その中央に裕二が立つ。
「まあ、ルールはいらないか。ヤバかったら俺が止める」
「こちらはそれで構わん」
「私もよ」
「では、始め!」
裕二の合図で飛び出すエバ。対するエリネアは動かない。
「うおおおお!」
そして、エバは叫びながら斬りかかる。しかし、それでもエリネアは動かない。
「なに!」
そのままエバの剣は地についた。その背後にエリネアがおり、軽く背中に手を触れる。
「うっ!」
エリネアの使った魔法は改良されたファントムプログレス。それが自分の位置を変えて見せる。そして、背後に回りソニックディストーションをゼロ距離で放つ。エリネアが手を抜いてもかなりの衝撃になる。どちらもチェスカーバレン学院の武闘大会で使われた魔法だ。
「納得出来たかしら。ユージは更に強いわよ」
余裕すぎるエリネアに対し、エバは悔しそうに顔を歪める。しかし、エバは全く何も出来なかった。ここまで差があれば認めるしかない。エリネアは杖も剣も何も使っていないのだ。
「あ、ああ。認めるしかあるまい」
吐き捨てるような態度ではあるが、今すぐそれを直せと言うのも無理だろう。彼女にも多少のプライドはあるはずだ。
◇
ややわだかまりの残りそうな女の戦いではあったが、当然ながら学院でテリー、裕二に続く実力者だったエリネアが簡単に負けるはずもない。
その頃よりも格段に強くなっているし、何と言ってもエリネアは、大魔術師クリシュナードの従者となるべく、あらゆる努力を積み重ねてきた。常人の域は軽く越えているだろう。
そして、エバは怪我がないとは言え、多少のダメージはあるので休息は必要だ。四人は街道から見えない木陰で休む事にした。
「とりあえずエーゼルに臨時のギルドがあるらしいから、そこで情報を得る」
「わかりました」
裕二の言う事に素直に応じるシャーリーン。一応フォートナー家の娘がエーゼルに行くことを意識していたのか、目立たない格好をしている。
出来れば裕二とエリネアの装着する、気配を断つマントを貸し与えたいが、残念ながらメフィとウォルターにも渡しているので余分はない。
「あまりエーゼルに長居しない方が良さそうだな。ひと休みしたら行くか」
「それであの……申し訳ないのですが。実は先程の戦闘で私たちの馬が逃げてしまいまして……」
「え……歩くつもりだったのか? まあ、仕方ない。一頭貸すよ。エリネアは俺の後ろだな」
となった。精霊馬は裕二、エリネア。シャーリーン、エバの組み合わせとなる。
休んでいる間にアントマンティスについて詳しく聞く。
アントマンティスは通常一メートル程の黒いモンスターで、クラカトの森にのみ棲息する。体はアリで顔と前足がカマキリのようになっている。
ハッキリ言って強くはないが、常に集団なのでそこがアントマンティスの強みになる。それが近隣の村を襲えばかなりの被害になるだろう。
アントマンティスの群れは女王を中心に五十体ほどの兵隊で構成される。その半分が女王を守り、半分が餌を探す。
餌を探すアントマンティスは五〜十体程の小隊を作り行動する。先程の戦闘に現れたのはその小隊だ。
女王は蜜核と呼ばれる魔石を体内に保有する。それがフォートナーの利益の一端となっている。
「どうやってそれを取るんだ?」
それをするには、先に兵隊を適正な数まで倒す。もし、先に女王を倒すと、全ての兵隊は小隊となり散り散りとなる。
そして、それぞれの小隊から一体が新たな女王となり、兵隊を生む。つまり小隊の数だけ女王が生まれる。
その小隊は自分たちの女王を守る為に他の小隊を攻撃する。そこで勝ち残る小隊の女王が新たな群れのリーダーとなる。
しかし、人が蜜核を取る場合、このバランスを少なからず崩す。
女王だけを倒して兵隊を放置すると、小隊は増えすぎてしまう。更にそこで蜜核ほしさに、生まれた女王だけを倒せば、新たな女王は繁殖力を増し兵隊が更に増える。やがてその数は手がつけられない程になるだろう。
蜜核を取るのならば、兵隊の数を常に適正に保つ必要がある。
なので蜜核の採取はフォートナー家から定められた者が行い、それ以外は処罰の対象となる。
流通ルートも全てフォートナーが押さえているので、それ以外のものが見つかるとすぐに捕まる。
おそらく今回の依頼で冒険者が蜜核を取る場合もあるだろう。それは全てエーゼルで買い取りになるはずだ。
そして、これもおそらくだが、全滅はさせない。何故ならアントマンティスの蜜核は重要な資金源。依頼内容は適正数まで減らす、となる。要は女王が一体だけ残れば、後は勝手に元に戻る。
「ほえー、良く出来てるな。でもそのシステム、穴もあるよな」
「はい。フォートナーのルールが及ばない場所での売買は可能です」
「素人には無理だな」
しかし、それを増やしすぎるのは自分たちも困るはずだ。蜜核を大量に取りたいとしても結局は討伐をしなければならない。グレイダはそのギリギリを狙い利益を上げているのだろうか。
仮にそれを実際にやると、兵隊はどんどん増え、その中心に取り残される事になる。普通の人間ならそこから逃げられない。
手早くアントマンティスを倒す技術か、そこから安全に逃げる手段が必要だ。それも数が増えすぎれば簡単ではない。それが出来る者を複数揃える必要がある。やるなら命がけだろう。そこまでする旨味があるのかは疑問だ。だからこそ厳格なルールがあると言える。
そして今回、どの程度かわからないがアントマンティスは増えている。通常、それに対応するのはフォートナーの軍隊。そこを使わずに冒険者を使うのは何故か。
その辺のハッキリした事は何もわかっていない。
単にエーゼルが蜜核採取に失敗した。シャーリーンの思い過ごし。と言えばそうなるのだろう。しかし、グレイダの人間性を良く知るシャーリーンはそう考えてはいない。策略の気配を感じ取っている。
だが、それだけでは、本家がなかなか動いてくれないのも仕方ないのかも知れない。
「ですが、かなり増えているのは確かです。本来アントマンティスはここまで来ません。小隊が増えたから森に餌がなくなったのです」
今回の戦闘はそのシグナルになる。このまま放置すれば、まずはクラカトの森に近い農村から被害に合うだろう。
――しかし、魔人の影は全く見えないな。
今のところはお家騒動があるかも知れない、と言う段階。それだけならフォートナーが勝手にやれば良い。
しかし、少なくともシャーリーンとガークックは魔人の噂を知っていた。噂しか根拠はないが、匂いは感じる。
今まで一般には全く姿を見せなかった魔人。それがわざと姿を見せている。或いは自分で噂をバラまいているのだとすれば……
裕二がクラカト湖の事を調べるには、それを避けて通るよりも、魔人を何らかの形で先に排除したい。エルファスに張られた魔人の網が、今度はクラカト湖にある可能性は否定出来ないのだ。