118 崖に蠢くもの
「きたニャ」
「ベヒーモス四……いや五体か」
シェルラックを発ってからしばらくすると、調査隊の先頭にいる裕二とバチルはモンスターの気配を感じ取る。
相手は既に何度も戦っているベヒーモス。一般兵には強敵だが、ここにいるメンバーにとってはそうではない。
「ほう、妾とほぼ同時にそれに気づくとは。なかなか優秀じゃな」
メフィが落ち着き払った声でそう言うと、周りは当然のように戦闘態勢に移行する。
まだ敵は見えてすらいないのだが、メフィの言葉に疑問を挟む者はいない。それだけ彼女の能力が信頼されている証なのだろう。そして、そのメフィの言葉が隊の者に裕二達の能力の高さを知らしめている。
メフィが言うならそうなのだろう。そう言う事だ。
「五体なら俺とメフィ、エムオールで三体。ユージとバチルで二体だな」
ジンジャーがそう提案する。
「そうじゃな。二人の実力も見ておきたい」
メフィがそれに同意する。裕二とバチルも特に異論はないようだ。それに裕二も彼らの力は見ておきたい。バチルはどうでも良いようだが。
「バチル。俺は試したい魔法があるから、俺とお前一体ずつで良いか?」
「構わんニャ。だけどチンタラやってたら私がやるニャ」
「では決まりじゃな」
と、話しがまとまった直後、ベヒーモスの姿が見え始めた。
既にこちらの気配は捉えているようで、猛烈な勢いで向かってくる。
「ふん、愚か者が」
メフィがそう言いながら人差し指を差し出し、それを真上にクイッと持ち上げる仕草を見せた。
すると、一瞬だけ暴風が吹き荒れる。三体のベヒーモスは後ろにひっくり返りながら、その巨体が吹き飛ばされ、周りの木々に激突した。
これはエアキャノンと言う魔法で、いわゆる圧縮空気弾のようなものだ。だが、ベヒーモスを三体同時に、となると相当な魔力を使っているはずだが、メフィからそんな様子は感じない。
かなりの魔術師なのは間違いない。
「三人でやる必要性を感じないが……」
そう呟きながら、エムオールがベヒーモスの前に魔石をばら撒く。
エアキャノンで勢いを殺されたベヒーモスは体制を立て直し、再びこちらへ向かってこようとする。
だが、ばら撒かれた魔石を踏んだ瞬間。ベヒーモスの前足を突き破って杭がたけのこのように伸びる。そして、その先端が開き、彼らの足をガッチリと地面に縫い付けた。
これはペグドライブと言う魔石を使った攻撃で、エムオールのオリジナルだそうだ。
「うぉらあああ!」
ベヒーモスが完全に動きを止めた直後。ジンジャーが戦斧を振り上げ、その首を軽々と叩き斬る。
勢いがありすぎたのか、ベヒーモスの首は地面を叩き勢い良く跳ね上がった。そして、他の二体も難なくトドメを刺す。
安定した戦い。と言うよりは余裕のありすぎた戦いだ。
彼らの実力を見せる意図はあったのだろうが、ベヒーモスでは役不足すぎたと言える。
時間的にもかなり早い。しかし、それより早かったのがバチルだ。
「ニャッハッハッハ。かかってこいニャ!」
バチルはベヒーモスが見えた直後に、魔剣ニャンウィップを真横に振る。そこから伸びたライトブレードのムチが、周りの木の外側に回り込み、ベヒーモスの後ろ足をガッチリと掴んだ。
バチルは動きの止まったベヒーモスに剣を振り上げ、直前にライトブレードの拘束を外しながらその首を叩き落とす。
ほとんどあっという間だ。しかし、裕二はそれより更に早かった。
「メテオストリーム」
裕二が新たに覚えた魔法メテオストリーム。
初めて実戦で使うので威力は余裕を持って上げてある。
魔法が発動すると、地面から作られた鉄のように強固な土の塊が、真っ赤に燃え上がりながらベヒーモスの頭に向かって高速で飛び、着弾直後に爆発する。
その一撃目でベヒーモスの頭は粉々に砕け散った。だが、威力を高めに調整したメテオストリームは更に地面から土塊を作り上げ、次々と発動する。その数は全部で五発。
攻撃が終わる頃、ベヒーモスは跡形もなくなっていた。
「うおぉ。もう少し抑えても良かったか」
全員の攻撃が終了すると、それを見ていたラグドナールが固まっている。
全員があっさり戦闘を終えたが、その中でも最短で、更に原型も残さぬ程の攻撃を見せた裕二に唖然としていた。
「な、なんだそれ……」
それ以上は言葉にならないようだ。それは他の隊員も同様で辺りは静まり返りつつ、全員が裕二に視線を向けた。
「うっ」
――見ないで!
