101 バンとラグドナール
「見ない顔だな。新参の冒険者……ん? 君はユージ・グラスコードか?」
「へ?」
新たな訓練場所を探すためシェルラックの外に出た裕二。その様子を見ていた何者かにいきなり声をかけられる。
汗まみれでダラリと伸びたグレーの髪。彫りが深く垂れ下がった目尻。細見だが、汗で体に張り付いたシャツからは鍛え抜かれた肉体が透けて見える。
その男はどうやら裕二の事を知っているようだ。しかも裕二のかつての名、グラスコードを知っている。
裕二はいきなりの事に間抜けな声を発したが、それを知る人間が何者なのか、すぐに警戒する。相手もそれはすぐに感じとったようだ。
「ああ、すまんすまん。そんなに警戒するな」
「はあ……」
「俺はラグドナール・ハルフォード。ペルメニア軍の中隊を率いている。ラグで構わないぞ」
「ハルフォード! って、あの」
「まあ……そうだな。君がお察しのハルフォードだ。そして、君の先輩。チェスカーバレン学院の卒業生だよ」
使徒の家系の一角であるハルフォード家。ラグドナールはそこの人間と言う事だ。しかもチェスカーバレン学院の卒業生。彼は卒業後、すぐにこちらへ赴任してきた。
詳しく話しを聞くと、裕二が一年生の時の五年生らしい。そして、その年の武闘大会で五年生の優勝者と言う事だ。
裕二はテリーから、他の学年に大した者はいない、と聞いていたのでほとんど気に留めてなかった。しかし、ラグドナールの方はそうではなかったらしい。
「ユージとテリオスの試合は見てたぞ。あれは凄かった。ハッキリ言ってふたりとも化け物だと思ったよ」
「ええ、ありがとうございます。テリーが強すぎて負けましたが」
「あの怪物に負けても恥にはならん。むしろ互角に戦ってたろ。遠目に見てもお前たちは異常だったぞ」
ラグドナールは笑顔で裕二に語りかける。その時の様子を思い出しているのか少し興奮気味だ。
「で、何でここに? まだ卒業してないだろ」
「え、まあ……色々あって」
「そうか。君は確か養子だったな。色々あるのだろう。詳しくは聞かん」
「あの……出来たら自分の素性は……」
「任せろ! 俺は口がかたい」
ラグドナールは親指を立ててとびきりの笑顔でそう答える。少し軽そうな雰囲気だが、まあ大丈夫そうだ。
「と言う事は、街道でキュクロープスをあっさり倒したのもユージか」
「はい。自分とバチルですね」
「バチルって、バチル・マクトレイヤか!」
「そうです」
「コイツは凄い。君とテリオスは化け物だが、彼女は天才といった感じだな」
天才と化け物。どちらが良いのかよくわからないが、ラグドナールの中では高評価なのは間違いなさそうだ。彼はイキイキとそれについて話している。
「そうか……ならば是非うちの隊に来てくれ! 二人とも高待遇で迎えるぞ」
「いや、それが既に……アンドラーク軍に」
「え……そうか。だよな」
肩をガックリと落とし、首を振って残念がるラグドナール。動きがいちいちオーバーだ。しかし、その様子を見ていると彼の人柄もわかってくる。基本的に明るく楽しい人物のようだ。仕事になれば切り替わるのだろうが、今のところ中隊長と言う役職には見えない。
だが、裕二の背後では霊体化のセバスチャンが少し心配している。
ハルフォードの人間でペルメニアでの裕二の事を知っている。となると彼はクリシュナードの情報をどの程度得ているのか。
トラヴィス家、ジェントラー家、ハリスター家、チェスカーバレン家、そして宮廷諜報団は既に裕二がクリシュナードと知っている。
ハルフォードの人間が知っていてもおかしくはない。
セバスチャンはクリシュナードの件を伏せて裕二に促す。
――裕二様。彼は裕二様がペルメニアの警備兵を倒した情報を得ているのか、それとなく確認して下さい。
――そうだな……わかった。
「ラグさんはたまにペルメニアへ帰ったりしてるんですか?」
「いや、忙しすぎて全くだ。当分は無理だな。向こうの様子はどうなんだ?」
「自分もあまり……」
ラグドナールは卒業後、すぐにこちらへ来たと言っていた。クリシュナードの件が発覚したのはその後だ。彼が演技をしていなければ、とりあえず警備兵の件とクリシュナードの事は知らないらしい。
まだ情報は漏れていない、と言う事だろうか。今はそれ以上の確認は無理だろう。
彼はその後も聞いてないのにペラペラと喋る。その様子から、あまり心配しなくても良さそうな印象を受ける。
どうやら彼はハルフォードの長男、次期当主候補らしい。そんな人物がここにいて良いのかとも思うが、現当主の父親がかなり厳しい人らしく「シェルラックで死ぬ程度の人間にハルフォード家は任せられん!」と、言われたと言う事だ。こちらでそれなりの修行を積めと言う事だろう。
そして「何としてもテリオス・ジェントラーを越えろ!」と、何度も言われたようだ。ジェントラー家にライバル心でもあるのだろうか。
「あんなのどうやって越えれば良いんだ? 魔法も剣も超一級なんだぞ。親父は何もわかってない! お前はテリオスの使ったブレードスライダーは使えるのか、だとさ。俺は宮廷魔術師じゃないんだから出来るワケないだろ」
一応武闘大会の優勝者なのだから、それなりの実力はあるはず。だからこそ、テリーとの格の違いを感じているのかも知れない。話しを聞く限り魔法より武闘派の家系と言う感じだ。
その後もラグドナールはどうでもいい事を喋り続け、裕二は密かに『お喋り中隊長』と言うあだ名を付けておいた。
「せめてバイツには勝ちたい……とは思っていたが」
――思っていた……もしかして負けた?
