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剣と魔法と七体の人工精霊  作者: ひろっさー
第三章 魔の森
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104 巫女の小部屋


 ヴィシェルヘイムの各地に点在する拠点になる休憩所。その中には特に大した物はなく、殺風景な大部屋、小部屋、炊事場がある程度だ。

 しかし、その奥には一室だけ巫女専用の部屋がある。

 殺風景なのは同じだが、聖堂騎士団用の部屋とそこからしか入れない小部屋。そこが数少ない女性である巫女の為に作られた部屋だ。


 現在、その部屋にはクリシュナード正教会の巫女であるセーラ・ロウェル。そして、シェルラック聖堂騎士団団長のバン・クルートートがいる。

 二人は粗末なテーブルを挟み、先程バスカートの治療を行った裕二について話していた。


「先程の話しですが……クルートート卿が彼に負けたのは本当なのですか?」

「ええ、間違いありません。模擬試合なので私は七割程の力で戦いましたが……」

「本気ではない……と」

「そう言って見栄を張りたいところですが……おそらくユージ殿は四割程度の力で戦っていたでしょうな」


 バンがそう思った理由。

 それは自身の中で強力な魔法であるソウイングワイヤーを初見であっさり破られた事もあるが、それよりも、その時感じた裕二の濃い魔力。それがあるなら、繰り出せる魔法はあの場で見た限りではないだろう。そして――


「純粋な剣の腕ならば私が勝っている自信もあります。ですが彼は時折達人かと思うような動きを見せるのです。そして、異常とも言える反応速度。おそらく魔法でしょうが……通常の身体強化の粋は遥かに越えてます」

「と言う事は、かなり強力な魔術師」

「基本はそうらしいですな」


 セーラは両手を握りしめて下を向き、何やら考える。そして、再びバンに向き直ると意を決したように話し出す。


「彼は信用出来る人物でしょうか? もしそうなら、あの事も……」

「ユージ殿は昨日ラグドナールと一緒にいました。その様子から見て悪い人間ではないようです。奴は人を見る目だけは確かなので」

「では――」

「早急に結論をお出しになされるな」

「はい……」


 セーラは握っていた両手を膝に置き、少しうなだれる。


「しかし、先程のユージ殿はどのように治療されたのでしょうな?」


 バンはセーラから少し視線を外しながら、そう問いかけた。それを聞いたセーラは突然思い出したように顔を上げる。


「はっ! そうです。あれはいったい……」

「ユージ殿には何かが見えていた。私にはそう思えました」

「私もです! もしそうであれば――」

「セーラ様。さっきも結論を急がれるなと申しましたよ」

「は、はい。すみませんでした」


 少し赤くなって下を向くセーラ。

 バンはそれを見て苦笑いしながら口を開く。


「まずは、その話しを糸口にユージ殿と親しくなっては如何でしょう。そして、セーラ様自身が彼の人となりをご判断なされては?」

「はい! それでは早速――」


 そう言って立ち上がろうとするセーラ。それを片手で抑える仕草で踏みとどまらせるバン。


「慌てすぎですぞ。ここには他の者が大勢います」

「そ、そうでした。すみません」


 またまた顔を赤くして急いで座るセーラ。その性格は慌てん坊なのか、それとも急いで聞きたい話しがあり、焦っているのか。そのどちらとも取れる。


「ところで、ユージ様の所属はどこなのでしょう?」

「そこまでは聞きませんでしたが、身なりからすると冒険者。アンドラークの小隊長が一緒にいたので所属はそちらでしょう。もう一人獣人の少女がいたので三人の少数分隊かと」

