119 誇り高き存在
キマイラの調査はいくつかの観測地点、地上、樹上、小高い丘などからキマイラを探し数を把握する。そして、一日に何ヶ所も周り出来るだけ広範囲を観測する。
もちろん全てを把握するのは不可能なので地域ごとの生息数、その平均を割り出し、それをホローへイム全体に割り当ておおよその数を把握する。
調査内容には行動範囲、餌や敵となるもの、群れて行動するのか、それとも単独なのか、そう言った生態調査、更には崖上への経路があるのかも調べる必要がある。登りやすそうな階段状の崖があったら壊しておかねばならない。
観測はキマイラからかなり離れた場所で行う。
メフィや裕二、バチルのような感知能力に優れた者がおおよその方角を示し、魔遠鏡と言う道具を使い観察する。
魔遠鏡とは、かつてチェスカーバレン学院でグロッグが、裕二の弱みを探すために使っていたのと同じ物だ。
かなり遠くまで観察でき、夜間も使用可能になる。
「何やってんですか?」
しゃがんで何かをしているメフィに裕二が声をかける。
「これは結界じゃな。こちらの気配を断ち外から来る者の方向感覚を狂わす。キマイラにどの程度効くかはわからんがな」
そこには盛られた土の上を平らにし、いくつかの種類の木の枝が刺されていた。裕二がかつてエリネアから教わった精霊の踊り場に似ている。
「精霊魔法ですか」
「如何にも。詳しく教えてやっても良いぞ。ユージの秘密を教えてくれたらの話しじゃが」
「え……考えときます」
メフィは裕二が力を隠していると確信しているようだ。冗談めかしながらそう言った。しかし、その様子から無理に聞き出そうとも思ってはいないだろう。何かしらの秘密など、ここにいる誰もが抱えている。その中でかなりの力を見せつけた裕二に興味を持った。その程度の事だ。
「メフィさんはワイバーンに詳しそうでしたね」
「あれは三国会議場の資料室で調べた内容じゃ。誰でも閲覧出来る」
「そんなのあるんですか」
「ああ、ワイバーンは特殊なモンスターじゃ。少し教えといてやろう」
ヴィシェルヘイムのモンスターには、元からそこにいたものと、魔人に召喚され居着いたもの。大雑把に二種類いる。
ワイバーン、オーガ、スライムなどが元からいたモンスターで、現在はあまり見かけない。ベヒーモスやホワイトデビルなどが召喚されたモンスターで年々数を増やしている。
その中でワイバーンは特殊な環境を好み、あまり数を減らしていないと考えられている。そして、その攻撃力はキマイラをも上回るとされている。
キマイラとワイバーンが一対一で戦えば互角となるかも知れない。だが、ワイバーンの強さは群れによる連携にある。
「高空から何体も連続で攻撃されたら、ひとたまりもないじゃろ」
「確かに、そうですね」
「じゃが、ワイバーンが特殊なのはそこではない」
それはワイバーンがこの世界に出現した伝説にある。
「ワイバーンはドラゴンの眷属として産み落とされのじゃ」
「ドラゴン!」
それを聞き思い出すのはドワーフのミルフから聞いたドラゴンの噂話し。ヴィシェルヘイムの更に奥。そこでドラゴンを見た者がいる。
ワイバーンはそれと何か関係があるのか。
「ヴィシェルヘイムの向こうには何かがある。それをドラゴンが守っている。その周りを固めているのがワイバーン。そう考える者もおる」
「そ、そうなんですか!?」
「噂じゃよ。いずれにしろワイバーンは誇り高き存在。他のモンスターと同列ではないのじゃ」
人を見れば見境なく襲いかかるモンスターでないのは確かなようだ。そして、目的があってそこにいる。だとしたら……
「ヴィシェルヘイムの向こうには何があるんですか?」
「それは知らん。しかし、ペルメニアの民がクリシュナードを敬うように、ワイバーンもドラゴンを敬っている。のではないか? そう言う話しじゃ」
ヴィシェルヘイムで最も強力なモンスターのうちのひとつ。裕二は単純にそう思っていた。それ自体は間違いではない。メフィの話しはそれだけではない、と言う事なのだ。
「おもしろい話しですね」
「そうじゃろ」
しかし、裕二はその話しを聞きながら、別の違和感も感じていた。
それは、メフィがクリシュナードを呼び捨ててる事。別にそれが悪い訳ではなく、咎める気もサラサラない。
ただ、今までにクリシュナードを呼び捨てる者はひとりもいなかった。それはメフィがエルフである事に関係あるのだろうか。
「そうじゃな。たまに気を悪くする者もおるが、妾がエルフと知ると大概は納得する。エルフはクリシュナードの使徒ではなく、共に魔人と戦った盟友と言った方が近い」
かつての魔人戦争。クリシュナードは彼らエルフを助け、人とエルフを結びつけ共に魔人と対抗した。それは獣人やドワーフなども同じ。しかし、彼らにとっては他種族でもあり、敬う対象はそれぞれ違うのだろう。彼らの中にクリシュナード以外の英雄的存在がいてもおかしな話しではない。
もし、時代が違えば目の前にいるメフィやバチルがそうなっていても不思議ではないのだ。
「まあ、その辺の話しは時間があれば、また教えてやろう。仕事に戻るぞ」
