115 頃合い
裕二、バチル、ビスターの三人とバン、セーラを含む聖堂騎士団。
現在、このメンバーで森に入る事が日常となりつつあり、本日もその点は変わりない。
しかしそれによって、モンスターと遭遇しても安定した戦いを繰り広げられるようになり、負傷者の数も目に見えて減ってきた。
聖堂騎士団の者達も裕二とバチルの戦い方に刺激を受け、細かな作戦の変更を議論するようになったり、訓練に力を入れたりで着実に実力を上げてきている。
ただひとつ気になるのは、初日に遭遇した誘導瘴気をそれ以降見ていないと言う事だ。モンスターとは遭遇するが、あの時程の戦力ではない。
こちらを狙っている意志。戦闘はあってもそれを感じる事はなくなっていた。
良く解釈すれば安定した日々。悪く解釈すれば油断を誘う日々とも言える。
常日頃から戦闘をする冒険者や兵士は、常に最悪を想定しておく必要がある。このような安定が油断に繋がらないよう気をつけなければならない。
とは言っても、戦闘員でないセーラにとって、この状況は心の安定にも繋がる。
セーラには儀式以外で心を煩わせてほしくないバンにとって、良い影響とも言える。
そのセーラは時折、自分の指にはめられたレッドリンクの指輪を見て微笑していた。
「随分とお気に召されたようですな」
「い、いえ。そう言う訳では……」
顔を赤く染めて下を向くセーラ。
裕二も同じ指輪をはめており、セーラに危機が訪れれば、それを知る事が出来る。二人がその指輪をはめている事は、バンとっての安心に繋がる。
――このような日々が出来るだけ長く続けば良いが……いつまでもそうはいかんだろう。
バンの懸念は現在現れない誘導瘴気。それが再び現れたらどうなるのか。そして、裕二達がいつまで自分達と行動を共にしてくれるのか。その二点が気がかりになっている。
「ニャは。何かきたニャ」
このメンバーで移動している時、モンスターの気配を最初に察知するのは、大抵バチルか裕二だ。
だがそれは、決してバンと聖堂騎士団が著しく劣っている訳ではない。むしろそう言った能力もシェルラック全体からすれば高い。
彼らからすれば、裕二とバチルが異常なのだ。
「メタルスコーピオンですな」
しばらくするとバンにも、その気配は感じとれた。
メタルスコーピオンは移動時、鎧で行軍しているような金属的な音が特徴だ。様々なモンスターの中でも、気配は察知しやすい。その音の大小により、数も大まかに推測出来る。
既に攻略方もあり、以前ほど驚異ではなくなったメタルスコーピオン。
バチルが早速、泥団子を作ろうとその場にしゃがもうとする。
「お待ち下されバチル殿」
「ニャ?」
「今回は聖堂騎士団だけでメタルスコーピオンと戦わせたいので、見守ってもらっても良いですかな?」
「うーニャ……わかったニャ」
ウキウキで泥団子を作ろうとしたバチルは、少し残念そうだ。
裕二も特に異論はないので、戦闘態勢を維持しながらも、今回は見ているだけにする。
「作戦に移れ!」
バンの号令で聖堂騎士団が動き出す。その内の何人かは短杖を構えている。ある程度なら魔法も使えるのだろう。
「来たぞ!」
現れたメタルスコーピオンは三体。
短杖を構えた騎士が魔法を放つ。するとメタルスコーピオンの前に泥沼が作られる。
「おお、それ使うのか」
裕二は感心しながら見守る。
そこから泥で作られた手が伸び、メタルスコーピオンの頭を押さえ泥沼に引きずり込んだ。
その魔法は、かつて裕二がチェスカーバレン学院の武闘大会でも使ったマッドハンドだ。
効果時間の短い拘束魔法だったが、聖堂騎士団はその魔法を呼吸をさせない為に使った。
平べったい形のメタルスコーピオンは頭の位置も地面に近い。数秒間だけ泥沼に頭を引きずり込めば拘束が解かれた時に口を開く。
「今だ、行け!」
そして、他の騎士が口に剣を刺す。そうする事でメタルスコーピオンを効率よく倒すのだ。
今までなら早くても数十分はかかった戦闘も、安定して数分で倒せるようになった。
バンもこの戦闘には参加せず、聖堂騎士団だけで手早くメタルスコーピオンを倒す事に成功した。
「そんなやり方もあるんですね」
裕二がそう問いかけると、騎士達も嬉しそうだ。
「我々もユージ殿とバチル殿の戦闘を見て勉強をしてますからね。お二方と一緒に戦うと言う事は、お金には代えられない価値のある事なのですよ」
騎士のひとりがそう言うと、多くの者が頷いていた。
裕二が気恥ずかしくなりながらもそれを見渡していると、ひとり腕に怪我をしている者がいるようだ。攻撃時にメタルスコーピオンのハサミに引っかかったのだろう。大した怪我ではなさそうだが、裕二は治癒魔法を使えるので、その者に施そうと近寄った。
「この程度、ユージ殿の手を煩わせる程のものではありませんよ」
笑顔でそう応える騎士。
彼は傷を軽く水洗いしてから、地面に生えている草を揉んで傷口に擦りつけた。おそらく薬草なのだろう。
「おい、間違えてタマラ草を塗るなよ」
バンがそれを見て注意を促す。とは言っても半分冗談のようだ。
「そんなドジはしませんよ」
裕二はこのやり取りで、聞きなれないタマラ草と言うものに興味を持った。
かつてドワーフから森の植物について色々教わった裕二だが、それについては聞いた事がない。
