162 水の精霊の祠
「おそらく水の精霊の祠に行けば、何かわかるはずです。カフィス様の病の原因もわかるかも知れません」
裕二とテンを排除し、セバスチャンとエリネアを助けたつもりのテルメド。皮肉にもその行き着く答えは裕二と同じだったりする。
「わかりました。詳しい事は後で話してもらえると期待します」
「……参りましょう」
セバスチャンの言葉には答えず、祠を目指してテルメドは歩き始めた。
エリネアもセバスチャンとアイコンタクトでそれを了承し、テルメドに続いて歩き出す。
こちらはフランジュやカナブンの攻撃もなく、森に惑わされる気配もない。テルメドも迷いなく進んでいるので、程なく祠へ到着するだろう。
「私たちがセーラとクルートート卿だと信じているようね」
「ええ。一度信じたものは、なかなか変えられないのでしょう。裕二様を騙したのは許されざる所業ですが」
小声で囁くように話すエリネアとセバスチャン。そのすぐそばには霊体化のムサシがいる。前後にいる護衛も、少し戸惑っているように見える。
しばらく歩いていると、セバスチャンの元に霊体化のアリーが戻ってきた。
――作戦だよー!
――アリーですか。話して下さい。
話し終えたアリー。今度はエリネアの髪に隠れて実体化する。
「えへー、エリネア」
「!!」
「セバスチャンの言う事聞いてね」
エリネアはアリーだけにわかるよう、ゆっくりと頷いた。
そうこうするうちに、進行方向の先には泉が見えてくる。あれが源泉なのだろう。しかしその水位は低く、今にも枯れそうな状態だ。
「あちらが源泉。祠はその先の洞窟にあります」
通常なら美しい場所なのだろう。しかし、剥き出しになった泉の底と濁った水が、そう見えなくさせている。
「なんと酷い……これも魔人の仕業なのでしょう」
つまり、裕二がこれをやったのだと言いたいのだろう。責任転嫁も甚だしいが、セバスチャンとエリネアはそこをグッとこらえる。
しかし、源泉に近づいていくと、そこに変化が起き始める。
「何かしら……」
「お下がり下さいエリネア様」
突如、枯れていたはずの泉が水位を上げる。その中央の水はボコボコと沸き上がり始めた。
「マズいですね……水の精霊はお怒りになっている」
テルメドが眉をひそめると、泉の中央はバシュッと音をたてて噴出し、そこから、水が人の形に型どられた者が現れた。
「許さぬ……」
それは水で作られた美しい女性。しかし、その表情は怒りに満ちている。その視線は先頭にいるテルメドに向けられていた。
「水の精霊ウンディーネ。ど、どうか怒りをお鎮め下さい」
テルメドは膝をつき、ウンディーネに懇願する。しかしその途端、テルメドは強烈な水の放射により吹き飛ばされた。
「下郎め……」
エルフの護衛はすぐさま剣を抜き矢を向ける。その矛先はウンディーネ。
「ならん! 攻撃するな」
しかし、テルメドはそれを強く静止する。
その時、既にセバスチャンとエリネアはその場を離れていた。テルメドはそれに気づかなかった。
◇
「やっと合流でき……何でメフィさんがいるの?」
「その話は後じゃ。エリネアよ」
源泉から離れた草むらに隠れている裕二とメフィ。セバスチャンとエリネアはそれを見つけ合流する。
「テルメドはウンディーネに攻撃出来ん。少しは痛い目を見ればよい」
大地から生まれた精霊が長い時間をかけて水の精霊ウンディーネとなる。
それは精霊のひとつの到達点。そこで土地に住まう者から祈りを受け、水の精霊としての守護を授ける。それがやがて祠へ祀られ土着信仰となる。
この土地に於いてウンディーネは神なのだ。それはエルフにとっても、テルメドにとっても同じ。当然、攻撃してはならない存在となる。
「あの愚か者はしばらく、ウンディーネの憂さ晴らしに使われてもらう」
まずはウンディーネの怒りを鎮めなければならないが、テルメドのやり方ではどうにもならないだろう。
「原因を知らずにいくら頭を下げても無意味じゃ。それを調べる為に我らは祠へ行くぞ」
「大丈夫ですかね? テルメドさん死んじゃわないですか」
「自業自得よ。ある程度は本人に責任を取らせるべきだと思うわ」
「その通りじゃ。とりあえずはウンディーネに任せよ。ユージが口を出す事ではない」
プリプリ怒っているエリネアにメフィも同意する。本来ならこれはエルフの中で解決しなければならない事。テルメドが間違いを犯したのなら、それは自分でどうにかする事だ。
「では奴らに見られぬよう移動する」
裕二たちは源泉の先にある洞窟へ隠れながら移動する。その間もテルメドたちはウンディーネの攻撃に耐えていた。
洞窟に到着し、テンに辺りを照らしてもらいながら進む。するといくらも進まないうちに祠か見えてきた。
「な、何だコレ!」
「これが原因じゃな」
「誰がこんな事を……」
祠は小さく、その中にウンディーネを型どった石像がある。
しかし、その石像には一本の剣が突き刺さっていた。
「調べてからじゃ。迂闊に抜くな」
良く見るとその剣は紙を一緒に突き刺している。石像の上に紙を置き、そこに剣を突き立てたようだ。紙には何やら文字が書いてある。メフィは目を細めてそれを読んでいる。
「これは……呪物か。エルフの王が剣を突き立てた事にされておる。これが呪いの正体じゃ。それよりも……この剣は」
