160 駆けつけた者は
「あ、あれは……」
カナブンに襲われていた裕二とテン。大した敵ではないが全て倒すのには時間はかかる。しかし、それが突然遠ざかりだした。そこへ何か別のものが向かってくる。それがカナブンの遠ざかった原因だ。
「え? なんで」
その正体に裕二もテンも驚いた。そこに現れたのは。
「ここにおったか、ユージ。その子供は何じゃ? 精霊か」
「メフィさん!」
シェルラックにいるはずのメフィがいきなり現れた。
「驚く事か? イヤリングを渡したであろうが」
「はーなるほど。これで居場所がわかったんだ」
「そうじゃ。無事で何よりじゃな。パットン爺からだいたいの事は聞いておる。とりあえずこれを持っておけ」
メフィはそう言って二人に赤い木の実を投げてよこした。カナブンが逃げたので、これは間違いなくカラソッソの実なのだろう。
裕二はそれを受け取り、今まで持っていたカラソッソの実を取り出した。
「それを見せてみろ」
メフィはそれを受け取るとすぐにナイフで実を割ってみる。
「やはりな。クイナが群がっとるから、まさかとは思ったが」
「クイナ? カナブンの事ですか」
「ペルメニアではカナブンと言うのか? ならカナブンで良い。さっきの虫じゃ」
メフィによると裕二たちがテルメドから受け取ったカラソッソの実は、森で敵を遠ざける為の加工が施されていないと言う。
「中が白いじゃろ。森へ持っていくカラソッソは中まで赤い」
「じゃあこれ……」
「テルメドは何を考えておる! 妾の友にこんな事は許されんぞ」
「ま、まあ、とりあえず落ち着きましょう」
裕二はいきり立つメフィを宥め何とか落ち着かせた。そして、状況が良くわからないのでメフィの辿った経緯を聞く事にした。
「ユージがいなくなって、更にシャクソンが魔人じゃったのじゃから大変じゃったぞ」
「す、すいません」
裕二のいなくなったシェルラックはラグドナールが何とか納めたようだ。その後に各部隊は再編され、ラグドナール隊はペルメニアに戻る事になった。
「妾もそれについて行くよう言われた。しかし、その前にラグドナールを締め上げてユージの事を聞き出した。お前クリシュナードじゃろ」
「うっ、はい。でもあの時は自分も知りませんでしたよ」
「そうなのか? まあ良い。安心せい。ラグドナールは更に締め上げて、絶対に他言するなと言っておいた」
「は、はあ」
あっさり裕二の正体を見破ったメフィ。だが、ホローへイムでの戦いがなければ、さすがにそこまで考えなかっただろう。リアンやムサシを実際目にしたからこそ、そう思えるのだ。それがクリシュナードの作り出した精霊だと理解しているので、テンもそれと同種の存在だとすぐに気づいた。
「妾はイヤリングがあるのでユージが北、すなわちエルファスに向かっているのは知っておった。それがクリシュナードなら妾も行かねばなるまい」
クリシュナードがエルファスに現れると言う事は、いつエルファスに魔人が現れてもおかしくはない事になる。
エルファスの王女であるメフィが、そこへ向かわない道理はない。
「スマンなユージ。まさか父上が倒れているとは知らなんだ。あれは何だ? 呪いか。病気ではないな」
裕二はそれについて説明する。精霊に呪われたカフィス。それを治す為に水の精霊の祠へ向っている途中なのだと。
「ウンディーネか。祠へ向うのは当然じゃな。それを何でテルメド如きが邪魔をする! あのくそガキ!」
再びいきり立つメフィ。裕二はそれを何とか落ち着かせる。そして、こちらの状況を詳しくメフィに説明した。
今一番困るのは、裕二がクリシュナードだと言えない事だ。テルメドはそれにより裕二を怪しんでいる。
「エルファスに入れる時点でユージは魔人ではないと証明出来ておる。更に妾のイヤリングもあるのじゃ。妾が友と認めた男が魔人の手先であるはずがないのじゃ。あの愚か者はそれをわかっておらん。後でたっぷり締め上げてくれよう。ただでは済まさんぞ!」
