156 精霊の成り立ち
「精霊の原初の形は大地から生まれる。その時点では自我は持たない。それが寄り集まって長い時間をかけて、高位の精霊になる。それは学院でも習ったろ?」
「ええ、ウンディーネやサラマンダーの事よね」
セバスチャンとテンがエルファスに行っている間、二人は亜空島で待つ。その間、裕二はエリネアに、エルフの成り立ちを教えていた。それは学院でも習う事なのだが、精霊とエルフがどう結びつくのかまではエリネアも知らない。
「そう言う高位の精霊が、更に時間をかけて人類と結びついた存在がエルフだ。なので彼らは精霊の子、とも呼ばれる」
精霊は様々な形に進化を遂げ、そこには人為的に作られ、召喚魔法によって呼び出される存在も含まれる。裕二の作り出したタルパも、広い意味では同じような存在だ。中には人類とは全く無関係に過ごす者、時には敵対する者もいる。
「エルフは精霊の性質を引き継いでいるから、精霊魔法が得意なのも当然だな」
「じゃあ、アトラーティカも元々そんな感じなのかしら。テリオスはエルフに近いと言っていたけど」
「アトラーティカは異世界から来た種族だからな。その根源まではわからないよ。でも、俺がここへ来る前にいた世界には、アトラーティカと似たような伝説はあったな」
「そうなの? 興味深いわね」
裕二の元いた世界。オカルト大好きだった裕二はその辺には詳しい。とは言え、それについては有名な話しなので、その世界の人間なら一度は聞いたことがあるだろう。
巨大大陸に繁栄した王国。強大な力を持つ軍事国家。その力の使い方を誤り神の怒りを買い、一夜にして大陸ごと沈められた。
「たぶんアトラーティカってアトランティスの事だな」
「アトランティス……かつてはそう呼ばれていたのね」
「オレイカルコスってあるだろ」
「オレイカルコス……確か、かなり珍しい金属よね」
この世界でオレイカルコスと呼ばれる金属がある。それは古い遺跡などから発掘されるもので、どのように作られたのかわからない。製造出来ないので、希少な金属となっている。
赤銅色のほんのり暖かみのある金属。その魔力伝導率は非常に高いと言われる。
「アトランティスの作り出した金属にオリハルコンてのがあって、それと同じものだな」
「なるほど……聞けば聞くほど不思議よね。ユージもテリオスも異世界とは深い繋がりがあるのね。私にはそんな世界なんて想像もつかないわ」
「まあ、ある意味、俺とテリーは同郷と言えなくもないか。そして、そう言う事を知っておく必要もあったんだろうな」
アトランティスやオレイカルコスもそうだが、裕二は異世界と言うものを知っておく必要があった。それは自身が意図したのかは不明だが、裕二はそう考えている。
こことは違う世界。それを誰がどのように作ったのか。もちろんそんな事まで知ろうと言うのはかなり無理がある。しかし、アトラーティカも裕二も別の世界にいた事があり、それは魔人も一部のモンスターも同じなのだ。
「確かにそうね……もしかして、それが魔人を倒すヒントになるのかしら?」
「うーん……どうかな」
「王宮にも確か、発掘されたオレイカルコスの剣があったわ。例えばそれを使えば魔人を倒せる、とか」
「いや、普通の剣でも倒せるし」
「……そうよね」
エリネアは考えすぎて、少し空回りしていたようだ。テリーがシャクソンを倒した時に使った剣はそれなりのものだったのだろうが、赤銅色でなかったのでオレイカルコスではない。その現場も見ていたはず。裕二に冷静に突っこまれてエリネアは恥ずかしそうに頬を紅く染める。そのまま裕二は言葉を繋げる。
「魔人ならな」
「えっ!?」
無意識にそう答えた裕二。エリネアはその言葉にハッとする。深い意味が込められている言葉にも思えるからだ。同時に裕二も自分の言葉に驚いたようだ。
「それって……」
「い、いや深い意味はない。何で俺、そんな事言ったんだ?」
裕二は本当に何気なくそう言っただけのようだ。しかし、エリネアから見れば裕二は深淵なる知識を持つ大魔術師でもある。現在はそれも完璧ではないが、無意識に放った言葉とは言え、少し気になってしまう。
魔人なら。その言葉の裏には魔人でなければ、と言う意味が見え隠れする。魔人でなければそれはいったい何なのか。そんな風に捉える事も出来てしまう。
「ま、まあとりあえずカップラーメンでも食べて落ち着け」
裕二はその場でカップラーメンを作り出した。
「カップラーメン?」
そして、雰囲気を変えようとエリネアにカップラーメンを勧める。と言うか一度食べさせてみたかった。
この空間にいるなら、裕二が元いた世界の食べ物を食べる事が出来る。もちろん、それは味わうだけで本当に食べた事にはならない。
しかし、何故カップラーメンなのか。王女であり年頃の少女でもあるエリネアに食べさせるなら、チョコレートとかケーキとかの方が良さそうなのだが、裕二はそんな事には思い至らない。
もちろん、エリネアは驚いている。お湯を注いで三分で食べられるのは見た事のない者には画期的だ。しかし――
「しょっぱいわ」
「いや、美味いだろ! 特にこの何だかわからない謎の肉」
「そ、そうかしら……」
と、意見は合わないようだった。やはり食べ慣れないものは簡単に口には合わないようだ。日本国内であっても地域により味を微妙に変えるカップラーメンもある。エリネアの口に合わなくても何ら不思議ではない。
――おかしい。ラノベならこれが王族に広まり、俺はカップラーメン長者になったはず。醤油味がいけなかったのか? やはり味噌なのか?
