178 姫様と護衛騎士
裕二とエリネアはクラカトに行く途中、パーリッドにいたはずの知り合い、ガークックと再会した。
彼はエーゼルに向かい、そこで仕事の依頼を得ると言う。
裕二たちもそこへ向かうのだが、目的が違うので同行はせず、ガークックを見送る。
その際、ガークックに聞いたのが、この辺りで魔人の目撃があった、と言う曖昧な情報だ。
それについての推測は色々と出来るがハッキリした事はわからない。
しかし、もし本当に魔人がいたのなら、身を隠す、倒す、調査だけする、と様々な対応も考えておく必要はあるだろう。
「でもあの人、いい加減な雰囲気もあるのよね」
「まあな。俺もバチルにちょっかい出して叩きのめされた印象が強いかな」
「バチルにちょっかい出すなんて……良く生きてたわね」
とは言え、腕っぷしに自信のある冒険者で酒と女が好き。日銭を稼いでそこへつぎ込む。そんな人間は多いし、それが悪いことでもない。しかし、冒険者と言う仕事はその腕っぷしを如何に使うかの情報も重視する。だからこそ、裕二にもそれを伝えたのだろう。
本当かどうかは分からないが、気をつけておけ。曖昧ではあるが、額面通りに受け止めておくべき情報だ。
「とりあえず、魔人がいるかも知れないと言う前提で動こう。いたとしたら、奴らの目的は知りたい。それにより対策を立てるか」
「そうね。直接的な戦いがないのなら、こちらは隠れると言う選択もあるわ」
魔人を一体二体倒すよりも、それを泳がせ情報を得る。或いはこちらの情報を知らせない事を優先する。場合によってはそうする必要もある。
「ところでエリネアは王族の身分を証明するものとか持ち歩いているのか?」
「ええ、普段は身を隠す為に持ち歩かないけど、預けた荷物の中に徽章と王家の紋章が入った短剣があるわ。後はスレイプニルね」
セバスチャンに預けた荷物を出してもらい、それを裕二に渡す。
黄金の盾に剣が浮き彫りになった徽章。短剣も柄と鞘が黄金で作られ、そこに様々な彫刻と宝石、そして紋章が刻まれている。
誰が見ても普通の人が持つ物ではないとわかる。
「うお……これなら一発で身分がわかるな」
「必要になるかしら」
「なるべく使いたくはないけど、場合によっては」
それを見終えるとセバスチャンに渡し、再び異次元ポケットに戻してもらう。
「ついでに小腹すいたから何か出してくれ。カフィスからもらった食料があったろ」
「すぐに食べられるものなら、これは如何でしょうか」
と言ってセバスチャンがだしてきたものは、茶色い栗のような木の実だ。皮を剥いて食べるらしい。
「ヤマキコの実と言う名です」
「ヤマキコの実か。栗っぽいな」
裕二はそれを剥いてから口に放り込んだ。
「やっぱり栗だな。でも美味い」
「エルファス近辺では良くとれるのでしょう。たくさんあります」
「美味しいわね。すり潰して焼いたらもっと美味しくなりそう」
「それいいな。今度やってみるか」
と、一通りパクパクしてから、裕二とエリネアは亜空島を出た。
◇
この先はほとんど街道を進む事になる。白虎ではなく精霊馬を使う必要があるだろう。
まずはエーゼルを目指す。元々はなんとなく立ち寄りたいだけだったが、ガークックの言う臨時のギルドがあるなら、そこで情報を得たい。そこでの依頼と魔人が関係あるかはわからないが、場合によっては依頼を受ける事も視野に入れる。
「モンスター討伐なのかな?」
「ガークックって人も知らないみたいよね。冒険者ってそう言うこと知らなくても依頼を受けるの?」
「いや、アイツだけだと思う。普通は依頼内容を見てからだよ。ついでにエリネアも冒険者登録するか?」
「そうね。依頼はともかく登録はしといたほうが良さそう」
街道の脇には草原が広がり、その先には森がある。その森は既にクラカトの森の一部だ。とは言ってもかなり端の方でもある。
裕二たちがここに至るまで、モンスターはほとんど見かけなかった。しかし、ガークックによるとこの近辺で大規模な依頼があると言う。それがモンスター討伐なら、そろそろその片鱗も見えてくる可能性はある。
裕二は魔剣ヘイムダルを装備。エリネアも短杖を懐に忍ばせる。そして、あまり派手な戦いをしないように注意しておく。
「何かいるな」
「ええ、戦ってるのは女性かしら。二人いるわね」
