175 エルファス出発
「エルファスでする事はこれで終わりか、ユージ」
「そう……だな」
クリシュナードの書斎で話し合う四人。
裕二は霊剣を取り戻し亜空島から書斎、そして石碑へとたどり着いた。
テルメドは罪人になってしまったが、エルファス近辺の魔人も倒したので、あまりここに長居はしない方が良い。
「この後はどうするのかしら」
エリネアがそれを裕二に訊ねる。
新たな記憶を取り戻したので、何をするかはわかっているはずだ。
「クラカトに行く。エリネア、地図を出してくれ」
「クラカト……クラカト湖の事かしら」
そう呟きながらエリネアは地図を出した。
「クラカト湖ならここだけど」
エリネアはそう言いながら地図に指を指す。
そこはエルファスからやや南よりの東。地図には大きな湖が書いてある。その大きさからして有名な場所なのだろうか。
「昔はこの辺り一帯をクラカトといったのです。今はいくつか街があり、クラカトの地名は湖とその周りの森だけとなってます」
その近辺に街や村が出来、新たな名前が付けられた。それに伴いクラカトの名前は規模が狭まり、今ではクラカトと言えば湖の事を指すようになっている。
ウォルターはそう説明した。
「そこに何があるのじゃ」
「えーと、何だっけな」
「また覚えとらんのか」
「い、いや。とにかく湖だな。たぶん行けばわかる」
と、割りといい加減にも思える裕二の記憶。しかし、結局のところ今回のように行けばどうにかなるのだろう。
「だけどなー。悪いけどウォルターはペルメニアに行ってくれるか」
「もちろん構いません。テリオスの所ですね」
「ああ、ウォルターの調べた地下遺跡の情報はすぐに知らせたい」
「わかりました。テリオスに殴られてきます」
「悪いな。一応、街へ入れるように色々と対策を……」
地下遺跡に関して、一番詳しいのはウォルターだ。それをテリーの調査と擦り合わせる必要がある。裕二はクラカトに行かなければならないので、一旦ここで別れる事になる。
「では妾も行こう。アンデッドのウォルターだけでは色々と不便であろう」
「よ、よろしいのですか? メフィ様」
アンデッドであるウォルターは基本的に街へは入れない。もちろん幻術が使えるので、全く入れないと言うことではないが、行動が制限される可能性は高い。
その場合、メフィがいてくれたらウォルターの力になれるだろう。
「構わん。テリオスとは一度会っておるので話も通じやすい。ウォルターには今回世話にもなったのでな。妾がウォルターを補佐しよう」
裕二とエリネアがクラカトへ。メフィとウォルターがペルメニアへ行く事になる。そうなればテリーの調査も大幅に進むはずだ。
「じゃあ、それで行こう」
裕二は立ち上がるとその辺の箱の中にある物を漁りだした。
一見するとガラクタのような物が多く見える。しかし、ここにあるのは大魔術師クリシュナードの持ち物。貴重な品々がそこら中にあるのだ。
そこからいくつかのアイテムを取り出し、テーブルに置く。
「これは幻視の首飾りだ。長時間幻術を使うのは大変だからな」
それをウォルターに渡す。
幻視の首飾りがあれば、ほとんど魔力を使わず安定して長時間の幻術、つまりウォルターを人間に見せておく事が可能になる。
「使ってみな」
「ははあ! ありがたく」
「いや……そんな畏まるなよ」
ウォルターは恭しくそれを受け取ると、早速首にかけた。すると、一瞬の間を置いてアンデッドの姿から人間へと変わる。
「それ……昔の姿か」
「はい。イメージしやすいので」
「まあ良いか。気づくのはテリーくらいだし」
ウォルターは昔の姿。アドレイの頃の姿がやりやすいようだ。しかし、この首飾りはイメージしたものに姿を変えられるので、他にも様々な使い方があるだろう。
「これはゴーレム兵の魔石だな」
裕二は小箱を手に取る。それを開けると、少し小さめで透明な魔石が大量に入っていた。それをザバッとテーブルに出す。おそらく二〜三百はあるだろう。
「半分はエリネア、半分はメフィに渡しとく」
その魔石に魔力を込めると、魔石の数に応じたゴーレムが作られる。
大きさは人間サイズだが、機能的にはテリーから受け取った大型のゴーレムとほとんど同じだ。
魔力を込めた者に命令権があり、単純な命令をこなす。
魔石に戻せるので持ち運びには便利だ。
「ほう。これはエルファスの宝物庫で見た事があるな」
「カフィスも持ってるのか。ならエルファス防衛に使えば良いのに」
「クリシュナードから賜ったので、もったいないとか抜かしておったぞ」
「は? 使えよ。メフィ、後でカフィスに言ってくれ」
