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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第三章 魔の森
137/219

137 通じた祈り


「後は任せろ。ユージ」

「テ……リー」


 裕二はそう呟くと、安心したかのように目を閉じ、気を失った。


 そこに現れたのは、裕二に勝てる唯一の存在にして最大の親友。テリオス・ジェントラー。彼の登場により、周りのモンスターは軽く一掃される。


 そして――


「ユージ! バチル! もう大丈夫よ。そのまま寝ていなさい」


 そこに駆け寄る美しい少女。彼女は真っ白なマントを翻し、二人のそばに跪くと両手をその体に向ける。


「治癒は任せたぞ。エリネア」

「ええ、わかったわ」

「しかし、これを全部、ユージとバチルでやったのか」


 テリーの見渡す谷には、千を越えるモンスターの死体が累々と転がっている。


「ケツァルコアトルが五体。あれは……リトロナクスか? 大人しく絶滅させとけば良いものを。ん?」


 残りのモンスターを確認するテリー。しかし上空には、更に五つの魔法陣が作られている。これでケツァルコアトルは合計十体だ。一体でも厄介なこの強敵に、テリーはどう対応するのか。


「俺を警戒……いや、あれに気づいたか?」


 裕二とバチルに治癒魔法をかけ続けるエリネア。その後方に、森の方から大ジャンプでいきなり降り立つ者がいる。その両肩には、セーラとバンが担がれていた。


「その二人も寝かせてちょうだい」

「わかったですニャ。てか、バチルいたー!! ですニャ!」


 セーラは投げ出されて怪我をしているがハッキリと意識があり、バンは担がれている途中で目を覚まし、辛うじて意識を取り戻している。

 そのまま二人は裕二たちのそばに寝かされた。


「ありがとうございました……あの……」

「バチル殿……ではないのか……」


 バンの目に写ったその者は、バチル・マクトレイヤにそっくりな少女。しかし、装着する革鎧やマント、武器は微妙に違う。そして何より、語尾以外の言葉遣いが全く違う。バチルよりも遥かに丁寧だ。


「話しは後ですニャ。今、テリオス様が――ニャニャ!?」


 気づくとテリーもそこにいた。

 既にモンスターを倒した、訳ではないようだ。その背後の空と地上にはモンスターが迫っているのが見える。


「アレ、倒さないですニャ?」

「ああ、アレはな」


 ――この男がテリオス……あのテリオス・ジェントラーなのか?


 バンとテリーの目が合った。そして、テリーが口を開く。


「助けは必要なかったかもな」

「な、なんだと」


 バンにはその意味がわからない。裕二とバチルは死力を尽くして戦い、そして倒れた。バンも全く戦える状態ではない。なのに今、ここにはケツァルコアトルとリトロナクスが迫っている。誰の助けもなく、これを切り抜けられるはずがない。しかし、テリーは構わず口を開く。


「俺は別件を片付けてくる。お前らは……そうだな。これからユージの力の一部が見られる。滅多にない機会だからよく見ておけ」

「あ、あの……」

「巫女のセーラ・ロウェルだな。あんたが祈ったのか。その祈りは届いたようだぞ」


 困惑するセーラに対し、テリーがそう答えながら空を指差す。そこには光り輝く何かがある。その何かは空中で両手を組み、祈るようは形をとっている。


「あれは……アリー様!」

「そう言う事だ。じゃあ俺は行く」


 そう言うとテリーはどこかへ行ってしまった。

 バンとセーラはその場に寝かされながら空を、そしてそこに漂うアリーを見つめる。


「エリネア様。いったい何が起きるですニャ?」

「私も初めて見るからわからないわ。でも、あれはおそらくネメリー。となると……」


 ――や、やはりアリー殿は時空の……いやまて。この少女、今エリネア様と……もしや、エリネア・トラヴィス王女殿下なのでは。


 宙に漂うアリーは益々光を強め神々しく輝く。そして、その祈りは谷の先、誰も辿りつけない未踏の地へ向いている。

 その間もモンスターはこちらへ迫っているが、アリーは微動だにしない。

 セーラはその光景を見守りながら、先程テリーの言った『祈りは届いた』と言う言葉を思い起こす。


「アリー様……そう言えばさっき魔力を失ったのは……」


 そして、アリーがゆっくり目を開き静かに呟く。


「おいで。チビドラ」


 途端に空の大気が沸騰しかけた水のように歪む。そして、そこに空を覆い隠してしまう程の巨大な影が見え始める。


「やはりあれは……女神を乗せて飛ぶエレメンタルドラゴン。かつての名は――」


 エリネアがその影を見上げる。そして、それが虹色に輝くと、そこに体長五十メートル、翼を広げた横幅は百五十メートルはありそうな白く巨大なドラゴンが現れた。そして、エリネアが呟く。


