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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第三章 魔の森
112/219

112 屁理屈


 シェルラックの中央通りから城門へ向かうフードを目深にかぶったひとりの冒険者。この街なら、どこにでもいそうな雰囲気の男だ。

 彼は通りの商店に並べられた魔食いの指輪を睨みつける。


 ――今さらこんな物……油断さえしていなければ効果などないと言うのに。


 男は魔食いの指輪から目を外し、再び前を見て歩き出す。


 ――しかし、これもあの小僧の仕業とは……タルソットで見た時から侮れん戦力とは思っていたが。


 男は一度立ち止まり目を細める。その視線の遥か先には、これから街を出ようとする聖堂騎士団と裕二達の姿があった。


 ――アレに近づくのは危険。そして、かなり強い。二度も失敗はできん。面倒だがここはやはり時間をかけ、奴の言う方法でやるしか……小僧ひとりに数十年がかりの成果を使うとは。


 男は商店を物色する振りをしながら、聖堂騎士団が出て行くのを待つ。そして、彼らがいなくなると辺りを警戒しながら街を出て行った。



「バチル殿の考案なされたメタルスコーピオン攻略方を、三国会議に提出したいと思っているのですが……」

「構わんニャ」


 ヴィシェルヘイムを歩きながら、バンはバチルに先日の攻略方を発表したいと願い出た。

 三国会議を通じてその方法が知れ渡れば、それだけ戦闘も楽になる。そのような行為が積み重なりヴィシェルヘイム全体の攻略に繋がるのだ。


「ありがとうございます。考案者はバチル殿なので報奨金もありますぞ」

「ニャッハッハッハ。その金はビスターに渡して申請ニャ」


 つまり、報奨金は食堂のバターソテーの材料費に使う、と言う意味だ。


「ところで、ユージ様はアンドラークのご出身なのですか?」


 一方の裕二とセーラは、前後を聖堂騎士団に挟まれながら二人で歩いていた。


「いや、俺はペルメニアですよ」


 本当はペルメニアではないが、そう答えるしかない東京出身の裕二。一応細かく聞かれた場合はスペンドラの裏通り。両親は早くに亡くなってしまい……と言うシナリオは考えてある。


「では私と同じですね。いずれペルメニアに帰られるのですか?」

「ま、まあ、そうですね」


 冒険者と言う職業もいずれは引退する。ほとんどの者がそう考えている。

 危険な職業でもあるので、ある程度金を稼いだら引退し故郷に帰る。特にヴィシェルヘイムのような危険地帯では、死ぬか生きるかの覚悟で一気に金を稼ぎ、早めに引退する者も多い。

 パーリッドのギルド職員であるパーチのような感じだ。彼もかつてはシェルラックにいたと言っていた。


「私もいずれは巫女を引退します」


 危険な上に魔術師でもないのに魔力が必要とされる巫女。その巫女をやれる期間はあまり長くはない。

 魔術師のように鍛えて増やした魔力と違い、巫女の魔力は衰退も早い。

 そうなればセーラも巫女を引退し、故郷に戻るのだろう。


「そ、そしたら……あの……ペルメニアでもお会い出来ると嬉しいのですが」


 そう言いながら少し頬を赤らめるセーラ。


 ――うっ! これは……


「そそそそうですね。ぺぺぺペルメニアででで……」


 相変わらずそう言った方面に免疫のない裕二。向こうでも会いましょう、と言ってるだけでも妄想は多方面に広がる。


「ニャ? ユージの様子が変ニャ。アイツら何喋ってるニャ?」

「お二人が話せる時間は短いですからな。放っておきましょう」


 そんな感じで森の奥に分け入る一行。

 そろそろ儀式の場所を選定したり、周りにも強く警戒をしなければならない。

 再び誘導瘴気が現れたら、前回よりも強力なモンスターが現れる可能性もある。

 誰かの意志がそこにあるなら、当然そう言う方向性を考えるだろう。


 しかし、その予想とは裏腹に、裕二もバチルも警戒すべき気配を察知しない。

 元々、聖堂騎士団はモンスターが通らないであろうルートを進むので、これが本来の形なのかも知れないが、ちょっと拍子抜けしてしまう。


 ――いや、考え方はもうひとつある。あれが何者かの襲撃で、それに失敗したのなら次はもっと慎重になるはず。我々が警戒していると考えれば、迂闊に攻撃はしてこない。


 バンはそのように考えていた。


 その後、儀式も滞りなく終了し、大したモンスターも現れないまま、街へ帰還する事になった。因みに本日、戦闘したのはバチルのみだ。


「物足りないニャ……」

「まあ、そう言うな。帰りもお前が戦って良いから」

「当然ニャ! 雑魚はすっこんでるニャ」


 帰りも警戒しながら進む。

 しばらくすると他の隊の気配を捉えるようになってきた。シェルラックに近づいてきた証拠だ。

 バンはその中のひとつがこちらへ近づいてくる気配を感じ始めた。それは足音や周りの植物の動きとなって現れる。

 ほぼ間違いなく人間なので、それほど警戒の必要はない。


 しかし、ふとバンがバチルを見ると、その表情には僅かだが警戒の色が見える。そして、いつの間にかすぐそばに来ていた裕二もそれは同様だった。


「何なんだ」

「知らんニャ」


 ――間違いなく人であろうが、この二人が警戒しているなら……


「騎士団はセーラ様の守りを固めろ」


 バンが背後の騎士団に静かな声でそう命じる。


 その直後、前方から人影が見えてきた。大柄で人相の良くない者達。それは四人の少数分隊。そして、その四人は先日、シェルラックの中央通りでセーラを見ながらニヤついていた奴らだ。