「そう言えば可愛らしい女性がいましたね。疲れてらしたのか眠っていたようですが」

「はい。ですがあの女性も相当な強者でしょうな。あれだけ無防備に眠っていて一分の隙もありませんでした。あの状態でも一太刀浴びせるのは非常に困難かと」

「そ、そんなに凄いのですか。全くそうは見えませんでしたが」


 目を見開いて驚くセーラ。だが、バンがそこまで評価するなら、たった三人の分隊であっても納得出来る。

 シェルラックにはそのような少数の隊がいくつかあるが、いずれも高名な冒険者だったりする。そういった隊はハッキリ精鋭と色分けされている訳ではないが、少なくとも兵士や冒険者達の間では各国から少数での行動を許された腕の立つ人物なのだろう、と言う風に見られている。


「おそらくここへ来る前、アンドラークでなにがしかの武功を上げたのでしょう。その功をオーメル将軍がお認めになられた」

「だから最初から少数分隊なのですね」


 セーラは両手を組んで祈るような仕草で目を閉じる。


「どうかユージ様が信用に足る人物であられますように。……クリシュナード様。私をお導き下さい」



「このまま森の奥に進む場合はここで寝泊まりしますが、今日は街に戻る予定なので少し休んだら帰りましょう」


 セーラとは別の部屋で休む裕二とバチルに、ビスターが予定を説明する。

 今日は初日なのでなれる事が優先だが、思いがけずバスカートの治療で時間を取られた。

 出来れば暗くなる前に街へ辿り着きたいところだが、多少暗くなったとしても、裕二とバチルがいればそれほど心配する事もないだろう。


「晩ごはんはバターソテーが良いのニャ」

「バターソテーですか。今日は無理ですが申請しておきます」

「ニャ! お前いい奴ニャ! 申請はいい奴の証ニャ」


 ビスターとバチルがそんな話しをしているのをボーッと見ている裕二。

 繊細な魔法を長時間使ったので多少の気疲れもあるのだろう。


「ユージいるか!」


 そこへ飛び込んできたのはラグドナールだ。バスカートの方は一段落したのか昨日と同じイキイキした表情で裕二の元にやってきた。良く見るとその後ろに数人の仲間を連れている。先程バスカートの周りにいた者達だ。


「ありがとうユージ。おかげでバスカートは何とか一命を取りとめたよ」

「そうですか。お力になれて良かったです」


 裕二がラグドナールにそう応えると、先程バスカートを呼びかけてた男も声をかけたきた。


「本当に助かったぜユージ。俺は奴と幼馴染みでな。バスカートに代わって礼を言う。ありがとう」


 裕二の周りに集まった者達が口々に礼を述べていった。その中には先程バスカートに治癒魔法をかけていた魔術師も含まれている。彼らは裕二から何か聞きたい事がありそうな顔をしている。その聞きたい事と言うのは十中八九、裕二の使った魔法についてだろう。


