第07話
そしてバレンタインデーへ向けての作業を開始した……
今までは自分の家で作れば済んだのに、現状は新婚夫妻の愛の巣。
お隣からでも垣間見えるラブラブっぷりに、あの場に踏み込んでのケーキ作りは流石に躊躇われた。
なので、おじさんにバレないようにしながらこちらの家で準備を進める事にする。
まず、お母さんがバレンタインデーに用意するのがケーキでは無い事を確認して、ケーキ作りの道具をこちらの家に運び込む。
そして、生地の保管と隠匿用に大きめのクーラーボックスを二つ買ってきた。
そしてバレンタインデー前日…… とにかく許された時間いっぱいチョコレートケーキ生地を焼く。焼く。そして焼く。
匂いが残ることを考えると、おじさんが帰ってくる一時間前にはやめないといけないので、ここでいったん終了。
スポンジをしっかり冷まして、クーラーボックスの中に。
更にバレンタインデー当日……
大、中、小のスポンジをそれぞれ横半分に切って、生クリームを挟み込む。
半分に切ったスポンジをもう一度一体化し、三段重ねの予定なので一番下のスポンジにかかる負担を考え、先にしっかりテンパリングしてツヤを出したチョコレートを塗っていく。
それからチョコレートがしっかり固まって耐久性を増した所で三つのケーキを大中小の順で重ねていった。
重ねたところにチョコを塗り足してそれぞれのケーキを一体化させ、これで三段チョコケーキの完成。
後は、チョコレートクリームでデコレーションし、予め買って来ていた華やかなチョコレートフラワーを乗せていく。
これで準備は整った。
後は服を着替えて、おじさんが帰ってくるのを待つだけ……
そろそろおじさんが帰ってくる頃…… 鏡の前で自分自身を眺める。
「よしっ。大丈夫。いける。大丈夫よ。だから頑張って私」
鏡に映る自分に激励の言葉をかけて覚悟を決める。
ピーンポーン♪
帰ってきた!
小道具を手に持ち、リビングで待つ。
かちゃかちゃ、かちん。
チャイムを鳴らした後、おじさんはいつも自分で鍵を開けて入ってくる。
だからこそできる演出。
「ただいま、暁美ちゃ……」
リビングに入ってきたおじさんが私を見て息をのんだ。
それもそのはず、今の私は、Aラインオフショルダーのコサージュフラワーコーディネートのまっ白なドレスを着て、ヴェールを頭に被って、手にはブーケを持って軽く目を伏せていた。
その姿は正にウエディングドレスを纏ったお嫁さんに見えるだろう。
このドレスも今日のために借りてきた。
「お帰りなさい、正嗣さん」
そして、敢えておじさんの事を名前で呼ぶ。
私がおじさんに対してこの呼び方をしたのは初めてのこと。
「暁美ちゃん、これはいったい……」
訳が分からないといった顔で私を見る、おじさん……
その顔に心が引けそうになるけど、ここが勝負所なんだ…… 頑張れ私。
ぎゅっと拳を握りしめて、言うべき言葉を絞り出した。
「……正嗣さん。ずっと…… ずっとあなたが好きでした。でも、正嗣さんにはお母さんが居るからと思って…… だから諦めなきゃって思ってました。でも、お母さんは正樹と結婚して……」
おじさんは気持ちを吐き出し続ける私を何も言わずに見ていた。
「それなら正嗣さんは誰のものでも無いんだってわかって…… そしたら、私にもチャンスはあるのかなって思って…… もう見てるだけは嫌なんです。だから私…… 私……」
覚悟を決めたはずなのに、昂ぶっていく感情に続けるべき言葉が出てこなくなる…… どうしよう、泣きそう……
「もう言わなくていいよ、暁美ちゃん」
「え?」
「今までの言葉とそのドレスで暁美ちゃんの覚悟は充分に伝わってきたから……」
「えっと、あの……」
「僕は暁美ちゃんより二十歳年上なんだけど?」
「お母さんの所はもっと年の差ありますよ?」
「あー、うん。それもそうだね。そうすると年の差を理由にはできないな」
そう言っておじさんは笑った。
「でも、暁美ちゃんにはもっと素晴らしい男性が現れると思う」
「その男性が正嗣さんなんですよ? 正樹ほどでは無いですけれど、私にも七年間の下積みがあるんです」
「僕は正樹だけじゃ無い、君にも本当に幸せになって欲しいと願ってるんだけどな」
「その幸せを正嗣さんに求めては駄目ですか?」
「……はぁ。暁美ちゃんも正樹と同じ目をするんだね」
「え?」
「正樹が加奈子さんと結婚したいと言ったときの目がそうだったよ」
「……そうなんですか?」
「ああ。そして僕はその願いを無碍に出来なかった」
「…………えっと、それって……」
「僕の負けだ、暁美ちゃん。そして僕と結婚して欲しい。お願いできるかな?」
一瞬、あまりの喜びにその言葉を理解することが出来なかった。
それでもその言葉がじわじわと染み込んできて、私の心に到達した瞬間、目から涙がこぼれ落ちた。
「はい…………よろこんで。 私を…… 私を貰ってください」
そして私はおじさんの胸に飛び込んだ。
そのままおじさんの腕の中でいつまでも抱きしめられていたかったけれど、おじさんが私の後ろにあったそれが気になって仕方無さそうだったので説明の為に名残惜しい気持ちを残しながらおじさんから離れた。
「これは……」
「バレンタインデーですから、チョコレートウェディングもどきケーキです」
「………………」
「はい、これを一緒に持って下さいね」
手には大きめのケーキナイフ。
「ケーキ入刀か。でも、結婚式前に共同作業っていいのかな?」
「私、結婚式ではファーストバイトがしたいんです。だからケーキ入刀は付き合い始めの今日にしたくて」
「なるほど、そうか。それじゃ一緒に切ろうか」
「はい」
そして二人で一つのケーキナイフを持ち、一番下の段のケーキにナイフをいれる。
さあ、ケーキの入刀です。二人が付き合い始めて初めての共同作業です。
お写真を撮られる方は前へー なんちゃって。
ナイフを入れ終えて脇に置き、ふと横を見るとおじさんも私を見ていました。
それが嬉しくてにこっと笑いかけると、おじさんが「これからよろしくね、暁美ちゃん…… いや…… 暁美」と言ってくれたのです。
「はい。こちらこそ、末永くよろしく御願いします。正嗣さん」
そしてそのまま正嗣さんの顔が私に近づいてきて、私は顔を少し上向きにして目を閉じました。
そのまま私達は一つに重なって…… 私のファーストキスはケーキを食べる前から甘い味がしました。




