174 更に続く洞窟
セバスチャンに先導され裕二は洞窟を進む。最初の洞窟とあまり違いはない。ここは別々に作られた場所を繋ぐ為に作られた通路なのだろう。
ウォルターが書斎は知っていたが、洞窟を知らなかったのは、それが後から作られたからだ。
「こちらは領域としては少し弱いですね」
「大丈夫なのか? 落ちたくないぞ」
「私がいる限り大丈夫です。もしそうなっても、落ちる直前に亜空島に送りますので」
「ああ、そっか。各タルパが出入り口だもんな」
変化のない洞窟をひたすら進む。同じ景色が感覚を狂わせるような錯覚に陥る。しかし、それもしばらくすると終わる。次第にその壁がレンガのような壁に変わってきた。心なしか明るくなってきたような気もする。そして、その先にがっしりとした扉が見えてくる。
「あの先か」
「おそらく」
裕二が扉に手をかけ、手前に引く。すると、扉はギィーっと音をたてながら開いた。それは古くからここにあるような雰囲気を醸し出している。そこへ裕二は足を踏み込む。
「なるほど。これか」
「石碑ですね」
そこは岩山をくり抜いたような円形の空間。出入り口は裕二たちが入ってきた場所のみ。照明らしきものはなく、壁には灯り取りの為か丸い小窓があり、太い鉄格子が嵌められている。
「どこだろう?」
裕二はその窓から外を眺めてみる。
どこかの山のようだ。眼下には霧に包まれた森があり、何かあるようにも見えるがその全体像はハッキリしない。
「ここは亜空間ではありませんね」
「そうなのか?」
「はい。何も作れません」
扉がその境目だったのか。亜空間なら念じれば何でも作れてしまうが、今はそれが出来ない。つまり、ここは現実にあるどこかの山なのだろう。
「石碑を亜空間に置きたくなかったのではないですか?」
「ああ、かもな。さっさとやるか」
裕二は小窓から離れると、深呼吸をしてから石碑に触れる。
「グッ!」
すると、以前と同じように暗闇に入り、目の前には壊れた石碑、その中に小さな鍵がある。それを持ち上げると砂のように崩れさった。
途端に裕二の体に強い衝撃が走る。
「またこれか、よ!」
しかし、それも一度経験しており予想もしていた。前回よりは衝撃もマシに感じる。裕二は痛みに耐えながらも思考を保つ事が出来た。
「そろそろ来るか」
その直後。裕二の体に巨大な魔力が。頭には過去の記憶が入ってくる。
内臓も血液も強烈に揺さぶらされてるような感覚。それに抗わずに全てを受け入れる。すると、痛みは幾分マシになってきた。
「くっ……なるほどな。この魔力でもギリギリくらいか……」
どれくらいの時間が経ったのだろう。裕二はその場にへたり込んでいた。その傍らにはセバスチャンが立つ。
裕二はそれをゆっくりと見上げた。
「アトラーティカの村の遺跡はメルポリスと対になるのですね」
「みたいだな。しかし、メルポリス側についてはハッキリわかってないのか」
取り戻した記憶。その中にはアトラーティカの村にあった遺跡に関する記憶があった。それはメルポリスと対になるもの。しかし、わからない部分もある。それは記憶が戻らないのではなく、最初から知らない事なのだ。
だが、その知らない事も推測は出来る。
裕二は初めてアトラーティカの村を訪れた時、既にその推測をしていた。
それを含めた多くの記憶が裕二に取り戻された。
「とりあえず戻るか。みんな心配してるだろう」
「そうですね。少し休まれた方がよろしいかと」
裕二とセバスチャンは再び扉をくぐり、洞窟の通路に出て歩き出す。
そして、ふと後ろを振り返ると。
「あれ、通路消えてくぞ」
「もう必要ないのでしょう」
どこかの現実にある山と繋いでいた通路。それがゆっくりと消えていく。
「なあ、セバスチャン」
「何でしょうか」
「あそこって……もしかしたら、テリーの言ってた浮遊島じゃないか?」
「……かも知れませんが、もう確かめられません」
「失敗した。小窓からアリーに見にいかせりゃ良かった」
◇
「ユージ!」
「おお、帰ったか!」
「結構かかりましたね」
エリネア、メフィ、ウォルターが裕二を出迎える。どうやらこちらが思っていたよりも時間がかかったようだ。
「ユージ様。お疲れになったでしょう。とりあえずお座り下さい」
裕二は書斎にあるソファーに腰を落ち着けた。そして、裕二がいない間の様子を訊ねる。
「こっちはどうだった? 何かあったか」
その問にエリネアが答える。
「魔石や杖なんかの珍しい物は沢山あったけど、役に立つかはわからないわ。それは後で調べて、ここは資料室として活用する方が良いと思うの」
「そうだな。何だか本がいっぱいあるし、部屋自体は消えなさそうだから後でも来れるだろ」
書斎には特に目立つ物はない。かと思いきや。メフィが壁際の箱から何かを取り出しこちらへ持ってきた。
「これが何だかわからん。ユージわかるか?」
「これは……」
それは赤い金属製で筒のような、と言うより一メートル弱のミサイルのような形をしている。それが三本くっついた物が二つ。計六本。
「リアンのホーミングレーザーパックだな。使えるのか?」
「ホーミングレーザー?」
