16 当たり屋
裕二はジャミング以外にも様々な魔法を覚え始めた。そしてそれをムサシやセバスチャン相手に練習、応用する事により、短期間で魔法の知識と能力を増やして行く。
授業については進み具合が遅く、裕二にとっては既に知っている事が多く、最初に比べるとやや退屈にもなってきた。それでも魔法以外の授業は、この世界の知識を深める事になるので真面目に聞いている。
シェリルとその取り巻きは裕二に対してほぼ何も言わなくなっているが、それは文句をつけるネタがないだけだ。相変わらずこちらを睨みつけてるし、些細な嫌味は良くあるので、こちらが隙を見せればどうなるかは、わかりきっている。
そして裕二とテリーはいつも通り昼食を終えると、次の授業のため歩き出した。
「なあテリー。精霊を見る方法ってあるのか?」
「それは精霊視だな。出来なくても精霊魔法を使うのにはほとんど関係ない。出来たほうか便利かも、という程度らしいな」
「らしいって事はテリーは出来ないのか」
「ああ、術式を使う魔法ではなく、感覚頼みな部分があるから、はっきりした方法論がある訳じゃない。そうなると覚えるのは面倒だ」
――てことは、霊能者が使う霊視みたいなものか。超能力で言うと感知系になるのかな。
「それでも複数の香を使ったり、既に出来る者から感覚を教わったりという方法はあるけどな」
――香を使うのはシャーマン的な感じか。既に出来る者から教わるというのはどうなんだろ? 感覚リンクみたいのがあればできそうだな。
「てゆうか、もうそんな段階なのか? 授業も退屈になってきただろ」
「うーん、そうかも」
「お前が来るまで俺が授業をサボりまくってた理由がわかっただろ」
「ハハッ、確かにそれは良くわかる。とりあえず精霊視は後回しにするか」
と、ここでテリーは用事があるらしく、裕二と別れて違う方向に歩いて行く。
「先に行っててくれ」
「ああ、後でな」
裕二は次の授業が演習場で行われる為、そちらへ向けて歩き出す。
すると前方からなにやら不審な男子生徒がこちらへ歩いてくる。バッチの色からすると二年生だ。そして周りにそれ以外の人間はいない。
――なんだあいつ?
その生徒は裕二とすれ違う直前に進路を強引に変え、裕二にぶつかろうとした。しかし裕二はその生徒を思い切り警戒していたので、その目論見は成功せず、裕二に軽く避けられた。
にもかかわらず……
「おい貴様!」
「へ?」
その生徒は制服の内側から折れた短杖を出してきた。
「貴様がぶつかったせいで杖が折れたじゃないか。どうしてくれる!」
「いや、ぶつかってませんけど」
「嘘をつくな! 弁償しろ」
「弁償って言われても……」
完全に当たり屋の手口だ。こういう輩は嘘を大声で堂々と主張するので質が悪い。「こいつにぶつけられて壊された」と折れた杖を掲げ喚くのだ。嘘を嘘だとわかって押し通されると、普通に解決するのは難しい。おそらくこちらが否定した場合の決めゼリフは「じゃあ、ぶつからなかったという証拠を出せ!」と、言うだろう。目撃者がいなければ、そんな証拠があるワケもない。おそらく目撃者がいない事も確認済みだろう。
――さて、どうするか。
「この杖は我が家の家宝の杖だ! 少なくとも金貨十枚はするだろうな」
およそ日本円で百万円という事だ。だが最初から折ってあった杖なので、そんなワケはない。
「そんな金額が貴様の様な孤児に払えるか? 侯爵様もきっと呆れるだろうな」
そのセリフで誰の差し金かわかった。
孤児で侯爵家の養子と予めわかって嵌めてきたのだ。そして全く面識のない二年生と考えれば、その黒幕はグロッグしかいない。先日の、家からも学院からも追い出す宣言を実行してきた、という事になる。
裕二がこれを解決するには弁償するしかない。だが裕二にそんなお金はないので、グラスコード侯爵に借りる事になる。グラスコード侯爵はそんな裕二をどう思うだろうか? という筋書きだろう。
しかし――
「どうなされました?」
その生徒の背後からいきなり声がかかる。
「え!? いや……あの、この者にぶつかられて私の大切な杖を折られたのです」
「ほう、これはおかしいですね。私は後ろから一部始終を見ておりましたが、あなたはコチラの方にぶつかってはいない様に見えましたが」
「そ、それは……」
「私はこれからリシュテインの所へ行くので、見たままを報告した方が良いでしょうかね?」
それを聞いた男子生徒は途端に焦り始める。
――リシュテインだと! 学院長の事か?! しかも呼び捨てという事は、この人はチェスカーバレン家の者か? 学院長より上位の方かも知れん。不味い、不味すぎる!