おそらく練習試合でもしたのだろう。裕二はそれについては詳しく聞かなかった。
「いやーそれがバイツが入学したての頃に試合を申し込まれてな……」
だが、ラグドナールは勝手に喋りだす。
このお喋りはいつまで続くのか。そう思っていた時、裕二はこちらへ近づく気配を捉えた。
「お前たちいつまで喋っている。気が散るからさっさと失せろ」
そこに現れたのは赤茶の髪を短く刈り揃え、口髭をたくわえた男。見た目の歳は三十代だろうか。体から立ち昇る湯気は今まさに訓練中だったのだろう。彼はイラついた表情でこちらを睨みつける。
「あ、すいません。バンさん」
ラグドナールは苦笑いしながら軽く謝る。その様子からするとこれが初めてではなさそうだ。
「ユージ。彼はバン・クルートート。クリシュナード正教会、シェルラック聖堂騎士団の団長だ。悪い人じゃないけどちょっと怖い」
「はあ、ユージです。よろしくお願いします」
バンはチラリと裕二を見て軽く頷いた。見るからにぶっきらぼうな感じだ。だが、頷いてはくれたのでラグドナールの言うとおり悪い人ではなさそうだ。
そして、聖堂騎士団と言う事はクリシュナードの熱烈な信者でもあるのだろうか。少なくとも、教会の為、クリシュナードの為に命を張る職業なのは間違いないはずだ。
冒険者や軍隊とは目的が同じであったとしても立ち位置が違う。
「バンさん。キュクロープスの件は聞きました? やったのはこのユージだそうですよ」
――いや、余計な事言わないでくれ……
「ほう、そうは見えんな。魔術師か」
「え、まあ。剣も多少使いますが」
「いやいやバンさん。多少どころじゃないですよ。このユージはあのテリオス・ジェントラーをあと一歩のところまで追い詰めるような奴ですから」
「なに! テリオス……ジェントラー家の倅か」
――やめてくれ!
