149 五百年前の約束
「と言う事で、改めてよろしくお願いします」
裕二たちは食事の為、宮殿の広間に戻る。そこで記憶を取り戻した裕二が改めて頭を下げ、挨拶をする。それをバンが慌てて止める。
「ゆ、ユージ殿、そんな事をなされるな。我らも困ってしまう。このようにざっくばらんに話す事も本当は躊躇われるのだ」
「そ、そうですか?」
「頭を下げるのはだけは、どうかご勘弁いただきたい」
「うー、まあ善処します」
最初はぎこちないかも知れないが、結局は元のままだ。戸惑いさえなくなれば問題はないだろう。
「ところでユージ。今後の行き先はわかっているのか?」
テリーがそう訊ねる。
「ハッキリとは……とりあえず北だな。エルフの里、エルファスに行く」
「ほう、何でだ」
「忘れた。カフィスに何か預けてたと思ったな。アイツまだ生きてるか?」
「八百歳くらいのはずだから、まだ死なんだろ」
カフィスとはエルフの王。かつて魔人戦争の時に、クリシュナードに付き従い現在まで生き残っている英雄のひとりだ。歴史書や教科書などにも載るほどの人物となる。
「ちょ、ちょっとユージ。アイツなんて言っちゃダメよ。カフィス様はエルフの王なのよ。他のエルフに聞かれたら大変よ」
「う、それもそうか」
「あなたはまだ、堂々とクリシュナード様だと言えない立場なのを忘れないでちょうだい」
「は……はい」
「ハッハッハ。そう言う細かい事はエリネアがいれば安心だな。ちゃんと言う事を聞けよ、ユージ」
裕二に対する言葉遣いに関して、エリネアは割りと早く順応しているようだ。
元々、父親がペルメニアの王であり、その父に対する公式、非公式にとるべき態度は早いうちから躾けられている。そして、テリーからも、おそらく裕二がそう言うだろうから頭に入れておけ、とも言われていた。
もちろん戸惑いが無い訳ではないが、エリネアは、裕二が言ったように自分がそうする事で、バンやセーラにも模範を示す事だとも考えている。
「まあ、行き先がわかっているなら、それで良い。あと五百年間、何かをやるような事を言ってたが、それは覚えているか?」
「いや、それを言ったのは覚えているけど、内容まではわからないな。何となくだが、それ終わってないような……」
「そうか……では迂闊な話しはしない方が良いか」
テリーがいくつか質問をしたが、覚えていない事は結構多いようだ。この遺跡の重要性も今はわからない。だが、それは今、必要ない事なのだろう。まだ裕二には行くべき場所があり、そちらで記憶を取り戻す可能性もある。
「でもシャドウの事は思い出した。ずっと俺についててくれたんだろ? ご苦労様」
「元の主人はユージだからな」
テリーの操るシャドウと言う謎の存在。それはかつてクリシュナードがテリーに与えた人工精霊。つまり、アリーやセバスチャンと同じタルパだ。
シャドウはテリーの命令で裕二が学院を出た後、ずっとその旅を見守っていた。
ステンドットと戦った時、魔人の矢尻による攻撃を防いだのは、シャドウになる。その時、裕二に助言したのもシャドウだ。
シャドウはテリーの影として作られ、基本的な形はテリーと同じになっているが、馬などにも形を変える事が出来、近接戦闘を得意とする。そして、テリーと裕二にのみ、憑依も出来る。声は憑依した時のみ聞こえ、普段は全く話さない。テリーが裕二の居場所を知っていたのはシャドウがいたからだ。そして、テリーが裕二に簡単に勝てたのもシャドウの力。シャドウが裕二に憑依して内側から強い衝撃を与えていた。
それをさせていたのが裕二自身だ。テリーは裕二が慢心しないよう、そうするように言われていた。
「まあ、シャドウがいなくてもテリーには勝てなかったはずだけど……今もまだ無理だな」
「て事は、力は三〜四割程度しか戻ってないのか?」
「たぶんな。でもシャドウはもう戻していいぞ。テリーにも必要だろ」
テリーの説明と裕二が記憶を取り戻した事により、多くの謎は解けた。だが、それにより新たな謎も増えた。
