第02話
今日、この場に居る私達の関係は――
母子家庭の私の家と、父子家庭のおじさんの家は幼稚園の頃からのお隣同士。
そして、おじさんの息子の正樹は私の幼馴染み。
小さい頃から正樹と一緒に育って一番の仲良しな相手で……
お互いを異性と認識し始める頃の小学生にありがちな周囲に囃し立てられるというイベントにもめげず、互いに意地を張って疎遠になる等といった事も無く、中学の頃にはすっかり周囲からカップル扱いされるようになっていました。
お母さんとおじさんも、いつも一緒に居る仲の良い私達二人に引きずられるように仲良くなり、今では生活面の殆どが重なり合う家族ぐるみの仲になりました。
「暁美は本当に正樹君と仲が良いねー。将来は正樹君のお嫁さんかなー?」
小学生の頃、お母さんにこう言われて、嬉しそうに「うん、わたし、まーくんのおよめさん」と答えていた私を、今の私はそんな簡単に言うなと叱ってやりたい。
自分で自分の想いを閉ざす手助けをしてどうすんのよー
私を正樹は、お互いの存在が近すぎました。
お陰でお互いを男女として見る事が出来ない、仲良し兄妹の意識を超えられない……
気付けばそんな存在になっていたのです。
そんな状況の中、高校一年の時、私はおじさんを一人の異性として意識するようになりました。
きっかけはクラブ活動で帰りが遅くなって薄暗くなった帰り道…… そこで道路のへこみに気づかずに足を取られて転倒してしまい、足首を挫いて動けなくなってしまったのです。
そこにちょうど日課にしているランニング中のおじさんが通りがかり、私をおんぶして家まで連れて帰ってくれ、その広い背中に心を奪われたのでした。
そして、一度意識してしまうと後はどんどん好きになっていくだけ……
ついおじさんを目で追ってしまい、そこで新たな魅力を発見して、また更におじさんを追いかけて…… そんな大好きスパイラルにはまりこんでいったのです。
それでも私がおじさんに気持ちを打ち明ける事が出来なかったのは……
「正嗣さん、これもお願い」
「ん、みじん切りね」
ずっと以前から、無駄を省く為に我が家とおじさんの家は出来る限り一緒に私の家で夕食を共にとるようになっています。
私と正樹が県外の大学に進学してからは、外観に似合わず奥手な二人は気恥ずかしいのか夕食を共にすることは殆どないらしいのですが、私達が帰省の折にはあの頃と変わることのない習慣で夕食を共にとっています。
今日の夕食当番は、帰省した私達の疲れを癒すという名目上、お母さんとそれを手伝うおじさん。
四十代も半ばの今も尚、すっぴんの状態ですら三十そこそこにしか見られない私の自慢な綺麗なお母さんと、年がそのまま素敵な渋さになった恰好良いおじさん…… こうして後ろから見ててもすごく絵になる二人。
おじさんと一緒にいる時のお母さんのすごく楽しそうな笑顔に、やっぱり二人のことを邪魔出来ないよねぇと思うのです。
他の人を好きになれたら楽になるんだろうな……
ピーンポーン♪
仲睦まじい二人を見ながらそんな風に考えているとドアチャイムが鳴った。
うん、この時間ならたぶん正樹だね。
私達二人は通う大学こそ違えど所在地は近くなので、同じアパートの隣同士に部屋を借りています。
正樹が隣に住んでたら防犯的に心強いのと、一緒にご飯を作れば食費も減らせるというのがその理由。
そういう状況なので普段なら一緒に帰省しているのですが、今回は正樹のアルバイトの予定があった事と、私もこちらに急ぎの用事があった事とで私だけが先に帰っていたのです。
ドアフォンのボタンを押すと、そこに映っているのはやっぱり正樹。
「正樹が帰ってきたよ。私が迎えに出るね」
「おねがいね。ご飯すぐ食べるか聞いてくれる?」
「わかった」
そう返事して、スリッパの音をパタパタとさせながら玄関に向かう。
ドアを開けると――――
「ただいま」
勿論そこにいたのは正樹だ。
「おかえり正樹、アルバイトお疲れさま。寒かったでしょ? すぐご飯にする? それとも先にお風呂?」
厚手のコートを脱がせながら正樹に聞いてみる。
「んー、風呂湧いてるなら先に風呂入りたいかな。今日、汗かいたし」
「わかった。それじゃ着替え用意しておくね」
「ありがとう。それじゃまた後で…… っと、まだ半分残ってるけど飲む?」
そう言って正樹は手に持っていた紅茶のペットボトルをフラフラとさせた。
「ん、いいの? 飲む。そのメーカーの好き」
「全部はいらなかったんだけど、ハーフサイズのが無くてさ」
「美味しかったでしょ?」
「ああ。暁美が最近こればっかりなのもわかる気がする」
「でしょ? 変に甘すぎないのがいいんだよね。 あ、ごめんね、寒いのに引き留めて」
「いいよ、俺から振った話だし。じゃ風呂借りるなー」
正樹はそう言い残して、お風呂場へと向かっていった。
「いってらっしゃーい」
正樹を一人の男性として好きになれたら…… それは何度も思った事。
けれど、そうして正樹を見ようとすると、どうしても側にいるおじさんを余計に意識してしまう……
私と正樹は近すぎるのです……
それでも私はいつか私はおじさんを忘れて、正樹を好きになれるのかな?
お母さんと一緒にウエディングドレスを着て、おじさんと正樹の元に二人で嫁いで二組合同結婚式なんて未来があるのかな?
いつか本当にそれを願えるようになれば良いな……と思うのです。
「替えの下着、ここに置いておくよー」
下着をカゴに入れて脱衣所の磨りガラスのドア越しに裸体が透けて見える正樹に声をかけると、「わかったー」と返事が返ってくる。
お互いにこんなシチュエーションにも全然ドキドキしたりしない関係性がいつか変わるのかな……




