第03話
「…………ちゃん、……けみちゃん、暁美ちゃん」
「え? あ、はい。なに?」
「どうしたの? 暁美、ぼーっとして」
「あ、ご免、なんでもない。えっと、なんだっけ」
いけないいけない、先日のことを思い返してたら周囲が見えなくなってた。
私の悪い癖だな。
「折角、正嗣さんがネクタイのお礼を言ってたのに暁美ったら」
「え? ごっ、ご免なさいおじさん」
「いや、そんなに恐縮しないでいいよ。凄くいいネクタイだね。僕の好みにぴったりだ、ありがとう」
「あ、いえ。喜んで貰えて嬉しいです」
うわ、照れる。
それに、そうやって眩しい笑顔を向けられると思わず頬が熱くなって……
――ダメダメ、私の気持ちを知られるような真似は絶対駄目。
舞い上がりそうな気持ちを誤魔化すように、照れ隠しに私のプレゼントへ手を伸ばす。
「こ、これが私へのプレゼントよね。何かな? 開けて良いよね?」
「勿論」
袋を開けてみると、中には綺麗な織物…… マフラー? ううん、それより大きめなこれは……
「わぁ、ストールだ。綺麗ー。それにすっごく肌触りいい。これカシミア?」
「そうだよ。お店で見かけたとき、真っ先に暁美ちゃんに似合いそうだと思い浮かんだんだ。喜んでくれて嬉しいよ」
「これ、おじさんが選んでくれたの? ほんとに嬉しい。ありがとう」
ふわっと包まれるように羽織られる感覚がまるで優しいおじさんみたい…… どうしよう、ほんとにほんとに嬉しい。
今日はこれを羽織って寝ようかな?
そして、正樹へのプレゼントはお母さんから万年筆でした。
なんだか凄く高級なものらしくて、正樹が恐縮していた。
そっか、私達も来年からは社会人…… 社会に出たらそういうのも必要になるんだなー
「お母さんへのプレゼントは正樹が選んだものだよ」
「……そうなのね」
なんだかお母さんが緊張した面もちでプレゼントを見つめていた。
「どうしたの? お母さん」
「ううん。何でもないわよ?」
そういってお母さんはぎこちなく笑った…… どうしたんだろう。
「まあいいじゃないか。それよりも早く開けてみせてくれないかな。正樹が何を選んだのか興味あるよ。正樹のプレゼントはいつもセンスが良いから楽しみだ」
「……そうね。それじゃ…… あら、これは……」
ネックレスだ。
トップには青色の…… 宝石?
「うわー、きれー。お母さんに凄く似合いそう」
華美な飾りは無く一見シンプルだけど、よく見れば凄く手がこんでいて、ただシンプルなだけじゃ無い美しさが映える。
本当にお母さんの為に選んだというのが何も言われなくてもよく判る逸品よね、これ。
「正樹君、これ、ひょっとしてサファイア?」
「そう。サファイア。加奈子さんの誕生石だよね」
「台座もチェーンも繊細な作りでとても素敵…… 高かったでしょうに……」
「うん、まぁね。でも、今日の為にアルバイトしてしっかり貯金してきたから大丈夫だよ」
そう…… 正樹は、高校の頃から学校に掛け合って許可を取りアルバイトをしていたのだ。
そして、大学に入ってからは家庭教師を軸に、常に複数のアルバイトに精を出していた。
それでいて勉強も手を抜かずに優秀な成績を収めているのだから、誰も文句の付けようも無い。
以前、私は正樹に、なんでそんなに頑張れるのかと聞いたことがある。
それに対する正樹の答えは『目的があるからね』だったのだけれども、その目的自体が何かは教えて貰えなかった……
これがその目的だったの?
「それから、これも加奈子さんに」
そう言いながら、正樹は側に置いてあった紙袋から花束を取り出した。
赤い薔薇と白い薔薇がバランス良く配置され、更に赤く細長い花びらが密集して大きく華やかに広がる花で形にアレンジを加えている綺麗な花束。
お花が大好きなお母さんには最高のプレゼントかも。
流石に長年の家族づきあいだよね。本当にお母さんの事をよくわかってる。
「綺麗な花束だね。赤白のバラと…… これは何の花?」
「……菊よ」
「へー、菊に赤いのってあるんだ。華やかだね。それにしても、さっすがお母さん。よく知ってるね」
菊って、お刺身のパックに入ってる黄色のあれってくらいしか印象になかったよ。
「…………正樹君、これって……」
「もう受け取って貰えますよね?」
そう言って、にっこりと笑う正樹。
お母さんはその花束をじっと見つめたまま動かない。
「何? どうしたの? お母さん」
「ううん。なんでもないわ」
そう言いながらもお母さんは、じっと花束を見つめている。
そして大きく息を吐くと、ようやく「ありがとう」と言ってその花束を受け取った。
「……ありがとう、加奈子さん」
「え? なんで送った正樹がお礼を言ってるの?」
「ああ、そのうちわかるよ」
そう言って嬉しそうに正樹が笑った。
「それじゃあ、プレゼント交換も終わったし、もう一度乾杯しようか」
おじさんがそう言って近くにいたウェイターに目配せすると、ウェイターはにっこりと笑ってグラスワインを持ってきた。
全員がグラスを手に取ると、おじさんが乾杯の音頭を取る。
「それでは新たに社会にでる二人に。そして全員のこれからの未来に乾杯」
「「「かんぱーい」」」
クリスマスパーティーの帰り道…… 早速、プレゼントされたストールを羽織った。
これを羽織っていると、おじさんに肩を抱かれているような気になって幸せが込みあげてくる。
こんなに嬉しいプレゼントだ。私の隣を歩くおじさんにもう一度お礼を言おう。
「おじさん、これ、本当にありがとう。すっごく嬉しいよ」
「早速使ってくれるとはね。送った方としても冥利に尽きるよ」
「これを羽織ってたらおじさんに包まれてる気分になれて…… 嬉しい」
言った後で、大胆なことを口走ってしまったことに気付く。
お酒の勢いもあったとは言え、これは無い。
「あ、えっと、今のはそういう意味じゃ無くて、えっと、家族として――」
「僕も暁美ちゃんをそうして包んでいられると思うと嬉しいよ」
「――それで…… え?」
「ずっと暁美ちゃんを見守ってきたからね。そう言って貰えるということは、君を守れてきた証だと思えて自分を本当に誇らしく思う。これからもずっと守っていかせて欲しいな」
そっか、家族として…… お母さんと結婚したら、おじさんが私のお父さんになるんだもんね。
そうしてずっとこの人に守って貰える……
それもまた幸せなことなんだよね。
「はい。これからもよろしくお願いしますね」
「ああ」