見通しの良い草原の一角で戦闘が行われている。女性らしき人物が二人。そこに一メートル程の黒いモンスターが数体群がっている。
「ユージ、助ける?」
「あれだけなら微妙だけど、森から新手がくるな。数が多いから確認してから助けるか」
二人は急いでそこへ向かった。
「くっ! 下がって下さい姫様」
見た感じは赤毛で気の強そうな女性の騎士か冒険者の剣士。装着する鎧やマントからすると騎士っぽい。
その女性は剣でモンスターを何とか捌いている状態で、自分たちに近づけさせないのが精一杯の様子。
「大丈夫です。とりあえず弾いて!」
もう一人はマントのフードをすっぽり被っている。そこからはみ出す髪の毛と体格からこちらも女性と思われる。
彼女は魔術師なのか、剣で弾かれたモンスターに火魔法を放つ。
「助太刀するか!」
その背後からいきなり男の声が聞こえた。戦闘中の彼女たちはそちらへ振り返る余裕はない。
「ああ、頼む!」
剣士がそう叫ぶ。
「エクスプロードフレイム」
女性の声で僅かにそう聞こえたかと思うと次の瞬間、無数の不定形の炎がモンスターを遅い、次々と爆発して砕け散る。
そこにいたモンスターは一瞬で全て倒された。
そして、森の方からは一人の男が剣を持って歩いてくる。その背後には既に倒されたモンスターが転がっていた。
剣士と魔術師の二人は、声がかかって数秒で全てが片付いた事に驚き目を丸くしていた。
「怪我はないかしら」
「あ、ああ。助かった」
「あ、ありがとうございました」
エリネアの問いかけに剣士と魔術師が応える。声からすると魔術師も女性で間違いないようだ。そこへ裕二も到着する。
「何だコレ? アリみたいだな」
裕二がエリネアの倒したモンスターを見ながらそう言った。
「そちらの方もありがとうございました。これはアントマンティスと言うモンスターです」
「アントマンティス……確か魔石の取れるモンスターだな」
ウォルターの資料にはそう書いてあった。それを詳しく聞こうと思ったが、もう一人の女性剣士が口を挟む。
「やはり帰りましょう。我々だけでは危険です」
「それは出来ません。帰るならあなた一人で帰りなさい」
「そんな事は出来ません!」
何やら事情のありそうな二人。雰囲気からすると冒険者ではない。そして、先程のアントマンティスの戦力を考えると、おそらくこのモンスターは一体なら大した事ないが、常に集団で戦うモンスターだ。裕二には剣士の言う事が正解に思える。
この二人の戦力は、剣士はそこそこの実力。魔術師は少し頼りない。裕二たちが来なければ、かなり危険だったはずだ。
「私も危険だと思うわ。正直言って、今のは私たちが来なければ怪我では済まなかったはずよ」
「そうだな。帰った方が良いと思うぞ。俺たちももう行くぞ、エリネア」
余計なお世話かも知れないが、エリネアと裕二はそう助言し、そこから立ち去ろうとした。
その後ろで魔術師は拳を握りしめる。そして、意を決したように口を開く。
「お、お待ち下さい!」
裕二とエリネアは立ち止まり振り返る。
「あの……お二方は冒険者でしょうか。いえ、そうでなくとも構いません。私に雇われてはもらえないでしょうか」
「ひ、姫様……」
姫様と呼ばれた魔術師は、裕二とエリネアを戦力に加えたいようだ。そうすれば危険度は下がり、剣士の方も納得するかもしれない。そう考えたのだろう。
しかし、裕二たちも目的のある旅をしている。そう簡単にはいかない。
「残念だけど無理ね。私たちにもする事があるから」
「し、しかし……」
「諦めましょう姫様。これ以上はご迷惑になります」
項垂れる魔術師を背に、裕二たちは再び歩き出す。ちょっとかわいそうではあるが、仕方のない事だ。
「ですがエバ。もし魔人との繋がりがあったらどうするのです! そうなればフォートナーは……」
――魔人だと……
その声に裕二とエリネアは動きを止める。
「姫様。そのような証拠はないのです」
「ですがエーゼルの様子が変なのは確かです! そこへアントマンティスの大量発生と魔人の噂。それがいっぺんに起きるのはおかしいではないですか」
裕二たちが知りたい事を、この二人は知っている可能性がありそうだ。その場へ戻り話を聞いてみる事にした。
「雇われるかどうかは話を聞いてから決めたい。それでも良いか」
