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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第三章 魔の森
123/219

123 同じ魔法


 ワイバーンと遠距離で遭遇した調査隊。もちろんあんなのとは戦えない。

 今は彼らを刺激しないよう、ワイバーンとは逆方向へ歩き出す。

 幸いにもこちらを追いかける様子はなく、調査隊の予定は多少狂ったが別の観測地を設営した。攻撃班はその警備にあたる。


 メフィの率いる攻撃班を一班とすると、調査隊には他に二つの攻撃班がある。

 ここまでの道中、何度か普通のモンスターとも戦闘は行われたが、キマイラと戦ったのは一班だけだ。

 二班のリーダーはドリスと言う四十代くらいの女性魔術師。黒いフード付きマントを装着しており、見た目はメフィよりも歳上に見える。しかし、人間なので二百歳を越えてはいないだろう。

 三班のリーダーはエイハブと言う男性の剣士。フルプレートを装備した若者だ。ラグドナールよりやや歳上だろう。

 メフィ、ドリス、エイハブの三人は寄り集まって班長会議のようなものを開いている。


「メフィはどう思うのかしら。正直な意見が聞きたいわ」


 ドリスがメフィに何かを訊ねている。


「色々検討したっすけど、やはりユージ並みの攻撃力は捻り出せないっすよ」


 メフィが答える前に、エイハブがドリスの言葉に自分の意見を付け加える。


「妾もお前らの班では二班合同でもキマイラに勝つのは難しいと考えておる」


 彼らも調査隊に選ばれた精鋭。シェルラックでは上位に入る戦力と考えられている。しかし、実際にキマイラを見て、裕二達の戦闘を見て、自分たちが勝利出来る要素がない事に気づいた。

 最初のうちは一班にライバル心さえ燃やしていたが、いざ蓋を開ければあまりにも違う。

 裕二たちの見せた戦闘は、決定的な攻撃力でキマイラを打ち破ったが、彼らの班にはその決定的な攻撃力も拘束力も足りていない。

 現状ではキマイラと戦えないのだ。


「今、人が減るのは困る。しばらくは妾の班が矢面に立つしかないであろう」


 調査隊全体が自信を失いつつある。

 キマイラ一体にさえ勝てないかも知れない。それなのにここには多くのキマイラがいる。それだけではなく、ワイバーンの脅威さえありそうな状態。


「後はホローへイムに砦でも作るしかないっすねえ」

「一応飛べるキマイラにそれが通じるとは思えんがな」


 そして、既に万策尽きた感さえある。


「やはりユージの言う疑似強化の解除しかあるまい」


 しかし、これもキマイラが強化されていると仮定しての話しだ。現在はそれが事実かどうかもわかっていない。もしもそれが強化ではなく、キマイラが本来の力を出してるだけ、だとすると全く意味がない。


 話しを終え、再びその件を裕二と相談しようと歩き出すメフィ。

 観測地の外側でひとり警戒する裕二に近づくと何か別の気配を感じ取る。

 裕二もそれに気づいたようだ。その方向へ目を向けている。メフィは即座に裕二の隣へ並んだ。


「キマイラではないな。普通のモンスターか。もう少し近づくぞ」


 メフィの感じる気配はこちらへ来る様子はない。警戒心の強いモンスターだろうか。

 慎重に近づくメフィと裕二。やがて数十メートル先にモンスターが見えてきた。


「なんだアレ?」

「サトリじゃな。あれも珍しいモンスターじゃ」


 サトリと呼ばれたモンスター。

 見た目は人よりやや大きく、背筋を伸ばした二足歩行の猿っぽいモンスターだ。同じ猿系のホワイトデビルとは見た目がかなり違う。


「これ以上近づくな」


 メフィがそう指示する。サトリも既にこちらに気づいているようで、ジッとこちらを見ている。即座に襲ってくる気配はない。

 そして、裕二が立ち止まると同時にセバスチャンの声が聞こえる。


 ――何か魔力を発してますね。メフィ様はそれを警戒しているのでしょう。


 それを聞き裕二は視界を切り替える。

 確かにサトリから魔力が広がっている。それはゆっくりとこちらへ向かっていた。見た目にはお互い様子を窺っているように見えるだろう。しかし、戦闘は既に始まっていたのだ。