そんなしょうもないやり取りをしていると亜空間の入り口を写す窓ガラスに、パットンを連れたセバスチャンとテンが見えてきた。裕二はカップラーメンを啜りながら驚いている。
「ぬあっ! あれパットンか」
エリネアもそちらに注目する。その目にはセバスチャンとテンは見えてないが、ひとりの老エルフが入り口を通り消える姿が見えた。
「カフィス様の側近かしら?」
「そうだ。しかしさすがに老けたなあ」
そんな話しをしていると、パットンの気配が近づいてくる。そして、ガチャッとドアが開くと、パットンは大きく目を見開き、その場に跪く。
「クリシュナード様! 随分お若くなられた。どことなく面影も残っております」
「久しぶりだな、パットン。とりあえずそこじゃなくて椅子に座ってくれ」
「ははあ!」
畏まるパットンを椅子に座らせ、これまでのこちらの経緯とエルファスの経緯を擦り合わせる。
裕二たちは、エルフの王、カフィスに預けたものを受け取りにきた。しかし、エルファスには入れない。
エルファスは王が病気の為に、外部との接触を断っている状態。しかし、テンによるとそれは病気ではなく呪いだと言う。そして、その呪いを解ける者はエルファスにはいない。今は王の娘であり、強力な魔術師であるメフィの帰りを待っている。
「呪いって、どう言う事だ。テン」
「うーん。おそらく高位の精霊に何かしてる。意図的じゃないにせよ、その矛先はカフィスだからね」
「なるほど、魔人が何かしたのか?」
「かも知れないけど、それならカフィスに呪いがいくのはおかしいよ。余程つけいる隙を与えたんじゃないかな。普通に考えれば、内部に魔人か、その協力者がいるね」
「協力者か……」
そこで裕二は思い出す。ここに至るまでの道で、大河が枯れていた事を。それを考えると、テンの言う高位の精霊とは、水の精霊ウンディーネなのではないか。大河が枯れていたのはウンディーネの怒りの可能性は高い。パットンに聞くと、この辺りはまだ水が枯れていないようだが、このまま放っとけば、その影響は後からくるだろう。
「パットン。水の精霊は祀っているのか?」
「はい。精霊ウンディーネは迷いの森の北に祀られております」
そこへ訪れたのは半年ほど前だと言う。迷いの森と言う面倒な場所を通るのでそれほど頻繁には行く事はない。
「迷いの森ってなんだ?」
「はい。森自体が意思を持って中に入る者を惑わします。そこを通る方法を知らなければ、通常生きては帰れません」
エルフは当然、その方法を知っている。もし、裕二たちが迷いの森を行くなら、一度はエルファスに行く必要があるとパットンは言う。
「特殊な加工をされた、カラソッソと言う木の実が必要なのです」
「カラソッソ……辛そうな名前だな」
「ええ、通常は香辛料に使われます。その辛さが身を守るのです」
それに幾つか加工をして辛さを大幅に増す。迷いの森はそれを嫌がるのだ。しかし、それを得るには、カラソッソの実を管理しているテルメドに許可を得なければならない。
「メフィ様がいらっしゃれば、快く許可を下さったと思うのですが……」
「メフィさんか……今頃はまだシェルラックにいるか、ラグさんに付いていったならペルメニアかだろうな」
とりあえず、パットンがいればエルファスには入れるだろう。しかし、現在のエルファスはカフィスとメフィに次ぐ実力者とされる、テルメドが様々な部分を担っている。
「ちょっと面倒だな」
今のエルファスに呪いの事を言うのは得策ではない。しかし、そうなると迷いの森に入る許可を得るのが難しい。勝手に森へ入っても、カラソッソの実がなければどうなるかわからない。強引に森ごと破壊とかすれば森を突破出来るかも知れない。しかし、そうなるとエルフは裕二たちに敵対する可能性もある。彼らにとっての迷いの森は、精霊の祠を守るものでもあるのだ。
「私がエルファスにお連れします。私の言うことなら、ある程度は聞き入れてもらえると思います。後はメフィ様のご友人である証のイヤリングで、何とかなると思うのですが」
「うーん、そうだな。実際向こうの対応見ないと何とも言えないよな」
裕二たちはエルファスに入り、エルフの王であるカフィスに会わなければならない。その為には迷いの森へ行く必要がありそうだ。しかし、それをするには呪いの事も、裕二がクリシュナードである事も言えないのがかなり面倒だ。そして、裕二たちは、エルフにペルメニアの使者であるとも言っている。
それらの事を踏まえ、パットンに協力してもらい、事を上手く運ぶ必要がある。
「作戦を考えるか」