「ほ、本当ですか!」
◇
「私たちはこの地に根を下ろす者。フォートナー家の一員です。私はフォートナー当主の娘。シャーリーン・フォートナー。エバは私の護衛騎士です」
姫様と呼ばれた魔術師はシャーリーン・フォートナー。この地域一帯を統治する一族の娘。小柄だが、深く被ったフードから見え隠れする整った表情はあどけなさを残す。
エリネアには及ばないが、それなりの美少女だ。
エバと呼ばれた剣士は赤毛で気の強そうな女性。姫様の側近であり騎士なのだろう。整ってはいるが、あまり女性らしさは感じない。
「そのフォートナーの血縁にシーハンス家があります。エーゼルの代官です」
エーゼルを統治するシーハンス家。つい最近、その当主が亡くなったそうだ。そこからエーゼル周辺は急におかしくなってきたとシャーリーンは言う。
「その嫡子であったグレイダ・シーハンスが当主となりました」
グレイダが当主となってから、エーゼルは急激に利益を増やし始めた。本家のフォートナーはそれに喜んだが、シャーリーンはそれを訝しく感じていた。
そこへエーゼルはアントマンティスの大規模討伐を冒険者に依頼した。
「アントマンティスには群れの中心となる女王がいて、その女王のみから蜜核と言う魔石が取れるのです。それをするのはクラカトの森に一番近いエーゼル。つまりシーハンス家です」
それはウォルターの資料にあった魔石だ。大きなものは拳ほどになる琥珀色の魔石。クラカトでしか取れず、薬としても使われ高値で取り引きされる。
しかし、それを取るにはやり方があり、下手をするとアントマンティスを増やしてしまい、周辺の脅威になると言う。
現在はその状態に近づいてしまい、大規模討伐を依頼している。つまりアントマンティスを増やしすぎたのだ。
もちろん、それをどうにかする為の戦力をフォートナー家はバルフォトスの軍隊という形で所持している。しかし、今回グレイダは、何故かそれを使わず冒険者に依頼した。そこが不審な点だ。
「単純に蜜核採取の決められたやり方を失敗しただけなら良いのです。ですが、蜜核を取るためにそれを無視したとなると話は別です」
その辺りを調べたいと思っていた矢先。魔人の情報が入ってきた。もちろんそれぞれの繋がりはわからないし、何もないのかも知れないが、シャーリーンはそう思っていない。その理由はグレイダと言うシーハンス家当主にある。
「グレイダと言う男は強い者には媚びへつらい、弱い者は徹底して見下す卑劣な男。私はそんな彼を幼い頃から知っています。ですが、お父様はそれを知らないどころかグレイダを気に入ってさえいます。なので私がそれを訴えても無駄でした。私は……半ば無理矢理グレイダの婚約者にされてしまいました」
もちろん決められた婚約が必要なものなら反対ではない。しかし、そのような男だとわかっているのに婚約はしたくない。何故ならその婚約はフォートナー家の信用と足がかりを同時に得られるからだ。
その状態でフォートナー家に何かあれば、或いは弱体化すればどうなるか。
「なるほどね。高い利益で一族の長に媚び、その娘を婚約者とする。そして兵士ではなく冒険者を使うところに策略を感じる。それぞれはまだ繋がらないが、グレイダが当主になって以降そんな事が続いている。そこで何となく予想出来るのは、グレイダのフォートナー乗っ取りあたりか」
「はい。ですが確たる証拠はありません」
状況を細かく調べればそんな推測は出来るのだろう。しかし、フォートナー本家はエーゼルの利益に目が眩み、それを見失っているようだ。そこを危惧したのが無理矢理婚約者にされたシャーリーンとなる。
だが、それだけでは魔人との繋がりは見えてこない。ただ同時期に噂があっただけの勘でしかない。
――見えるはずがない。俺も散々苦労したからな。
裕二の経験上、そこに魔人の繋がりがあっても、それを見破るのは難しい。どう見てもこの二人には無理だ。
シャーリーンの感じた繋がりは根拠のないただの勘。
しかし、かつて裕二とバチル、ヘスとテパニーゼで守り切ったツェトランド伯爵領。裕二はそれに近いものを感じていた。
――魔人の前線基地か……それとも俺への誘いか……
「わかった、雇われよう。だが、謝礼はいらないが条件がある」
「条件……ですか?」