164 エリネアとメフィ
「お疲れのところ申し訳ありませんが、早速カフィス様の治療を」
「わかりました。行きましょう」
パットンはテルメドにはゆっくり休めと言い、裕二にはすぐに治療をして欲しいと頼む。それに慌てたのはテルメドだ。
「お、お待ち下さい。治療には私も立ち会います。カフィス様にもしもの……」
しかし、それを言い終わる前にエリネアがテルメドを手で制す。
「これから行われるのはペルメニアの秘術。本来なら他者に見せてはいけないもの。ですがそうもいかないので、立ち会いはパットン様にお願いしてあります。それ以外の方はご遠慮ください」
「何を言うのです! カフィス様はエルファスの王。それを他国の――」
「私たちはカフィス様を救う為、危険を厭わなかったつもりです。しかし、迷いの森でのあなたの行動と言動。あれは、その努力に見合うものでしょうか? 対価を求めるつもりはありませんが、それがエルファスの礼儀なのですか」
テルメドはカフィスの治療に立ち会おうと必死だ。しかし、エリネアは森で裕二とテンを逸れさせ、その後の言動を引き合いに出す。テルメドはそれをここで言われたくはない。
エリネアはそれを問題視していないが、テルメドがしつこく食い下がればどうなるか。
「し、しかし……」
「彼らはペルメニアの使者だぞ。そこまで不信感を剥き出しにして何がしたい。私が立ち会うのだから問題なかろう」
パットンもエリネアに同意するが、テルメドは露骨に不満な表情をしている。
「そ、その者たちは――」
「いい加減にせぬか! 私は貴様のような小僧が生まれる前からカフィス様に仕えているのだぞ。その立ち会いが信用出来ぬと申すか!」
パットンもまた、五百年前の魔人戦争を多くの英雄とともに戦った武人。それ以前からカフィスに仕えていた。今までの事を差し引いても、この態度は気に入らない。パットンが怒るのも当然だ。
――パットン、マジ怒りだな。
それを見ていた裕二も、テルメドは人を統べる器ではないと感じる。
何もかもを自分の目で見ないと信用しない。全てを自分でコントロールしないと不安。それでは他者が信用されていない、と言う不満を蓄積してしまう。そんな人物に人はついてこない。
優れた面もあるのだろう。しかし、王にはなれない。
パットンはテルメドが次代の王候補である事に反対だったのは、そこにも理由があるのだろう。
――そういや、弟がどうとかも言ってたな……
「お前は疲れている。もう下がれ。カフィス様には私がつく」
「……わかりました」
◇
パットンは裕二たちを引き連れてカフィスの部屋に入る。その扉が閉まった途端、そこにいなかったはずのメフィが現れた。彼女は亜空島の中から、こちらの様子を窺っていたのだ。
「爺があそこまで怒るとはな。しかし、奴はあんなに頑なじゃったか?」
「いえ、メフィ様。弟のコルトレクが亡くなってからです。未だそのショックもあるのでしょう」
「それだけには思えんな……まあ、良い」
メフィはそう話しながら部屋の四隅に結界を張る。防音の為のものだ。
「もう良いぞ、ユージ」
そして、ユージが目を閉じて眠るカフィスの前に立つ。呪いは既に解かれており、当然治療の必要もない。
「父上はもう寝た振りせんで良い。さっさと起きろ」
するとカフィスはバチッと目を開けた。そして、すぐ隣にいる裕二に目を向ける。
「おぉぉ……」
「具合はどうだ? カフィス」
「本物なのですね、クリシュナード様。やっと……やっとこの日が……」
「父上。感動しているところ悪いが、クリシュナードではなくユージと呼ぶように」
「そ、そうだったな。お前にも迷惑をかけたようだ。メフィ」
裕二たちが水の精霊の祠から出て亜空島にいる頃、セバスチャンは森を出てパットンの元へ行き、今までの経緯を伝えた。
既にカフィスは呪いが解かれた状態なので、起きたら詳しい事はパットンに伝えてもらう。
そして、カフィスにはまだ起きない振りをしてもらい、メフィがいる事はテルメドに教えない事を伝えておいた。
つまり、それは最初の予定通りにいっていると、テルメドに思わせる為だ。
裕二たちもカフィスが呪いにかかっているとは知らない事になっているおり、治療で治す振りをする必要がある。その前に起きてて誰かに見られたら困る。
メフィもこの場に現れたらテルメドに罰を与えざるを得ないし、そんなイレギュラーはテルメドの行動を予期せぬ方向に変えてしまう。なのでメフィだけは亜空島に残り、裕二、テン、セバスチャン、エリネアだけを帰還させた。
