166 死後の経緯
「私が弟であるコルトレクを亡くした数日後、ウォルター様が現れました」
それはコルトレクの埋葬が終わり一段落した後、テルメドはひとり弟の墓の前にいた。
最愛の弟を亡くしてまだ数日。その心が癒えるはずもない。テルメドは生前の彼を思い出し、ひとり涙を流しながら墓標に手を合わせる。
しかし、そこへ突然ウォルターが現れた。驚いたテルメドは当然それを警戒し、攻撃体制に入る。しかし、ウォルターはそんなテルメドに攻撃する素振りも見せず、ゆっくりと近づいてきた。
「お待ちなさい。こちらに攻撃の意思はありません。私はあなたの弟を蘇らせる事が出来ます。それを教えにきたのです」
「な、何だと!」
普通に考えれば敵だし、そんな話を簡単に信じる者は少ないだろう。
しかし、その言葉の中にはテルメドが一番欲しているものがあった。それを聞き彼は攻撃を躊躇し、目の前にいるアンデッドの言葉に耳を傾けてしまう。
「もちろんそれは完璧な姿ではなく、私自身がそうであるようにアンデッドです。ですが私の力ならアンデッドと言う以外はほぼ完全な心と姿を残せます」
「そんな事が信じられるか!」
「ならやって見せましょうか。それを見て判断すれば良いのでは? それはあなたに委ねます。ですが、あなたがそのまま弟さんを維持させたいなら、対価は要求しますよ。もちろん蘇生自体を断っても構いません」
テルメドは強く警戒していたが、もしそれが本当なら、と言う希望を抱かずにはいられなかった。
たとえアンデッドでも弟が蘇る。もう一度話したい。触れ合いたい。そう思うのは当然だろう。
「わ、わかった。だが、もし嘘だったらただではおかない」
「ふふ、わかりました」
それを承諾したテルメド。もちろんそれが嘘なら、すぐに相手を殺すつもりでもあった。そんな半信半疑のテルメドを横目に、ウォルターは何やら呪文を唱える。
すると、しばらくして地面から、コルトレクの体が土にまみれながら這い出してきたのだ。
「に、兄さん」
「コルトレク!」
それを見てテルメドは急いでコルトレクを土の中から掘り出した。そこにはウォルターの言う通り、アンデッドではあるが、心と姿を取り戻した弟がいた。
テルメドは完全にウォルターを信用したわけではないが、それでも弟を蘇らせてくれた事に強く感謝をする。
そして、その蘇った弟はテルメド以上にウォルターを信頼している様子を見せていた。自分を蘇らせてくれたのだから、それもごく自然な成り行きなのだろう。次第にテルメドもそれに感化されていく。コルトレクの信じる人物を、テルメドも信じるようになった。
しかし、コルトレクはアンデッドと言う存在でもあり、エルファスには連れ帰れない。会うのはこの場所だけ。そして、仲間にもそれを知らせてはならない。ウォルターからそう言われた。
もし、アンデッドのコルトレクをエルファスに連れ帰ったら。もし、仲間にそれが知られたら。コルトレクは仲間によって殺される可能性もある。
せっかく生き返った弟を死なせたくないのは、兄のテルメドとしては当然の心境だろう。
しかし、そこまで話を聞いていたメフィは、一部の誤魔化しに気づいていた。
「ちょっと待て。そのコルトレクを蘇らせる対価とは何じゃ。それを聞いておらんぞ」
「そ、それは……」
「霊剣か」
「も、申し訳ありません。それもあったので言えなかったのです。悪い事とは知っていましたが……」
テルメドの説明では、悪いのは自分であってウォルターではないと言う。
ウォルターはコルトレクを蘇らせた対価として、エルファスにあるクリシュナードの宝物を譲って欲しいと言った。彼は魔法の研究の為にクリシュナードの宝物を欲している。テルメドにそう説明したのだ。
それはあくまでウォルターがテルメドから譲ってもらう、であって盗むではない。メフィからすればどちらでも同じだが、盗んだのは対価を支払えないテルメドであってウォルターは悪くない。と言う理屈だ。
この時点でテルメドは霊剣がどのように使われたのかは知らない。ウォルターも平然としており、メフィもとりあえずその話は流す。
「ですがウォルター様はそのお礼として、エルファスに迫る危機を教えて下さったのです」
それが魔人裕二、魔人バチル、そしてそれに連れ回されるバンとセーラの情報だった。
彼らがエルファスに行くかも知れない。その場合、魔人は倒す必要がある。その目印としてバンとセーラがいる。
テルメドはそう聞いていた。そして、それを裏付ける四人がエルファスに現れた。しかもその中のひとりは裕二と言う。
全てではないが情報は合っていた。間違っている部分は予め魔人である裕二が変えてしまったのだ。
男女の四人組でそこには裕二と言う人物がいる。それを信頼するウォルターが善意で教えてくれた。些細な違いは魔人の仕業だ。随分都合の良い解釈だが、そこには信頼する弟、コルトレクの言葉があったのだろう。
「私は……二度も弟を失いたくないのです」