「ヴァリトゥーラ」


 アリーは祈りを止め、ケツァルコアトルとリトロナクスの方角を指差す。


「チビドラ。消しなさい」


『グルォオオオオ!』


 ヴァリトゥーラと呼ばれた白いドラゴン。それがヴィシェルヘイム全体に響き渡りそうな雄叫びをあげると、大きく息を吸い込む。

 そしてその口を開くと、凄まじい勢いでブレスを放った。直後、目に見える全ての物が動く。


「ニャニャニャニャ! 何ですニャッ」

「ちょ、ちょっと! こっちも飛ばされる。ロイヤルキャッスルストーン!」


 咄嗟に防御壁を張るエリネア。

 ブレスは遙か前方に放たれたのだが、その勢いは後方の大気も同時に動かし、エリネアたちはそれに引っ張られている。

 しかし、それはほんの一〜二秒で収まる。が、ブレスが止まったのではないようだ。


「エリネアだあ。久しぶりだねー」

「アリー……」


 その少し上空からアリーがエリネアたちに手をかざしている。そこから作られる特殊な結界に守られているようだ。


「ミーは元気?」

「ええ、やんちゃ過ぎて困るくらい」


 エリネアはアリーに微笑む。周りは言葉を失いつつもその不思議な光景を見ていた。それはほんの数秒だろうか。アリーも楽しそうに微笑んだ。直後、その姿はスッと消える。気がつくと、ヴァリトゥーラも消えていた。

