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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第三章 魔の森
116/219

116 三国会議


 強力なモンスターが数多く出現する魔の森ヴィシェルヘイム。

 シェルラックはその街を中心に、街道を警備し、森の奥に潜むモンスターを倒しに行く。しかし、各国の努力にもかかわらず未踏の地が圧倒的に多い。

 その未踏地の中で、特徴的な地形の場所がある。

 そこはシェルラックから極端に離れている訳ではないが、街よりは谷の方が近いだろう。そして、その特徴からなかなか足を踏み込めない場所として知られている。

 垂直にせり立った数十メートルの崖。その険しく高い崖に囲まれた窪地。そこを登り降りするだけでも大変な作業だ。

 おそらく、真上から見れば巨大な穴に見えるのだろう。その広さも、街が数個は余裕で入りそうな場所だ。

 ヴィシェルヘイムのへそ、と呼ばれ通常はあまり見ないモンスターも棲息しているとされる場所。

 その崖に囲まれた大穴を『ホローへイム』と言う。


「おい……あれは間違いなくキマイラだ。しかも見えるだけで十体以上はいるな」


 低く焦りを帯びた声。それが周りの仲間へ静かに、そして慎重に自分の見たままを伝える。

 それを聞く仲間も、ある程度は予想していたが、事の重要性を感じ取る。

 各々は額を汗でじんわり濡らしながら、鋭い眼差しで眼下の森に注目していた。


 ホローへイムの崖上から魔遠鏡を使い、眼下の森の隙間をかろうじて観察する少数分隊。彼らは、ペルメニアのラグドナール中隊に所属する分隊だ。

 ここ数日、街の酒場で流れた噂にホローへイムでキマイラを見た、と言うものがあった。その内容は具体性があり信憑性の高いものだったので、それを聞きつけたラグドナールが予備調査の為に分隊を送ったのだ。


 キマイラとは。ライオンの頭と山羊の胴体。そして、大蛇の尻尾を持つ体長五〜六メートルの怪物。その動きは巨大に似合わず素早く、背中に生えた翼で飛ぶ事も可能。

 尻尾の大蛇は火を吐き、鋭い牙と爪は岩など軽々と噛み砕き、切り裂く。

 ゴワゴワとした針金のような体毛に覆われ、普通の剣や槍ばかりか魔法も通さない程の防御力。

 そして、キマイラの一番恐ろしいところは、どのような攻撃を受けようが全く怯まない勇猛果敢さにある。そのしぶとさは敵ながらあっぱれと言いたくなる程だが、そんな化け物が一体でも現れたらシェルラックは大騒ぎになるだろう。


 そんな恐ろしい怪物、キマイラが、彼ら分隊の調査により、ホローへイムで多数確認された。彼らの感じた危機感は計り知れないものになる。

 愚直に突っ込んでくるベヒーモスとは攻撃の質も強さも根本的に違い、メタルスコーピオンとまでは言わずとも、その防御力は非常に高い。

 オマケに対戦経験も不足しているので、どのように戦えば良いのか情報も少ない。


 今回の調査は噂を調べるだけの予備的な調査だ。なので彼らが崖下のホローへイムに降りる事はない。しかし、当然それだけでは広大なホローへイム全域の調査にはならない。

 幸いな事に、キマイラは翼があっても飛ぶのはそれ程上手くない。ワイバーンが鷲ならキマイラはニワトリ程度の飛行能力と言って良いだろう。

 つまり、この崖に囲まれたホローへイムからは、そうそう表には出て来れない、とも考えられる。とは言ってもそれはあくまでも希望的観測だ。キマイラがその気になったらホローへイムの外に出る事は決して不可能ではないはずだ。

 現在どの程度、キマイラがいるのかはわからないが、すぐにホローへイムからキマイラが溢れだすと考えるのも早計だ。しかし、これ以上放置してその数を増やして良い訳がない。

