14 歴史
「では、今日はこの国、ペルメニア皇国の歴史についての授業です」
ディクトレイ先生の説明に従い、教科書を開く。
「ペルメニア皇国が建国されたのは、今からおよそ五百年前、それ以前はこの辺りいったいはペルメニア大地と呼ばれ小さな国が幾つもありました」
その小さな国は今ほど国の体の成してはいなかった。少数のコミュニティがアチコチにあった、という感じだ。
いつの頃からかペルメニア大地に魔人が現れる様になり、そこに住む人間との争いがおきはじめた。
魔人はモンスターを召喚し人間を襲い、その勢力を拡大していゆく。ちなみにそのモンスターの一部は野生化し、今もこの地に残っている。
その時代は国の力も弱く、人の力で魔人に抗う事は難しい。人間はその勢力を急激に縮小していった。
「そこに現れたのが大魔術師、ジーン・クリシュナード様です」
クリシュナードは凄まじい破壊力を持つ魔法を駆使し、魔人の勢力と戦った。多くの民はその戦う姿を見て感動し、命を助けられた者はクリシュナードに付き従う様になった。しかしペルメニア大地全土に広がってしまった魔人を倒すのは、クリシュナード一人の力ではさすがに難しい。
そこでクリシュナードは沢山の弟子を育て、その者達を魔人討伐に当たらせた。その頃には多くの国から賛同者を得ていた。そして、更に国を越えて軍隊を組織し、その者達に一時的な魔法強化を施したのだ。それにより軍隊は魔人と対等以上の力を手に入れた。
人間の勢力はそこで息を吹き返し、魔人を圧倒し始めた。そして最後に残された魔人の拠点をクリシュナードとその弟子、軍隊が破壊し、魔人との戦争を終えたのだった。
「ですがクリシュナード様は魔人との戦争でその御体を傷め、そこで自分の死期を悟ったのです」
病床のクリシュナードは自分の弟子達を集め、こう言った。
「私はもうすぐ死ぬ。だがいずれまた、この地に帰ってくる。何故なら魔人もまた、再び攻めてくるからじゃ。お前達はそれまでにペルメニアの民をひとつに纏め上げよ」
そして弟子達はクリシュナードの死後、その言葉に従い、クリシュナード正教会を作り、教会がペルメニアの各国に働きかけ、ひとつの国として纏め始めた。
「その弟子達の家系が現在、我が国の要職にあるのです。王家であるトラヴィス家を筆頭に、チェスカーバレン家、シェルブリット家、ハルフォード家、ハリスター家、ジェントラー家、マクアルパイン家など、このクラスにも何人かいますね」
――ジェントラーって、テリーの家か? トラヴィスは王家だしエリネアで間違いないな。チェスカーバレンはこの学院になる訳だ。
「ですがそれで問題がなかった訳ではありません」
クリシュナード一番の側近であったトラヴィスが王という事になったが、元の小国家の王や他の弟子が反対したのだ。その言い分は「我々はクリシュナード様に仕えるべきであってトラヴィスに仕える者ではない」という事だ。
トラヴィスも権力が欲しい訳ではなく、その言い分も充分に理解していた。むしろ彼等と同じ気持ちであったのだ。しかし国を統治する者は必要だ。なので彼等を、そして自分をも納得させる為の代案を考えた。
「私は王とは言ってもあくまでクリシュナード様の代理。この地を国として纏め上げ、クリシュナード様にお渡しするのが我々の責務。なのでここに作る国は王国ではなく皇国とします。いずれ戻られるクリシュナード様を皇王として迎えるのです」
トラヴィスは王よりも上の位、皇王にクリシュナードを据える事にした。そしてその地位を永久的なものとしたのだ。
「なので現在の法でも王は最上位者にはあたらないのです。あくまでもクリシュナード様が最上位者で、それはクリシュナード様がいてもいなくても同じ事なのです」
こうしてこの地にペルメニア皇国という国が出来た。何故クリシュナード皇国にならなかったかと言うと、クリシュナード自身がペルメニアの民、ペルメニアを国として、という言葉を良く使っていた事で、クリシュナードの意に沿おうとした結果になる。
――しかし良く考えると、そのクリシュナードってのが現れたら、魔人も現れる事になるよな。
――じゃあクリシュナードいらないねー。
――ミャアアア。
――でもクリシュナードがいなくても魔人は現れる事になるんじゃないか?