「わかった。ユージの命令と言っておこう」
その後もアチコチひっくり返し、アイテムを漁る。
精霊馬を召喚する指輪。精霊魔法で使う精霊を強化させる杖。気配を消すマント。収納魔法の腕輪。と、様々な物を分け与えた。そのほとんどはメフィとウォルターに渡す。裕二がいないと不便になるだろうから、その配慮だ。
「その収納魔法の腕輪に、寝泊まり可能な馬車も入っている。食料も後で入れよう」
「ふむ。これは便利じゃな。食料は父上に用意させよう」
「それだけあれば、旅に問題はないだろ」
「余裕じゃな。これだけお膳立てされて苦労してたら、間抜けじゃ」
シェルラックで高位の冒険者として活躍していたメフィにとって、ペルメニアに行く道中など大した苦労ではない。オマケにもう一人、強力な魔術師のウォルターもいるのだ。そこへかつてクリシュナードの使った様々なアイテムもある。テリーの元へ問題なくたどり着けるだろう。
「クラカトの方はどうなのかしら。ウォルターは詳しいみたいだけど」
「ええ、確か街が三つあります。ペルメニアと様々な物資を取り引きする衛生国のような感じです。ですが国と言うよりは一族経営の街と言った方が近いです。領地を持つ商人ですかね。後で書面にまとめましょう」
そちらはウォルターに任せ、裕二とエリネア、メフィはエルファスを離れるので、それをカフィスに伝えに行く。
「ユージ様」
「ん? 何だウォルター」
「これをお持ち下さい」
「何だコレ?」
◇
裕二たちはエルファスの王宮へ戻り、そこで再びカフィスとパットンに会う。
王宮内は未だ戦闘の余韻が残り、怪我をしている兵士も多い。そこへ裕二たちが通りかかると、エルフの兵士たちは笑顔で頭を下げる。
彼らは現在も裕二とエリネアをペルメニアの使者だと思っており、その活躍はペルメニアの助けだと思っている。
「おお、ペルメニアの姫君。本当にありがとうございました」
「カフィス様の病を治し、更にエルファスの守りにご助力下さるとは」
「まるで伝説の大英雄、クリシュナード様のようだ」
「え、ええ。まあ。でも私ではクリシュナード様に遠く及ばないわ」
ほとんどのエルフはペルメニアの王女であるエリネアに賛辞を送っていた。その隣に本物のクリシュナードがいる事を知っているエリネアは、かなり居心地が悪そうだ。
それを見てメフィもニヤリとしている。
「お主ら。エリネアに礼を述べるのは良いが、大英雄の名を軽々しく口にしてはならん。そんな些細な噂が変質して広がり、エリネアが魔人に狙われる可能性もあるのだ。それでは恩を仇で返す事になろう」
「は、はい。申し訳ありません、メフィ様」
「謝るのは妾ではないぞ」
「も、申し訳ありませんでした! エリネア様」
「ええ、いいのよ」
メフィは兵士に向けた少し厳しい表情を、エリネアに向けた途端に崩し、そのまま先へ歩く。
「助かるわ、メフィ」
「まあ、事実じゃからな」
クリシュナードを名乗る危険性。裕二はチェスカーバレン学院で自警団をやっていた時、それをテリーに聞いている。
エリネアも口が酸っぱくなる程、今はクリシュナードと名乗れない、と裕二に言っていた。
自分以外に被害をもたらす可能性もあるので、まだ、裕二がそう名乗る事は出来ないだろう。それを改めて見せられた気分だ。
そして、裕二たちはカフィスの私室へ入る。
「おお! クリシュナード様。これからどこへ向かわれるのです。出来ればこの私も――」
「はあ……やはり父上は腐り果てるまでここにおれ! 五百年前とは違うのじゃぞ。何度名を間違えるのか」
「そうだな。さすがに俺も呆れる」
「そ、そんな……ク、ユージ様」
「ク、じゃねーし」
そんなやり取りが最初にあったので、ユージについて行きたがるカフィスの野望は軽々とメフィに阻止される。
「でもまあ、霊剣を預かってくれてた事には感謝するよ。長い間ご苦労様、カフィス。パットンも色々世話になった」
「ユージよ。剣を盗まれる間抜けにそれほど感謝せんでも良いぞ」
「な、何を言うか! メフィ」
「礼を言うのは父上の方じゃ! その間抜けを誰が助けた! 余計な仕事を増やすな」
「ぐぬぬぬ」
そんな親子ゲンカを交えながら、裕二はそろそろ旅立つのでその説明をしておく。そして、既に裕二が顕現している以上、この世界にどんな災いがあるかわからない。それを充分注意するよう話す。
「じゃあ、そろそろ行くけど王様は見送らなくていいぞ。不自然だからな。代わりにパットン」
「はっ!」
「最後にテルメドに会わせてくれ」
「テルメド?」
裕二はその場でカフィスに別れを告げ、最後までペルメニアの使者として通す。それを王が外まで見送ってたら、さすがにおかしい。