「魔力がきます」

「じゃな。奴は幻覚を見せる。距離を保ちつつ倒すぞ」


 メフィは弓を用意してサトリに向けた。

 白く美しい弓に矢を引き狙いを定めるメフィ。その優雅な姿から力強い攻撃が放たれる。


「カッ!」


 サトリが叫んだのか、それとも頭が砕けた音なのか。メフィは一瞬でサトリを仕留める。同時にこちらへ近づく魔力は霧散して行く。


「強くはなかったですね」

「うむ、サトリは攻撃力、防御力ともに低い。じゃが、幻覚を見せられると厄介じゃ」


 サトリはその魔法によって相手を無力化し、その後に攻撃したり撤退したりするのだろう。強さだけが全てではない。こう言った知恵があるからこそ生きていける。そう言うモンスターもいるのだ。


「でも幻覚って、かなり高等な魔法じゃないですか?」

「そうじゃな。故にサトリは森の賢者とも呼ばれる」

「森の賢者……」


 裕二はその言葉に違和感を感じた。

 チェスカーバレン学院入学時。裕二はリシュテインの幻術を見た事がある。

 煙を依代に精霊で実態のない幻を形作る高等魔法だ。それは予め面倒な準備と、複雑な術式を必要とする精霊魔法。それと同等の魔法が使えるなら、確かに森の賢者と言える。

 しかし、サトリの使う幻覚とそれは根本的に違うと思われる。その魔力を視認していた裕二には、それ程のものとは思えない。


 ――どちらかと言うと、キマイラがやってた魔力の発散に近い……いや! ほとんど同じじゃないか?