クリシュナードが五百年かけてやっていた事。ペルメニアの石碑は何の為にあるのか。この土地の重要性とは何なのか。そして、謎は他にもある。
「そう言えばユージ。浮遊島の事は覚えているか?」
「浮遊島? なにそれ」
「はあ。やっぱり忘れてる。まあ、魔人とはほとんど関係ないから仕方ないか」
テリーはわざとため息を吐きながら、残念そうな素振りを見せる。ここで新たに登場した浮遊島と言うキーワード。セーラはそれに強い興味を持った。
「テリオス様。浮遊島とはいったい何でしょうか?」
「浮遊島は空に浮かぶ島で、かつてクリシュナードが作り上げたアジトのような場所だ」
「空に浮かぶ島なのですか!?」
それは魔人との戦争が始まる前に、クリシュナードが作った島。テリーは五百年前にその話しを聞き、是非行ってみたいと思っていた。そして、クリシュナードに魔人戦争が終わったら、連れて行ってもらう約束をしていたのだ。
「お前その約束覚えてないだろ」
「お、覚えて……たような」
「うそつけ」
魔人とは直接関係なさそうな話しではあるが、そんな不思議な島に興味を持つ者は多いようだ。
「ニャ! そこにはきっとお宝があるニャ。黄金のバターソテーもあるはずニャ!」
「お前が今考えたお宝なんて、ある訳ないですニャ」
今まで興味なさげに話しを聞いていたバチルが、突然食いついてきた。そして、メリルから即座に否定される。
「でも面白そうな場所ね。私も行ってみたいわ」
「そうですな。そんな話しは聞いた事もありませんが、テリオス殿が言うなら本当にありそうです」
エリネアとバンも興味ありそうだ。しかし、セーラだけは少し考えるような表情を見せていた。
――空に浮かぶ島……それってもしかしたら……
「どうされました。セーラ様」
「い、いえ。勘違いかも知れませんが……」
セーラはそれに心当たりがある。しかし、周りの者はセーラと浮遊島に接点などあるとは思えない。全員が不思議そうな目でセーラに注目する。
「実はついこの間……」
セーラは時空の女神ネメリーから、銅鏡を受け取る夢を見た。それ以降、セーラは精霊を作り出せるようになったのだ。しかし、問題はそれではない。
「ほう、それがきっかけだったのか」
「はい。夢だったので本当に起こった事なのかわかりません。なので話していませんでした」
テリーはセーラの能力の急激な変化に納得したようだ。
「その銅鏡を受け取った場所が少し不思議な所で、雲の位置がやたらと低かったのです。今思うと、そこは空の上だったのではないかと」
「なるほど……そこが浮遊島かも知れないって事か。どうなんだ、ユージ」
「いっ!? えーと。ネメリーって事は……どうなんだ、アリー」
「知らないよ?」
「ミャアアア?」
結局それも良くわからない。浮遊島があったとしても、行き方もわからない。裕二もアリーもわからないのならお手上げだ。
「そうか。まあそれはユージが責任を持って思い出しておけ。約束したんだからな」
「そうね。魔人との戦争が終わったら、みんなで行きましょう」
「それは楽しそうですな、セーラ様」
「はい、楽しみです!」
「黄金のバターソテーニャ!」
「だから、それはないですニャ」
と、五百年前に交わされた約束は、新たな仲間を増やして再び交わされる事となった。そして、夜も更けていく。
◇
「何だ話しって?」
テリーは一段落してから裕二を外に呼び出す。他の者がいては話しにくい事もあるようだ。
「ああ、そろそろ俺たちはペルメニアに帰る。お前とエリネアは北を目指すから、その前に言っておく事がある」
テリーは先程話せなかっか事を話す。その内容はシェルブリット。教会についてだ。まだそれがどうなるのかはわからないが、教会の中枢を長年担っているシェルブリットは一筋縄ではいかない。彼らはペルメニアから独立した組織なのだ。
「なるほど……そうなってたか」
「ああ、お前が戻るまでには何とかしたいとは思っているが、それがハッキリわかったのは最近だからな」
「既に魔人に乗っとられている」
「そうだ。だが教会の奥には迂闊に手は出せん。シャクソンのようにはいかない。下手をすれば聖堂騎士団のような、何も知らない人間を犠牲にしてしまう」
