155 呪い
エルファスに入るのを一旦諦め、亜空島で今後の対策を練る裕二とエリネア。とりあえず、この中にいれば魔人の監視は届かないだろう。とは言え、なるべく早くエルファスに入りたいとは思っている。そうしなければ旅は進まない。
「先に内情を探ろう。それによって対策を立てないと中には入れないな」
「そうね。でも会うことが出来ないのは、やはりご病気か何かかしら」
「かもな。でも魔術師や祈祷師もいるはずだろ?」
「それでも治せない病だとしたら……外部には知られたくないわね。魔人に隙を与える可能性は出てくるもの」
魔人を警戒しているエルファス。外部にこちらの弱みを見せたくないのは当然とも言える。あの場で無理に聞き出す事も出来たかも知れないが、それを近くで魔人が聞いていたら、と考えると、彼らの行動も納得出来る。
「となると、ここはセバスチャンとテンだな」
タルパなら、霊体化で結界を突破出来る。そして、内情の分析はセバスチャン。もし、カフィスが病気ならその病状を確かめる為に、テンも必要になるだろう。
「畏まりました」
「じゃあ僕らは早速行こう」
二人は霊体化で亜空島を出てエルファスへ向かった。その間、裕二とエリネアは休憩だ。
「でもユージ。カフィス様に会う理由は思い出せないの?」
「うーん、それだよな。何か預けてたとは思うけど……白虎、わかるか?」
「ガルッ……」
「知らんてさー」
「ミャアアア」
突然現れて返事だけして消える白虎。それをアリーが翻訳する。裕二もタルパにもその記憶はないようだ。
「意外とリアンが知ってたりな」
「でも、リアンて喋ったことあるのかしら?」
「全くない」
もちろんリアンはエリネアにも全く見向きはしない。エリネアも聞くだけ無駄なのはわかっている。
「リアンは無口なのー」
「ミャアアア」
「無口ってレベルじゃねーよ」
◇
結界を越え、エルファスに入ったセバスチャンとテン。鬱蒼とした森の木々は徐々に疎らとなり、やがてエルフの居住地が見えてくる。彼らの家は基本ツリーハウスで樹上にある。それがつり橋で繋がり立体的に入り組んでいる。地上の洞窟や大樹のうろも住居や倉庫として利用されている。そこで生活するエルフ。
エルフたちは、男女問わず美しい顔とスタイルを長寿により保っている。しかし、人間には多種多様な顔があるのに比べ、どのエルフも美しいが似たような顔が多い。居住地にはたくさんのエルフがいるのだが、見慣れない者にはなかなか区別はつけにくいだろう。
エルファスの中央に行くと、そこには直径三十メートルはありそうな、ひときわ大きな木が生えており、それを利用して木の内外にたくさんの部屋がある。
そこがエルフの王、カフィスの住む場所となる。人の作る物とはかなり異なるが、一応王宮だ。
セバスチャンとテンは、大樹の中の階段を登り大広間から小部屋に繋がる通路を移動する。そのどこかにカフィスがいるのだろう。二人で片っ端から部屋を探す。
その中の一番豪華な扉の向こうに、苦しそうな表情でベッドに眠るエルフがいる。セバスチャンはそれがカフィスだとすぐに気づき、懐かしそうに彼の顔を眺めた。
――いました。見た目はほとんど変わっていませんね。
セバスチャンもテンも、五百年前にカフィスとは会っている。長寿のエルフはそれだけの時間が経っても、見た目はほとんど変わらない。
その隣には治癒魔術師らしきエルフがカフィスの様子を診ている。そして、もう一人、年老いたエルフが少し離れた場所に座り、それを見守っていた。
――テン。あちらに座る老エルフは……パットンでしょうか?
セバスチャンは見知った顔を発見し、それをテンにも教え確認する。
――あ、ほんとだ。確か、パットンはもう千歳越えてるんじゃない? さすがに老いてきたね。
テンは近づいて顔を確認する。パットンと呼ばれた老エルフは、霊体化のセバスチャンとテンに気づく様子はない。
――当時の生き残りはカフィス様とパットンだけでしょうかね?
