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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第四章 エルファス
173/219

173 書斎


 裕二の作り出す亜空間内にある亜空島。その島の岩山の裏側、領域ギリギリの場所には、霊剣エンブリオバーニングを鍵とする扉があった。

 その先は洞窟となっており、裕二、エリネア、メフィ、ウォルターはその先に何があるのか調べる為、洞窟へと足を踏み込んだ。

 薄暗くはあるが、ランプの暖かな光により視界は問題ない。空気はヒンヤリとしており、割りと心地よい。進路は緩やかに蛇行しているので先は見通せない。

 何かいそうな気配は一切なく、自分たちの声と歩み以外の音も聞こえない。


「ウォルターはここに見おぼえはあるか?」

「いえ、初めて来ました。ですが危険はないと思われます。霊剣を使った時点でこれはかつてのクリシュナード様であらせられるユージ様の意思ですから」

「ここまで考えてたって事か」


 カフィスから霊剣さえ受け取れば、裕二は自動的にここへたどり着くようになっていたのかも知れない。それも五百年前から予め決められていた。そう思えてくる。

 そんな事を考えながら進んでいくと、洞窟の終点に先程と同じような扉が現れた。


「ここで終りらしいな。開けるぞ」


 裕二がそこを開けると、暗闇にパッと灯りがついた。


「部屋?」


 そこには大きな机、その後ろに本棚、部屋の中央にはソファーとテーブル、床にはカーペットが敷かれ、他には各種棚や箱が壁際に置かれている。見た感じは洞窟をくり抜いて作られた部屋ではなく、建物の一室に見える。

 四人は辺りを見回しながら部屋へ入っていった。


「誰の部屋じゃ?」

「何の部屋なの?」

「知らんがな」


 そんな中、ウォルターだけはそこに配置された家具を丹念に調べていた。


「ウォルター、何か知ってるのか?」

「え、ええ……ここは」


 そして、裕二の方に振り返る。


「ここは五百年前にユージ様、つまりクリシュナード様が作られた、亜空間のお屋敷の一室。その書斎となります」


 亜空島の洞窟から繋がる先。そこには、五百年前にクリシュナードが実際に使っていた書斎があった。ウォルターはその確認をしていたようだ。


「お懐かしい。クリシュナード様は大魔術師ではありましたが、こう言った家具のデザインは苦手でして、私がそのお手伝いをさせていただいたのです」


 今現在も亜空島の全てはセバスチャン任せだ。それは当時もほとんど同じで、五百年前に作った亜空間でも、全てセバスチャンに任せていた。しかし、セバスチャンもデザインは得意ではないので、そこはウォルター、当時のアドレイ・シェルブリットに手伝ってもらったのだ。

 そう言った経緯もあるので、ウォルターはすぐに、この部屋を思い出したのだろう。


「その一室だけが、ここに残ったのか?」


 本来なら裕二たちの辿ってきた洞窟は屋敷の通路のはずだ。しかし、その屋敷自体が亜空間にあったもので普通の建物ではない。その中の一室だけ残していた事になるのだろうか。

 亜空島の海から繋がるクリシュナードの書斎。それは亜空間ならではの、空間を無視した繋がりになっている。


「では、ここに必要な物があるのじゃな」

「探してみましょうか」

「ちょっとお待ち下さい」


 メフィとエリネアが家探しを始めようとすると、それをウォルターが止める。


「確か……この本棚の裏は……」


 すると、ウォルターの掴んだ本棚が、ガラガラと引き戸のように動いた。そこにあったのは隠し扉だ。


「以前はただの物置きでしたが……」

「開けてみるか」


 おそらくその先も、普通に繋がっていない事は容易に想像出来る。裕二は扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。


「真っ暗ですね」

「真っ暗じゃな」

「真っ暗よね」

「……え?」


 その扉の先は暗黒の空間。何も見えないし何もない。これが亜空間に作られた領域の外になるのだろう。うっかりその先に行ってしまえば領域の外に落ちる可能性は高い。

 しかし、そう見えているのはウォルター、メフィ、エリネアだけのようだ。


「何言ってんだ? 洞窟になってるだろ。見えてないのか」


 四人は顔を見合わせる。

 その先は裕二にしか見えていない。そう言う事になるようだ。


「ユージだけが行けると言う事か?」

「かも知れないけど……」

「ちょっと心配ですね」


 メフィ、エリネア、ウォルターは口々にそう呟いた。そこで裕二はセバスチャンを呼ぶ。


「セバスチャン。この先は行けるのか?」

「私にも見えておりますし、ここはそもそも裕二様の作られた領域。私が先導しながら進めば問題はないかと。ですが、他の方には危険も考えられるので、ここでお待ちいただきたい」


