12 テリオス・ジェントラー
翌日の授業も魔法理論が中心になるが、勉強するのはそれだけではない。地理や数学もあるし、剣の実技もある。
チェスカーバレン学院は騎士科、魔法科とあるが、騎士科も魔法の勉強はするし、魔法科も剣の練習はする。もちろんその割合は大きく違うが。
裕二が教室につくと他の生徒は遠巻きに裕二を見るだけで、誰も挨拶をしない。
やはり、初日からシェリルとエリネアに文句をつけられた影響だろう。
「おい貴様!」
――きたよ。
いかにも文句ありそうな勢いで声をかけてきたのは、マーロ・デンプシーという十二歳の男子生徒だ。一応男爵家の嫡男らしく家格も歳も裕二の方が上になる。にも関わらず偉そうにしているのは、シェリルが裕二を孤児だと切り捨てているからだろう。シェリルやエリネアとお近づきになれるチャンスとか思っているのかもしれない。
「なんだ」
「少しくらい火魔法が得意だからって調子に乗るなよ。エリネア様の言う通り、他の魔法が使えないんじゃ話しにならないんだぞ。トップクラスの品格を落とす事は許さんからな!」
「ああそうですか」
「何だその態度は! やはりどこの馬の骨ともわからない孤児だな。礼儀作法さえ知らぬとは呆れて物が言えん」
昨日のエリネアとシェリルの言葉を丸写しで話すマーロという少年。いかにも頭悪そうな小物臭を放っている。
しかし裕二にとってマーロは恩義のあるグラスコード家の者でもなく、王女様でもない。タダの糞ガキだ。仮に家格の高い家であっても知ったことではない。それに女の子より男の方が喧嘩しやすい。
――少し痛めつけるか。
裕二は超能力でマーロの足を引っ張り転ばせた。山にいた時、サイコキネシス系はかなり鍛えてあり、人間よりデカいモンスターを吹き飛ばしていたのだから、その程度は簡単だ。もちろん予備動作など見せない。
「うわっ!」
「どうしました? 何もないところで転んで」
「うるさい! 足がもつれ――うわっ!」
「何やってんですか?」
「貴様――うわっ! 何なんだ!」
マーロはこれがまさか裕二の仕業とは思っていない。裕二もバレると面倒なのでこの辺でやめておく。
「と、とにかく、火魔法が得意だからって調子に乗るな!」
そう吐き捨てマーロは去っていく。
――面倒くせえ、何なんだコイツら。バカしかいないのか?
シェリルとエリネアもその様子を遠くから見ていたが、昨日と同じくこちらを睨みつけているので、サイコキネシスはバレてないだろう。バレてるならもう少し驚いた顔をするはずだ。
――しかしアイツらずっと睨んでて目疲れないのか?
やがてディクトレイ先生が教室に来ると授業が始まる。
昨日と同じく魔法理論の勉強になるが、後でじっくり覚える為に、具体的な術式や短縮詠唱はノートに書き込む。
ただ授業内容はかなりスローペースだ。裕二からすると、これ昨日やってなかったか? という部分が多い。新たな術式が出てくると、その説明で似たような話しが出てくる。
これはこうしないと生徒が覚えないのか、それとも教師の効率が悪いのか。その辺は良くわからないが、マーロに教えるなら前者の方が良いだろう。付き合わされる方は迷惑だが。
「四属性についての難易度は、最も覚えやすいのが火、そして次に風と水。この辺はそんなに大きな差はないが土属性は非常に難易度が高い。なので一年のうちから慌てて覚える必要はない。もちろん人によって向き不向きもあるのでこの限りではないが、やはり土属性を使える者は少ない。このクラスで土属性が使えるのはテリオスくらいだな」
――誰だテリオスって?
