13 エリネアのプライド
テリオス・ジェントラーの登場によって、裕二を取り巻く状況に少し変化があった。
まず周りの生徒だが、表向きには何も変わらない。しかし驚異的な火魔法を使った事と、テリーと対等にしている様子を見て、密かに一目置いてる人間も多少だが増えた。
次にマーロ・デンプシー。
彼は表面上裕二に謝罪したが、今でも裕二の事が嫌いだ。しかし自分に対して全く怯まない裕二、そしてテリーが裕二と仲良くなった為、裕二を避けている。だがそれより問題なのは、前回の件でシェリルに嫌われた事だろう。当分はびくびくしながら暮らすしかない。
そしてシェリル。
裕二の傍らにテリーがいる事が多くなった為に、裕二に対してあからさまに文句を言う事は減った。だがその場合、裕二など眼中になく、テリーばっかり見ているという状況だ。裕二に対し、遠巻きに睨み付けたり、嫌みを言うのは変わらない。
最後にエリネア。
彼女の態度は変わらない。テリーの事は間違いなく嫌いだが、裕二に対しては、その驚異的な火魔法に対する対抗心という感じが強い。もちろん好きという事は現時点ではあり得ない。どちらかと言えば嫌いという感じだろう。
そして数日後。再び魔法実技授業が行われる。裕二とテリーは演習場へ向かった。
「やっとユージの魔法が見れるな」
「あまりプレッシャーかけるなよ。そんな大したもんじゃないし」
「そういや火魔法しか使えないと聞いたが、それなのに話題になるって事はかなりのもんじゃないのか?」
「だからプレッシャーかけるなっての。他の魔法は一応使えるようにはしたよ」
「ほう、こいつは楽しみだ」
今回実技で使われる的は前回壊したからだろうか。かなり頑丈な作りの物が用意されていた。とは言ってもいくつかに班分けされ、頑丈な的を使うのはその中の一グループだけだ。それ以外は通常の的を使う。
その頑丈な的を使うグループは、エリネア、シェリル、テリー、裕二となる。裕二としては嫌な組み合わせだが、ディクトレイ先生が決めたので仕方ない。
「テリー! 同じ班で良かったわ。うまくいかない部分もあるからアドバイスしてほしいの」
と、シェリルだけは喜んでるようだ。
しかし――
「シェリルさん。大声ではしゃぐのは後になさい。今は授業中です。そんな大声を出されたら他の生徒は気が散ってしまいます」
「も、申し訳ありませんでした。エリネア様」
エリネアは淡々とシェリルに注意するが、裕二とテリーには全く目も合わせようとしない。まるで二人の存在がないかのように振る舞っている。
テリーも裕二も想定済みなので気にしてはいないが。
実技の順番はシェリル、エリネア、裕二、テリーとなっており、前回同様、火魔法から始める。
最初にシェリルが魔法を放つ。その表情はいつもの憎らしさは影を潜め、真剣そのものだ。一応真面目なところもあるらしい。
杖を構えてから高速で術式を唱え、的に火球が放たれる。その威力は前回と変わらないが、頑丈な的に穴を開けたり壊したりまではいかない。それでも他の生徒からみたら、成績上位者の貫禄は漂わせている。
「あーん。テリー、どうだったかしら。あなたのアドバイスがほしいわ」
「大変素晴らしい魔法でしたので、アドバイスの必要はありませんね。シェリル様」
「そ、そうかしら。嬉しいわテリー!」
――裕二。あのバカ女、あしらわれてる事に気づいてないよー! やっぱりバカなんだよー。キモいんだよー。
――ミャアアアア!
――頼むから今は笑わせるな。
アリーはチビドラの背に乗りながら言いたい放題だ。しかし、こうしてタルパ達が怒ってくれるので、裕二としてはあまり怒りを溜めこまずに済んでいる。
エリネアの番になり、こちらも前回同様と思いきや。詠唱に少し溜めがある。そして放たれた火球は的の一部を燃やして破壊する。的が違うので単純比較は出来ないが、前回より威力は上がっているようだ。おそらく発動速度を犠牲にし、威力を増したのだろう。工夫と努力の跡が見える結果だ。裕二はエリネアの事があまり好きではないが、こういう部分は評価できると感じている。それを本人に言う事はないだろうが。
そして裕二の番だ。
裕二としては前回と同じようにやるつもりだ。もっと威力を上げる事はできるが目立ちすぎても困ってしまう。
そして裕二が的に向かうと、今まで完全無視していたエリネアが裕二の背後に立ち、その様子をじっくり伺う。
――良し。
しかし裕二には先程のエリネアの努力を見た気負いがあったのか、前回よりも威力を向上させてしまった。とは言っても前回の三割増し程度だ。
火球は的に当たり、その全てを燃やし尽くす。
裕二が振り替えると、エリネアと目が合った。その目は裕二をいつも以上に睨んでいるが、エリネアはすぐに目をそらす。
「やるじゃないか裕二。あれだけ出来れば他の魔法が使えなくても、充分魔術師として通用するぞ」
「そうかな。ありがとう」
テリーは裕二の背中を叩きながら笑顔で褒め称える。
「さて、俺の番か」
テリーが的の前に立ち、詠唱もなく、おもむろに手を振り上げる。その瞬間、テリーの少し前から火球ではなく、チビドラが本来使うファイアブレスのような火炎が放射された。それは広範囲から絞りこむように的に集約され、一気に燃やし尽くす。
――ああいうのアリなのかよ! つーかチビドラ並みじゃねーか? まだ余裕ありそうな顔してるし。
――ミャアアアア!!