 セバスチャンが先導しながら領域を確認、或いは補強しながら進めば行ける、と言う事だ。しかし、他の人は洞窟さえ見えていないのではかなり危険だ。消えかけている領域、と言う可能性もある。


「大丈夫かしら……」

「まあ大丈夫だろ。ちょっと見てくるよ」


 心配そうに見つめるエリネアをよそに、裕二は笑顔で扉の向こうに歩き出す。


「その間に部屋を調べといてくれ」


 そう言うと、裕二は暗闇に吸い込まれるように消えていった。



「私たちはユージ様の仰せられた通りに致しましょう」

「そうじゃな」

「そうね」


 書斎に残されたウォルター、メフィ、エリネア。

 裕二に部屋を調べるよう言われたが、まず、目につくのは本棚に並べられた無数の本。


「これはクリシュナードが書いた本になるのか?」


 メフィは本棚から視線を逸らさず、ウォルターに問いかける。


「書きかけの理論書が多かったと思います。現在、これが世に出ればかなりの値打ちになるかと」

「持ち出しも可能なの?」

「家具類はここで作られたので不可能ですが、本は外から持ち込まれた紙類になるので可能でしょう」


 エリネアはそう訊ねながら、一冊の本を手に取り、パラパラとめくってみる。そして、本のタイトルに目を向けた。


「難しそうね。トライアングルタイムアクシスって何なの? 聞いた事ないわ」

「それは時間移動の理論ですね」

「時間移動?」

「はい。この世界は、過去、現在、未来と時間が続いています。それを一本の縦線と考えて下さい。その線の下が過去。上が未来ですね。それが時間軸となります」


 その時間軸とは全く関係のない時間軸がもう一本あるとする。二本の時間軸はどこまで行っても交わる事はない。つまりお互いの時間は影響しない。因果関係がないという事だ。


「それは例えばこことは違う世界。異世界の時間軸となります。そして、仮にその一本目の中央を現在としましょう」


 縦に伸びる二本の交わらない時間軸。こちらの時間軸の中央、つまり現在から線を横に伸ばし、もう一本の時間軸に移動する。その時点で最初の時間には縛られなくなる。時間軸から離れたのでその影響がなくなるのだ。

 そこから元の場所、ではなく、最初の時間軸へ斜め下に行けば、最初の現在より過去へ。斜め上に行けば、未来へ行く事になる。

 この時、二本の時間軸の間に三角形を描いて進む事になる。それをトライアングルタイムアクシスと言う。


「そんな事出来るの!?」

「出来ませんよ。理論ですから」

「そう……でも、あっ! 異世界じゃなくても亜空間なら可能じゃない? それなら実現出来るかも」

「亜空間はこの世界に付随するものです。時間の流れは違っても因果関係はあります。亜空間で同じ事をすれば未来へ行きっぱなしになり、帰って来れません」

「それは恐ろしいわね。帰って来れないなんて……でもウォルターはかなり詳しいのね」

「私は元々研究者でもありますから。その師もクリシュナード様になります」


 その話しに聞き耳をたてながら、メフィは別の本を手に取る。


「これは何じゃ。アカシックレコードコネクト」

「それは世界の記憶に関する理論です。その全ての記憶が集まる概念をアカシックレコードと言います」


 自然や人類が魔力を作り、その魔力は世界を大河のように流れ、更にそこから毛細血管のように広がっている。それは地中、地上、空中、人、動物、植物とあらゆる場所を通り、制限はない。それを霊脈。或いは地脈や龍脈、魔脈などと言う呼び方をする。


「例えば、エリネア様が魔法を使うと、そこには術式があります」

「そうね」

「その術式は情報となり、霊脈を通り、大地の奥深く、その中心へ蓄積されるのです」


 その情報は魔法に限らず、草花であろうが人の名であろうが街の歴史であろうが関係なく、霊脈を通り蓄積され一か所に集まる。


「それをアカシックレコードと言うのじゃな」

「いえ。合ってはいますが正確ではありません」

「どういう事じゃ?」

「それはあくまでアカシックレコードの一部です」


 魔力が大河となり、その大河があらゆる場所を通り、その情報を集め、大地の中心へ蓄積させる。


「その霊脈の流れは巨大な龍のように、うねりながら大地の中を通る。この大地は龍にグルグル巻きにされているような状態です。だから龍脈とも言うのでしょう。その龍は大地だけでなく、夜空のほし星にも到達します」


 更にそこでほし星の情報も集められ、龍は宇宙の中心へ向かう。その場所はわからないが、そこがこの世界の中心点になるのかも知れない。それがアカシックレコードと呼ばれ、全ての記憶を網羅する概念となっている。