「というかテリオス・ジェントラーは今日も休みか。いくら入学試験首席でも努力をしない者は魔術師として大成はしない。皆も良く覚えておくように」
――入学試験首席のテリオス・ジェントラーか。何か嫌な予感がする……
「ではここまでしっかり予習しておくように」
◇
授業が終わり休憩時間になると、すぐ様シェリルが仲間を引き連れこちらにきた。
――またかよ。
「ちょっとあなた。先程マーロの足を引っ掛けて転ばせてたわね。冷静に話してる人間に対して余りに無礼じゃないかしら。あなたみたいな人がいると本当迷惑だわ」
――足引っ掛けてねーし、アイツのどこが冷静なのか。言いがかりも甚だしいな。というか私に話しかけるなとか言いながら、いつもコイツから話しかけてくるんだが?
「彼が転ばされたって言ったんですか? 自分で勝手に転んでましたよ」
「あなたの目の前に居たんだから、あなたしかそんな事する人いないでしょ!」
「だったら本人に聞いてみたらどうです?」
「本当に生意気ね! マーロ! こっちにきてちょうだい」
今の話しも当然聞こえているマーロは、少し渋りながらこちらへやってきた。表情からすると、シェリルにどう答えるか迷っているのだろう。
「な、何ですか」
「あなた朝この人にわざと転ばされてたわよねえ」
「そ、それは……」
「どうなの。何もないのに転ぶなんてありえないじゃない」
「そ……はい。そいつが僕の足を引っ掛けて転ばせたんです」
――そうくるか。
「ほら、見なさい。さっさと謝りなさいよ! 全くこんな野蛮な人間が同じクラスなんて耐えられないわ」
さすがにこれは面倒くさい。近くで見ていた者もいたはずだが、この状況で本当の事を言う奴はいないだろう。本当の事を言えば確実にシェリルを敵にまわすのだから当たり前だ。
その時、教室の扉が大きな音をたてて開いた。
そこには、他の生徒より背が高く、少し大人びた生徒がいる。
中性的な顔立ちは美しくも男らしさも感じさせ、肩あたり迄伸びた茶色の髪は女性的ではなく、ワイルドな印象を与える。
どことなく王子様っぽい雰囲気だが、同時に剣呑な雰囲気も纏っている。
「テリー!」
そう叫んだのはシェリルだ。
先程迄のつり上がった目はだらしなく垂れ下がり、祈る様な仕草でその男を見つめる。まるで何年も一途に思い続けた、アイドルに会った少女のようだ。
――テリーって事はコイツがテリオスか? また厄介なのが増えたな。
テリーと呼ばれた男は教室を見回すと裕二と目が合った。そしてそのままこちらへ歩いてくる。ちなみにシェリルは完全無視された。
「お前が編入生か?」
「ああ、そうだ」
――どうやら俺に会いに来たみたいだな。今度は何の文句か。いい加減嫌になる。
と、そこへ口を挟んだのはシェリルだ。
「テリー、こんな奴と話さない方が良いわ。さっきもマーロが何もしてないのに転ばせたのよ」
「マーロ……誰だそいつ?」
すぐそばにいたマーロはビクつきながらも手を上げた。あれほどいきがってたクセに、テリーの前では借りてきた猫のように大人しくしている。
「お前、この編入生に転ばされたのか」
「は、はい。そうです」
「どうやって?」
「そ、それは。コイツがここに座ってて――」
「お前座ってる奴に転ばされたのか?」
「そ、はい」
「座ってる状態だと大して力は入らないから、相当強く蹴られたって事か」
「そ、そうです。コイツが思い切り僕の足を蹴ったんです」
「ほう。そう言ってるが、どうなんだ編入生」
「やってねーよ。そんだけ派手にやりゃ見ていた奴も大勢いるだろ。だいたいコイツが俺に怒鳴り込んできた時点で周りは注目してただろうからな」
「確かにそうだな。おい! 誰か見てた奴、手上げろ」
