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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第三章 魔の森
126/219

126 敵か味方か


「何なんだこれは……」


 裕二の感じた巨大な気配。直後に森全体がざわめきだす。

 それは何かが森で動く音。それがアチコチから聞こえる。一体ではない。複数だ。それもかなりの数。


「今のは……仲間を呼んだのか!」

「そうニャ」


 真剣な表情で答えるバチル。


 今まで単独で行動すると思われていたキマイラ。しかし、最後まで追い詰められるとそれも違ってくる。

 キマイラは最後の最後に仲間を呼んだ。誰もそれを知らなかった。キマイラがそんな行動をするとは思わなかったのだ。


 シェルラックが今まで倒したキマイラは、強化うんぬんにかかわらず、頭を完全に潰すか首を落とすかして倒されていた。

 しかし、今回は違う。

 キースたちはキマイラが倒れると首を取らず、頭も潰さず負傷した仲間に駆け寄った。その結果、声を出せる状態で放置してしまった。それがキマイラに仲間を呼ぶ隙を与えた。


 おそらくバチルもそこまで知らなかった。だが、感覚的にそうしなければならない事は知っていた。だからバチルはジンジャーにも完全に刈り取れ、と言っていたのだ。


「この気配、十や二十ではないな。百は越えとるじゃろ」


 鋭い目つきで腕を組むメフィ。そして、それは森を走るたくさんの音となり、他の者たちにも伝わる。

 おそらくキマイラの咆哮が届いた全ての範囲。そこにいたキマイラがここに集まりつつある。

 崖に囲まれたホローへイムなら、その咆哮は崖に反射し全域に伝わっているはず。つまり、ほぼ全てのキマイラがここに集結するのだ。


「これ、結界外から強化してますね」

「じゃろうな」


 そして、咆哮を聞いた瞬間に戦闘態勢になってもおかしくはない。それは、結界の外から強化しながらやって来る事を意味する。

 現在の観測結果ではホローへイムのキマイラはおよそ二〜三百。だが、実際はもう少し多いだろう。その数のキマイラが強化された状態でこちらへ向かっている事になる。

 到底防ぎきれる数ではない。


「どうするユージ。やるしかないが、無傷では逃げられんぞ」


 初めから勝利など期待出来ない戦い。完全に撤退戦だ。如何にして逃げるか。それを考えなければならない。

 しかし、強化されたキマイラとまともに戦える者など限られている。

 それはおそらくメフィ班の五人だけ。


「ジンジャー! エムオール! 来い。ラグドナールはさっさと撤退させんか! キマイラの大群が来るぞ!」

「な、なに!」

「荷物など構うな。一気に降下地点まで走れ!」

「わかった。全員撤退! 急げ!」


 キマイラは西から来る。ジンジャーとエムオールはメフィたちに合流。メフィ班がキマイラをせき止め、調査隊はロープの張られた降下地点のある東へ、逃げる為に走り出す。


 その東の空を見た時――


「お、おい。あれは……」

「ワイバーン! ふざけんな、こんな時に」


 そちらからは東の空を埋め尽くす程のワイバーンが飛んでくる。その様子は普段と違い、かなり勢いがある。


「こっちに来るぞ!」


 全てのワイバーンの視線はこちらへ向いている。遠くからでも良くわかる。それはひとつの巨大な意志のようにも感じられる。奴らの目的地は確実にここだ。その射程範囲に入れば容赦なく刈り取られるだろう。


 西からはキマイラ。東からはワイバーン。これでは逃げ場がない。


 調査隊のメンバーはオロオロするばかりでどうにもならない。


「戦うしかないのか……」


 ラグドナールが地面に手をつき呟く。しかし、どう足掻いても勝ち目はない。調査隊はここで全滅するのか。


「くそ! どうする。どうすれば良い!」


 逃げても戦っても殺される。キマイラと戦えば背後からワイバーン。ワイバーンと戦えば背後からキマイラ。もう彼らには何も出来ないのか。ここで殺される以外の選択肢があるようには思えない。


