109 格の違い
前方からメタルスコーピオン。右方向からベヒーモス。それらは誘導瘴気に導かれてこちらへ向かってくる。
だが、裕二は更に後方からも新たな気配を感じ取った。
三方向からの強力なモンスターによる攻撃。非常にマズイ事態だ。
「あれか……」
裕二は視界の左端、メタルスコーピオンがくる方向から誘導瘴気らしきものを捉える。
それはセーラの言った通り、黒いモヤの塊。いや、今ならハッキリわかる。これは間違いなく瘴気。それは確実に裕二達を目指している。
――確かに、何らかの意志は感じるな。
迷いのない一直線な動き。自然のものとは思えない。それは直後にやってきた右方向の誘導瘴気も同じ。しかし、その誘導瘴気は裕二達の目前でかき消えた。
――消えた……やはり、ここが目標地点て事か。
誘導瘴気が消えると同時に姿を現したのはメタルスコーピオン。その数はバンの予想より多い六体。続いてベヒーモスが現れる。数は八体だ。
「ニャアアア!」
バチルはまだ数メートル先にいるメタルスコーピオンに対し、魔剣ニャンウィップを真横に振った。すると、そこから放たれたライトブレードがムチのように伸び上がる。
そのムチの先がメタルスコーピオンのハサミに絡みつく。
「ニャッハー!」
バチルがそのまま逆方向へ剣を振ると、ハサミの絡まったメタルスコーピオンはひっくり返りながら他の仲間に衝突した。そこで一瞬動きが止まる。
「ソウイングワイヤー!」
すかさずバンは別のメタルスコーピオンを魔法で拘束する。後ろのメタルスコーピオンはそれが邪魔になり、前へ進めない。
「いい攻撃ニャ。そのまま抑えとくニャ」
「心得た!」
そして、ほぼ同時にベヒーモスもやってきた。
「八体か。とりあえず、ソニックディストーション!」
まだかなり先にいるベヒーモス。
それが凄い勢いで突進してくるが、裕二の魔法により一瞬前につんのめるような形で減速する。しかし、すぐに体制を立て直しこちらへ向かってきた。
「あら。ほとんど効いてねえし。どうするか」
裕二ならばベヒーモスも倒せる。だが、それは一度に全てと言う訳にはいかない。背後にいるセーラを守るなら、裕二の後ろにベヒーモスを行かせたくはない。
――裕二様。僕に任せて。
裕二の耳にテンの声が聞こえる。何か策でもあるのか。
――僕の力なら奴らを止められるよ。
――あ、そっか。良し、憑依だテン。
テンを憑依させた裕二。その目前にはベヒーモスが迫る。減速したとは言え、あれがコチラに突っ込んできたらかなりの被害になる。
だが、裕二は落ち着いて地面に手をついた。
「行け!」
すると周りの木々がグンニャリと折れ曲がりベヒーモスの行く手を阻む。それが植物を自在に操るテンの力。更にその木々は八体のベヒーモスを取り囲み、そこから急激な勢いで伸びた枝が、その体に絡みつく。
「おお、いいなコレ」
これが魔法で作った石壁なら、ベヒーモスは強力な突進力でそれを打ち破ったかも知れない。しかし、弾力性のある木なら、その勢いを殺す事が出来る。その木が何本も折り重なって行く手を阻めば、如何にベヒーモスと言えどそれを助走なしに引き千切るのは難しい。
「おっしゃー!」
裕二は見動きの取れないベヒーモスの上に飛び上がり、無防備になった首に剣を叩き込む。
「動けなきゃ楽勝だな。コイツらはさっさと片付けて……もう来たか」
一方のバチルとバン。
とりあえずはメタルスコーピオンの動きを止めた。とは言っても、完全に止められた訳ではない。
ひっくり返ったメタルスコーピオンと、その下敷きになった仲間。そして、バンのソウイングワイヤーにより三体の動きを止めたに過ぎない。その後ろの三体は、すぐにでもそこを乗り越えてくるだろう。知能が低いのか幸いにも回り込んでこちらへ来ようとはしない。多少の時間稼ぎは出来そうだ。しかし、その強力な防御力によりライトブレードさえ効かないと言われるメタルスコーピオン。これをどう倒すのか。
ハッキリ言って剣士であるバチルとバンには相性の悪い敵に思われる。
魔法もなかなか効かないとは言われているが、それでも今まで使われた事のない魔法もあるかも知れない。そう言う意味では魔術師の方が相性は良いだろう。
確実に倒すなら、メタルスコーピオンの弱点である口に剣を差し込まなければならないが、戦闘中に口を開いてくれるとは限らない。
本来の戦い方は、そうなるまで防戦しながら待つしかないのだ。
天才バチル・マクトレイヤはこれにどう対応するのか。
「バチル。そっちは後で手伝うから、とりあえず抑えとけ」
「やかましニャ! さっさと後ろ行けニャ!」
魔法でメタルスコーピオンを抑えているバン。しかし、裕二の声が聞こえる方向を横目で見ると――
――なにっ! もう片付けたのか。
木々の間に挟まるベヒーモスは全て完全に動きを止めており、その首は地面に落ちていた。
――何だあの木は、あれも魔法なのか!?