――やっぱりクリシュナードは必要だー!
――ミャアアア!
とは言っても平和な時代が長く続き、一般にそういう危機感は余りないのが現実だ。
裕二としても、この授業を聞いて特に危機感を抱く訳でもなく、あくまでもこの国の知識としての歴史、として聞いていた。
◇
「テリー」
「ああ、ユージか」
「さっきの話しのジェントラー家って、テリーの家か?」
「ああ、そうだ。でもなあユージ。歴史なんてのはいつの時代も権力者によって歪められるもんだ。話半分に聞いとけよ。あんなのは単なるテストの為の模範解答でしかないんだ」
その態度から、裕二はテリーがいつもより機嫌が悪そうに見えた。
「どうした? 何かあったか」
「い、いやすまん。ちょっと考え事してて」
そういうとテリーはいつもの状態に戻ったようだ。
「でも凄いじゃないか。テリーの家がそんな由緒正しい家とは思わなかったよ」
「まあ一応侯爵家だけど俺は関係ないよ。兄が二人いるし俺は養子だからな。家を継ぐ事はありえないし」
「そうなのか?」
「お前も養子だから立場は一緒ってワケだな」
「そ、そんな話しして良いのか?」
裕二は養子という立場でシェリルから嫌がらせを受けている。テリーも同じ立場ならそうならないとは限らない。気軽に話していい事ではないはずだ。
「ユージ、俺がそんな事気にすると思うか?」
「まあ……それもそうか」
「わざわざ言いふらしたりはしないが、別に知られたからといって、どうという事はない」
一年の首席で、あれだけの魔法を使えるテリー。更にこの誰にでもふてぶてしい態度。立場がどうあれ、テリーに突っかかる者はそういないだろう。いたとしてもテリーなら自分の力でどうにかしてしまうのは、テリー自身も周りも良くわかっている。
「そんな下らない事より飯でも食いに行くか。たまには食堂行こうぜ」
「食堂か……そうだな」
裕二は最初の頃何度か食堂を利用したが、その混み具合が嫌になり、最近は他の店を利用している。学院内にカフェや食べ物を売る店は幾つかあるので、そういう所を利用していた。
「やっぱり混んでるな」
「食堂は安いからな。金のない貧乏貴族や食事に無頓着な人間はこういう場所のが良いだろうな」
ちなみにメニューはAランチ魚、Bランチ肉、のみという感じだ。他のものがないわけではないが、注文はほぼその二つに集中する。
二人共Bランチを頼み、自分で運び空いてる席につく。
裕二としては周りの目が少し気になる、何故かと言うと、裕二とテリーは明らかに周りの注目を浴びてるからだ。
――いや、違う。俺じゃなくてテリーだ。
その視線は明らかに女生徒からのもの。しかも複数。こうなると裕二としては居ずらいのでガン無視するしかない。
――クソッ、リア充め。
という裕二の心の叫びを無視してテリーが話し出す。
「で、ユージはどうするんだ?」
「何が?」
「しばらくは武闘大会の対策になるだろ、俺が色々教えてやろうか?」
「うーん、それもちょっと考えたけど、テリーもライバルになるからな」
「ハッハッハ、手の内は見られたくないか」
「まあな。だから図書館で魔法の勉強しながら演習場で訓練だな」
「そうか、まあわからない事があったら遠慮なく聞け」
「ああ、ありがとう。早速だけど武闘大会についてもう少し詳しく教えてくれ」
「良し、まかせろ」
武闘大会のルールは、決められた範囲の中での戦いになる。そこからはみ出してしまうと負け。後は審判により戦闘不能か戦闘続行不可能とみなされると負けだ。