 多少の時間的余裕はあるが、ノンビリとはしていられない。今の状況はそう言い表すのが適切と言えるだろう。


「大急ぎで帰るぞ。すぐにでも三国会議を招集してもらわねば」


 彼らは荷物をまとめ、即座に撤収を開始した。



 シェルラックの中央に位置する三国会議場。立派な建物ではあるが、見た目は実用性重視なのか余計な装飾はない。

 中央玄関から左右に並ぶ大きな窓も無骨な作りと言える。見ようによっては刑務所のように見えるのかも知れない。

 一応、三国会議場と呼ばれているが、それ以外の組織、団体も使う場所だ。その代表格になるのが、聖堂騎士団やギルド、シャクソンの部隊となる。

 大きな議題が持ち上がれば、当然三国の代表が集まるが、それ以外の組織の代表も呼ばれる。そこでシェルラックの意思統一を図るのだ。


 その会議場に各国、各組織の代表が呼ばれた。

 ペルメニアからはラグドナール・ハルフォード。彼は中隊長ではあるが、一応はハルフォードの当主候補。実際の地位はペルメニア軍の副官的な立場でもあり、今会議の議長だ。

 アンドラークからはオーメル将軍。サレムからはバシュケンと言う名の参謀長。そして、聖堂騎士団のバンやシャクソン。ギルド関係者も呼ばれている。

 議題の内容はホローへイムで確認されたキマイラについて、である。

 彼らにはまず、ラグドナールの隊の者が確認した報告書が配られる。とは言っても現段階で報告出来る内容は少ない。

 ホローへイムでキマイラの群れが確認された、と言うだけだ。しかし、これだけの情報であっても、重要だからこそ会議が開かれるのだ。

 彼らは一様に神妙な面持ちで席につく。


「キマイラが視認出来ただけで十体以上いたなら、ホローへイム全体ならどれだけの数になるのか……早急に対応せねばなりませんな」


 口火を切ったのはオーメル将軍だ。それに対しサレム王国のバシュケン参謀長が応える。


「しかし、それに対応する人員はどうやって確保するのです。討伐隊なら数百名規模で必要になります」

「いえ。とりあえずは先に調査隊を結成しなくては。我々はまだ、森の一部を垣間見ただけなのですから」


 ラグドナールがそう答えた。

 現在行われたのは予備調査のみ。まずは本格的な調査に乗り出さなければならない。

 全体の規模や棲息地の細かい場所。他のモンスターがどれだけいるのか。崖上への経路があるのか。そう言った事を総合的に考え、作戦を立てなければ無駄に人が死ぬことになる。


「まあ、そりゃそうだが、どこも人手不足は深刻だぜ、ラグ」


 ぞんざいな口調のシャクソン。割りと気安く話せるラグドナールではあっても、こう言った公式の場でその様な態度の者はいない。旧知の間柄なら多少は大目に見られるが、シャクソンの場合はそうではなく、ただ無礼なだけだ。

 とは言っても今更それを注意する者もいない。言っても無駄だと誰もが知っているからだ。

 本来なら、この会議に呼びたくない人物ではあるが、今は少しでも多くの人材が必要だ。それに彼らシャクソン隊は戦闘面で言えばかなり頼りにはなる。

 態度が悪いだけで彼らを外す余裕は今のシェルラックにはない。


「一番余裕があるのはお前の隊だろ。次いでアンドラークか。サレムは無理そうだな」


 シェルラックで一番多くの兵を抱えるのは間違いなくペルメニア。シェルラックが自国領のサレム王国は最近の死亡率が高く、その補充が間に合ってはいない。

 実際にはどこの国も余裕がある訳ではないが、比較的ペルメニアとアンドラークがマシと言う程度だ。


「調査隊なら、それ程の人員はいらん。うちも余裕はないが俺の部隊も後から出してやる」


 意外とまともな事を言うシャクソン。しかし、まともなだけに個々の事情はあまり優先されないだろう。


「とりあえず先発で三十もいれば良いと思うぞ。当然、精鋭中の精鋭が必要になるがな」


 キマイラと戦うのであれば、この数字では心許ない。だが、調査ならこれでも何とかなる。しかし、戦闘を全く視野に入れなくて良い訳ではない。ある程度の戦闘力。つまり精鋭が必要だ。