「まあまあ……」
裕二はこちらの経緯を話し、テルメドの所にエリネアとセバスチャンがいる事を詳しく話す。それでとりあえずは、お互いの状況は理解した。後はこれからどうするかを話し合う。
「アリーが今、テルメドさんの方にいて状況を調べてます。こちらはこのまま祠を目指す予定です」
「ふむ……アリーと言うのは、その子供と同じような精霊なのか?」
「子供じゃなくてテンだけどね。君のお父さんも五百年前から知ってるんだよ」
「ほう! それは凄い。となると飛天か時空の女神のどちらかじゃな。そのなりで鬼神や破壊神ではあるまい」
「昔の名前は飛天フォトニスだね。魔人に知られたくないから黙っておいてね」
「わかったぞ、テンじゃな。覚えておこう」
裕二はついでにタルパの存在も詳しく話す。その間にアリーが戻る気配はない。マズイ状況ならすぐに知らせにくるはずなので、問題はないだろう。少なくとも向こうは本物のカラソッソの実を持っていて、セバスチャンとムサシがいる。敵になるとしたらテルメドと護衛のみ。ムサシひとりで充分だ。
「妾が祠まで案内しよう。その間、テリオスとやらもどうしたのか聞いておきたいので話せ。合流したのであろう? 奴からそう聞いておる」
「わ、わかりました」
裕二はそれを話し、テリーを通じてペルメニアの状況や谷での戦闘、裕二の力や記憶が完全ではない事。そして、アトラーティカの事も話す。メフィは父親が魔人戦争の生き残りでもあり、その時代の事も聞いているのだろう。素早く察しているようだ。
テリーもそれと同じ魔人戦争の生き残り。そこに多少は驚いたようだが、すぐに納得した表情を見せる。
「なるほどな。あやつアトラーティカなのか。では今のユージでは勝てんじゃろ。アトラーティカのテリオスは父から化け物じゃと聞いとるぞ。光の雨で数千のモンスターを一度に倒すそうじゃな。まさかそいつが生きとるとは」
「ああ、パーティクルテンペストですか。他にその魔法の使い手はいないでしょうね。今の俺がやってもあの威力は出せないはず」
「ふふ、謙遜するな。ユージは更に凄かったと聞いとるぞ。エルファス攻防戦の話は何度も聞かされた。それこそしつこい位にな」
メフィの父親でありエルフの王、カフィスにとって、魔人戦争は苦難の時代であり、同時に多くの仲間と出会い、ともに命をかけて戦った輝かしい時代でもあるのだろう。
それを一番身近な存在である、娘のメフィに聞かせていたようだ。
「だが、父上が起きてもその話しはなるべくするな」
「何でですか?」
「話し出すと長いからな。そして、しつこい」
メフィはそう言いながらニヤリと笑う。
「しかし、ユージ。父上が起きた後はどうするのじゃ。エルファスには他の用件があったのじゃろ?」
「あーそれなんですけど」
それについては裕二も良くわかっていない。カフィスに何かを預けており、それを取りに来たのは確かなのだが。
パットンから聞いた話しでは、それは儀式用の霊剣だと言う。しかも、何故かあまり大したものではない。霊剣としての力はあまり強いものではないようだ。
裕二はそれをメフィに話す。
「それは霊剣エンブリオバーニングじゃな。見た目は普通の剣じゃ。百年程前に見た事がある。父上も詳しい使い方までは聞いておらんようじゃ。じゃからこそ大きな秘密がある、と言っておったわ」
「なるほど。となると霊剣と言うのは何かの隠れみのなのかな」
「おそらくな。じゃから霊剣としてもそこそこ使えるのじゃろ」
霊剣としての意味はあまりない。それは別の使い方をするか、何かの秘密が隠されている。
裕二はアトラーティカの村で石碑を破壊する事により、記憶と能力を取り戻した。もしかしたら、霊剣エンブリオバーニングも同じように、触ったり破壊する事により、石碑のような役割を果たすのかも知れない。