 それと同時に静寂が訪れる。そして、眼前の風景は先程までとは全く違うものになっていた。


「こ、これは……これがユージ殿の力のたった一部でしかないのか」


 バンは横たえた姿勢から肘をつき、身を乗り出してブレスの放たれた方向を見た。

 そこにはケツァルコアトルもリトロナクスもモンスターの屍も、そして木や草、岩、土。見渡す限り谷のほとんどが砕け、削り取られていた。それは遥か彼方まで続いている。


「ふふ、さすがにやりすぎだろ。たかがケツァルコアトル如きに」


 ヴァリトゥーラのブレスが放たれた場所から遥か後方にいるテリー。そこからでも谷が削り取られたのがハッキリわかる。その光景を見て、テリーは苦笑していた。


「でもまあ、あれで三体は消えたか。残りは……」


 そこから五百メートル程離れた、数本の木が生える何の変哲もない場所。テリーはそこに注目した。



「あ、あれはヴァリトゥーラなのか……」


 誰もいない場所から声だけが聞こえる。それは焦りと恐れの入り混じったもの。


「勝てるはずがない……あんなものに……」


 何者かがそこにいる。相変わらず何も見えないが、その場所からバサッと羽ばたく音が聞こえる。そして、その音は空を登り始めた。


「知らせねば……今すぐ!」


 そこから数百メートル離れた位置にテリーがいる。そして、何もない空を見上げる。


「殺れ。シャドウ」


 その直後、空中に何者かが現れた。

 それは青黒い斑模様の肌、頭には角を生やした翼を持つ禍々しきもの。


「カハッ!」


 そこへ同時に黒い影も現れた。その形はテリーと全く同じ。まさにテリオス・ジェントラーの影と言うに相応しい存在。

 シャドウと呼ばれたその影は禍々しい者の胸を手刀で貫いている。そして、完全に姿を現したそれは地上に落ちた。


「ガッ、何だ!」


 そこには既にテリーがおり、それを見下ろしていた。


「俺の親友に手を出しておいて、逃げられるとでも思ったか」


 それは紛れもなく魔人。胸を貫かれ地面に手をつく魔人は、牙を剥き出しテリーを激しく睨みつける。


「コイツがヴァリトゥーラを……はっ! 貴様、クリシュナードか!」

「さあな。知ったところでお前には何も出来ん」


 激しく睨み合う両者。しかし、その勝敗は既に決している。


「どこへ逃げるつもりだった」

「……殺せ」


 魔人は即座に答え、目を閉じる。


「そうか」


 すると、テリーは瞬時に魔人の背後へ駆け抜ける。そして、その手には破壊された首、魔人の残骸が持たれていた。


「シャドウ戻れ」


 テリーの言葉に先程の影が反応する。そして、テリーの影に吸い込まれるように消える。


「ヴァリトゥーラまで動くなら、お前はもうユージには必要ないな」


 そう言うとテリーは裕二のいる方向へ歩き出す。



「こちらがマスカネラの公爵家、マクトレイヤの長女、メリル・マクトレイヤ様。バチルのお姉様です」

「馬鹿妹がお世話をかけて大変申し訳ないですニャ」


 エリネアの紹介を受け、両手を膝に揃え頭を下げるバチルの姉、メリル・マクトレイヤ。


「い、いえ、とんでもありません。我々は何度もバチル殿に助けていただきましたので……」


 エリネアの治療も終わり、起き上がれる程には回復したバンとセーラ。

 しかし、裕二とバチルはまだ目を覚まさないままだ。魔力がある程度回復するまでは、このまま寝かせておく必要がある。


「そして、先程の男性が――」

「ジェントラー家のご子息、テリオス・ジェントラー」

「ええ、ご存知でしたか」

「ユージ殿からも多少聞いておりましたので」


 バンとセーラは、突然現れたこの三人が誰なのかを把握した。ここにいるのはペルメニアとマスカネラ、その王族と大貴族に属する者たち。バンとセーラから見れば雲の上の存在。


「ま、まさかエリネア王女殿下とは露知らず、大変お見苦しい姿を……」

「大丈夫です。セーラ、とお呼びしても良いですか」

「は、はい。もちろん」

「セーラ、そして、バン・クルートート卿。この困難な状況で、良くユージを支えてくれました。深く感謝致します」

「わ、私なんて何も……」


 恐縮するセーラ。それはバンも同じだ。しかし、同時に周りを見渡す。そして、このいつ終わるとも知れぬ辛く苦しい戦いが、やっと終わったのだと実感する。


「何度も諦めかけたが……」

「クルートート卿……」

「ご無事で何よりです。セーラ様」

「はい! クルートート卿も」


 セーラもその言葉で全て終わった事を実感する。エリネアとメリルもそれを見て微笑んだ。

 そこへテリーが戻る。そして、裕二の状態を確認してから全員へ目を向ける。


「今日いっぱいはこの二人を動かせられないな。ここで野営だ」


 しかし、その言葉にバンが異論を唱える。


「お、お待ち下さいテリオス殿。私は森に聖堂騎士団を置いてここにいます。戻って彼らを――」


 バンは野営について反対しているのではなく、自分の置いてきた聖堂騎士団の身を案じている。眠らされた状態で放置されているのだから、自分だけでも戻って救出したい、と思うのは当然だろう。

 しかし、その言葉をテリーが遮る。


「それなら大丈夫だ。ラグドナールの部下が既に回収している。全員無事だ。ラグドナールが馬鹿じゃなければ今頃シェルラックに戻っているはずだ」

「ほ、本当ですか!」


 それを聞き安堵の表情を浮かべるバン。しかし、テリーは言葉を続ける。


「だが、聖堂騎士団団長、バン・クルートート。そしてクリシュナード正教会の巫女、セーラ・ロウェル。二人はどうする。ここまで来てしまった以上、今までと全く同じ生活は出来ない」

「えっ?」


 驚いて声をあげるセーラ。一方のバンはそれほど驚いた様子はない。


「この先、俺やユージとともに行くか。それとも行方不明者となりひっそり暮らすか。戻るのなら、今見た事は全て忘れろ。でなければ、ペルメニアの宮廷諜報団がお前たちを拘束するだろう」


 テリーはひと呼吸置いて、話しを続ける。


「もちろん、これまでユージを支えたのだから、命の保証はされるが、しばらくの間、自由は保証されない」

「そ、それはいったい……」


 どうして良いのかわからないセーラ。しかし、バンは何故テリーがそう言うのか、薄々感づいている。そして、顔を上げ、意を決してテリーに問う。


「ユージ殿は…………クリシュナード様なのですか」


 それに対し、テリーは即座に答えた。


「そうだ。本人はまだ知らんがな」

「!!」


 あまりの驚きに声すら出せないセーラ。しかし、バンは落ちついて考える。そしてセーラの方を向き、ゆっくりと口を開く。


「セーラ様。私はどのような選択でもセーラ様に従います。お決め下さい」


 しばしの沈黙が訪れる。そして再びバンが口を開いた。


「おそらく、我々は事の成り行きを黙って見ているか。それとも事の成り行きの一部になるのか。それを決めねばならないのです」


 裕二がクリシュナードなら、今までの事も全て納得出来る。もちろんわからない点も多々あるが、そんなのは些細な事だ。だが、自分が行って何になるのか。セーラは先程もただ、祈る事しか出来なかった。行っても意味がないのではないか。セーラはそう考える。


 しかしそれでも――


 ――行きたい……私も。


 そこで、エリネアが立ち上がりセーラを見据えた。


「おすすめはしないわ。けれど、ユージと、クリシュナード皇王陛下とともに在りたいのなら、トラヴィスはそれを否定はしません」


 裕二とともに在りたいのなら。セーラはそれを聞き考えるのをやめた。そして、深呼吸をしてから、スッキリとした表情で答える。


「私も行きます」


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