神妙な顔でそれを聞く裕二。テリーは話しを続ける。
「だが、バンとセーラがこちらについたのは良かった。後日、略式で良いからバンをクリシュナードの騎士に叙任しろ。セーラも正式にクリシュナードの巫女にするんだ。俺とエリネアがそれに立ち会う」
「なるほど、証か。やれるかわからないがやってみよう」
バンとセーラはクリシュナード正教会の騎士と巫女となっており、それは教会から任命されているが、現在は行方不明者となっているはずだ。その任が解かれているか有効なのかはわからないが、王家とジェントラー家が立ち会い、それを地方の騎士団長と巫女ではなく、クリシュナード直属の騎士と巫女、と上書きしてしまう事になる。
ペルメニアの最上位にクリシュナードが皇王としているように、教会の最上位にもクリシュナードがいる。それが可能なのは裕二だけだ。そうすることで二人を守れる部分もある。
「それと……そう言えば昨日、お前とセーラが二人で出掛けてしばらくしたら、セーラだけ暗い表情で帰ってきたな。何か言われたか?」
「いや、そうじゃないけど」
「まあ、大方別れが寂しいとかそんな事だろ」
「う、まあ、そうなのかな……」
裕二にもそう言う気持ちがない訳でもない。お互いに全く惹かれあっていなかった、などと言うつもりもない。それが恋愛感情かどうかは置いといて、別れの寂しさは当然ある。もちろんそれはセーラに限った事ではないが、昨日のような表情を見せられては、気にもなってしまう。テリーはそんな裕二を見てニヤリと笑う。
「まあ、セーラを娶るのは構わんが、その前にエリネアを娶れ」
「はあ!? めめめめ娶れって、ててててテリー!」
「いいか、よく聞けユージ。お前は皇王陛下なんだからな。第一妃はエリネアにしとけ。そうすればセーラもリサもエリネアが纏めてくれる。順番を間違えるとトラブルになるからな。それは知っておけよ」
いきなりハーレム展開に持ち込むテリー。しかし、テリーによると、それは皇王としても重要な事だと言う。
おそらく裕二がペルメニアに帰り、皇王として発表されたら物凄い数の縁談が舞い込むだろう。ペルメニアにとって、クリシュナードの血は何としても残さなければならないのだ。その前にエリネアを妃と決めてしまえば、後は王家とエリネアが上手いことやってくれる。
「魔人との戦争が終わってからだから今すぐではないが、頭には入れておけ」
「でも、エリネアにその気があるのか?」
「あるに決まってるだろ。アイツは王女だぞ。それに学院の時からエリネアの頭にはユージの事しかない」
「なにぃ! それマジっすか」
おそらくエリネアはテリーにそんな事を言わないだろう。しかし、テリーが見た限りではそう言う事らしい。考えてみれは裕二が学院に入った時から、エリネアは裕二をライバル視していた。それもかなり強く。それが別の感情に置き換わってもおかしくはないのかも知れない。そのきっかけは、裕二がクリシュナードだとエリネアが知った事だ。となると王女として意識する部分も出てくる。王女が皇王陛下を最大限支える為に必要な事は何なのか。自分が妃になる事も当然考えるはずだ。
とは言え、これはあくまでテリーの推測だ。しかし、それを前提に話しは更に進む。
「だが、今は子どもを作るな。エリネアは戦闘員としても必要だからな」
「こここここ子ども!!」
「その様子なら大丈夫そうだが、一応セバスチャン! お前が管理しろよ」
「畏まりましたテリー様。エリネア様がご就寝の際にはテンをそばに置きます」
「ふふ、それなら何も出来んな」
「こここここ子どもって事はテリー!」
「まあ、その話しはそんなところだ。ユージ。いや、頼むぞセバスチャン」
「お任せ下さい」
実際そのようになるかはまだわからないが、裕二は自分がもし結婚するなら、その相手は皇王の妃になる事は知っておかねばならない。そして、自分の娘を差し出したい貴族が大勢いる事もだ。
「最後にグラスコード家の事だ」
グラスコード。裕二はその名を聞いた途端、神妙な表情に変わる。