◇
「様子はどうだ」
ラグドナールが調査班に訊ねる。
「数は想定よりやや多いですね。しかし、休む場所が近いので群れて見えますが、行動は単独のようです」
単独行動なのは従来から知られているが、予備調査では群れて見えたと報告されている。もし群れで行動していたら、かなりの脅威になっていたが、そうではないようだ。不幸中の幸いと言えよう。
そんな感じで調査をしながら頻繁に移動を繰り返す。移動経路はもちろん、キマイラがいない場所を選ぶのでそうそう戦闘にはならないだろう。
もし戦闘になった場合。倒す事が最優先になるが、出来ることならキマイラの弱点も知りたい。しかし、欲張りすぎて命を落とされても困る。実際それを判断するのは、かなりの困難だろう。
仮に裕二のメテオストリームが効いたとしても、裕二以外では使える者がいなければ弱点とは言えない。後に結成される討伐隊が使えなければ意味はないのだ。
「弱点かあ……」
辺りは暗くなり野営の準備を整えた調査隊。初日はモンスターとの遭遇もなく終わりそうだ。
焚き火を囲み弱点の話しをする者もいれば、交代で歩哨や夜間の観測をする者もいる。
「やはり、最低一度は戦わないとならんな。観測だけでそれがわかれば世話はないのだが」
焚き火に紅く照らされたエムオールが呟く。それに答えるラグドナール。
「足止めが上手くいけば、打撃、魔法、いくつか試せる」
その足止めの役割はメフィとエムオールが中心になるだろう。打撃攻撃はジンジャーとバチル。魔法攻撃はメフィと裕二。主にそうなるが、やはりオールマイティで主軸になるのは裕二になるだろう。それを期待する者も多いはずだ。
「俺の力と斧ならたとえキマイラでも一撃だぜ」
「だから貴様は馬鹿なのじゃ! 重要なのは打撃力ではなく打撃ポイントじゃ。弱点を探れと言われたのを聞いてなかったのか!」
「る、るせえ。わかってるよ、それくらい」
そこでもうひとつ重要になるのがエムオールの見解だ。
この中で唯一キマイラと戦ったエムオール。もう一度戦った時に気づく事があるかも知れない。冷静な判断が期待される。
◇
翌朝、全員が目を覚ますとすぐに忙しくなる。
野営の撤収、移動、新たな観測地点の設置。やる事は多く、それが終わればまた同じ事の繰り返しだ。
最初の観測地点を設置すると、早速キマイラの観察が始まる。何人もの人間がそれを行い様々な角度から調査する。その対象は、キマイラだけではなく地形も含まれるが、それ以外にこの地に来てから急遽決められた対象もある。
「ラグさん。ちょっと来てもらえますか」
調査班のひとりがラグドナールを呼ぶ。彼が観測していたのは崖だ。主に登りやすそうな地形を調べているが、崖には初日に見つけたワイバーンもいる。
今のところワイバーンとはかなり離れているので問題はないが、そちらも注意しておかねばならない。
「どうした」
「あれを見て下さい」
彼はラグドナールに魔遠鏡を渡しながら崖の方を指差す。
「初日は七体でしたよね」
「ああ……増えてるな」
その数は七体から十二体に増えていた。だが、当然ワイバーンの数も最初から正確に把握している訳ではない。
元からいたものが見えていなかった。距離もあるのだから普通はそう考える。しかし、心情的には増えて欲しくないのも事実。そこに一抹の不安を感じる。
「一応監視を強化してくれ」
ラグドナールはそう指示を出す。彼らのテリトリーに間違って入ったらかなり危険だ。その位置を把握しておく必要はある。
もし、ワイバーンと戦闘になったら確実に群れとの戦いになる。そうなれば死傷者が出るのは免れない。
キマイラだけでも大変なのに、そこまでやってる余裕など調査隊にはないのだ。
「なんであんな所にはぐれてんだよ」
ラグドナールはぶつくさ言いながらそこから離れた。
途端に別の調査班から声がかかる。
「ラグ隊長! キマイラが一体、こちらへ向かってきます」
「なに!?」
ラグドナールはその者の魔遠鏡をひったくるように奪う。
「あそこです」
指し示された場所には確かにキマイラがいる。そして、こちらへ向かっている。だが、その動きはゆっくりだ。まだこちらには気づいていないのだろう。
観測地点は結界があるので素通りされる可能性もある。だが、キマイラの弱点を見つけたいと言う目的もある。どちらにするのか判断は難しい。
しかしこの場合、キマイラ一体のみと戦える。その準備をする時間もある。
「攻撃班! キマイラ一体がこちらへ来ている。やれるか」
それを聞いた裕二達に異論はないようだ。メフィが代表して親指を高く掲げる。
「良し! 調査班は撤収準備、結界からは出るな。メフィの攻撃班は結界外のポイントで攻撃準備。その他攻撃班はいつでも援護出来るようにしておけ」
主力である裕二達の攻撃班は戦いやすい場所へ移動する。他の攻撃班は調査隊にキマイラが来た場合を想定し、そこにいなければならないが、場合によっては裕二達の援護に周る。
そして、手早く全ての準備が完了した直後。キマイラが急激に動き出した。
「来るぞ!」