――どうかな。僕はとりあえずカフィスを診てみるよ。
二人がそんな話しをしていると、診療を終えたのかエルフの二人は立ち上がり、表に出ていった。
――ではそちらはお願いします。私はパットンに会ってみます。
テンはその場に残りカフィスの容体を診る。セバスチャンはパットンの後を付いていった。
やがてパットンはもう一人のエルフと別れ、王宮内の小部屋へ入る。そこが自室なのだろうか。セバスチャンもそれに続く。
「はあ……カフィス様は一向に回復せんな。メフィ様はいつ戻られるのか……」
パットンは木をくり抜いて作られた椅子に腰掛け、ため息を吐く。
――今、メフィと……シェルラックのメフィ様の事でしょうか。ですが、とりあえずは――
「パットン。私を覚えていますか」
「!!」
驚くパットンの前にセバスチャンがいきなり現れた。そして、大声を出される前に静かに畳み掛ける。
「私はクリシュナード様に仕えし、神官。と言えばわかるでしょうか」
「クリシュナード様の! も、もしや……大神官プリストラ様!」
大神官プリストラ。セバスチャンはかつて呼ばれていた名でパットンに正体を明かす。
「覚えていてくれて嬉しいです、パットン。現在はセバスチャンと名乗ってます」
「せ、セバスチャン様……あなたがいる、と言うことは既に……」
「クリシュナード様。現在は裕二様と名乗られてます。裕二様は既に、エルファスの近くにおられます」
「おお……では、ついに……何とお懐かしい」
パットンはその目を涙で濡らし、手で顔を覆う。セバスチャンはしばらく待ってから声をかける。
「裕二様はまだ、自身の正体を明かせません。そのせいでエルファスには入れないのです。状況も良くわからないので、あなたに協力してほしいのですよ」
「な、なるほど。それは大変な失礼を……私めが直接お迎えに上がります」
「そうしてくれると助かります。ですが、その前に、今の状況を……」
「そ、そうですな……しかし……私もわからない事が多く――」
パットンは言い淀む。彼自身が今の状況を良くわかっていないようだ。
「カフィス様は一週間ほど前、急に倒れましてな。その原因は未だわからず、徐々に衰弱していくばかりで……メフィ様がいてくれれば良いのだが」
「メフィ様とは、シェルラックにおられるメフィ様の事ですか?」
「ご、ご存知なのですか!?」
「ええ。裕二様がメフィ様のイヤリングを預かってますので。二人はしばらく行動をともにしていたのですよ」
「おお! なるほど。さすがはメフィ様」
セバスチャンはパットンから詳しく話しを聞く。
カフィスは一週間ほど前に倒れ、魔術師や祈祷師が様々な処置を施したが、その甲斐なく、未だ原因さえわからない。なので外部との接触は難しい状態になっている。今はカフィスの治療を最優先にしたいのだが、現在のエルファスでは力不足だと言う。
そうなるともう一つ問題がある。エルファスはもしもの場合を考慮し、次の王を選定しておく必要がある。その第一候補はカフィスの娘となる。その娘がメフィだ。
高位の魔術師でもあるメフィが戻れば、何らかの対策もあるかも知れない。どちらに転ぶとしても、今のエルファスにとって一番頼れそうなのはメフィなのだ。
しかし、そのメフィはいつ戻るのか。パットンはどうして良いのかわからず、メフィの帰りを待っている。
「メフィ様はカフィス様の娘だったのですか。つまりエルファスの王女」
「そうなります。ですが、メフィ様が戻らないとテルメドと言う者が王になります。優れた若者なのですが……」
「あまり気が進まないのですか?」
「……まあ。そうですな」
優れた若者なのに、パットンはテルメドが王になる事をあまり良くは思っていない。その原因は何なのか。
「理由を聞いても?」
「それが……テルメドは真面目ではあるのですが……彼は半年ほど前に弟を亡くしまして、それ以来どこか不安定と言うか……」
「なるほど……」
とりあえず王の選定は置いといて、今は裕二がエルファスに入る事。そして、カフィスの病の原因を探る事が重要となる。裕二の方はパットンが迎えに行けば良いだろう。肝心なのはカフィスの病だ。
「今、カフィス様をフォトニスが診ています」
「飛天フォトニス様も来ていらっしゃるのですか!?」
「はい。現在はテンと名乗っております。今、こちらへ向かっているようですね」
「テン様……フォトニス様はテン様と……」
パットンがそう呟いたところで、テンが部屋に飛び込んできた。
「いた! パットン。いったい何をやったの! あれは病気じゃなくて呪いだよ」
「の、呪い?」
「そう。たぶん精霊の呪いだ。精霊の子である君たちが何でそうなる? 何か余程の事をしてるはずだよ」
「そ、そんな……」
テンはいきなり登場してパットンに食って掛かる。それはエルフとして褒められた事をしていない、原因は自分たちにある。そう言っているようだ。しかし、パットンにその心当たりはない。
「落ち着きなさい、テン。パットンも混乱しているのです」
「どうかな。裕二様にあんな態度とって、更に精霊の呪いなんて……エルファスはどうしちゃったのさ」
「とりあえず今は裕二様を招き入れなければなりません。パットンは一緒に来て下さい」
セバスチャンはそう言いながら、パットンを連れ出そうとする。しかし、テンはそれを止めた。
「ちょっと待って。今のエルファスは明らかにおかしい。パットンは呪いの事を他のエルフに言わないように」
「そ、それは……」
「何か入り込んでるのかも」
エルファスに何かが入り込んでいる。テンはそう思っているようだ。しかし、ここは結界に守られた場所。可能性として最初に思いつくのは魔人だが、それをエルフが見落とすとは思えない。彼らの結界はかつて戦った魔人をエルファスに入れない為にあるものなのだ。
ウォルターもその点については言及しており、エルファスは魔人に監視されているが、それは結界の中には及ばないと言っていた。
「とりあえず、裕二様の元へ参りましょう」
セバスチャンとテンはパットンを連れ出して行った。