周りの者はどうして良いかわからない。だが、見ていた者は当然いないので誰も手を上げなかった。仮に見ていないのに手を上げたら間違いなくテリーに追求されるだろう。そんな状況で手を上げる者がいるはずもない。
「おいおいマーロ。それだけ派手にやられて誰も見てないってのはどういう事だ?」
「そ、それは……」
「あと一度だけ聞いてやる。言ってる意味はわかるよな。お前は本当に編入生に転ばされたのか」
「そ……ご、ごめんなさい。本当は自分で転びました」
「だよな。じゃコイツに謝れよ」
「す、すいませんでした」
「ああ、気にしてないからいいよ」
――何故なら、本当は俺がサイコキネシスで転ばせたし。まあ悪いとは全く思ってないが。
「じゃあ、もう行っていいぞ」
マーロはテリーにビビりながらも足早に去っていった。コイツは謝りはしたが、テリーが怖くて謝っただけだろう。そもそも我が身可愛さに嘘をついて他人に罪を擦り付ける様な奴だ。しばらくは大丈夫だろうが、今後も注意しなければならない。
「ちょっとテリー。もうそんな話し良いじゃない。今日お昼一緒にたべましょうよ」
このシェリルという女は全く謝る気がないようだ。普通ならマーロが本当の事を言ったのだから、シェリルは窮地のはずなのだが。
そんなシェリルを無視してテリーは裕二に話しかける。裕二もテリーへの警戒は解かず、刺のある言葉で対応する。
「お前なかなかいい根性してるな」
「ああ、それがどうした」
「怒るなよ。俺はテリオス・ジェントラー。お前は」
「ユージだ」
「ユージか。凄い火魔法を使うそうだな。お前みたいのがいたら授業も少しは楽しそうだ。今度見せてもらうぞ」
そう言ってテリーは裕二に手を差し出す。
――えっ? 握手なの? もしかしてコイツ良いヤツ?
裕二も戸惑いながら手を差し出し握手に応じる。
「よろしくな、ユージ」
「こちらこそ、えーテリオス君、で良いのか?」
「俺がユージって呼んでるんだから、お前もテリーって呼べよ」
「わかった。テリー、よろしくな」
やっと裕二にも友達らしきものが出来た。歳は裕二と同じ十四歳だ。だがこのテリーという男はかなりDQNっぽい。大丈夫なのだろうか。
「ちょっとテリー! そんな奴と仲良くしないでよ」
「俺が誰と仲良くしようがお前に関係ないだろ」
と、その時。今までの状況を黙って見ていたエリネアが割って入る。その矛先はテリーのようだ。
「テリオス。あなたいい加減にしなさい! 久々に来たと思ったら大騒ぎして。首席なら何でも許される訳ではないのですよ!」
「これはこれは、失礼致しましたエリネア王女殿下」
「その呼び方は学院内では禁止されています。家格や派閥を持ちこまない規則はあなたも知っているでしょう」
「仕方ありませんよエリネア姫様。編入生がいわれなき罪を被せられてたのですから。あなたはそれを見て見ぬふりですか? いずれ国を背負って立つ身分なら不正は正すべきでは?」
「そ、それは……私は遠くから見てただけなのでわかりませんでした」
「全く都合が良いですね、ワガママ姫殿下は」
「な、何ですか。その態度は! 無礼にも程があります」
「ほう、友人であれば無礼という程の口調ではないでしょう。今度は王族という身分を持ち出しますか。それなら確かに無礼ですが、学院に家格を持ち込むなと、つい先程聞きましたが?」
「……もういいです!」
エリネアは顔を真っ赤にして教室から出て行ってしまった。相当悔しかったのだろう。
――スゲーなコイツ。俺もあそこまでは言えない。しかも王女相手に。
このテリオス・ジェントラーという男。悪い人間ではないが、誰彼構わず喧嘩を吹っかけるので、一緒にいると不安になりそうな人物でもある。