第01話
おまけ話です。
こちらは本編ヒロイン暁美さんのお母さん、加奈子さん側の本編ラストに至るまでのお話しと、その後のお話しになります。
企画の年下ヒロインというレギュレーションからは外れていますし、話としては本編だけで完結していますので、お時間のある方のみどうぞ。
「喉渇いた……」
時計を見ると、まだ午前三時。
「中途半端な時間に目が覚めちゃったな……」
朝ご飯を作り始めるにはまだまだ早い。
それは兎も角、こんな時間に目が覚めてしまった要因を解消するべく、隣に眠る愛しい夫の目を覚まさせないようそーっとベッド脇のサイドテーブルに置いてある水筒に手を伸ばした。
「ほんと、あなたのせいなんだからね」
ハチミツ入りの水を飲んで一息ついて、独りごちる。
今回も彼にどれだけ嬌声をあげさせられただろう…… 最後には意識まで飛ばされて……
まだ喉が少しイガイガとする。
……自分がこんなにも乱れるようになるなんて思ってもみなかった。
年下の彼に思う存分いじられて、最後には自分から甘えておねだりまでしてしまう今の自分をあの頃の私はどう思うだろうか。
結婚して三年…… 子供も産まれた今も尚「加奈子に飽きられて捨てられないようにしないとな」と言いつつ彼は私の身体の開発に余念が無い。
そして日頃の家事、育児の手伝いは勿論、休日の家族サービスも欠かさない。
言葉で行動で私への愛を伝え続けてくれる、そんな私にとって勿体無い程に理想の夫……
だからこそ
『捨てられないように』…………それって、私の方こそ言いたい台詞なんだけどな。
彼の周りには職場を始めとして若くて可愛い子が沢山いる。
家族の随伴が許されている会社のパーティーに連れて行かれた時にも、わかりやすい嫉妬の視線を随分と浴びせられた。
彼は、飾らない普段着で道を歩いてすれ違うだけで振り返って熱い視線を浴びせ続ける人が絶えない程の美形様で、更に、中身は若くしてエリートコースに乗った超優良物件だ。
おまけに彼はどうでもいい相手に対しては極めて紳士的に振る舞うというこれまた困った習性がある。
そんな彼と常日頃職場を共にして過ごしていれば、彼の外観に、彼の仕事ぶりに、彼の紳士的な態度に恋心を抱く子がいたって何ら不思議は無い。
ましてや彼の隣にいるのは彼女らの母親と大差無い年の過去に婚姻歴がある女……
これなら勝てるんじゃない? と思われるのもわかる。
プロポーズされ続けたあの頃と変わらず、今も他の女なんてどうでもいいと言う彼に心も身体も目一杯愛されつくしている自覚はある。
私だってもう彼の居ない未来は考えられないし、彼を想ってやまない日は無いくらいに愛している。
それでも、今この瞬間もいったいどれだけの子が彼に粉をかけているのだろうと思うと不安になるのだ。
決して彼を信じられないわけでは無い。
唯々、彼と二十歳以上の年の差な自分に自信を持ちきれず、愛される資格だとか余計なことを考えてしまう自分の弱さ。
かつてそんな事を口走り、彼に怒られたのと同時に酷く悲しませてしまった苦い経験から二度と口に出来ない不安。
私は彼といつまで身体を重ねられるだろう……
六十代まで頑張れたとしても、その時彼はまだ四十代。
五十代で終わってしまえば彼は三十台…… 男盛り真っ最中よね。
性行為だけが夫婦ではないけれど、セックスレスが離婚の原因として裁判で認められる理由となる程に重要な事も否定できず、それが無いなら無いなりに夫婦の信頼を築く日々の生活を充実させられる何かが必要だと言うことだ。
今現在、性生活が思っていた以上に充実しているだけに、年を経るにつれそれが失われた時の不安に繋がっていくという贅沢でありながら真剣な悩み。
信じてるというだけで安泰な夫婦関係が向こうから転がり込んでくるなんて甘い考えに浸れる程若くも無いしね。
そんな訳で、出来る限り長く彼に愛して貰える身体作りと、行為が無くなった後も彼に見合う女であり続ける為の自分磨きを欠かすつもりはない。
彼に請われて専業主婦になり、同じく専業主婦になった娘と共に時間をやりくりをすれば、家事・育児をこなしつつも時間の余裕はとれるので、その余裕を彼に愛される為の自分作りに使う。
身体作りの基本はまず食事から…… これは当然、彼の為にも娘の為にもなるということで、特に力を入れる。
元々料理は得意な方ではあったけれども、更なる上を目指して味は勿論、栄養バランスも重視した料理教室にも通って毎日の食事に気を配り、女性専用フィットネスで適度に運動をこなして、アロマエステにも定期的に通っている。
ひょっとして、今の方が昔よりお肌が綺麗? なんてね。
最近通い始めた裁縫教室やフラワーアレンジメント教室では、若いママさん達と知り合って友達になる機会も増えて彼と同世代との会話スキルも上がってきた気がする。
更にはご近所の先輩奥様に「お互いに同じ趣味を持って一緒に楽しみながら日々を穏やかに過ごせば、手を繋いで歩くだけで心が安らいで幸せにいられるものよ」とアドバイスを受けたことで、娘が幼い今は休止中だけれども、この子が大きくなったら彼の趣味であるスキューバのライセンスも取って家族で潜りに行きたいねなんて事も話して、今は娘を水に慣らせるついでに三人でスイミングスクールに通って泳ぐことに身体を慣らしている。
彼が目を輝かせながら語る海の中の光景に、私も今からワクワクしながら水族館に出かけてはイメージを膨らませつつ、早くその日が来るのが待ち遠しくて仕方が無い。
そして彼は彼で、私の花好きに引っ張られるように花樹に興味を持ち始めて家族旅行の行き先にフラワーパークやイングリッシュガーデンを見に行く選択肢が増え、庭で一緒に花壇の世話をする時間も増えた。
こうして身体を動かし絞り込むにしろ、新たな知識や技術を身につけるにしろ、年齢を感じないわけではない。
それでも不安を逆に前に進んでいく力に変えて、彼と共に幸せに歩んでいける糧になると思えばいくらでも頑張れる。
そう思うと、不安という危機感を抱えている事も悪くない気がしてくるから不思議だ。
それに、まだ二歳の娘にしたって将来学校行事に来るお母さんは綺麗な方が嬉しいわよね。
特に授業参観という名のお母さん品評会…… その時一緒に並ぶ相手は年若いお母さん達だ。
そこにどれだけ努力しても超えられない壁があるのもわかってる。
それでも少しでも心も身体も綺麗で居てあげたい。
まさか、この年になってこんな想いに心を揺さぶられて突き動かされるなんてね……
私も変わるもんだわ。