寡黙であまり表情豊かとは言えないバン・クルートート。だが、裕二がテリーと互角に戦ったと聞くと大きく目を見開いた。
「それは失礼した。テリオス・ジェントラーと言えば入学時にあの、リシュテイン学院長と互角に渡りあったと聞いている」
――知らんがな。つーか初耳なんですけど。
「私が学院にいた時、卒業まで学院長には一打も浴びせる事が出来なかった……だが、今の私なら!」
――この一人語り展開は……
「ユージ、いやユージ殿。謹んで手合わせ願いたい!」
バンはそう言って頭を下げる。
裕二から見てかなり年上のバン・クルートート。しかも聖堂騎士団団長と言う事もあり、それなりの威厳も放っている。その彼が、裕二のような少年に対して頭を下げるのであれば、そうそう断れるものではない。
「わ、かりました」
「すまんな。では手合わせ願おう」
ほんの少しだけ唇の端をニッとつり上げるバン。だが、笑っているようには見えない。笑顔を作るのは苦手そうな人物だ。
「ユージ。これを使え」
ラグドナールは裕二に木剣を投げてよこす。バンも自分の荷物から木剣を取り出した。
「ルールは相手を殺さない事。傷を負わせても治癒魔法で治せる範囲にする事。あとは何でもありだ。審判はラグドナール。頼んだぞ」
そして、両者は距離をとり剣を構える。それを確認したラグドナールは手を真上に振り上げた。
「では、始め!」
その途端、バンから強い魔力の流れを感じる。裕二はそれを目を細めて視認する。これは裕二が以前にタルソット村で魔人の像に残る魔力を視認したのと同じ方法だ。
バンの体は自身の魔力に覆われている状態だ。
――身体強化……いや、魔法の防御。両方と考えておくべきか。
裕二は即座にソニックディストーションを放つ。
――やはりダメか。
魔法はバンに到達している。しかし、その影響は感じない。直後にバンは地面を蹴って走り出す。かなりの速さだ。
裕二は下がりながらムサシを憑依させる。しかし、バンの踏み込みはかなり速く、即座に対応する。
二つの木剣は硬い音を立てて交わった。
バンは直後に体制を翻し肘での攻撃に移る。裕二はそれをしゃがんで避けながら地面に手をつき、バンの足を蹴り払おうとする。だが、バンもそれを後ろに飛びながら回避する。
裕二は立ち上がる勢いでバンを下から斬り上げる。が、バンは更に後ろへ下がり裕二の剣は僅かに届かない。
「スゲー。まるで演武だな」
ラグドナールは二人の流れるような動きに圧倒され、自分が審判だという事を忘れてしまいそうだ。
――強い。だが、ムサシには全く及ばない。
普段からムサシを相手に訓練をしている裕二。圧倒的な強さのムサシに勝てそうな剣士など今まで見た事はない。
それはこのバン・クルートートも同じ。だが、それでも強いと感じる。
「やはり、強いな」
バンは一言、そう漏らした。
「だが……」
バンは左手の平を裕二に向け、何かを掴むような仕草をする。
「ソウイングワイヤー!」
「っ!」
裕二の周りから銀色の細長いワイヤーが伸びる。そのワイヤーは、裕二の体をがんじがらめに縛りあげ拘束した。
「何だこれは!」
首と指先以外は全く動かせない強力な拘束魔法。裕二の知識にはない魔法だ。
完全に拘束され見動きの取れない裕二に、バンは躊躇する事なく剣を振り上げる。
だが――
――この魔法……
裕二は咄嗟に足へ魔力を込めた。その矛先はワイヤーが伸びる地面。裕二には不思議とその起点になる部分が見えていた。そこへ大量の魔力を流す。
すると、ワイヤーはガラスが割れるような音を立てながら砕け散る。
「なにっ!」
バンはそこで一瞬だけ躊躇した。それは絶対的に自信のあった魔法を破壊された。と同時に、裕二の強力な密度の濃い魔力を感じたせいもある。
その隙を裕二が見逃すはずもない。
「ぐはっ!」
裕二は木剣の柄をバンの鳩尾に叩き込む。そして、膝をつくバンの首筋に木剣を突きつけた。
「それまで! ユージの勝ちだ」
膝をついたまま油汗を垂らすバン。
「無念……あれを破られるとは」
裕二はバンに手を差し出した。バンもその手を取り立ち上がる。
「凄い魔法でしたね。ヤバかったですよ」
「ユージ殿は今の魔法を知っていたのか?」
「いえ、初めて見ました」
「そうか……あれは聖堂騎士団のみ閲覧が許される魔術書に書かれてある魔法。詳しく教えられんが、それを打ち破れる者は多くはなかろう」
「そんな魔術書があるんですか」
剣士であるバンが、その補助として覚えた強力な拘束魔法。おそらく彼は、その魔法で幾多の敵に勝利してきたのだろう。ガックリ肩を落とした様子からそれを窺い知る事が出来る。
「クリシュナード様が直接お書きになったものだからな。非常に貴重な書物だ」
――なるほど。そう言うことですか。
それを裕二の背後で聞いていたセバスチャンは合点がいったようだ。
クリシュナードが書いたと言う事は、かつての裕二が書いたと言う事になる。つまり、裕二がその魔法の発案者だ。ならばそれを打ち破れたとしても何らおかしい事ではない。
もちろん裕二はそれに気づいていないが。
「いや、素晴らしい腕だった」
そう言いながらバンは裕二に握手を求める。裕二も快くそれに対応する。
「だが、ユージ殿。ここシェルラックでは強い者ほど早く死ぬ。重々気をつけられよ」
バンはそう言うと、静かにその場から立ち去った。




