170 十の刃
「久しぶりだな、ウォルター…………いや、アドレイ」
「クリシュナード様……」
裕二の前に跪くアンデッド。それは五百年前。クリシュナードに付き従った使徒のひとり。アドレイ・シェルブリットだった。
「気づいておられたのですか……」
「五百年経っても喋り方や態度は大して変わらないからな。最初に話した時にそうじゃないかと思ってた。あそこにいたのは、俺がアトラーティカの村から北上するって知ってたからだろ?」
「はい、その通りです。本来ならこの様な禁忌の姿でおめおめと御前にあってはならないのですが……」
「気にするな。とりあえず行くぞ、立てるか」
裕二はそう言いながらウォルターの肩を軽く叩く。
「いえ。私もこの様な姿なのでエルファスには行けません。エルフを混乱させてしまうでしょう」
「う、それもそうか。俺も正体を隠してるし……ならこっちで休んどけ」
裕二はその場に亜空島の入り口を開き、そこへ入るよう促す。
「し、しかし私はまだ……」
「うるさい、命令だ。休め」
「は、はい」
「後でセバスチャンを向かわせる。プリストラだな。知ってるだろ? とりあえず言いたい事はセバスチャンに言っておけ」
「はい、畏まりした」
◇
「す、凄い……」
「ペルメニアの姫君はあんなに強いのか……」
「我らがメフィ様と比べても遜色がないぞ」
メフィとウォルターを突破したベヒーモスとオルトロス。エルフの兵士たちはそれに苦戦していたが、そこに現れたセバスチャンは邪剣オートソウでその首を一撃で跳ね上げ、エリネアはエクスプロードファイアーランスでモンスターを粉々に砕いた。
「こっちも終わっておったか」
「メフィ! ユージはどこ。ムサシが向かったようだけど」
「心配するな。向こうも終わった。後から来る」
メフィがそこへ到着し、辺りを見回す。そこには剣を持ったテルメドの姿もあった。彼は手酷いダメージを受けたようで、その場にしゃがみ込んでいる。
「治癒魔法が使える者は兵士を診てやれ。撤収するぞ。父上もさっさと戻れ! 病み上がりじゃろうが」
「なんの。私はまだ戦える! これでも五百年前は――」
「やかましい! さっさと寝ろ。邪魔じゃ」
こちらも結界とエリネア、セバスチャンのお陰で然程の被害もなく戦闘は終了した。兵士たちは立ち上がれない者に肩を貸してやり、エルファスに戻っていった。
そこへ裕二も小走りで合流する。
「セバスチャン。亜空島に行ってくれ。ウォルターがいるから、詳しい話を聞いといてくれ。俺は一度王宮に行く」
「畏まりました」
裕二はカフィスに今回の件を詳しく話しておく必要がある。
魔人がこの地を監視し、どのような事を行っていたのか。そして何故、突然実力行使に出たのか。その過程にはテルメドがどう絡んでいたのか。その処分も決めなければならないだろう。
「そう言う事ですか。ク……ユージ様には大変なご面倒をおかけしました」
カフィスは裕二たちを私室に集め、事の成り行きを詳しく聞いた。
「しかし、全て倒したのは良いが、この地の監視がおらぬ事はいずれ魔人に知られよう。防衛の強化はしたほうが良いぞ、父上」
「確かにそうだな」
おそらく裕二が最初に倒した魔人が連絡をする為に後方に控えていたのだろう。それがいつまでも仲間の元に現れなければ、その異変はいずれ気づかれる。
「大丈夫だと思う。エルフが魔人の接触に気づいた事にして、周りの村に噂を流してくれ。あくまでもエルフと魔人の戦いって事で」
「それは構わんが……」
それでも向こうは怪しむだろう。そこにクリシュナードが現れたのではないかと。レイスと言う突出した戦力もあったので、それを打ち破れるのは誰なのか、と考えるはずだ。
「その戦闘には助立ちがいて、その人は既にエルファスを出たと噂を流す。それが既にいないとさえわかれば、そっちの追跡を重視する。奴らにもそれ程余裕はないから、無駄な攻撃は控えると思う。ここの戦力を失ったのも痛手なはずだし。レイスなんて貴重な駒はそうそう出せない」
「ふむ、なるほどな。しかし、念の為にあれの対応策は考えねばならんな」
「それは王様の役目でしょ。そうだろ、カフィス」
「はっ、全く持ってその通りでございます」
と、そこまでの話が終了すると部屋の扉がノックされ、そこにパットンがテルメドを連れて入ってきた。どうやら怪我の方は問題ないようだ。
そして、入室するとテルメドは即座にその場へ跪く。
「老師から先程伺いました。ユージ様は……あのお方だと。王に預けた品を受け取りに来たのだと……だから奴らは御身を狙い、私を騙し……大変な事をしてしまい本当に申し訳ありませんでした」
裕二もメフィも決してテルメドが悪人でない事はわかっていた。ウォルターからそのカラクリを聞いたテルメドは、深く後悔していたし、それを周りの者も見ていた。しかし、だからと言ってその罪がなくなるワケではない。
「それはどうでもいいよ。テルメドさんはエルファスのルールに従って責任を取れば良いんじゃないか? 俺は謝罪さえ受ければそれでいい」
「はい……処刑も免れぬ罪だと、心得ております」
周りはそれを聞き静まり返る。罰を決めるのはエルフの王、カフィスの役目だ。その言葉をじっと待つ。
「テルメド。弟のコルトレクを利用され、その眼が曇っていた事を考えれば、情状酌量の余地はある。だが、それでもかつて、エルファスを救って下さったユージ様に刃を向けた事は許されぬ」
「……はい」
「死を以って償うのが正当な裁きとなろう」
「……その通りでございます」