 しかし、その時。裕二が口を開いた。


「俺がやる……俺がひとりでキマイラを止める。他の人はしばらくワイバーンを何とかしてくれ」

「な、なんじゃと!」


 裕二の言葉にメフィが驚きの声を上げる。いくら裕二でもそんな事が可能なのか。それとも、自分の身を盾に仲間を逃がすつもりなのか。


「如何に裕二が強かろうと、あの数のキマイラでは――」

「大丈夫ニャ。ユージニャら出来るニャ! ワイバーンは私が叩き落としてやるニャ」


 メフィの言葉を遮るバチル。そんな事は信じられないと言った表情のメフィ。だが、バチルの表情には不安など微塵も感じない。裕二にも何か考えがあるように見える。メフィはそれを見て薄っすらと笑った。


 ――ふっ、不思議な奴らじゃ。何かあるのじゃな。今はそれに賭けるしかないか……


「わかった。それで行こう。ジンジャー、エムオール。良いな!」

「おう!」

「仕方ない。やるか」


 裕二は西を向き、メフィ、ジンジャー、エムオール、バチルは東を向いた。


 先にこちらへ辿り着くのはキマイラだ。その先頭が見えてきた。その中の数体はかなり先行している。


 ――あそこが防衛ライン。やっぱ出すしかないか。


 裕二ひとりではまず間違いなくどうにもならない。

 一体なら、何とかなるかも知れないが、同時に数体来たらさすがの裕二も死ぬ可能性がある。

 しかし、それは裕二ひとりならば、の話しだ。

 裕二によって生み出された強力な戦闘特化型のタルパ。その二人を出せば状況は変わる。

 だが、それは同時に裕二の秘密をここにいる全員に見せる事になる。


 ――また、森の生活に逆戻りだな。それでも――


 裕二は背後のメンバーをチラリとだけ見た。


 ――彼らを守れるなら。


「リアン! ムサシ! 行け!」


 裕二の声に背後を振り返るメフィたち。そして、その光景を見ていたのは彼らだけではない。ラグドナールとシャクソンの隊、全員がそれに注目する。


「なっ! ……あれはいったい」

「何だあの怪物は!」


 アチコチからそんな声が聞こえてくる。

 調査隊全員が見守るなか、裕二の遥か前方に二メートル近い全身鎧の者と三メートルはあろう、アンデッドのような化け物が現れた。


「後ろを見るな! そんな暇はないぞ!」


 メフィの言葉に全員がハッとする。今はそれよりもやらなければならない事がある。


 ――こっちはさっさと終わらせて、リアンだけでもワイバーンの方に回さないと。


 リアンを中央に裕二とムサシが左右に別れる。そして、リアンのガトリングガンとグレネードランチャーが同時に動き出す。

 

「何だあれは……何なのだ!!」


 シャクソンが驚愕の表情で声を上げた。あんな物は見た事がない。いや、想像すらした事がない。

 裕二の号令で現れた化け物。巨大で頭が後ろに伸びた骸骨。血のように真っ赤な鎧を装備し、両肩には二つの武器を載せているが、その攻撃は魔法なのかそうでないのかすらわからない。

 その武器から、高い回転音と同時に何かが発射される。

 それは先行するキマイラも後ろのキマイラも関係なく骨と肉を超高速で削り取る。


「良し、いける。戦えるぞ」


 裕二が呟く。


 その攻撃に晒されたキマイラは体を削られながら小刻みに振動させる。どう見ても生きてるものの動きではない。

 もう一つの武器からも何かが発射され、そちらはキマイラを一気に砕いてゆく。そこにいるなら、生きていようが死んでいようが関係ない。生き物は肉塊へ、肉塊は更なる肉塊へと変貌する。