「バンさん。タマラ草って何ですか?」
「ほう。ユージ殿でも知らない事があるのか」
バンは冗談めかしてそう言う。他の騎士達もニヤリとしていた。全員が当たり前のように知っている雰囲気だ。
「そこに生えているのがタマラ草だ」
バンが地面を指す。
それ程特徴的でもない普通の雑草。裕二にはそう見えた。よく見ると辺り一面にそのタマラ草と呼ばれた雑草が生えている。
「本来はごく少量を麻酔として使われる薬草だ。だが、摂取しすぎると激しい興奮作用や幻覚を見るので危険とされている」
裕二の感覚からすると麻薬のようにも感じるが、快楽を得られるようなものではないらしい。なのでその様な使われ方はされない。
森で大怪我をした時に、時折使われると言う程度だ。
「以前バスカートの治療時にラグドナールが痛み止めに使っていたであろう」
「ああ、あれか」
一応は薬草の範疇に入るようだ。しかし、それを意識して辺りを見回すと、タマラ草はかなり群生しているのがわかる。
「タマラ草はヴィシェルヘイムならどこでも生えている。シェルラックの道端にも生えとるぞ」
つまり、それ程珍しいものでもなく、たまに薬草として使われる程度。必要な者がいてもそこらにあるので価値は全くない。雑草と言い切っても問題ないだろう。
しかし、裕二としてはせっかく覚えた知識なので、一応は頭に入れておく事にする。
食べることはないだろうが、まかり間違って食べたら大変だ。その場合は薬草ではなく、毒草になるのだろう。
ドワーフからそんな話しは聞いてないので、彼らの棲む森にはないのかも知れない。
そんな話しをしながら、裕二はかつてドワーフの村でしばらく一緒に過ごしたガンディナル、シートット、その妹のミルフ達の顔を思い出す。
「あ、そう言えば……」
裕二はそこまで考えて、ミルフから聞いた話しも一緒に思い出した。
メディッサバイパーの毒に冒されたシートット。その治療後、ドワーフの村に招かれ、裕二は妹のミルフと話しをしていた。
――確かミルフは……
強力なモンスターだらけのヴィシェルヘイム。しかし、その更に奥地にはドラゴンがいると言う。
あくまでも噂話ではあるが、裕二はミルフからそう聞いていた。
しかし、いざヴィシェルヘイムに来てみても、そんな話しは一度も聞いた事がない。やはり噂話なのだろうか。裕二はそれをバンに聞いてみる。
「ヴィシェルヘイムの奥にドラゴンているんですか?」
「ふむ、ドラゴンか。噂は聞いた事があるな。しかし――」
バンによると噂は確かにある。だが、ハッキリ確認された例はないとの事だ。
数年に一度程度の目撃。その場所はヴィシェルヘイムの谷の更に向こう。かなり離れた場所からそれらしきものが見えた。そう言う話しらしい。
「まあ、おそらくはケツァルコアトルかワイバーンの見間違いだろう」
この世界でもドラゴンは伝説の生き物となっている。
召喚魔法により、一時的に精霊から形作られたドラゴンはともかく、野生のドラゴンとなると、その目撃例は数百年前に遡る。
とは言っても、未開の地が多いこの世界。どこかにドラゴンがいても不思議ではない。
――チビドラは精霊だけど、一時的なものじゃないから一応、本物のドラゴンになるのか?
――ミャアアア!
――当然だあ! だってさ。
相変わらずアリーを乗せてパタパタ飛び回るチビドラ。一応本物、と本人? は思っている。
ただ、バンはドラゴンの存在に懐疑的だ。その理由は先程の話しにあった、ケツァルコアトルとワイバーンにある。
どちらも巨大な飛行型のモンスター。その生息場所は目撃地点と微妙にズレてはいるが、絶対に生息場所から出ない訳でもないだろう。
それを遠くから見たらドラゴンと見間違えてもおかしくはない。
「うーん、やっぱそうなのかなあ」
「まあ、ヴィシェルヘイムの奥地ならいてもおかしくない、と言う者もいるのは確か。そう言われてしまうと反論はできんがな」
「ドラゴン見たいのニャ!」
ニコニコしながらそう言うバチルをやれやれと思いながら眺める裕二。
――あ、そういや俺もミルフにドラゴン見たいって言ったら呆れられたな。
と、かつての自分を思い起こし苦笑していた。
そんな感じで一行は順調に森を進む。
◇
「こちらが昨日の死亡報告書になります」
「わかった。そこに置いて下がれ」
シャクソンは自室で部下からそれを受け取る。
どの隊でどれくらい人が死んだのか。報告書にはそれが詳しく記載されている。それは各隊に配られる物なので、シャクソンがそれに目を通す事は当たり前の事とも言える。
そう言った報告書を元に、翌日の配置を決めるのだ。
「サレムのエクナール隊壊滅。アンドラークのウラバルートも死んだか」
エクナール隊とはサレム王国軍の少数分隊。ウラバルートはアンドラーク軍に所属する名のある冒険者だ。
双方の軍にとっては大きな痛手となるだろう。
「ふっ、この状況で新たな脅威が持ち上がればどうなるか」
シャクソンの言う新たな脅威。
精鋭が多く死ねば、それに対応する人員も減る。それでもシェルラックは残された者の中から誰かを選ぶ必要がある。
「そろそろ頃合いか」
そう言いながらシャクソンは、報告書を机の上に放り投げた。