この話しが済んだらメフィは再び亜空島に戻る。
エルファスにメフィは未だ戻らず、カフィスは裕二たちの治療で病気が治る目処が立った。それが一番自然な形なのだ。
「その状態ならテルメドは森での失敗を取り返そうとする」
「おお! さすがはクリシュナード様」
「ユージじゃ! 父上」
テルメドは未だ裕二とテンが魔人だと言う疑いを捨てていない。それは先程の態度で明らかだ。
迷いの森でその二人を殺害しようとして失敗した。その失敗はどこかで取り返すはず。
「とりあえず今日は、カフィスの病気が良くなり明日には目を覚ますだろう。とかにしとこう。お前はそのまま寝とけ」
「し、しかしクリシュナード様! テルメドは――」
「ユージじゃ!! 何度言ったらわかる。その体たらくで何が出来るのか。大人しくユージに任せよ」
そして、裕二たちはそのまましばらくエルファスに滞在し、カフィスの具合が良くなったら謁見し、親書を渡す。
もちろん親書など最初からないが。
「ところでカフィス。この剣、何に使うか聞いてるか?」
裕二は水の精霊の祠で取り返した霊剣、エンブリオバーニングを取り出す。
「霊剣ですか……それは鍵だと聞いております」
「鍵? 何の」
「そこまでは……しかし、それは霊剣でもありますから、その要素も必要なのかもしれません」
つまり霊剣としての力が鍵として必要。その辺の扉を開けるのとは意味が違うのだろう。
アトラーティカの村でも、石碑が崩れて鍵が出てきたが、それとも違うような気がする。
「カフィスにもそれしか教えてないのか……」
「クリシュ……ユージ様は簡単にわかるような事はしません。その剣だけ調べてもわからないようにしてある。ですが、必ず答えに辿り着くようにはなっているはずです」
カフィスは自信を持ってそう言った。五百年前にそう言った事例を幾度となく見てきたのだろう。
大魔術師クリシュナードの深淵なる叡智は、そう簡単にわかるものではない。そんな事を言いたげな誇らしげな表情をしている。
「まあ剣の事は後でいいや。つーかお前、盗まれんなよ」
「め、面目ございません」
その霊剣エンブリオバーニングを盗み、ウンディーネの石像に刺したのは誰か。そして、テルメドの行動の根拠となっているものは何なのか。
「見ての通り奴は疑り深い。舐めたクソガキではあるが、そんな簡単に魔人、或いはその手先に騙されるとは思えんのじゃ。テンの言っておった弱みとやらもあるとは思えん」
そこが一番不可解だ。今、裕二に向けられているような目。テルメドなら少しでも魔人の疑いがあれば、いや、同族以外なら等しく疑うのではないか。
誰かから情報を得ているのは確かだろう。そちらを疑う様子はなく、かなり強く信じている。そこまでの影響力を持つ者。そこまで信じさせる存在とは何か。
「そう言えば、弟が死んでから変わったってパットンは言ってたな」
「コルトレクじゃな。奴にとっては心情を変える程の事件だったのかも知れん。しかし、それだけではなあ」
テルメドの弟、コルトレクの死。その影響がテルメドを変えたのか。しかしその事件が、第三者をあそこまで信用させる要素があるようには思えない。
「コルトレクを盾にして弱みを、とは言っても生きてるならまだしも、既に死人では弱みにならん」
そこがわからず一同沈黙する。しかし、いくらも考えないうちにメフィがパッと顔を上げた。
「まあ、考えてもわからん。それよりも父上」
「何だメフィ」
「妾は今後、ユージに付き従う事にした。父上が死んでも女王にはならんのでそのつもりでな。次代の王候補は旅に出ている他の同胞に声をかけておく。テルメドよりは良いであろう」
「な、何だと! 貴様如き小娘がユージ様に付き従うなど千年早い。そのお役目はこの父に譲らんか! 五百年も待ったのだぞ」
「やかましい! 王は王の仕事を全うせよ。剣を盗まれて呪われるなど笑止千万。そんな事でユージの従者が務まるか! 腐り果てるまで里におれ」
「ぐぬぬぬ」
と、どうやらカフィスとメフィ親子の感覚は普通とは違うようであった。この親あってのメフィなのだろう。
周りは呆れ半分にその光景を見ていたが、エリネアだけはそうではなかった。 今後、メフィが裕二に付き従う話を今初めて聞き、それが気になっている。もちろん反対なワケではないが、ちょっと腑に落ちない。そんな感じだ。
「とりあえずこれで話しは終わりだ。今日は解散。つーか眠い」