しかし、一身に視線を浴びる裕二から注意を逸らすように、メフィか口を開く。
「メテオストリームじゃな。本来ひとりで行使する魔法ではない。宮廷魔術師が複数でやっと行使出来る魔法じゃ」
あまり驚いた様子を見せないメフィが説明をする。
「しかし、それだけやれるなら心強い。攻撃力では断トツじゃな」
「ああ。ユージが凄すぎたが、バチルも相当なもんだったぜ。この俺様と肩を並べても良い実力はあるな」
「この娘は馬鹿力しか取り柄のない貴様など、とうに越えておるわ。見てわからんのか! 愚か者が」
「なんだとババア!」
と、良くも悪くもメフィとジンジャーのケンカが場の雰囲気を元に戻していた。
「やはりユージは化け物。バチルは天才。俺の考えは間違ってなかった。この戦力ならたとえキマイラでも問題ないだろ?」
ラグドナールがそう訊ねた視線の先にはエムオールがいる。
「今の魔法は戦力の主軸に考えても良いな。しかし、楽観するのは実際にキマイラと対峙した後だ。ベヒーモスでは話しにならん」
エムオールは淡々とした口調でそう告げた。判断としては一番冷静だろう。ラグドナールもそれを知って意見を求めたのかも知れない。つまりエムオールはこの調査隊の参謀的な立場とも捉えられる。
ともあれ、攻撃班の主力五人の実力は示された。その余裕を見せつける事で隊の士気も上がる。順調な滑り出しだ。
そして、一段落するとメフィが裕二に近づき、小声で囁いた。
「ヌシの力、それだけではあるまい。色々隠しておるな」
「えっ……」
「心配するな。妾も良くはわかっておらん。まあ期待しておるぞ、ユージよ」
――アリー。何か見られたか?
――さあ。
――ミャア。
◇
オーメル将軍から手紙による報告を受けたマサラート王子。彼は自室でその内容に目を通す。
そこには誘導瘴気の発見から聖堂騎士団の動き、そしてキマイラの問題から調査隊の立ち上げ。そこに裕二とバチルが含まれている事も書かれている。
「誘導瘴気か……魔人がそれをしている可能性を取り除く訳にはいくまい」
そして、思い出すのは自身の見た夢。裕二とバチルの倒れる未来。
ヴィシェルヘイムにいるなら、いつそうなってもおかしくはない。しかし、この二人は三十のベヒーモスに対し味方を守りながら戦える程の猛者。
マサラートはタルソット村で実際それを目の当たりにしている。それだけではなく、二人がシェルラックへ行った後の圧倒的な戦歴も報告を受けている。その二人が簡単に殺られるとは思えない。そう思いながらも拭えない不安。
「余になにか出来る事はないものか……」
そんな事を考えながら、マサラートはいつの間にか机に突っ伏しながら眠ってしまった。
――これは……
そして、夢を見る。
――またあの夢……
マサラートが最近よく見るのは相変わらず同じ、裕二とバチルの倒れた場面。それがどこなのかはわからないし、何が原因でそうなったのかもわからない。
ただ二人がそこに倒れ、後は何も見えない。
だが、その日はいつもと少しだけ様子が違った。
――なに!?
ほんの少し、ほんの少しだけ裕二とバチルから視線を移す事が出来た。
――な、なんだアレは!
