148 取り戻した記憶
エリネアは戦慄していた。自分の知るペルメニアの歴史には欠けた部分があり、その生き証人がここにいる。それよりも驚いたのは、テリーが魔人戦争を実際に戦った英雄の生き残りだという事。現在、その生き残りとして知られているのは、エルフの王を含めた数名しかいない。
強大な力を持ってて当たり前だ。本来ならテリーは、王家や使徒の家系の上にいてもおかしくない存在だったのだから。
それが何故、こうなってしまったのか。エルフは知られているが、アトラーティカなどと言う種族はほとんどの者が知らない。
その理由はクリシュナードの死後にあると言う。
「俺たちはクリシュナードの言葉に従い、まずはその教えを実践する為の教会を設立した。そして、教会がペルメニアを作った」
教会設立時の中心人物は。
タルカス・ジェントラー。
ニグル・チェスカーバレン。
ワッツ・ハリスター。
エスカー・トラヴィス。
トーニ・マクアルパイン。
ロブロース・ハルフォード。
アドレイ・シェルブリット。
そして、テリオス。
魔人戦争を生き抜いた使徒の代表的な者たち。後の使徒の家系の礎となった者たちだ。そこにはテリーの姿もあった。
「国を作るにあたっての賛同者は大勢いた。クリシュナードはそれだけ崇拝されていたからな。だが、その中心人物。つまり王を決めるのはかなり揉めた」
もちろんそれはクリシュナードが再びこの世界に現れるまでの仮王でしかない。しかし、国の規模を考えると、その権力は小さなものでもないので、慎重に決める必要がある。そして、その人選は使徒の代表者が集う教会によって決められた。
「俺はエリネアの遠い先祖にあたるエスカー・トラヴィスを推薦した。奴は多少堅物だったが、真面目だし権力欲もなかった。今のエリネアと似ているな」
「そ、そうなの?」
エリネアは少し顔を赤らめる。思い当たる事がありそうな表情をしている。過去の自分を思い出しているのだろう。自覚はあるようだ。
しかし、偉大な先祖と似ていると言われるのは、それほど悪い気分ではない。テリーがエスカー・トラヴィスを推薦してくれたのは、誇らしくも感じる。
「それに賛同する者は多かった。何故なら当時、俺は自覚していなかったが、教会の中でも発言権は高かったんだ」
テリーの推薦により賛同者も増えたと言う事になる。
その理由は、魔人戦争の初期からクリシュナードに付き従った事。他の使徒よりも強い力を持っていた事。それに伴う活躍も無視出来ない程大きかった。そう言った行動が周りの者たちの信頼となり、それが発言権の高さとなった。ハッキリした序列はなかったが、テリーをクリシュナード最上位の側近、と見る者は少なくなかったのだ。その推薦であれば、当然賛同者も増える。
使徒の代表格は七人いたが、テリーは当初、使徒には数えられていなかった。しかし、クリシュナードの死後、教会を設立し、使徒に混じった事で『第八の使徒』と呼ばれるようにもなった。そうなる事で教会での発言権も増していった。
「だが、その発言に異を唱える者がいた。それがアドレイ・シェルブリットだ。アイツは熱狂的なクリシュナード信者だった」
クリシュナードに誰よりも心酔していたアドレイ・シェルブリット。彼は王位を、国を統べる者、ではなく、クリシュナードの後を継ぐ者、と考えていた。それが相応しいのは自分であってトラヴィスではない。そう考えたのだ。
「よくよく話しを聞くと奴がそう考えていた事がわかった。なので、その解決策として、教会を全面的にシェルブリットに任せる事にした」
そして、ペルメニアを作った教会。そこにいたメンバーは国の運営に移っていく。だが、教会がなくて良い訳でもない。そこをシェルブリットに任せた。こちらもまた、クリシュナードの意思を継ぐ組織。そして、権力の監視役としても必要だったのだ。
「それで何とか上手く纏まったんだが、そのやり取りで奴は俺を警戒するようになった」
それで纏まったとしても、テリーの発言権は相変わらず大きい。それがシェルブリットには気に入らなかったようだ。
熱狂的なクリシュナード信者でもある彼は、実質的な最側近であったテリーに、最初から嫉妬していたのかも知れない。
シェルブリットは次第に敵対的な発言をするようになり、アトラーティカがペルメニアから出ていくよう、仕向け始めたのだ。
「まあ、俺たちはクリシュナードから別の事を託されていたから、ペルメニアに留まるつもりもなかったんだが、面倒な事に、奴はアトラーティカが魔人を呼び覚ました、と宣伝し始めてな」
それは事実なので反論のしようもない。そして、彼らは次第にこの国での居場所を失っていく。
そう言った経緯もあり、テリーを含めたアトラーティカの民は、ペルメニアを出てこの地に戻り、故郷の再建に務めた。しかし、それもまたクリシュナードから託された事でもある。