その後、カフィスの容体は裕二たちの治療により回復した、と里の者に伝えられた。多くのエルフはペルメニアの使者に感謝し、テルメドも形だけは礼を取り繕った。
メフィは再び亜空島に戻り、裕二とセバスチャン。エリネアとテンも以前と同じ部屋に戻り休む。
しかし、亜空間に戻ったと思っていたメフィが、テンの出入り口を通じてエリネアの前に現れた。
そして、エリネアに向けて不敵な笑みを浮かべる。
「ぼ、僕は消えようか?」
「妾はどちらでも構わん」
「私も構わないわ」
何となく気まずい雰囲気。それはメフィが裕二に付き従うと、いつの間にか決まっていた事が原因だろう。そこにエリネアの思うところもあるはずだ。それは単に裕二に付き従う者として、だけでなく女性としての部分もあるのだろう。
「一応は味方じゃ。そんな顔するな」
「わかってるわ……」
メフィはそう言ってエリネアを牽制する。
「エリネアはペルメニアの王女なのじゃから、ゆくゆくはクリシュナード皇王陛下の妃になるのであろう?」
「そ、それは……」
「まだ裕二には何もされておらんのか?」
「そんな事!」
エリネアは顔を真っ赤にして怒る。しかし、メフィの言っている事もわかる。裕二とエリネアを立場を知っているのなら、普通はそう見られるのだろう。
「落ち着け。ケンカしにきたのではなく話をしにきた。妾はユージとともに行く覚悟。すなわちユージに命を捧げる覚悟は出来ておる。エリネアもそうであろう」
「それは……もちろん」
「じゃが当然、むざむざ死ぬつもりはない。必ず生き残りユージの子種をもらう。しかし、勘違いはするな。妾は別にクリシュナードの妃になろうというのではない。そこはハッキリさせておく」
「え、ええ」
ペルメニアの最上位にいるクリシュナード。すなわちユージの血は出来るだけ残さなければならない。エリネアもその程度は理解している。
メフィはエルファスの王女であり、ユージに全てを捧げると宣言し、それに相応しい実力もある。認めないワケにはいかないし、エリネアの一存で、誰を裕二に付き従わせるかを決める事も出来ない。
「それと、一応聞いておきたい。もし、ユージがクリシュナードでなければどうしていた。クリシュナードと言う人物がユージとは別にいたら、じゃな」
それはエリネアには厳しい質問だ。本来は同一人物のクリシュナードと裕二。そのどちらかを選ぶ。何と答えれば良いのか、エリネアはしばし考える。
そして、ふと顔を上げ、ハッキリと答える。
「降嫁してでもユージとともに在りたい、と思うかも知れない。でもそれはしない。私はそれでもクリシュナード様に付き従い、全てを捧げると思うわ」
それを聞きメフィはニヤリと笑う。
「妾も同じ立場なら同じ答えじゃな。それならわかるであろう? 妾はユージの子を産みエルファスの未来を託したい」
「ええ……わかるわ。私もペルメニアの未来をユージに託している。その血も授かりたい」
「つまり我々は同志。そう言う事になる」
「同志……」
それを聞いてエリネアは少し力が抜けた。一見強引で気が強く見えるメフィ。しかし、今はエリネアに気を使い歩み寄ってくれている。そこを無視して事を運ぼうとは思っていないのだ。
エリネアはすぐに全てを受け入れて納得、と言うワケではないが、何とか上手くやっていけそうな気がしてきた。
「その通りね。女性としてユージを支えられる部分は今後、協力して行きましょう」
「そうじゃな」
メフィはわだかまりが出きる前に先手を打ちに来たのだろう。エリネアは今更ながらそれを理解する。テリーの強引さとはちょっと違う。
――私も頑張らないと。他にセーラとリサもいるのだから。
「しかし、エリネアは運が良いな」
「え? どうして」
「ユージとクリシュナードが同一人物なのじゃぞ。何の憂いもないではないか」
「そ、それはそうだけど……」
「エリネアはまだ若いからな。恥じらいも強かろう。そのうち男の喜ばせ方も教えてやる」
「え……喜ばせ方って……」
「ユージがエリネアを手離したくなくなる技じゃ」
エリネアはゴクリと喉を鳴らす。メフィは若く美しく見えても長寿のエルフ。その分の経験値もあるだろう。それはちょっと知りたい。でも聞くのは恥ずかしい。
「……きたかな」
そんな事を考えていると、今まで黙って座っていたテンがすくっと立ち上がる。その隣には亜空間の入り口が開いていた。
「動いたから集合だよー!」
そこから現れたアリーがのんびりした口調でそう告げる。