それが、テルメドの単独犯行になった。誰にも知られず魔人を倒したい。エルファスにもウォルターにも内緒でそれを実行したかった。
エルファスに知らせれば、その情報源はどこかと聞かれる。ウォルターに知らせれば魔人を倒してくれるかも知れないが、その戦いはエルファスに知られる可能性は高い。どちらにしてもコルトレクに繋がるのだ。
テルメドは悩んだ末に、迷いの森に裕二とテンを殺してもらおうと考えた。しかし、魔人裕二の力は聞いていた以上で、難なく森から帰ってきてしまった。
そうなれば後はもう、ウォルターに縋るしかない。元々は彼が倒すと言っていたのだ。倒せる力はあるのだろう。
テルメドはもう一度良く考え、コルトレクの存在がバレないように魔人をウォルターに倒してもらえるよう、頼みにきた。
そして、テルメドは夜中にエルファスを抜け出し、今ここにいる。
「あの男が魔人なのは間違いないのです」
テルメドは裕二に指をさす。
しかし、この時点で裕二とエリネア、そしてメフィもこの場がおかしい事に気づいていた。それがわかっていないのはテルメドだけだ。
「やっぱりそうね」
「だな」
ここまでテルメドが話をしていて誰もそこを動かない。
ウォルターにとって、裕二は魔人なのではないか。それが目の前にいるのに何故動かないのか。先程からずっとそうだ。
「ようやく少しじゃが、合点がいった」
「わかっていただけましたか! メフィ様」
「違うわ愚か者!」
裕二、エリネア、メフィは既にテルメドなど見ていない。別のものを探している。しかし、それはその三人だけではない。
コルトレクとウォルターも裕二とエリネアを見ていない。
正確には、彼らが見ているのはメフィだけで、裕二とエリネアには最初から視線を向ける事は一度もなかった。そして、目の前に敵がいるにも関わらず、攻撃する素振りさえ見せない。
つまり、コルトレクとウォルターには裕二とエリネアが見えていない。ここにその二人がいる事さえ理解していない。見えているのはメフィだけなのだ。
裕二は最初にそれを違和感として感じ取っていた。
その原因として考えられるもの。裕二とエリネアにあってメフィにないもの。それは目の前にいるウォルターから受け取った、魔人の目を誤魔化す為の護符。それがあれば魔人は裕二とエリネアを感知出来ない。
コルトレクとウォルターの反応はそれに当て嵌まる。
――だが、そうじゃない。
彼らは魔人ではない。今の裕二なら魔人の化けていたシャクソンも見破れるはず。コルトレクトとウォルターには強い瘴気がないのだ。もちろんそれを隠しているワケでもない。
彼らは魔人ではないが、護符を持ってる二人を認知出来ないのは魔人の反応でもある。その原因がどこか別にある。今はそれを知る必要がある。
「交渉決裂ですか。ではテルメドさん。その女性は殺して下さい」
「い、いやしかし……」
「早く殺しなさい」
「兄さん! ウォルター様の言う事を聞いて!」
しかし、さすがのテルメドも、エルファスの王女に剣を向けるのは憚られるようだ。
「貴様如きが妾に勝てると思うなら、かかってこい。コルトレクもそのアンデッドもまとめて殺してやる」
テルメドは焦りながらウォルターとメフィを交互に見る。額を汗で濡らしながら、どうして良いのかわからず、オロオロするばかりだ。テルメドが板挟み状態のまま膠着している。
しかし、まだ全てがわかったワケではない。何故ウォルターがこんな事をするのか。そのウォルターは何故こちらが見えていないのか。
何か別のものがここにある。それがわからない。
「早く殺しなさい。殺しなさい。殺しなさい。殺しなさい――」
「兄さん早く! 兄さん早く! 兄さん早く! ――」
そして、だんだんとコルトレク、ウォルターの挙動がおかしくなってくる。
「まるで人形じゃな。もう倒して良いのか」
「いや、もう少し待って下さい」
裕二は感知能力を使い、辺りを探っている。その範囲を強く広げた時――
――いる。ひとつ……いや、もうひとつ何かいる。
二つの異なる気配。裕二はそれを感じ取った。しかし、変化はその直後に起きた。
「殺しなさい。殺しなさい。殺し……」
「兄さん早く! 兄さん早く! 兄さ……」
二人の声は突然止まり、まるで電池の切れたおもちゃのように、その場へ倒れ込んだ。
「コルトレク!!」
テルメドはそこへ駆け寄る。そして、コルトレクを抱き上げた。
「起きろ! どうしたんだコルトレク!」
その呼びかけにコルトレクは答えない。それはウォルターも同様だ。
誰も何もしていない、にも関わらず二人は倒れ、全く反応がなくなった。
そして――
「何かくるぞ! 全員警戒しろ」
裕二がそう叫んだ。その直後、こちらへ何かが飛んできた。
「な、なに」
「なんじゃ!」
それがドサリとその場に落ちる。その向こうから誰かがやってくる。
「まさか、こうなるとは思いませんでした」
そう呟きながらこちらへ来る者。裕二はそれを見て声をあげる。
「お、お前は!」