140 目的
「これで全員揃ったな」
テリーを中心にテーブルを囲み全員が着席する。裕二の隣にいるバチルは何故か涙目だ。
「どうした、バチル」
「おしり痛いのニャ」
「何だそりゃ?」
バチルのおしりはさておき。ここまでの経緯は全員が把握した。今から話されるのはこれからの事。そして、テリー、エリネア、メリルが何故ここまで来たのか。それも話される。
「俺たち三人はそれぞれ目的が違う。だが、途中まで行く場所は同じだ。まずはメリルの話しからだな」
メリルの目的は、学院を勝手に休学したバチルを連れ戻す事にある。
そもそもバチルの休学は不備があり、学院側も仕方なく了承していたが、その行方は全くわかっていなかった。当然、バチルの本国にもそれを知らせなければならない。その報せを聞き、バチルを連れ戻す事になったのが、姉であるメリルだ。
メリルは一度学院に行き、そこからバチルを探し始めるのだが、その探し方はバチルと同じ嗅覚によるもの。おそらくバチルを探し出せるだろう。
しかし、勝手にそれをされると困る者がいる。それは唯一バチルの居所を知るテリーだ。テリーはバチルと裕二が一緒にいるのを知っていたのだ。
バチルの居所は裕二の居所でもあり、それを知られたくはない。なので、テリーは自分もそこへ行くので案内を買って出た。だが、そこに条件も付けた。
その条件とは、バチルを探すのをテリーがサポートする。そうなれば、ヴィシェルヘイムのような場所も楽に通り抜けられる。バチルが戻ったらメリルと一緒に学院に留まり、やがてくる魔人との戦争に協力してもらう、と言う事だ。
そうなればテリーは情報管理も出来、メリルはバチルを楽に探せる。そして、どうせ戦う敵なのだから共闘したほうが良い、とも言える。
テリーは話せない部分を省きそれを上手く説明した。そう言う経緯でメリルがこのメンバーに加わったのだ。
「えっ! じゃあバチル帰っちゃうのか」
「おしり痛いのニャ……」
それを聞き動揺する裕二。しかし、バチルは全く話しを聞いていない。まだおしりが痛いようだ。
「今すぐじゃない。それに帰る時はエリネアを置いて行く」
「エリネア!? 良いのかよ。王女様だぞ」
「良いのよ。それとも私じゃ不満?」
「い、いや。そうではないけど……」
エリネアの目的は、帰ってしまうバチルの代わりに裕二をサポートする事となる。何故か裕二がペルメニアに戻る、と言う話しにはならないようだ。
「そして、俺はユージをこの先へ連れて行くのが目的だ」
「へ?」
ヴィシェルヘイムの谷の向こう。何があるのかわからない未踏の地。テリーの目的は裕二をそこへ連れて行く事だ。
「どうせ行く気だったんだろ?」
「まあ、いつかは行くつもりだったけど」
裕二はバイツからヴィシェルヘイムとその先の話しを聞き、いつか行ってみたいと思っていた。それはタルソット村でマサラート王子と別れた時もだ。
マサラートの見た夢には、ヴィシェルヘイムの前に立つ裕二の姿があった。どんな場所なのか知りたかったし、その奥には何があるのかも知りたかった。
そして、ドワーフやメフィから聞いたドラゴンの話し。メフィは、そこでドラゴンが何かを守っていると言っていた。本当かどうかはわからないが、そこに行ってみたい。裕二はずっと、そう思っていたのだ。
「なら俺がいた方が心強いだろ。それにお前はシェルラックには戻れない。それはバンとセーラも同じだ」
「ああ、確かに……え? バンさんとセーラさんが何で?」
「行けばわかる!」
裕二がバンとセーラを見ると頷いている。良くわからないが了承済みのようだ。テリーは相変わらず有無を言わせぬ強引さで事を進める。
「心配するな。俺とお前がいて万が一などあり得ない。そうだろ?」
「まあ……そう言われりゃそうだな。俺はともかくテリーがいるしエリネアもバチルもいるから……」
「じゃあ決まりだ」
「で、でもそこに何があるんだ? テリー知ってるのか?」
「それも行けばわかる」
「行けばわかるって……うーん」
イマイチ納得出来ない裕二。行ってはみたいが、少しくらい教えてくれても良さそうなものだ、とも考えてしまう。
しかし、テリーは立ち上がり、目の前にあるテーブルを指差す。
「ユージ。このテーブルを見ろ。丸くて足が四つある。でも、その説明だけじゃ色や大きさはわからない。だけど、自分の目で見たら、それもすぐにわかるだろ?」
「そうだな」
「お前はバイツに、ヴィシェルヘイムの奥には魔人の巣窟があると聞いた」
「聞いたな」
「だが、俺はそれを自分の目で見て判断しろと言った。何故なら言葉だけでは、このテーブルと同じように全てを説明出来ないからだ。言葉など正確ではない上に歪める事も簡単なんだよ」
「なるほど……」
「色々疑問があるのはわかる。それも全てひっくるめ、自分の目で何があるのか見てこい!」
「そうだな……わかった!」
全員で谷の向こうへ行く。そして、バチルが帰る時にはエリネアが残る。そう言う事で話しはまとまった。それからは夕食を摂り、就寝までそれぞれが時間を過ごす。
バチル、メリル、セーラはまとめて湯浴み。バンはテリーから更に色々な話しを聞きたいようだ。
そして、エリネアは裕二に声をかける。
「ユージ。ちょっと良いかしら」
「何だ?」
「表で話したいの」
「ああ、わかった」
そう言うと二人は外へ出て行った。
「うわっ、真っ暗だな。テン、頼む」
裕二の頭上から、テンの作る光の玉が辺りを照らす。そこに映し出されたエリネアはとても美しいが、どこか気まずそうな表情をしていた。
「話しって何だ?」
「あの……私、ユージに……ミーが死んだと勘違いしてあなたに酷い事を……」
それは裕二がチェスカーバレン学院を出る騒動のきっかけにもなった話しだ。
グロッグがエリネアを騙し、裕二がミーを殺したと信じさせた。その結果、エリネアは裕二にかなり酷い言葉を投げつけた。その後、エリネアはまともに裕二と対面せず、今に至っている。
それについては絶対に謝らなければならない、とエリネアはずっと思っていたのだ。それが今回、テリーに同行した目的のひとつでもある。
「あー、あれか。アリーに聞いてるよ。エリネアも騙されたんだろ? 別に俺は気にしてないし」
「ユージ……本当にごめんなさい。私……それ以前にも言葉が足りなくてユージを誤解させたり……」
「気にすんな。俺こそゴメン。勝手にいなくなったから、エリネアにもそれをずっと気にさせてたんだな」
「ユージが謝る事じゃないわ。だって……」
エリネアがそう言いかけた時、裕二は両手をパチンと叩く。
「その話しは終わりだ。俺は最初から怒ってもいないし、エリネアが気にする事は何もない」
「……ありがとう。ユージ」
エリネアは笑顔でそう応えた。だが、裕二は何故かそれに身構えてしまう。
――うっ! かわいい……
――裕二ハーレム、裕二ハーレム!