裕二の最終目的は全ての魔人を倒す事。それは間違いない。霊剣エンブリオバーニングを手に入れるのは、そこに至る過程のひとつになるのだろう。
「しかし、どうやって全ての魔人を見つけ出すのじゃ?」
「さあ……今はわからないですね」
「かなり難しい事になるじゃろ? 妾もシャクソンが魔人だとは全く気づかなかった」
「ですよねー」
シェルラックと言う街にシャクソンに成り代わった魔人がいた。裕二とバチルはそれが怪しいと思いつつ、シャクソンが魔人だと言う確信はなかった。そればかりか、シェルラックの多くの住人も誰一人としてそれに気づかないのだ。
それに気づいたのはテリーただ一人。今なら裕二もそれに気づけただろう。しかし、それでもたったの二人。それもおそらく、かなり近い距離にいなければわからない。そんな状態の魔人が様々な場所に隠れている。
テリーや裕二レベルで、隠れている魔人を感知出来る人物などほとんどいない。
正面から戦えばテリーやクリシュナードはとんでもなく強かったので負ける事はなく魔人戦争を生き残り、勝利を収めた。
しかし、だからこそ魔人は正面から戦う事を止めた。そして、敗戦と言う屈辱を受け入れ、身を隠し、次の戦いに備えている。
五百年間、魔人が現れなかったと言う事は、五百年間、魔人を見つけられなかったと言う事でもある。
全ての魔人を見つけ出す。それが如何に大変な事なのか、良くわかるだろう。
「父上からは、やれるとしても並大抵の事ではないと聞いておるぞ」
「でしょうね。自分の命を担保にするだけじゃ足りないと思います」
「ほう、自分の命では足りぬか……面白い! 面白いぞユージ。それでこそ妾が見込んだ男じゃな」
自分の命以上の担保。それはどんなものなのか。種の存亡を掛けなければならないような事も起こり得るのかも知れない。それ程の事態がこれから起こる
しかし、そんな明るくない未来の話を聞くメフィはどちらかと言うと上機嫌だ。
「良かろう。妾をユージに捧げよう。これからはユージの従者として付き従う」
「は?」
「好きに妾を使うが良い。それこそ伽の相手でも構わんぞ」
「いっ! そ、それは……」
「だがもし、魔人戦争を妾とユージ、二人が生き残れたら褒美を所望する。貴様の子種をもらう」
「ひぃー!」
と、かなり強引にメフィはこれからの裕二の旅について行く事になった。
「良いんですか? メフィさんエルファスの王女でしょ」
「構わん! 父上には後千年、王をやってもらう。じゃから今から叩き起こすのじゃろ。いつまでも寝かせてはおかん」
かつてクリシュナードに付き従ったカフィス。その娘のメフィもクリシュナードである裕二に付き従う。メフィの力や地位は裕二にとって大きな力となるだろう。特に、今エルファスで起きてる問題を片付けるのに、メフィは最適任者でもある。
「妾の事は今後、メフィと呼び捨てるが良い。主が従者に敬称をつけてはならん。わかったかユージ!」
「は、はい」
そして、話が一段落すると、テルメドの所に行っていたアリーが唐突に戻ってくる。メフィは少し驚いたようだが、これが先程の話に出たアリーなのだと、すぐに気づく。
「戻ったー!」
「おう、ご苦労」
「これがアリーか。見た目はフェアリーじゃが……」
「メフィだあ! 何やってんの?」
裕二は簡単にメフィの事を説明してから、アリーに向こうの様子を聞く。
あちらにはテルメドと護衛のエルフ。そして、エリネアとセバスチャン。霊体化のムサシがいる。
アリーの様子から戦闘のような深刻な事は起こっていないようだ。
「あの人ねえ。変な事ばっかり言ってたよ」
「あの人とはテルメドじゃな」
「うん」
「話してくれ、アリー」
裕二とメフィはアリーから詳しく話を聞く事にした。