 それが一度に、広範囲に行なわれているのだ。

 その化け物の前に立つキマイラはそこへ到達する前に、砕けるか削られるかの二択を迫られる。そして、二度と立ち上がる事はない。


「アイツは何者なんだ……」


 シャクソンの理解を遥かに越える化け物。裕二は間違いなくそれを使役している。それをする者とはいったい何なのか。

 

「ユージ……お前はいったい」


 それと同じ事をラグドナールも思っていた。


 しかし、防衛ラインに迫るキマイラは更に増える。中にはそこを突破しそうなキマイラも出てくるが、リアンの取りこぼしはムサシが片付ける。

 強化されたキマイラの動きを遥かに上回るムサシ。その銀色に輝く体は流星さながら一直線にキマイラへ向かう。そして、片側の前足、後ろ足、大蛇を一気に斬り裂く。

 その勢いのまま地面を蹴り反転し、動けなくなったキマイラの首を刈る。その早さは一体につき約三秒。圧倒的な強さだ。

 裕二も防衛ラインを突破しそうなキマイラにメテオストリームを放つ。


 しかし、数で勝るキマイラ。まだまだ結界の外からこちらへたくさん集まってくる。

 裕二たちはその出鼻をくじいたに過ぎない。


「すげぇ……あれはユージの仲間なのか?」

「後にしろジンジャー! 来るぞ!」


 そして、問題は東の空から迫るワイバーン。そちらはキマイラより少し遅れ戦闘態勢に入ったようで、急降下を始めた。最早戦闘は避けられないだろう。


 あんなものをどうやって防げば良いのか。ここにいる誰もがそう思った。


「私が魔剣ニャンウィップで引きずり下ろすニャ。それを攻撃ニャ」

「なるほどな。では他の者はワイバーンの死体の下に隠れろ」


 まずはワイバーンを何とか倒す。数体なら何とかなるかも知れない。その死体の下に隠れればワイバーンの目もごまかせる。おそらく防御力も高いので、仮に攻撃されてもワイバーンの死体が自分たちを守る。

 上空からの攻撃なら、これで何とかなるかも知れない。


 だが、最初はかなりキツイだろう。何しろワイバーンはまともな交戦記録がひとつもない。どう戦えば良いのか全くわからないのだ。

 とりあえずはバチルの魔剣ニャンウィップに賭けるしかない。


 裕二は既に戦闘を始め、こちらも戦闘が始まる。


「ニャ?」


 しかし、そこでバチルが何かに気づく。その視線は相変わらず上空のワイバーンに向けている。


「違うニャ」

「な、何がだ。もうこっち来やがるぞ」

「いや、待てジンジャー……」


 メフィも何か違和感を感じたようだ。その間もワイバーンは確実にこちらへ向かって急降下している。

 だが、よく見るとほんの少し到達地点がズレているように見える。その正確な到達地点は――


「後ろ……キマイラの防衛ラインか!?」


 メフィが叫んで後ろを振り向いた瞬間、強烈な風がそこを通り抜ける。

 頭上を先頭のワイバーンが通り過ぎた余波だ。


「見ろ!」


 その直後。ワイバーンの巨大な鉤爪がキマイラの背中、翼の部分をえぐりながら掴み取る。そして、そのまま高空へ一気に持ち上げた。

 後から来たワイバーンも同じようにキマイラを掴み、高空へ持ち上げる者、そのまま地面に引きずり回す者もいる。

 高空へ持ち上げられたキマイラは、そこから下に落とされ地面に叩きつけられる。そして、落ちた直後すぐに別のワイバーンが同じ事をする。

 キマイラも大蛇の炎で抵抗を試みるが、ワイバーンに効いてる様子はない。掴まれている間、他の攻撃は出来ないだろう。

 そして、その力はキマイラを大きく上回る。勇猛なキマイラは逃げる事はせずワイバーンに立ち向かうが、機動力と連携の差であっさり掴まれてしまう。


 キマイラと戦っていた裕二も、これには驚いた。


「どうなってんだ?」


 そこへアリーが声をかける。


 ――裕二。チビドラが指揮するってさ。

 ――なに!? チビドラ? 指揮って何を?