「ところでユージ。初対面なのにぶしつけで申し訳ないが……」


 ――だよな。なんて答えるか……


「先程の魔法。あれは何をしてたんだ? 何かの術式が書かれた紙を使っていたようだが」


 裕二は少し考えてから口を開く。


「あれは咄嗟の判断で感覚的にやった部分が大きいので、説明しずらいですが――」


 そう前置きしてから説明を始める。


 ミズルガルバイパーの毒は治癒魔法を阻害する。その阻害するものは何なのか。裕二はそれを瘴気と仮定した。

 瘴気ならば魔食いの指輪が有効ではないかと考えた。しかし、手元に魔食いの指輪はない。


「以前、友人がたまたま持っていた魔食いの指輪を調べさせてもらった事があって、その指輪に刻まれた部分は書き写してあったんですよ」

「瘴気に対して魔食いの指輪か……なるほど。それなら有効かもしれん。そこを打ち破れば治癒魔法も効くと言う事か」


 彼らも魔術師としての知識は豊富なようで、そこまでの説明でおおよその事は理解したようだ。

 とは言っても、ハッキリした方法論が確立した訳ではない。まだまだ研究の余地はあるのだろう。

 裕二は瘴気を取り除くのに時間がかかったが、本物の魔食いの指輪があれば結果はまた違ったかも知れない。


「と言う事は、今まで何度かミズルガルバイパーの毒を治療出来た事があったらしいが、もしかしたら周りに誰か魔食いの指輪を装着した者がいたのかもしれんな」


 大した価値のない骨董品扱いだった魔食いの指輪。所有してても持ち歩いている人間はほとんどいなかったのだろう。

 指輪を持ち歩いていたヘスも実際の効果は期待していなかった。単なるお守りとして持っていただけだ。

 それをたまたま所持していた者がたまたま治療の現場にいた。その低確率の偶然で生還する者が少数ながらいた。おそらくそう言う事だ。


「ありがとうユージ。いい勉強になったよ。俺の実家にも確かあったはずだな。早速送ってもらい研究してみる」


 いつの間にか裕二の周りには人だかりが出来ており、その話しに耳を傾けている。その中には聖堂騎士団の者も数名含まれていた。



「と言う話しをされてましたね」


 団長であるバンに命令され、裕二の様子を見に行っていた騎士。彼はそこで話されていた内容をバンとセーラに伝える。


「うぅ、私が聞こうと思ったのに……」

「まあ良いではないですかセーラ様。とりあえずユージ殿は瘴気を感じとっていた可能性は高そうですし。セーラ様が知りたいのはその先でございましょう」

「そ、そうですけど」


 裕二と話す為の取っ掛かりになる話し。セーラとしては、それを他人に奪われてしまったような気がしないでもない。

 軽くセーラをなだめたバンは、騎士に報告の続きを促す。


「人物としては非常に好印象でした。あのような貴重な話し、普通は教えなくて誰も咎めません。ですが彼は丁寧に説明されてましたし、他者に対する言葉遣いも他の冒険者ほど乱暴ではありませんでした」

「うむ、そうかご苦労。下がって良いぞ」


 報告の騎士を下がらせたバン。

 巫女専用の小部屋は再びセーラとバンだけになる。

 そして、先に口を開いたのはセーラだ。


「やはりユージ様なら話しても良さそうですね。あれ程の魔術師で人となりも問題なさそうですし」


 少し嬉しそうなセーラ。その反面バンは慎重な姿勢を崩さない。


「まずは親しくなる事が先決ですぞ、セーラ様。慎重すぎて困る事はないのですから」

「わかってます」


 セーラとバンの中では裕二と親しくなる、と言う事が決められたようだ。それは何かの目的があるのだろう。

 セーラ自身が知りたい事。それを裕二が知っているのかも知れない。そして、それはあまり周りには知られたくない。そんな感じに思える。


「しかし、ちょっと危ういですな」

「ユージ様の話された内容ですか? 私もそう思いましたが……」

「まあ仕方ありません。彼はまだシェルラックに来たばかりですので」


 バンはそう言って、少し神妙な顔で話しを締めくくろうとした、その時。


「何だか外が騒がしいですな」


 バンは小部屋から出て、他の騎士に様子を見に行くよう指示する。



 裕二達もそれに気づき、部屋の入り口辺りで様子を窺う。

 通路では数名の者が長い麻袋のような物を担いでいる。裕二はその様子をひと目見て、袋の中に何があるのか察した。


「あれは……遺体ですか」

「そうです。誰か命を落とされたのでしょう」


 死など日常茶飯事のヴィシェルヘイム。それでも仲間を失った者達は深い悲しみ、憤り、後悔はあるのだろう。麻袋を運ぶ者達の表情にはそう言った気持ちが色濃く滲み出ている。


「殺られたのはゼッカーらしいぞ」

「なに! ゼッカーと言えばかなり強力な魔術師だろ」

「ああ、ベヒーモス三体を同時に相手出来るような奴だ。確かシャクソンの隊に入ったばかりだったはず」

「またあそこかよ……」


 裕二と同じように様子を窺っていた者達からは、そんな声が漏れ聞こえてきた。


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