 ――アイツら!


 四人は相変わらずニヤニヤしながら腕を組み、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「おう、これはこれは。巫女のセーラ様じゃないですか。いつにも増して美しいですなあ」


 馬鹿にしたような芝居がかった口調で近づいてくる男。

 その態度にバンの表情は一気に険しくなる。


「貴様ら、何か用か」


 バンは相手を睨みつけながら、そう言う。


「別に、たまたま通りかかっただけだぜ。騎士団だか何だか知らねえがオメェに関係ねえし」

「関係なくはない。我ら聖堂騎士団はセーラ様をお守りするのが役目」

「へへ、そうかい。でも巫女さんだってたまには男が欲しい時くらいあるだろ? 何なら俺が相手してやるぜ」

「ゲスが! 何と言う無礼を」


 そう言って剣に手をかけるバン。


「オイオイ、良いのかよ。部隊同士の争いはご法度だぜ」

「くっ!」


 バンは拳を震わせながら剣から手をどける。それに対し、相手の男はニヤけた表情を崩さない。

 そして、その視線は聖堂騎士団に囲まれたセーラへと向く。男はそのまま動き出し奥にいるセーラに近づこうとした。


「貴様、何を!」

「へへ、巫女様のかわいい顔を拝むだけだ。別に禁止されてる訳じゃねえだろ」


 男は嫌らしい笑みを浮かべながらそう言った。その先にいる騎士団に囲まれながらも怯えるセーラ。

 巫女に触れる、となると問題だが、ただ見るだけと言ってるのを阻止するのは難しい。相手もそれをわかった上での行動だろう。

 ギリギリの線で踏みとどまる、とは思うが聖堂騎士団としては今すぐ排除したい。セーラが怯えているのに何も出来ないのは屈辱的ですらある。


「くっ!」


 悔しそうなバンを無視し、男は組んでいた腕を解きながら更にこちらへ近づく。


 だが、その直後。


「グボッ!」


 裕二のつま先が男の鳩尾にキレイに入り、そのまま数メートル吹き飛ばされた。


「何しやがんだ、この野郎!」


 男の背後にいた仲間が一斉に剣へ手をかける。


「そいつは巫女に危害を加える疑いがあったから排除した。文句あるか」

「な、なんだと! 何もしてねえだろ」


 吹き飛ばされた男は、腹を押さえながら苦しげな表情で地面に手をつく。


「て、てめえ。部隊同士の争いはご法度だと聞いてなかったのか! 処罰の対象になるぞ」


 これは嘘ではない。荒くれ者も多い冒険者。些細な事でケンカして命を落とす者もいる。そうさせない為に一応そう言う決まりはある。そして、大抵の場合は先に手を出した方が処罰される。