元々そうするつもりだったので、彼らがペルメニアを出ていく事は、それほど悲観的な事でも敵対的な事でもなかった。
だが、アトラーティカがペルメニアを離れてから、教会は彼らに関する記録をことごとく消していった。
シェルブリットは歴史の改竄を始めたのだ。その根源的な部分には、自分こそがクリシュナードの最側近でありたかった。クリシュナードの意思を受け継ぐのは自分だ、と思いたかったのだろう。そして、アトラーティカがペルメニアに戻る事も強く警戒していた。テリーはそう考えている。
「クリシュナードが生きてる時はそんな問題は起きなかったが、いざいなくなると歪みも出てくるのさ。それだけ俺たちはクリシュナードに頼っていたんだろうな」
それがペルメニアの歴史からアトラーティカが消えた経緯だ。それが世代を越え、アトラーティカの住む土地が、魔人の巣窟だと変化したきっかけにもなり、ここの閉鎖性がそれに拍車をかけた。
「それがお互いにとって良かったのか悪かったのか、なかなか判断は難しい。ペルメニアに留まっていたら、別の問題が出たかも知れない」
アトラーティカはその後、故郷の再建と残された遺跡の修復や管理に勤しんだ。そこはクリシュナードによると重要な土地、ともされており、その為の結界やドラゴンの守護が、予めクリシュナードによって作ってあった。ここは世界で一番安全な土地のひとつとも言えた。
「だが、何故ここが重要なのかはわからない。それについては聞いていない。それを知るのはユージだけだ」
アトラーティカの長老が生きていれば、それもわかったのかも知れないが、それを知っていそうな人物は魔人戦争時に亡くなっている。
おそらく遺跡に関係あるのだろう。それはアトラーティカがこの世界に来た頃に作られたものだ。時代が古いので、テリーたちがわからない事も多い。
「そして現代になり、俺はユージを探す為、再びペルメニアに戻った。そこで頼ったのがジェントラー家だ」
当時のテリーとタルカス・ジェントラーは非常に仲が良かった。彼はテリーの為に、当主が必ず守るべき家訓を残してくれていた。
それは、後の世に顕現するクリシュナード。それを探すにはテリーの力が不可欠。ジェントラー家はその協力を惜しんではならない。
それが、現当主である、ヴェルコート・ジェントラーに受け継がれている。彼からするとテリーは、偉大な先祖の友であり、魔人戦争を生き抜いた英雄。それを支援出来る事は絶大な名誉とも言える。
テリーはジェントラー家の養子となっているが、当主であるヴェルコート・ジェントラーからすると、頭の上がらない存在でもあるのだ。
そして、テリーはテリオス・ジェントラーと名を変え、クリシュナードを発見し、彼を守り、陰ながら様々な支援をしてきた。
そして今、テリーはやっと裕二をこの地へ連れてこられたのだ。
「ユージは今、エルクシャに案内され、石碑を壊し、かつての力と記憶を取り戻しているはずだ」
「では……いよいよユージ様はクリシュナード様として覚醒なさるのですね。その為にこの地へ連れてこられた。そう言う事ですか?」
「そうなる。それがクリシュナードの意思だからな」
セーラの問にテリーは答える。
裕二だけがこの場にいないのは、そう言う理由なのだと、皆が納得する。ほとんどの者が薄々感づいていたので、驚きはあまりない。しかし、そうなると別の疑問も出てくる。
「では、ペルメニアの王宮にある石碑は……あれは何の為にあるのです」
エリネアがそう訊ねた。一般的にはそちらがクリシュナードの力を取り戻す為の石碑となっている。エリネアもそう聞いていた。
「さあな。俺は最初にここへ連れてこいとクリシュナードに言われた。もしかしたらだが、その力は分割されているのかも知れん。もし、戻ったユージの記憶に欠損があれば、そう言う事だと思う」
「なるほど。クリシュナード様の力はそれだけ大きい。如何にユージでも、それを一度に、とはいかない」
「だろうな。だが、あくまでもそれは推測だ。奴のスケールは普通じゃないから凡人には理解しがたい部分もある。石碑と関係あるかわからんが、死んだ後も五百年間、何かをしていたらしいからな」
「え、それって……」
テリーはそれについて、クリシュナードが死んだ後、五百年ほどやる事がある、としか聞いていない。なのでその内容は不明だ。しかし、それだけの時間を要するのなら、重要な事をしていたのは間違いないだろう。
「五百年、お亡くなりになっていたのに何かをしていた……確かに我々では想像すらできませんな」
バンがそう呟く。何をしていたのかは裕二に聞くしかない。その記憶が戻っていれば、の話しだが。
「それがこれまでの経緯だ。後はこれからの事を簡単に話しとく」
テリーはそこで一旦話しを区切る。