「うう、ユージ様。また来られますよね?」
「ああ、そのうちな……あ、そういやアドレイがよろしく言ってたぞ」
「アドレイ? アドレイとはシェルブリットのアドレイでしょうか?」
「そうだ」
「え……もしかして……まだ」
「黙っといてくれよ。じゃあ行こう、パットン」
「はっ! 畏まりました」
まだ色々聞きたそうな名残惜しそうなカフィスを残し、裕二たちは部屋を出る。そしてパットンに案内され、テルメドのいる地下牢へと向かって階段を降りる。
「ひとりで行くから皆は待っててくれ」
そして、地下牢に続く扉を前にすると、そこからはひとりで向かう。
ヒンヤリした薄暗い空間。そこへ横並びにいくつかの地下牢がある。今、それを使っているのはテルメドだけだ。
裕二は太い鉄格子の前に立つ。するとテルメドは俯いていた顔を持ち上げる。
「ユージ様。お発ちになられるのですか」
「ああ。その前にウォルターからテルメドにこれを渡してくれって言われてな」
「ウォルター様から?」
テルメドの弟、コルトレクの死を断定したウォルター。ひとりになって考えてみたら、あれで良かったのだとも思える。
魔人がやっていたのはコルトレクの死体を蹂躙する行為だ。そこへ兄である自分さえ加担していた。ウォルターがそれを教えてくれたから、コルトレクはやっとゆっくり眠る事が出来る。
テルメドはそんな風にも考えていた。
そのウォルターから預かった物を、裕二はテルメドに渡す。
「これは魔石……ですか?」
「ウォルターが、コルトレクの魂はもうここにないって言ってたけど、アイツは死霊魔術の達人でもある。魂はないが、少しだけ残留思念のようなものが残っているかも知れない、と思ったらしく、その魔石に移したそうだ」
「コルトレクの……思念」
「残念ながら上手くいったのかはウォルターにもわからない。だけどテルメドなら何か感じるかも知れないって言ってた」
「ウォルター様が……そんな事を」
それを大切そうに受け取るテルメド。そして魔石をゆっくりと額に当て、目を閉じる。
すると、周りの音は聞こえなくなり脳裏にコルトレクが浮かぶ。それは魔石のお陰なのか、それとも単にテルメドの願望が見えただけなのかはわからない。
「コルトレク……済まなかった」
閉じられたテルメドの目から涙が光る。
テルメドは確かにコルトレクを感じていた。
そして、ほんの僅かだけ、ほんの少しだけ小さく声が聞こえた。
――兄さん……
「コルトレク!」
テルメドがそう叫んだ時、裕二の姿はもうそこにはなかった。
◇
エルファスを出た裕二、エリネア、メフィ、ウォルター。ここからは別々に進む事になる。
裕二は白虎を出してエリネアを乗せ、メフィとウォルターはクリシュナードの書斎で裕二からもらった指輪を使い精霊馬を出す。
見た目は普通の馬だが、通常より速度も速く、疲れる事なくどんな道も進める。
「そう言えばユージ様。護符はまだ使えますか?」
「あれ、そういや」
ウォルターからもらった魔人の目を誤魔化す為の護符。裕二はそれを懐からだす。
「少し黒ずんでますね」
「けっこう持つんだな。まだいけるだろ」
「そろそろダメそうです。新しいものを複数用意してますのでお持ち下さい」
今の裕二なら魔人の目を誤魔化す事も可能ではあるが、その手段を複数持っておくのは良いことだ。
エリネアも使うだろうし、それ以外の他人に分け与える場合もあるかも知れない。
ウォルターは護符の束を裕二に渡す。
「悪いな。テリーの方は任せた。よろしく言っといてくれ」
「任せておけ。妾が間違いなくウォルターをペルメニアへと届けよう」
「エルフの王女殿下がいてくれたら心強いですね。後はテリオスに殴られるだけです」
ウォルターはそう言って笑う。
そして、裕二とエリネアは南東のクラカトへ、メフィとウォルターは南下してペルメニアへと向かう。
「じゃあ行くぞ。しっかり掴まれよエリネア」
「はい!」
そこで彼らは別れた。
メフィとウォルターはテリーに合流し、いずれ裕二とエリネアもペルメニアに帰る。
だが、魔人の影はより具体性を増して現れるようにもなっている。彼らはクリシュナードの存在に半信半疑ではあるが、正解に近づいてもいるのだ。あまりノンビリはしていられないだろう。
「エリネアよ。子種の管理は任せたぞ!」
「わかった……けど、子種とか言わないでよ」
そして、彼らはそれぞれ目的の場所へと動き出す。
四章終了です。
少し間を置きますが、五章は早めに再開の予定。
SSが少しあるので、そちらも多少、更新すると思います。