テルメドは死刑。カフィスはそう判断したようだ。しかし、その言葉はまだ続きがある。
「しかし、最後の最後に心を入れ替え、女子供を避難させ、戦闘にも我が身を顧みず従事した事により、減刑を加える」
それを聞き、テルメドは僅かに頭を持ち上げた。
「貴様は地下牢にて五百年の服役に処す。その間、エルファス防衛の為の新たな策を練り上げろ。それがお前の罰だ」
「……謹んで、お受け致します」
「では、パットン。連れて行け」
そして、テルメドは立ち上がり、パットンに連れられて地下牢へと向かった。
「甘いな父上。たった五百年か。まあ良かろう」
「ふん、文句があるならお前が王になれ」
エルフの時間感覚から言うと、五百年は長い事は長いが、決して耐えられない年数でもないのだろう。カフィスだって裕二が現れるまで五百年待っていたのだから。
しかし、裕二はそのカフィスの裁きを見て、違う事を考えていた。
――俺もいずれ……グロッグとシェリルの事を裁かないといけないんだよな。あんなふうに出来るだろうか。
立派に王の役目を努めているかつての部下であり友人のカフィス。裕二はそんなふうに思っていた。
テルメドにはまだ減刑する為の口実があったりするが、グロッグとシェリルにはテリーに聞く限り、どこを探してもそんな口実は見当たらない。それが裕二を憂鬱にさせる。処刑を言い渡すなんて気分の良いものではない。
――うぅ、まあいっか……
そして話は終わり、それぞれが王宮内に用意された部屋に帰っていく。これでとりあえず、エルファスの問題は片付いただろう。後は裕二の持つ、霊剣エンブリオバーニングの使い道だ。これが全くわかっていない。
「ちょっと待ってユージ」
その時、エリネアが声をかけてきた。
「私たちが戦ったヒュドラの体内から、変な物が出てきたの。それを見て欲しいんだけど。私では良くわからないから、メフィも良いかしら」
「わかった。一旦部屋に行こう」
「何が出たのじゃ? 気になるのう」
そして、三人は充てがわれた裕二の部屋へ移動する。エリネアは腰を落ち着けるとすぐにそれを出してきた。
「これなんだけど……」
それはヒュドラの血肉が全て剥ぎ取られ、綺麗に洗浄されたもの。一見すると誰もが剣に見えるだろうが、その刀身の形は通常の剣とは大きく異なる。
「なんだこれ?」
「剣? のようじゃが」
普通の剣と異なる刀身は平らな刃ではなく、真上から見ると三角形になっている。それが刃の中心となり平らな部分、三角形の一辺の部分に小さな刃が縦に三つある。それは一旦横に伸びてから上に鋭い刃をつき出す形だ。
裕二がかつて住んでいた日本の国宝にある七支刀に似ている。あれは左右に小刃があるが、これは立体的な刀身の三辺に合計九つの小刃。真ん中の刃を合わせて、十の刃がある。
「十支刀って言えばいいのかな。儀式用の剣ぽいな」
「この刀身の色はアレではないか。なんと言ったか。赤銅色の……」
「オレイカルコスね。私もそう思ったわ」
オレイカルコス。それは裕二の元いた世界ではオリハルコンと言う。アトランティスがアトラーティカとなり、その遺物とされる赤銅色の金属だ。
「なるほどな。それを魔人が持っていた……これはウォルターに聞いた方が良いな」
「え……どうしてウォルターが出てくるの?」
エリネアはそれを聞き困惑している。ウォルターとオレイカルコスらしき剣、十支刀。その接点は全く見えてこない。だが、裕二は淡々と答える。
「それはこの件の調査を俺が五百年前、アドレイ・シェルブリットに頼んだからだ」
「はあ、なるほど。そのアドレイがウォルターと言うワケじゃな。先程の話はそれか」
「え、ええええ! そうなのユージ?」
「そう言う事だ」
◇
「きっと私は真面目すぎたのでしょう。テリオスのクリシュナード様に対する態度が許せませんでした。ずっとそれが気に入らなかったのです。しかし、今考えてみれば些細な事です。彼らの歴史を消して良い理由にはなりません」
「ふむ、あなたは我慢しすぎたのでしょう。もっとテリオス様とケンカされても良かったのかも知れませんね」
「はい。ですが、私にはそれが出来ませんでした。それでもクリシュナード様や皆と仲良く出来ているテリオスに嫉妬していたのだと思います」
ウォルターは当時の心情を亜空島でセバスチャンに話していた。その嫉妬がシェルブリットの意向となり、教会を歪めてしまった。ペルメニア建国時の王の選定はそれが爆発するきっかけにすぎなかったと言う。
クリシュナードが亡くなり心にポッカリと開いた穴。それはウォルターにとっては大きなもので、それを嫉妬で埋め尽くしてしまった。何でも良いからその穴を埋めたかったのだ。
しかし、晩年になりその間違いに気づいた時には、既にその意向はアドレイであるウォルターの意志とは無関係に動いており、もう取り返しのつかない状態となっていた。
本来ならシェルブリットにはすべき事があり、それはクリシュナードから託された事。それすらまともに出来ていない状態だった。
それを何とかしなければ死んでも死にきれない。
「私はひとりでもそれをしなければならない。そう思い禁忌に手を染めました。それしか方法がなかったのです。気づくのが遅すぎました。お詫びのしようがありません」
そう言ってウォルターは肩を落とす。
「やってしまった事はもうどうしようもありません。ですが、どんな形であろうとあなたはそれを償おうとしています。きっとユージ様もテリオス様もお許し下さいます」
「はい……ですが」
そこまで話すと、裕二、エリネア、メフィが亜空島へやって来た。そして、肩を落とすウォルターの前に座る。