 この場合、処罰の対象は裕二になる。


 ――ユージ殿はいったい何を……あの男の言うことは本当だぞ。このままではマズイ。


 バンはいきなりの事に焦っている。マズイ事になるから自分は手出しをしなかった。いや、出来なかったのだ。

 しかし、裕二は特に慌てる事なく口を開く。


「お前は今、腕を解く振りをしながら剣に手をかけた。近づきなから剣に手をかける意図は何だ。攻撃以外にする事があるなら言ってみろ」


 裕二は細かいところを見ていた。

 男は近づく時に腕を解いた。その解いた腕は偶然なのだろうが、腰に刺した剣に触れたのだ。


「へ、屁理屈じゃねえか! 先に攻撃したのはてめえだろ」


 確かにその通りだ。裕二も本当にこの男が攻撃してくるとは思っていない。しかし――


「ニャは、私も見たニャ。お前が悪いニャ」


 バチルがニヤリとしながらそれに同意した。

 本当にバチルがそれを見ていたのかは誰にもわからない。しかし、目の前で起きた事を本人が見たと言えば、それを第三者が否定するのは難しい。


 ――バチル殿まで。これはいったい……いや……待てよ。


 バンはその様子を見て二人の意図を理解した。そして、即座に口を開く。


「私も確かに見た。貴様は殺意を持ってセーラ様に近づこうとした。見るだけなどと言いながら我らを騙し、剣に手をかけたのがその証!」


 バンもバチルに続き、それに同意してしまった。すると次々と背後から声があがる。


「俺も見たぞ! これは部隊同士の小競り合いではない!」

「奴をセーラ様の殺害未遂容疑で突き出せ!」

「ユージ殿はセーラ様を守っただけだ!」


 他の聖堂騎士団もそれに加わった。

 ほとんどの者はその瞬間を見ていないと思われる。誰も裕二がそれを言うまで、気づきもしなかっただろう。しかし、彼らは剣に手をかけた瞬間を見た、と言い張っている。

 それは嘘だ、と思ったとしても、否定出来る根拠は何もない。目の前で起きた事を見ていないと否定するなら、聖堂騎士団は予め目隠しでもしていなければならない。

 裕二は、誰もが嘘だとわかりきっているのに、誰もそれを否定出来ない状況を作ってしまった。

 男が偶然剣に触れた瞬間、それは確定していたのだ。


「くっ!」


 男は悔しそうに顔を歪める。それに対しバンが言い放つ。


「貴様に殺害の意思があったのは明白。ここに多くの証人がいる。だが、二度とこんな真似をしないと言うなら、一度だけ見逃してやる」

「ふ、ふざけるな!」

「なら、聖堂騎士団全員が証人として三国会議に訴えるか。巫女様の殺害未遂。ただではすまんぞ」


 そうなると部隊同士のいざこざとは全く次元の違う話しになってくる。

 挑発されて剣に手をかけたバンと、周りを騙して近づき、隙を見て剣に手をかけるのとでは意味が違うのだ。

 クリシュナード正教会から派遣された特別な存在である巫女。未遂ではあってもその殺害容疑となれば、男が処刑される可能性も出てくる。


「くそっ!」

「どうする。答えぬならそれまでだ」


 男は拳を地面に打ち付けた。反抗的な態度ではある。しかし、反抗的ではありながらも、そこから繰り出される言葉まで同じ態度、と言う訳にはいかなくなった。処刑になるような罪をチラつかせられたら、そうせざるを得ないのだ。


「わ、わかった。もうこんな事はしねえ」

「ならば早々に立ち去れ!」


 男は立ち上がり裕二を憎々しげに睨みつける。コイツのせいでこうなった、とでも言いたげだ。しかし、言葉を発する事はない。

 彼らが立ち去ればそれで終わりだが、裕二はそこへ追い打ちをかけるように口を開く。


「何見てんだゴミ野朗。お前如きが俺に勝てると思っているのか? 文句があるならいつでも来いよ。また無様に蹴り飛ばされるだけだがな」


 裕二はそう言いながらせせら笑う。


 ――ユージ殿?


 バンは裕二の挑発的な言葉に一瞬だけ訝しく思った。戦闘時ならともかく、今言う必要のない言葉だ。だが、同時に僅かだがその態度にぎこちなさを感じる。その瞬間、裕二の言葉の意味を理解する。


 ――はっ! そうか……申し訳ないユージ殿。


 普段なら裕二はそこまで言わないはず。バンは裕二をそう理解している。そのバンの言葉で事態は終息したのだから、それ以上何も言う必要がない。にも関わらず、裕二が相手を挑発した意味。


 ――ユージ殿はセーラ様に奴らの憎しみが向かないようにしてくれた。


 事態が終息しても元々は間違いなく屁理屈。彼らの怒りは収まらないだろう。その矛先をセーラに向かせたくはない。裕二がひとりでそれを背負ってくれたのだ。


 男達は裕二の挑発的な言葉を無視し、こちらを睨みつけながら遠ざかっていった。


「申し訳ないユージ殿。それは本来、私の役目であった」

「い、いやあ。大丈夫ですよ。あの程度避けられない奴らに負ける気はしませんし」

「ニャッハッハッハ。さすがユージニャ。ケンカなら手伝ってやるニャ!」


 そこへ聖堂騎士団の中からセーラが飛び出してきた。そして、少し目を潤ませながら裕二の手を取る。


「ユージ様、ありがとうございました。ですが……あまり危険な事は」


 モンスター相手なら心強い裕二でも、シェルラックからの処罰にはどうしようもない。セーラはそこが心配だった。

 自分を守る為とは言え、処罰によってはシェルラックからの追放もあり得た。そうなれば裕二は、セーラの前からいなくなってしまう。


「あ、ああ。わかりました」


 裕二は顔を掻きながらそう答える。


 しかし、セーラを守る為に相手を蹴り飛ばした裕二。そこには誰も知らないもうひとつの理由があった。


 ――あと一秒遅れてたら、間違いなくこいつが暴れだしたからな。


「ニャッハッハッハ!」


 もしそうなっていたら。彼らは全員、徹底的にブチのめされていただろう。そうなれば、コチラが処罰を受けていたかも知れない。


「かかってこいニャアアア!」


 だが、バチルは自分がそんな気配を発していた事はキレイサッパリ忘れているようだ。

 そこまで考えると、裕二はベストな選択をした、とも言えるだろう。


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