そして、再びバチルの方に目をやる。すると、バチルは何をしてるのか良くわからないが、しゃがんで何かをしている。
――な、何をしてるのだ? 戦闘中だぞ。
「出来たニャー!」
そう言いながら立ち上がるバチルの両手と地面には、いくつかのどデカい泥団子がある。
バチルはそんな物をどうするのか。とても攻撃に使えるとは思えない。
――いや、バチル殿程の剣士なら、何か考えがあるに違いない。おそらく、あの泥団子の中には魔法道具のようなものがあるのだ。
「これを喰らうニャアアア!」
バチルはそう叫びながら泥団子をメタルスコーピオンの顔目掛けて投げつけた。すると、その顔は泥まみれになり、張り付いた泥はずり落ちてゆく。
――ど、どうなった……
だが、泥団子の中には何もない。いたって普通の泥団子だ。どう見ても、メタルスコーピオンの顔が汚れただけにしか見えない。
しかし――
「今ニャ!」
バチルはいきなり突進する。すると、同時にメタルスコーピオンがあっさり口を開いた。
「なにぃ! 何故だ!?」
バチルがメタルスコーピオンの口に剣を突き刺すと、同時にそれをグイグイ揺らす。
そして、その動きが止まると、即座にその場を離れ、二発目の泥団子をメタルスコーピオンに投げつけた。
「弱いニャアアア! かかってこいニャアアア!」
そして、背後に回った裕二。
「あのサルか」
そちらから来るのはホワイトデビルだ。その数は十五体と多い。
――コイツら時間差で来たって事は……前と右に気を向かせ、油断させてから背後を狙う。そう言う事になるな。
つまり、狙いは背後で守られるセーラの可能性が高い。
バンから聞いていた巫女を攫うモンスター。裕二はそれをホワイトデビルと聞いていた。
ベヒーモスやメタルスコーピオンよりも手が自由に使えるホワイトデビル。人攫いにはうってつけの役割と言える。
メタルスコーピオンとベヒーモスによる最初の攻撃は陽動だ。この一連の流れには何者かの意思を強く感じる。
――ダイヤモンドダストバースト!
裕二の手からキラキラと輝く冷気が広がる。
迫りくるホワイトデビルは、素早い動きで地表と樹上の両方から向かってくる。その地表からくる敵はダイヤモンドダストバーストの攻撃範囲へ突進し、派手な爆発音を立てて吹き飛ばされた。
同時にムサシを憑依させ樹上へと飛び移る。
「ギー!」
裕二の魔剣ヘイムダルは突如伸び上がり、ホワイトデビルを二体同時に串刺しにする。そして、そのまま剣を振り抜きながら他の木へと飛び移る。
「ヤベ、一体抜け……あ」
裕二の攻撃範囲外にいた一体のホワイトデビル。その一体が裕二を越えセーラを守る聖堂騎士団に到達する、かと思いきや。
「バカユージ、何やってるニャアアア!」
バチルの大声とともに巨大なメタルスコーピオンの屍が飛んでくる。バチルが魔剣ニャンウィップで投げ飛ばしたのだ。
そして、それは裕二を抜けようとしたホワイトデビルに物凄い勢いで衝突し吹き飛ばされた。
「わりぃ。つーかそっち終わってんのか?」
裕二は前を見ながらバチルに謝る。そして、吹き飛ばされたホワイトデビルにトドメを刺す。そのまま残された敵も倒してゆく。
その勢いにホワイトデビルはどんどん数を減らす。残るは一体だ。しかし――
「サル一匹逃げたニャアアア!」
再びバチルの大声が聞こえると同時に、裕二の後ろから魔剣ニャンウィップが伸びてくる。逃げたホワイトデビルはそれに絡め取られる。そして、バチルが剣を思いきり引っ張ると、最後の一体は裕二目掛けて飛んできた。
「おっと!」
そのままホワイトデビルは裕二の剣に突き刺さる。
「ストライクニャ!」
「ストラ……合ってるし」
そして、全てのモンスターは倒された。時間にしてほんの数分だろう。
――凄い……ほとんどユージ殿とバチル殿だけで倒してしまった。
バンはその凄まじい攻撃力とあり得ない程の速さに背筋が震え感動すら覚える。聖堂騎士団だけなら未だメタルスコーピオン一体すらも倒せていないだろう。そして、少なからず死傷者も出ていたはずだ。
現場にいながら良くわからない部分もあったが、裕二とバチルの戦闘力は想像を遥かに越えるものだった。
「怪我人はいな……ん?」
「ニャ?」
セーラと聖堂騎士団の元に集まろうと戻る裕二とバチル。だが、その動きは二人同時にピタリと止まる。
「どうされた。ユージ殿――」
二人とも森のある一点を見つめている。そこは自分たちからおよそ二十メートル程離れた場所。裕二達の視線の先には一本の木があるだけだ。
しかし、次の瞬間――
「エクスプロードフレイム!」
「ニャアアア!」
裕二がいきなり魔法を放つ。そして、コンマ数秒遅れてバチルが投擲ナイフを放った。
「なっ! いったい何が」
二人はバンの言葉を無視して、その木に駆け寄った。バンは訳もわからずそれを追う。
見ると木の表面は爆発で大きくえぐれている。そこにはバチルの投擲ナイフも刺さっていた。しかし、よく見るとそれだけではなかった。
「これは……何なのだ!」
木にはべっとりと緑色の液体がついている。
「バチル。どう感じた」
「危ない気配ニャ。色んなのが混ざってたニャ」
「そうか……でもとりあえず、もう大丈夫そうだな」
――どう言う事だ。
バンは混乱していた。この二人は何を思って攻撃したのか。自分には何も感じる事は出来なかった。そして、ここに残された緑色の液体。これはいったい何なのか。全てがバンの理解を越えていた。
――格が……違いすぎる。