――ミャアアア!
――うるせえ。
笑顔の可愛らしいエリネアに一瞬狼狽える裕二。その様子を見て何かマズったのかと一緒に狼狽えるエリネア。
「ご、ごめんなさい。ユージにお礼を言う時は必ず笑顔にしろって、テリオスから何度も言われて練習させられたの。変だったかしら?」
「ふふ、お前ら何やってんだよ」
裕二はちょっと笑いながらそう答える。エリネアもつられて笑う。
だが、それで緊張も緩んだようだ。二人はその辺の岩に腰掛けた。
そして、エリネアならバチル以上に、裕二が去った後の学院の事には詳しいはず。裕二はバチルに聞いてもわからなかった部分が多いので、色々と聞いてみた。
「リサとバイツは元気なのか? 何かテリーに教わってるって聞いたけど」
「ええ、二人とも元気よ。ユージに会いたがっていたわ。テリオスには魔法や剣技、格闘とか色々教わってるの。実際に手合わせしてみると、格の違いが良くわかったわ。あの人は全てに於いて達人よ」
「まあアイツは化け物だからな」
「ダドリーやドルビー、学院長も心配してたわ。あっ、それと……コリーって子、知ってるかしら」
「コリー……誰だっけ?」
――裕二様。コリー・スパネラです。折れた杖を弁償しろと言っていた……
――あー、あの当たり屋か。
セバスチャンに説明され思い出す裕二。
コリーはグロッグに命令されて、裕二に当たり屋まがいの事をしたり、ミーを殺す為に自警団から裕二の剣を盗んだ男だ。
「彼はもの凄く反省しているらしくて、ユージに謝りたいって言っていたのよ」
「そうか……別にそれも今更怒ってないからな。グロッグとシェリルはどうなった? 学院にいないんだろ」
「ええ……そうね」
その件については何故か言い淀むエリネア。何かあったのだろうか。
「グラスコード家についてはテリオスから話されると思うの。だから、それはもう少し待って」
「そうなのか……」
少し気まずい空気が流れるが、裕二が他の話しでそれを払拭する。
「でも何でエリネアが残るんだ? 良く考えたら、今なら俺が学院に戻る事も出来るんだよな? そうすればエリネアも学院に戻れるだろ。俺も後の行動は決めてないし」
「それもおそらくテリオスについて行けばわかるわ……私じゃダメかしら」
「い、いや。そうじゃないんだけど……な、何だろうな。答えは全て谷の向こうにあるのか」
気まずさを払拭させようと、更に気まずくさせてしまう裕二。それを慌てて誤魔化す。
だが、裕二は考えていた。もしかして、この超美少女と二人、アチコチで寝泊まりする事になるのかと。それは男として、嬉し恥ずかしなんやらかんやらなのだ。
――そうなると、寝泊まり……あれ?
そこで裕二はある事に今更気づく。それは裕二たちの目の前にあるもの。
「この家、どうしたんだ。何でこんなのが谷にある?」
「これはテリオスの収納魔法で出した家よ。実際は傾かないように土魔法を併用するの」
「はあぁ、なるほど。その手があったのか」
――これならエリネアと寝泊まり出来る!
「そろそろ戻るか。さすがに眠いだろ」
「ええ、そうね」
裕二とエリネアは結構長い時間話し込んでいた。その為、既に床に就いている者もいる。
ちなみに、寝床は男性三人は一階のソファー。女性は中二階でひとつのベッドを二人で使う。ひとつはバチルとメリル。もうひとつは、エリネアとセーラ。
そのセーラは既に眠り始めていた。
そして――
――セーラ……
誰かがセーラの名を呼ぶ。
――セーラ……
それは夢の中。その呼びかけに、セーラは目を開く。
――あなたは……
そこには美しい山と森。遠くには滝が見える。そして、古く巨大な寺院のような城のような建物が見える。少し不思議なのは雲の位置がやたらと低い事だ。
その前には、真っ白なドレスを着て、背中から翼を生やす美しい女性がいる。
セーラはそれに見覚えがあった。
――時空の女神、ネメリー!
教会に飾られた絵画に描かれているネメリー。今見ているのはそれに近い。
そして、アリーとは顔が少し違うが、そのまま成長させたらこうなるだろう、と言う顔つきをしている。
――受け取りなさい。
そして、セーラは光に包まれた。