――僕の方が凄いってさー
「凄いわテリー! さすがよね」
というシェリルを無視して、テリーは裕二に顔を向けた。
「どうだ裕二。俺もなかなかだろ?」
「ああ、かなり驚いたぞ。しかもまだ全力じゃないだろ?」
「それはお前も同じだろ」
この会話を聞いているエリネアは、下を向き唇を噛みしめていた。
◇
順番も一巡し、次は水魔法になる。
するとそこへディクトレイ先生がやってきた。
「ユージ、君は他の魔法が出来ないんだったな。そのまま火魔法の練習でも構わないぞ」
「いえ、他の魔法も何とかできるようになったので普通にやります」
「おお、そうなのか。君は努力家だね」
水魔法、風魔法についてはエリネア、シェリル、裕二にほとんど差はない。セバスチャンがそれくらいの威力になるよう術式を調整したからだ。しかし裕二の場合は無詠唱となるのでエリネアとシェリルより上位に見られるだろう。
そして肝心のテリーは凄まじい勢いの圧縮水球、森の木々を薙ぎ倒しそうな風圧を起こす。
テリーの実力は裕二が当初考えていたよりも遥か上だった。
それでも裕二にはムサシとリアンという戦闘特化型タルパが控えているので、純粋な戦闘ならテリーに負けない自信もある。
――でもさすがにリアンは出せないな。
――テリー死んじゃうよー。
――ミャアアアア!
何度か同じ事を繰り返し、授業も終わる。
裕二とテリーが帰ろうとすると、シェリルが何とかテリーを裕二から引き離そうと努力するが、ほとんどテリーに無視される。
そこへエリネアが声をかけてきた。
「待ちなさいユージ!」
裕二とテリーが驚いて振り替える。ついでにシェリルも振り替えった。
「火魔法は相変わらず見事です。しかし覚えたての水魔法と風魔法。慣れないうちから無詠唱を行使するのは感心しません。しっかりと段階を踏んでいくべきです。ですが……数日で魔法を身に付けたその努力は、チェスカーバレン学院トップクラスに相応しいものです。……前回の発言は取消します」
そう言うとエリネアは三人を追い越して走っていった。
「やれやれ。真面目すぎる姫様にも困ったものだな。しかしあれで精一杯、裕二を認めているんだろうな」
「……」
裕二はテリーに無言で答える。
「ねえねえテリー。この後カフェに行きましょうよ。新作ケーキが出来たんですって」
――バカ女は空気読めないねー。
――ミャアアアア。
◇
裕二は寮に帰りセバスチャンと勉強をしている。そしてアリーとチビドラはその近辺をプカプカ浮いている。
「授業だけだと情報量が少ないよな。基本属性の初歩だけだろ」
「確かにそうですね。今後は図書館も利用してみますか?」
「そういやあったな。今度行くか」
裕二にとって、今使える魔法は超能力やタルパに比べると大したものではない。実際の戦闘なら魔法は使わないだろう。魔法を使うなら、最低テリー位の実力はほしいところだ。
「まあそれでもリアンやムサシにはかなわないか」
「リアンみたら王女様もたまげるんじゃない?」
「ミャアアアア」
「ああ、エリネア姫ね。あれだけの美少女なのに、あの性格はもったいないよな」
「テリー様の言う通り真面目すぎるのでしょう。それに負けず嫌いもありますしね」
「だな。しかしさあ、この国ってペルメニア皇国なのに何で王女なんだ? 皇女じゃないんだな」
「そう言えばそうですね。確か皇帝ではなく、王様が統治してるはずですが」
「まあいいか。そのうち授業で習うだろ」
◇
裕二は学院生活にも慣れてきた。それはひとえにテリーがいてくれるお陰もあるだろう。相変わらず他の生徒は裕二を無視しているが、敵対的な雰囲気は一部の生徒だけになっている。とは言ってもシェリルが何か仕掛けてくれば、この構図も崩れてくるだろう。何故ならシェリルは裕二にテリーを取られてる事に腹をたてているからだ。
「ユージは課外活動はしないのか?」
テリーが裕二に尋ねる。そう言えば最初に学院を案内された時、その辺も説明されていた。
「興味ないな。そんな事するならバイトでもやりたいよ」
裕二は学院に入る際、グラスコード侯爵から毎月充分な小遣いをもらえている。ひと月毎にマレットが様子を見にきてその時お金も渡す。
だがその程度は裕二も自分で稼ぎたいと思っていた。あくまでも他人なのだから、いつまでも世話になっている訳にはいかない。
「バイトか。なら自警団はどうだ? 一応給金も支給されるぞ」
「そうなのか?」
チェスカーバレン学院の自警団は元々ボランティアで始まったが、学院生の能力の高さから様々な場面に活躍の場を広げていった。その結果、軍隊に準ずる権限と待遇を領地と学院から受けている。
危険な任務も当然あるので、場合によって高い給金も支払われるようになった。
「でも巡回とかもあるんだろ? 面倒だな」
「予備団員も募集してるぜ。必要な時だけ召集されるんだ。まあ予備団員でも入団試験は厳しいらしいがな。裕二なら大した事ないだろ」
「まあ考えとくよ」
「そうは言っても三ヶ月後には武闘大会があるからな。入賞したらスカウトはくるぞ。ユージは入賞の可能性高いから良く考えておけ」
「スカウトもあるのか……いや待て、入賞の可能性はテリーの方が高いだろ。お前どうするんだよ」
「ユージがやるなら俺もやるよ」
「何だよそれ。主体性のない奴だな」
――しかし武闘大会か。見せられない能力もあるから、出来ることの幅は広げておいた方がいいな。