その直後。マサラートは汗だくになりながら起き上がる。
「今のは……」
そう呟くとマサラートは勢い良く立ち上がり、椅子が倒れる事も気に留めずドアを開けに走る。
「ヘス! 今すぐヘスを呼べ!」
◇
「ここがホローへイムだ」
五十メートル以上はあろう崖のふちに立つ調査隊。その高低差がホローへイムの中と外を大きく隔てている。
左右を見ると崖は直線に伸びているように見える。だが、その視線を遥か先に移すと崖は内側に湾曲し、そこが崖に囲まれた地形なのだと覗い知る事が出来る。
崖は真横に伸びているのではなく、歪んだ円を描きながら調査隊の正面、その遥か先に続いているのだ。
崖の上から全景を見てもホローへイムの終わりはハッキリとは見えない。おおよそあの辺りか、と言う程度だ。
そして、眼下には森が広がるが、小さな山や草原、池などもあり、ここだけで生きていける環境は一応あるようだ。
「アレなんニャ?」
バチルが何か見つけたようだ。その指差す方向。それは崖下の森ではなく、今調査隊のいる崖上の遥か先。
よく見るとそこに何かが蠢いている。
「魔遠鏡を出せ」
ラグドナールが部下に命じ、遠くを見るための魔法道具を荷物の中から取り出す。
「飛んでますね」
裕二の言葉にメフィが答える。
「ああ……ワイバーンじゃな」
「はあっ!? ワイバーンなんて聞いてねえぞ」
「ふん。怖気づいたかジンジャー。帰っても良いぞ」
「ざけんなババア。誰が帰るか!」
ヴィシェルヘイムを含んだこの地、つまりヴィシェルヘイムからその先を含めた土地は半島になっており外側は海だ。その周りはホローへイムのような崖となっている。違いはホローへイムが崖下、半島全体は崖上にある事だ。
ワイバーンは本来、その半島の外側を囲う崖に生息していると認識されている。つまり森にはいない。なので強力なモンスターであるにもかかわらず、シェルラックの脅威にはなっていないのだ。
「おそらく、はぐれ者であろう。ワイバーンは高低差のある場所を好む。ここにいてもそれ程不思議ではない」
とは言っても敵にしたらキマイラ並に厄介な相手だ。一同不安な表情を見せるが、今更任務は中止にできない。
「奴らはテリトリーに入った者には容赦せん。じゃが逆に言えばテリトリーに入らなければ興味さえ見せん。それに気をつければあまり問題はない」
ラグドナールはその話しを聞きながらワイバーンの様子を観察する。
「七体いるな。ワイバーンとしては少ない。メフィの言うとおり、奴らのテリトリーにさえ気を配れば問題ないだろう」
その時、別に動いていた調査班がこちらへ合流してきた。
彼らは、崖下への降下地点を探していたのだ。
「何とか下へのロープは足りました」
崖上の太い木に結びつけられた数本のロープ。それを使い下に降りるのだろう。裕二はそう思っていた。
しかし、調査隊は曲がりなりにも精鋭部隊。シェルラック屈指の者達が揃っている。
「じゃあお先!」
そう言いながらジンジャーが飛び降りた。そして、崖の途中の突起を上手く利用しながらドンドン下に降りてゆく。
「あれ? ロープ――」
「ニャッハー!」
裕二が言い終る前にバチルも飛び降りる。
「あれは上に戻る為のロープじゃ。得手不得手もあろうて、別に降りるのに使っても構わんが」
メフィはそう言うと普通に飛び降りる。風魔法を使ってるらしく、その速度は緩やかだ。
「なるほどね」
裕二もそれに習い崖を飛び降りる。高度な身体強化が出来ていれば、それ程難しいことではない。
普通の隊ならこれだけでもかなりの時間を費やすだろう。しかし、精鋭の揃った調査隊は短時間で難なく降下を完了し、全員がホローへイムへと降り立った。
「では観測地点へ移動する!」
いよいよ、ホローへイムでの調査が本格的に始まる。