ある程度予測していたのか、割りと淡々とメフィは説明するが、そこに刺さる剣を改めて見た時、その表情は訝しく変わる。それがここにあるのは不可解、といった感じだ。
「これは……霊剣エンブリオバーニングじゃな」
「は? それって……」
クリシュナードがカフィスに預けていたはずの霊剣。それが何故ここにあるのか。
パットンに聞いた時は王宮の宝物庫にあると言っていた。ここにあってはいけないものだ。
「とりあえずそれは後で考えて、まずは剣を抜きましょう。いつまでもこのままにしておけないわ」
考え込むメフィと裕二。それを見たエリネアは先に剣を抜くよう促す。
「そうじゃな。ユージはこの剣を扱えるか?」
霊剣エンブリオバーニング。それは戦う為ではなく、主に儀式に使われる剣。魔力に作用するもので、土地の霊脈を断ち切ったり繋げたりする。その性質上、実体を持たない精霊にも作用する。これが水の精霊ウンディーネにダメージを与えているのだ。しかも、呪物によりご丁寧にカフィスがやったと嘘を教えている。
しかし、この剣の力は然程強くはない。壊滅的なダメージにはなっていないはずだ。
「石像の実体と霊力を修復しながら抜く必要があるって事か。やってみる」
「ではエリネアは突き刺さった呪物が石像から離れたら燃やしてくれ。迂闊に触ってはならんぞ。妾は祈りを捧げウンディーネの怒りを鎮める」
「わかったわ」
三人で分担して事にあたる。それで何とかなれば良いが、ウンディーネはかなり怒っているので、これで怒りを鎮めてくれるかはわからない。
「でも、これだけじゃ、もし攻撃されたら困らないかしら。剣が抜けた途端にウンディーネの矛先が変わるかも知れないし」
「うむ……確かにそうじゃな。守りもつけるか。ユージ、全ての精霊を見せてくれ」
「わかった。全員出てくれ」
メフィは一応全てのタルパの説明はされているが、見るのは初めてのタルパもいる。
アリー、チビドラ、リアン、ムサシ、セバスチャン、白虎、テン。それぞれをじっくりと眺める。
ウンディーネの攻撃を身を盾にして防ぐなら、一番適任なのはリアン。次にムサシだろう。この二人なら多少の攻撃ではビクともしない。
「なんだか恐ろしいのがおるな。こやつは確か、キマイラを片手で潰してた……ん?」
しかし、メフィが目を留めたのはリアンではなかった。
「白い虎……水虎か。ユージ、こやつを妾の隣に」
「え? まあ……じゃあ白虎、頼む」
メフィは何故か白虎を選んだ。
念の為、リアンとムサシも離して配置しておくが、祈り捧げるメフィの隣には白虎をおく。
「では始める」
石像の前にはメフィの用意してきた桃や松の実などの供物、乾燥させた薬草などを手早く並べ祈りを始める。
裕二とエリネアがそれを見ていると、石像が淡い光を放ち始めた。するとメフィが目で合図を送る。裕二はそれを見て剣に魔力を込めながらゆっくりと引き抜く。
引き抜かれた場所は傷が残るが、そこに光が集中し始めた。それが霊剣の力だ。その光がウンディーネの霊的な部分を修復し、更に石像も直していく。
ゆっくり引き抜かれた霊剣が、石像と離れると同時に、そこに刺さった呪物がパサリと地面に落ちた。それをすかさずエリネアが魔法で燃やし尽くす。
「やはり、来よるか」
その途端に石像の光はそこから離れ、人の形を作り出した。それは先程源泉で見たのと同じ女性の姿。水の精霊ウンディーネだ。
「!!」
ウンディーネは現れたと同時に、目の前にいるメフィに攻撃を仕掛けた。それは強烈な水の放射。
「グォ……」
しかし、その攻撃の全てが隣にいる座ったままの白虎の体に吸い込まれていく。白虎は一瞬だけ水のように透明になり、すぐに元に戻る。すると、ウンディーネは更に強い攻撃を仕掛けてきた。だが、それも全て白虎の体が吸い取っていった。
メフィはそのやり取りを無視するかのように額から汗を流し、一心不乱に祈りを続ける。
今、ウンディーネの矛先がメフィに向いたらマズいだろう。しかし、その攻防はしばらく続くが全て白虎により無効化されている。
「お前は……」
その後、ウンディーネはピタリと攻撃をやめた。そして、白虎をジッと見つめる。
「水虎……神獣ニトロス……」
ウンディーネがそう呟くとその視線が裕二に向けられる。
「こやつが……そうなのか……」
白虎が立ち上がりウンディーネの元へ歩み寄る。その手がゆっくりと白虎の頭に置かれた。
「良かろう……大地の契約は守られよう」
そう言い残しウンディーネは消え去った。不思議な光景ではあったが、ウンディーネとエルフであるメフィの間を、白虎が上手く取り持ってくれたようにも見えた。そこには裕二の存在も多少関係あったのかも知れない。
メフィは大きく息を吐いてから立ち上がる。
「ふぅ……これで終了じゃ。父上の呪いは解かれ、源泉も元に戻るであろう」
少し疲労感のあるメフィはよろけながら立ち上がる。そこへ裕二が肩を貸した。
「エルフの王女って、巫女の役割もあるんですね」
「そうじゃな。水虎がいたから大分助かったが」
これで、源泉でテルメドと戦ってたウンディーネも消えただろう。エリネアはふとその方向へ視線を向ける。しかし――
「ちょっと……外の気配がなくなって……」
洞窟の出口を見ながらそう言った。だが、それはメフィも気づいていたようだ。
「案ずるな。死んではおらん。途中で逃げたようじゃ。ウンディーネの攻撃に耐えられんかったのじゃな。情けない」