「我々の大地の中心は、そのアカシックレコードの支店のようなものだそうです」

「ほし星とは……途方もない話じゃな」

「ええ、それを全て理解するのは不可能。しかしそこに繋がり、一部の情報でも得られれば、それは人類にとって巨大な知識となるのです。それがアカシックレコードコネクトと言う理論ですね」


 もちろん、トライアングルタイムアクシスにしろ、アカシックレコードコネクトにしろ、そこに至るまでの方法論があるわけではない。そんなのはほとんど神々の、或いはそれ以上の領域。


「しかし、それが何の役に立つのじゃ?」

「それ自体が役に立つのではありません。ほとんど到達不可能な領域ですので。ですが、そこに至る道にはたくさんの宝があるのです」

「ほう。それは何じゃ」

「例えば、トライアングルタイムアクシス理論を逆に遡ると、別の時間軸があり、それは異世界ではないか、と推測する。それを聞き、先程エリネア様はそこに亜空間の可能性を考えた。もちろんエリネア様はそれを知っていた。しかし、誰もそれを知らない場合。その時に初めて、亜空間の存在を認識するのです」


 因果関係のない時間軸。それはどこにあるのか。それを考える過程。そこに亜空間存在の可能性を考える。もちろんそれは先程のウォルターの否定通りで正解ではないが、亜空間魔法はトライアングルタイムアクシス理論、その過程から生まれた、と言う事になる。


「無詠唱で魔法を行使するのも同じです。それは体内を通る霊脈に情報を定着させる事で行えます」


 一般的に難易度の高い無詠唱での魔法行使。通常はそれを何度も繰り返し覚え、やがて無詠唱で行使出来るようになる。

 しかし、それは体内を通る霊脈への情報を定着させる事にもなっている。頭で暗記しただけではダメなのだ。


「それを理解しているなら、繰り返し練習するのではなく、定着を行えば早いのです。おそらくユージ様はそれを一度でやってしまうのではないですか?」

「ええ、確かにそうね……そうだったわ」


 エリネアは裕二が学院に来た時の事を思い出す。火魔法しか使えなかった裕二が、あっという間に他の魔法を覚えてしまった。しかも、その全てが無詠唱。

 エリネアはそれにかなり驚いたが、同時に悔しくもあった。

 繰り返し覚えるのもひとつの方法ではあるが、紙に書いてずっと目の前に置いておくのもひとつの方法だ。裕二はそれを体内に通る霊脈に書き写した。それが定着だ。魔法を覚える最短距離と言えるのだろう。


「意識下で覚えておられるのでしょう。ユージ様なら造作もない事です。そこに一般の魔術師とユージ様の違いがあるのです。その理解の過程はアカシックレコードコネクトにあるのですよ」

「なるほど。慣れとも言えるが慣れにも理論がある。理屈を知れば不要なものは削ぎ落とせ効率も良くなるのじゃな」

「私……ユージに段階を踏んで覚えなさいって、注意した事があるの。今、考えると逆だったのね。恥ずかしいわ」


 そう言った研究の果てに、大魔術師クリシュナードは存在した。ウォルターはその傍らでそれを見てきたのだろう。


「しかし、偉大なる大魔術師、クリシュナード様でも部分的に凌駕している存在がありました」

「そ、そんなのがあるの?」

「ええ。それがかつてのアトラーティカの首都、メルポリスです」


 巨大な魔法軍事都市メルポリス。その影響は絶大で、当時のクリシュナードも多かれ少なかれ影響は受けている。

 彼らは異世界から来た、と言う事もあり、それを古くから認識、活用していたのだ。異世界があるのであれば、何が出来るのか。


「それが守護者のつもりで呼び出した魔人となります。大魔法は一歩間違えれば、そのような危険も孕んでいるのです」

「なるほどな。世界を担保にする大魔法。ユージはそれを完全に消し去るには自分の命では足りぬ、と言っておったが……」

「もう一度、そんな規模の魔法を……って事なのかしら」

「それがどのようなものかはわかりませんが、ユージ様も最初から何でも出来てしまう超人ではありません。家具のデザインひとつ決められない部分もあるのです。私たちが全力で支えなければなりません」

「そうね……」

「そうじゃな……」


 クリシュナードも様々な努力の末に、その力を育てた。しかし、何でも完璧に出来るワケではない。五百年前に付き従った多くの使徒たちがそれを補佐してきたのだ。そして、それを引き継ぐのはエリネアやメフィなどの新たな世代となる。ウォルターはそう言いたかったのだろう。

 三人は本を本棚に戻し、改めて部屋を調べ始めた。


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