 ――ミャアアア!


 そちらにも驚いた裕二。そこへセバスチャンが口を挟む。


 ――裕二様。チビドラはドラゴン。もしかすると……

 ――ドラゴン……そうか! なるほど。良し、チビドラ行け!


「ミャアアア!!」


 チビドラが上空に現れた。相変わらず小さい。

 だが、チビドラが現れると滞空しているワイバーンが集まりだす。


「ミャミャ!」


 ワイバーンの群れはチビドラを先頭に巨大な生き物のようになって動き出す。そして、キマイラへ向かっていった。


「ミャアアア!」


 先程より数倍勢いを増したワイバーン。まるでイナゴの群れのように、そこにいるキマイラを刈り取って行く。

 高所から落とされ、頭を砕かれたキマイラは、更に別のワイバーンから地面に引きずり回され体がバラバラになり、おろし金のように削られて行く。


「おいババア。あ、あれもユージがやってんのか……」

「わ、妾もわからん」

「先頭に赤いのがいるな。あれは確かにユージから放たれた。何かはわからんが」


 ジンジャー、メフィ、エムオールも良くはわかっていない。ただ目の前の光景に圧倒されるばかりだ。


「ニャッハッハッハ。あの鎧マンは見たことあるニャ。ユージの手下ニャ」

「そ、そうなのか?」


 バチルの言葉に驚くメフィ。

 かつてチェスカーバレン学院のあるスペンドラの路地裏。バチルはそこでセバスチャンと白虎、そしてムサシを見たことがある。が、それについては今の今まで忘れていた。なのでムサシがどう言う存在なのかは知らない。手下と言ったのはもちろんテキトーだ。と言うかバチルにとってはどうでも良い事。


「普通のオッサンとチビのお父さんもいるニャ」

「なんじゃそれは?」


 そして、裕二たちの守る防衛ラインにほとんどキマイラは来なくなった。

 数で言うとキマイラは約三百。ワイバーンは約五百。その倍近い数と圧倒的な航空戦力にキマイラは手も足も出ず、数も差が開き始めた。ワイバーンは予想以上に強かった。

 チビドラが率いるワイバーンが通った後には、キマイラの屍がゴロゴロ転がっている。生きていても体はバラバラだ。

 いつしか裕二、リアン、ムサシは防衛ラインに立ってるだけ、となっていた。


「一体抜けてくるぞ。リアン」


 リアンも既に攻撃はやめている。そこへ襲いかかる一体のキマイラ。しかし、リアンはそれに見向きもしない。ムサシも全く動かない。

 勢いに乗ったキマイラは躊躇する事なくリアンに飛びかかる。


「えっ! マジで」


 リアンはキマイラの頭を掴み片手で止めた。必死にもがくキマイラ。リアンはその手に生えた長い爪で、キマイラの頭部を握りつぶしながら捻り取る。そして、同時に体はガトリングガンで蜂の巣にされる。

 その間、リアンはキマイラに一瞥もしない。邪魔な枯れ枝を折って捨てた。その程度の動作にしか見えない。


「さ、さすがに強いな。片手かよ」


 裕二でさえ驚くリアンの圧倒的な強さ。良く考えたらリアンは戦闘開始位置から動いてすらいない。


「あ、あ、あ、あれ……片手だぞ。グシャって、爪の……指で……キマイラが」

「落ち着けジンジャー。何を言ってるかわからん」


 防衛ラインの後ろにいる者はジンジャーと同じように、その凄まじい光景に目を見開き、口をポカンと開けて眺めているだけだ。

 しかし、最初はどの様に逃げるか。そう考えていた者たちも、ここまで来れば助かると確信する。最早勝つのは時間の問題だ。多くの者が安堵の表情を浮かべ始めた。


 しかし、ひとりだけそうではない者がいる。


 ――その為のワイバーンか……くそ! まさか、ここまでやれるとは。だが、これでは終わらない!


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