「い、いえ。どうやら僕の勘違いでした」
そんな勘違いはない。
「ほう、ではこの一件は私達の胸に秘めておきましょう。ですが二度目は……わかってますね」
「は、はい。わかりました!」
そう言って男子生徒は顔を青ざめさせながら逃げて行った。
「では私はこれで失礼致します」
「ええ、ありがとうございました」
その男は裕二に軽く会釈をして去ってゆく。そして誰もいないのを確認すると、その姿はスッと消えた。
――良くやったセバスチャン。
――念のためアリーに追跡させましょう。
裕二を助けたのはセバスチャンだった。
男子生徒が得意気に文句を言ってる時、セバスチャンはその背後で実体化し、通りすがりを装ったのだ。そしてリシュテインと呼び捨てたのはアドリブだ。セバスチャンは身分を明かしてないので全く問題ない。最後は念のために、別れる所まで演技をし、そして実体化を解き裕二の元に戻ったという訳だ。
◇
「馬鹿野郎! 何故周りを確認しなかった!」
「す、すいませんグロッグ君。見落としてました。ですが喋らないでくれると言ってたので……」
「そんな保証がどこにある。まあそう言った以上は表向きは問題にはならないだろうが、『私達の胸に秘める』と言ったのだろ? その私達とは誰の事だ。お前か? ユージか? それとも学院長か? 普通に考えたらその全員だ。つまり学院長には知らせるが問題にはしないという事だ! その者がチェスカーバレン家の者なら確実だろうな。お前は学院長に恐喝未遂犯と思われる事になる。それともうひとつ。お前はユージの前で罪を認めたが、ユージはその件について全く口止めされていない」
「じゃあ、僕は!」
「知らん。お前が勝手にやった事だろ?」
「そんな……」
その様子を霊体化したアリーとチビドラが空中から見ている。
◇
――て言ってたよー。
――ミャアアア!
――随分都合良く解釈してくれたな。そこまでの意図があったのか? セバスチャン。
――いえ、ほぼアドリブです。ですがこれでしばらくは何もしてこないでしょう。
――まあ、しばらくはな。
そして裕二はそのまま次の授業が行われる演習場へと足を運ぶ。
「おいユージ、遅かったな。お前の方が早いはずだろ」
「ああ、ちょっとアクシデントでな」
「アクシデント? ほう、後でゆっくり聞かせてもらおう」
テリーより遅れはしたが授業にはギリギリ間に合った。今回も魔法の実習だが、内容はグレードアップしている。とは言っても火、水、風属性の広範囲魔法や土属性の初歩、土の硬質化や軟体化になる。それをディクトレイ先生が見て合格をもらえると、その先の更に魔力を制御したものになる。例えば火魔法をムチの様に動かしたり、水球を自在に操ったりとかだ。
しかし裕二にとってその程度は既にクリアしており、更に先に進んでいる為、少し退屈でもある。それはテリーやエリネアも同じであろうが、テリーはともかくエリネアはそんな不満は言わない。
ディクトレイ先生もテリー、裕二、エリネア、シェリルは実力を知っているので、最初から除外している。勝手にやれとまでは言わないが、比較的自由だ。しかし自由とは言っても高等魔法を使えば目立つのでそれも出来ない。
武闘大会の最大のライバルは間違いなくテリーになるのだから、手の内も余り見せたくはない。
「またテリーと同じ班ね。嬉しいわ」
「そうですね、ユージ、的を運ぶぞ」
と、テリーは相変わらずシェリルに素っ気ない。ディクトレイ先生は他の生徒に掛かりきりなので、準備も自分達でしなければならないが、その様子をエリネアとシェリルは当たり前の様に見ている。テリーと裕二も一緒に行動してゴチャゴチャ言われると嫌なので、特に何も言わない。つまり相変わらず雰囲気は良くない、という事だ。
そして四人は普通に練習を始めた。
――今日も精霊は見えない。あの時のユージの光は精霊じゃなかったのかしら……もしあれだけの数の精霊を自在に扱えたら、宮廷魔術師にも匹敵……いや、もっと上のはず。そんな事は考えられない。ついこの間まで火魔法しか使えなかったのに……だけど今は私を確実に追い抜いている。――負けたくない!
「エリネア様? どうされました」
「え?! な、何でもないわ。シェリルさんの番は終わり?」
「テリーが全員分の的を用意してくれたので順番はありませんよ。さすがテリーですよね」
テリーを嫌いなエリネアの前でテリーを持ち上げるという暴挙ではあるが、エリネアは他の事を考えていて、聞いてないようだ。
――私だって!
エリネアは杖を構え魔法を放つ。それは炎で作られた五体のドラゴンが目の前の全てを燃やしてしまう強力な精霊魔法、ドラゴンフレイムだ。
その炎はエリネアの的だけでなくテリーや裕二の的も、一緒に燃やし破壊しつくす。
「おい! 何してる。やめろ!」
そう叫んだのはテリーだ。
しかしエリネアには聞こえていないのか、辺りを燃やし尽くしている。そこへテリーがエリネアの肩を掴み激しく揺さぶる。
「やめろって言ってるだろ!」
テリーが肩を揺さぶる事でエリネアはハッと我に帰り、魔法を止めた。
エリネアの暴走と言えば暴走だが、演習場なのでテリーと裕二の的が燃やされた以外の被害はない。
しかしエリネアは我に返ったと同時に、そのまま倒れ込んでしまった。
それに慌てたテリーと裕二はエリネアに駆け寄る。
「魔力枯渇だ! ユージ、治癒は使えるか」
「ああ、使えるぞ」
ユージも様々な魔法を覚えており、低位の治癒魔法が使える様になっている。そしてユージはすぐエリネアに駆け寄り治癒魔法をかけ始めた。
「ユージ、そのまま聞け。魔力枯渇は治癒魔法では治らないが、魔力枯渇による体のダメージは抑えられる。だがそれは長時間、魔力が回復し始めるまでやらなきゃならない。俺と交代で魔力を節約しながらやるんだ」
「わかった。俺が使えるのは低位治癒魔法だから、時間はかなりもつはずだ」
そこへディクトレイ先生が駆け寄ってくる。
「先生は医務室から医者と担架を頼む!」
「良しわかった!」
横たわるエリネアに裕二とテリーが交互に治癒魔法をかけてゆく。
やがて医者が到着し、エリネアは点滴を受けながら担架で運ばれる。その間も裕二とテリーは魔法をかけ続けた。