「その話しに出てきたシェルブリット。過去の事はともかく、それを含めた教会は大きく歪んでしまった。俺たちはユージがペルメニアに戻るまでに、それを正す必要がある」
「教会が……」
「そ、そうなのか……」
バンとセーラは教会に仕えながらもそれに思い当たる事はない。とは言え、二人とも辺境にあるシェルラックにいたので、教会本部の奥の事まではわからない。
これを全く知らない赤の他人に言われたら、二人とも気分が悪いだろう。しかし、ここにいるのはクリシュナードの古い友人。魔人戦争の英雄でもあり、教会創設者のひとりだ。その発言を疑う理由はない。
それに今まで聞いた話しでは、教会の中枢であるシェルブリットは、ペルメニア建国当初から歴史の改竄をしている。その歪みは現代まで引き継がれてもいる。それが新たな歪みを生み出しているのかも知れない。
「まあ、その詳しい話しは後日だな。そろそろユージが戻るだろう」
◇
「久しぶりだな。エルクシャ」
「はい……五百年、お待ちしておりました」
「長かったな……」
目に涙を浮かべ裕二の前に跪くエルクシャたち。彼もまた、クリシュナードに付き従った者。その顕現をずっと待ち続けていたのだ。
「何とお呼びすれば……」
「ユージでいいよ。随分苦労かけたな。ありがとう」
「いえ、そのような事は……」
「とりあえず戻るか」
「はい。参りましょう、ユージ様」
裕二たちは山を降り村へと向かう。その途中でエルクシャに訊ねる。
「なあエルクシャ。何でここにヴァリトゥーラがいるんだ? 俺、何か言ってたか?」
「いえ、私は何も」
「そうか。じゃあまだ知らなくていい事か」
「まだ、記憶の欠損があるのですか?」
「らしいな。そんな事より第一関門は……」
その進路の先に、村の入り口が見えてきた。辺りは既に暗くなっているが、村には松明が煌々と炊かれており、かなり明るい。
「うっ、やっぱりそうなるか」
そこにはエリネアを先頭にほとんどの者が跪いている。裕二は恐る恐る村に入ると、予想はしていたが、テリーとバチル以外の全ての者が裕二の前に跪いていた。そして、裕二がその前に立ち止まると、エリネアが面を下げたまま、口を開く。
「クリシュナード皇王陛下。お待ち申し上げておりました。我らは陛下に仕える者。何なりとご命令を」
あのプライドの高かったエリネアが裕二の前に跪いている。そして、端っこにはテリーがニヤつきながらそれを見ている。完全にこの様子を楽しんでいるようだ。バチルに至ってはベンチの上で寝ている。興味の欠片すら感じさせない。
――コイツらはさすがにぶれねえな。しかし、どうするコレ。
裕二は助けを求めるようにテリーへ視線を送った。しかし、テリーは余裕で目を逸らす。
「おいテリー!」
「さっさと命令を出せよ。皇王陛下」
「うぐぅ」
クリシュナードは死に際にペルメニアを纏めろ、とは言ったが、国を作って自分を皇王にしろとは言っていない。とは言え、彼らの五百年に渡る苦労を考えるとそんな事言えるはずもない。
民をひとつに纏めるには、その為の旗印が必要になる。それはクリシュナード以外にあり得ない。裕二がそうなりたくなくても、こうなるのは必然でもある。そこに抗える術などないのだ。
「むう、仕方ないか。全員、面を上げよ」
ぎこちなくそう叫ぶ裕二。するとここにいる全ての者の視線が、皇王陛下である裕二に集中する。
「うっ!」
――見ないで!
一瞬たじろぐ裕二だが、ここはビシッと言っておかなければならない。気を取り直して口を開く。
「俺はかつてクリシュナードではあったが、今はユージだ。これより、公式の場以外では、全て今まで通り接する事! 普段から跪いたり陛下と呼ぶのは禁止する」
周りがざわめく。それを聞き戸惑う者も多い。なかなかそう簡単にはいかないだろう。彼らの目の前にいるのは、歴史上最強の大英雄なのだから。しかし、裕二は言葉を続ける。
「特にペルメニアの王女であるエリネア!」
「は、はい」
「エリネアは王女なのだから、皆に模範を示すように!」
「ははあ」
「ははあじゃねえよ! 既に間違ってる」
「わ、わかりまっ……たわ。ユージ」
「そう、それ!」
と言いながらエリネアにビシッと指をさす。それを見たテリーは、口を押さえ肩を震わせながらソッポを向いている。そして、バチルは薄目を開けてこちらを見た後「うニャ」と呟いてからもう一度寝た。さすがに天才はクリシュナード如きでは動じない。一緒に旅をしてきた者たちも徐々に慣れるだろう。慣れてもらわなければ困る。
――しかし、問題はペルメニア本国に帰った後だな……
クリシュナード皇王と言う存在は、裕二が今までに会ったほとんどの人が跪く人物のはずだ。裕二はそれをこの世界の超名門校、チェスカーバレン学院で教わっている。それを考えると少し憂鬱でもある。
そこへエルクシャがやってきて跪く。
「陛下。お食事のご用意が出来ております」
「うん。だから、それがイカンての!」