「強力な光線だよ。テリーの使うパーティクルテンペストの更に凄いやつだ。リアン出てくれ」
裕二が呼び出すと、リアンがその場に現れる。部屋は何とかリアンがギリギリ立てるが、かなり狭くなった。だが、リアンにそんな事を気にする様子はない。例え気にしていたとしても誰もわからないだろう。裕二はリアンに促す。
「つけてみな。ここで使うなよ」
リアンがそれを手に取ると、背中にガシャッと嵌め込んだ。それは最初からリアンの鎧に装着する為に出来ていたようだ。サイズも色もピッタリ揃っている。
「うおー、似合ってるな。かなりロボット臭もしてきたけど。後で試してみよう」
「しかし、これ以上強くなって勝てる者がおるのか」
「正面から戦ったら誰も勝てないわね」
そして、リアンは用が済むとさっさと消えた。相変わらず素っ気ない。しかし、それによりリアンの攻撃力は大幅にアップしただろう。更なる広範囲攻撃が可能になるはずだ。
「ユージ様の方はどうでしたか。おそらく記憶を戻したのではないかと……」
「ある程度だな。一応説明しておく」
◇
ペルメニアの南方を馬に乗って旅する二人の男女。一見すると旅装束にマントを羽織る旅人だ。しかし、その内側にはチェーンメイルを装着し、男は背中に立派な剣を。メガネをかけた女は懐に短杖を隠し持っている。
この二人の力ならば旅人を襲う盗賊など、あっという間にやっつけるだろう。
「私は戦う必要ありませんでしたね。バイツさんだけで充分でした」
「いや、油断してはならん。強力な魔術師でもいたら、君の力が必要だぞ。リサ」
男性の名はバイツ・ハリスター。以前の名はバイツ・エストローグだ。チェスカーバレン学院騎士科でナンバーワンと言われる男。
女性の名はリサ・スクワイア。同じ学院の魔法科で、その実力をメキメキと上げている。馬に乗り旅をするのはその二人となる。
バイツもリサも一年の時に行われた武闘大会の入賞者だ。しかし、二年になって行われた武闘大会には、一年の時の入賞者はほとんど参加せず、その年の優勝はバイツとバチルの友人、騎士科ナンバースリーのドルビー・コールゲンとなった。
そこには、チェスカーバレン学院が、彼らの力はなるべく隠したい、と言う思惑あっての事だ。
その二人は今、目的のある旅をしている。
「その魔術師も簡単に倒していたではないですか」
「あんなの魔術師とは言わん。院長先生が苦戦するクラスでなければ、私は認めん。そもそも魔術師と言うのは四属性が使える程度では素人と同じ。この私でさえ使えるが、誰も私程度を魔術師とは言わない。それはかつて武闘大会で見た、絞り出すような魔力と魔力の壮絶な戦いの中にあり、そこを乗り越えた一部の者がそう呼ぶに相応しい。それを奴らは何だ! 盗賊とは言え、あの程度で――」
「ま、まあまあ」
そこに至るまでに物騒な出来事でもあったようだ。しかし、二人にそのような事があった形跡は皆無。傷も汚れも着衣の乱れも全くない。
一応、護身のために剣を持っているだけの旅人。二人はそんな風に見えるだろう。
そこへ盗賊などがちょっかいをかけても、即座に倒される。その主戦力となっているのはバイツだ。リサはそれを手伝おうと思ってもすぐに終わってしまうので、実際はほとんど戦っていない。
そのバイツに土を付けられる者など、まずいないだろう。それを成し遂げるには、最低でもチェスカーバレン学院の学院長、リシュテイン・チェスカーバレン程度の力がなければならない。
「しかし、地道な調査ですね。教会がこんなにあるとは思いませんでした」
「我々だけでは間に合わん。宮廷諜報団も駆り出されているようだぞ。このままでは厳しいだろう」
そんな話をしながら馬を走らせる二人。そこへ緑色の鳥が飛んできてバイツの肩に留まる。
「連絡用パローか」
バイツはその足に括り付けられた手紙を読んだ。
「テリオスが戻ったな」
「そうなんですか。ユージは?」
「一緒ではないようだ。ふむ、こちらの調査は終わりか」
「終わり? まだ途中なのでは」
「ああ、教会の人間がいるらしい」
「教会?」
「シェルラックの教会だな。中央とはほとんど関係ないのだろう。おそらく、こちらに引き入れるなら、ユージの正体を知り、忠誠を誓ったのだろうな。当然の事だ。本来であれば、教会はかのお方に仕える為にある。それを今の教会は大きく歪め、すぐそばの異変にさえ気づかずのほほんとしており、あまつさえ――」
「ま、まあまあ」
バイツはその手紙をリサに渡す。そして、リサがそれを読み終えると、その手紙はリサの魔法によって燃え上がり、跡形もなく消え去る。
「ひとりは女性ですね」
「巫女だな。気になるのか」
「い、いえ、そ、そうではなく。それよりバチルさんも帰るみたいですよ」
「そうだな。人の岩塩を勝手に盗みおって、あのバカ女。他の物ならともかく、アレはユージから下賜された物だぞ。その価値は通常の岩塩と同等ではなく、かのお方から賜りし宝玉と呼ぶべき――」
「ま、まあまあ」
二人はそんな話をしながら元来た道を引き返し、学院のあるチェスカーバレン領スペンドラへと帰っていった。