「どうしたユージ?」


 下を向き腕を組んで考える裕二。その視界には地面が映る。


「…………あれ? 地面……」


 メフィによると魔法を使うモンスターは少ない。使えてもそれは複雑な術式を必要としない感覚魔法。すなわち超能力に近い。


 裕二は地面にしゃがみ、そこへ手をかざす。そして、ほんの数秒してから手のひらを見た。


「わかった……こう言う事か」



「なに!? それは本当か」


 ラグドナールが驚きの声をあげる。


 裕二とメフィはすぐに観測地点に戻り全員を集めた。そして、裕二の気づいた事を説明し始めた。


「妾も試した。一切の矛盾がない」

「じゃあ、それでキマイラの強化を解除出来るのか?」

「そうではない。解除ではないのだ」


 ラグドナールの問いにメフィが答える。しかし、キマイラの強化を解除しなければ勝てる見込みはないのではないか。誰もがそう思う。


「まずは実演しますので見てください」


 裕二はそう言うと、先程と同じように地面に手をかざす。そして、数秒してから手のひらを全員に見せる。


「それがなんだってんだ?」

「良く見んか、愚か者!」

「るっせえな……」


 メフィに怒られたジンジャーはもう一度、裕二の手のひらに注目する。


「なんだこれ?」


 裕二の手のひらはしっとり濡れ、水滴が付いている。


「これは複雑な術式を必要としない感覚魔法。地面から水分のみを水蒸気として抽出しました」


 おそらくサイコキネシスに近い。地面から石ころだけを取り寄せるように、裕二は水分だけを取り寄せた。


「良く見ると、その水分。緑色になっているであろう?」


 メフィの言葉を聞き全員が水滴に注目する。確かに薄く緑色になっている。


「それが何だかわかるか?」

「…………そうか!」

「エムオールはわかったようじゃな。それを摂取するとどうなる」


 既に気づき始めた者もいる。しかし、ジンジャーを含めた多くの者は全くわからない。もう少し噛み砕いた説明が必要だ。


「この水分は地面の水分。ですが、その地面に生えているものは……」

「タマラ草か!」


 ヴィシェルヘイムならどこにでもあるタマラ草。裕二はその水分を抽出したのだ。

 タマラ草は少量を摂取すると麻酔となる。しかし、その量を増やしていくと、幻覚や興奮状態を引き起こす。


「サトリは感覚魔法を使いタマラ草で相手に幻覚を見せる」


 それならば、モンスターが使える程度の感覚魔法で相手を無力化出来る。

 サトリは全てを自分で賄ったのではなく、森の特徴を利用していたのだ。

 人の使う幻術とは全く違う原理。それはもっと単純なものだった。

 水蒸気となったタマラ草の水分を人間に摂取させ、幻覚を見せていたのだ。


 だが、それはあくまでもサトリの場合だ。


「ですが、キマイラはそれを自分に使った」


 量により効果が変わるタマラ草。

 キマイラはそれを大量摂取し、自身を強烈な興奮状態にしていた。そして、そこには麻酔効果もある。

 キマイラは全く痛みを感じない状態で狂ったように攻撃を仕掛ける。それを可能にしていたのはヴィシェルヘイムに大量に存在するタマラ草だった。

 裕二がそれに気づけたのは魔力そのものを視認出来たからだろう。キマイラもサトリも同じ事をしているように見えたのだ。しかし、同じではあってもその使い方は大きく異なる。


「だからエムオールさんが以前戦ったキマイラとヴィシェルヘイムのキマイラは違った」

「なるほどな。俺の戦ったキマイラはタマラ草を摂取していなかった。なので大した強さではなかった」

「キマイラと人ではその効果も全く同じではなかろう。幻覚などのマイナス要因はほとんどなく、キマイラに都合の良い効果があったのじゃろうな」


 それがヴィシェルヘイムのキマイラが強い理由だ。

 裕二が初めてキマイラを見た時、その体は魔力に覆われていた。その時にキマイラは、タマラ草を使い自身を強化していた。

 裕二が身体強化より、バイツのベルセルクターミネイションに近いと思ったのはその為だ。キマイラはその方法でハーフバーサーカーと言える状態になっていた。


「そして、もう一つ」


 裕二は人差し指を立てた。


「以前、キマイラの討伐報告書を見た時に違和感を感じてましたが、その正体もわかりました」

「おい! 報告書を持ってこい」


 ラグドナールは興奮気味に部下に命じた。

 裕二が違和感を感じたのは、小隊がキマイラを倒した報告書。その討伐内容には普通の事しか書かれてはいない。裕二はそこだけを何度も読み直していた。しかし、違和感の正体はそこではなく、別の場所にあった。


 裕二は渡された報告書に目を通す。


「やっぱり……」


 その報告書を全員に見せながら、裕二はある一点を指差す。


「日付け……それが違和感なのか?」

「違います。そのとなりですよ」


 裕二の言う日付けのとなり。そこにはその日の天候が書き込まれている。

 小隊があっさりとキマイラを倒した報告書。その日の天候は――


「強風! そうか!」


 小隊が戦った当日。ヴィシェルヘイムには強風が吹き荒れていた。

 キマイラは戦う前に水蒸気となったタマラ草を摂取し、自信を強化するはずだったのだが、その日の強風によりそれが出来なかった。だから小隊はキマイラを倒せた。

 裕二は報告書を見て、一瞬違和感を感じたが、その後に本文を何度も見ていたのでそれに気付かなかった。答えはすぐ上にあったのだ。


「つまり、キマイラの強化を解除させるのではない。キマイラを強化させない。それが奴らに勝つ条件となるのじゃ」


 エムオールの戦ったキマイラ。小隊の倒したキマイラ。それは強化されていない状態だった。

 それでもキマイラは弱くないだろう。しかし、ある程度の精鋭部隊なら、そして条件を整えていれば、討伐隊でもキマイラに勝つ事が出来る。


「その条件は風魔法による強風と、強化される前にキマイラを見つける観測や感知能力。それが必要であろう」


 メフィは強力な風魔法であるエアキャノンを使った。だが、それはキマイラが強化した後だったのだろう。もっと早い段階でそれを使っていれば、キマイラは強化出来なかったはず。


「タマラ草のないエリアを作る、と言うのもあるでしょうね。奴らは走ってくる時に強化をする。ですが、そこにタマラ草がなければ……」

「ニャッハッハッハ。良くわからニャいけど、さすがユージニャ!」


 そのような大規模作戦も考えられるだろう。だがまだ、何も試してはいない。なので本当にそうなるかはわからない。しかし、裕二の話しにはメフィが最初に言ったように一切の矛盾はない。


「良し。それを試すぞ!」


 ラグドナールは力強くそう言いながら立ち上がる。


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