試合には剣や杖などの普通の武器は使用可能だが殺傷能力の高い武器や魔法は不可。剣は木剣か刃引きされた物を使用する。
対戦は学年ごとに行われ、違う学年での試合はない。一年は一年だけでの試合になるが、騎士科、魔法科の区別はない。
大会までに学年ごと八名が選抜され、大会当日はその八名でトーナメントとなる。その中の上位入賞者、一名から三名が他の学年との特別試合に参加する。この辺のルールはその時の状況により異なる。
「てなワケだ」
「なるほどな」
「俺達は魔法科だから魔法メインの戦いになるが、別に剣だけで戦っても良いんだぜ。一応授業でも剣は振ってるだろ」
「でも型と素振りばっかりだしなあ」
「まあ魔法科のしかも一年だからな。メインはあくまでも魔法だ。それさえろくに出来ない連中がいるのに、高等な剣技の授業なんてするわけがない。でもお前がやりたきゃ俺がいつでも相手になるぜ」
裕二はテリーの剣の腕は知らないが、今までの経験上かなり強いだろうとは思っている。
だが裕二にはムサシがいる。山にいる頃からムサシと練習試合をし、現在も夜に寮を抜け出し演習場で練習はしている。裕二自身どの程度実力があるか判断は出来ないが、弱くはないだろう。それに大会になれば実体化は使えないが、ムサシの憑依も使う事になるはずだ。ムサシは剣を使わなくても身体能力、防御力、格闘も優れているからだ。
それをベースに超能力と魔法を駆使する事になるだろう。
「ちなみに騎士科の生徒だからといって、魔法は使わないとは考えない方がいいぞ。騎士科の魔法授業は四属性より先に身体強化系をやるからな」
「身体強化か……興味あるな」
「まあ、そんなところだ」
「ありがとう、良くわかったよ」
と、その時ひとりの男がこちらに近づいてきた。かなりの美男ではあるが、その目は鋭く釣り上がり裕二を睨みつけている。そして制服の胸に付けられたバッチは、裕二達一年生とは色が違う。
「ありゃ二年だな、おそらく……」
テリーがそう言いかけた時、その男も口を開く。
「お前がユージか」
「そうだが」
「ふんっ、聞いてたとおり生意気な奴だ。俺の妹に色々ちょっかいかけてるみたいだが、貴様の様なゴミはグラスコード家からも学院からも追い出してやる。良く覚えておけ!」
そいつは名乗りはしなかったが、会話の内容から誰だかすぐにわかった。
シェリルの兄で二年騎士科のグロッグ・グラスコードだろう。グロッグは自分の言いたいことだけ言うと、さっさとどこかに行ってしまった。
「はあ、やっぱり兄貴もああなのか」
「やるならいつでも俺に言え、加勢してやるぞ」
「グラスコードの人間じゃなきゃ頼みたいんだがな……」
「お前も大変だな、俺は養子でも兄弟は信頼出来る人間だから、お前より恵まれてるな」
「羨ましい」
「何なら家の養子になるか?」
「なれるワケねーだろ!」
「お前なら大丈夫だ。俺が何とかしてやる」
「本気で言ってんのか?」
「もちろんだ」
「でもグラスコード侯爵には学費と生活費だして貰ってるからなあ。他にいいとこあったからそっちに行きます。とはいかないだろ」
「それもそうだな……まあ、一応そういう選択肢もあると、頭に入れておけ」
「了解……」
とは言ったが、さすがにテリーでもそれは無理だろう、と裕二は考えていた。
「もう少し早ければな……」
小さく呟くテリーの声は、食堂の喧騒に埋もれ、裕二の耳には届かなかった。