「わかった。ウチから十名程出そう。残りはペルメニアにお願いしたい」


 オーメル将軍がそう答えた。しかし、シャクソンはそこに鋭い視線を向ける。


「ちょっと待て。そこにユージとバチルってのはいるんだろうな。かなりの戦闘力だと聞いてる。死んでも良い雑魚を出されても困るぞ」

「そ、それは……」


 言葉に詰まるオーメル将軍。

 裕二とバチルは現在、魔人のものと思われる誘導瘴気の調査の為に、聖堂騎士団と行動をともにしている。そして、その調査は秘密にされているのだ。

 オーメル将軍としては重要な案件なので、それを動かしたくはない。キマイラも重要だが、誘導瘴気は魔人が直接関わってるかもしれないのだ。

 同じ会議場にいるバンも、出来ればそうしてほしくないと思っている。だからと言って、これに反対するのは難しい。シャクソンは自分の隊も出すと言っているのだ。それに対し聖堂騎士団は役割が違うので、基本的に人員は出さない。

 当然、バンの発言権は高くない。


「聖堂騎士団の護衛なんて護衛の護衛だろ。有能な人員を遊ばせとく余裕なんかあるのか?」

「我々は遊んでいる訳ではないぞ!」


 その態度にバンが、静かに怒りを顕にしながら反論する。しかし、シャクソンはニヤリとしながら答えた。


「人の言うことはちゃんと聞けよ、騎士団長殿。聖堂騎士団ではなく、ユージとバチルと言う強力な戦力をオーメル将軍が遊ばせてるって言ったんだぜ。アンタらは教会から充分な戦力を与えられてるだろ。奴らは必要ないはずだ」

「くっ……」


 誘導瘴気が確認され、セーラが攫われる可能性が高まっている今。バンとしては裕二とバチルに抜けてほしくはない。しかし、その理由も言えない。

 誘導瘴気の対策が何ひとつないまま情報を公開すれば、それを視認出来るセーラを危険に晒すだけだ。


「アンドラークもそれ程余裕はないだろ。その二人だけでいいぜ。後はペルメニアがどうにかしろよ。ウチも忙しいからすぐではないが、二〜三十は出してやる。文句はないだろ」


 シャクソンの言う事に何もおかしな部分はない。しいて言えば、後に結成される討伐隊の為に、優秀な人材は温存しておきたい、と言う程度だ。だが、それを考える必要があるのは、人数を多く輩出するペルメニアとシャクソンであって、アンドラークではない。

 バスカートの治療をする事により裕二が、メタルスコーピオンの攻略方法を見つけた事によりバチルが、それぞれ一気に注目の人物となってしまった。

 裕二とバチルの戦闘記録は公開されており、その注目は更に高まっている。知力、武力、魔力を兼ね備えた期待の大型新人と言える。この二人を出さない訳にはいかないだろう。

 バンとオーメル将軍に反対出来る理由は何もない。


「その二人が来てくれるなら助かりますよ。自分も責任者として同行しましょう」


 事情を知らないラグドナールは大賛成だ。サレム王国とギルドも人を出さずに済む。出したとしても予備的な人員を一人、二人程度だ。負担は軽いのだから異論があるはずもない。

 後は裕二とバチルが所属をやめてでも反対しなければ決定だ。

 オーメル将軍は行ってくれと言うしかない。そうなれば二人は行くだろう。


「うむ……わかった」


 ――とりあえずは行ってもらうしかあるまい。それを理由に後の討伐隊参加は免除してもらおう。誘導瘴気に対応出来る人員は他にいないのだ。


 オーメル将軍はそう考え、納得するしかなかった。

 バンもそれに対して何か言える立場ではなく、オーメル将軍の考えを支持するしかない。


 ――しかし……何か腑に落ちんな。


 何となく感じる違和感。話しがスムーズすぎたせいか。それともシャクソンが気前良く兵を出したせいか。

 どうもこの会議自体、シャクソンの手のひらの上で踊らされたような気がする。


 バンはそう考えていた。


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