第07話 / R15
※※ 若干の性描写表現があります ※※
次の日、今まで実用性オンリーな綿パンツくらいしか穿いたことの無いような私が初めてシルクでレースな下着を身につけ、ネイビーカラーでウエストを同色のベルベットの前リボンで締めた膝下ワンピースに身を包み、自分が第三者なら何を年甲斐も無いと笑い飛ばしそうな程にあがりまくっていっぱいいっぱいになりながら、駅前で三十分も前から正樹さんの到着を待っている。
予定の時間になり、目を皿のようにして改札口の向こうを見つめていると正樹さんの姿が見えてきた。
彼の姿に思わず手を振ると向こうも私に気が付いたらしく、にっこりと笑いながら小さく手を振ってくれた。
でっ、デートよねこれって…… そういえば私、こういう経験も殆ど無いのよね……
そう思いながら彼を見ると、その満面の笑顔が益々キラキラして見えて頬が熱くなる。
今時、女子高生でもこうはならないんじゃないかしら……
本当に年甲斐も無い……と軽く落ち込みつつも、それ以上に嬉しさが込みあげてくるのだから本当にもうどうしようもない。
「ごめん、待たせた?」
「ううん、電車の時刻表通りでしょ? 私が早くきてただけ…… 待ちきれなくて……」
「……っ、加奈子さん……」
そう言って正樹さんが俯きながら片手で顔を覆った。
「え? どうしたの?」
「またそうやって加奈子さんは…… いいや、後でたっぷりとわかって貰うから」
「え? え?」
「いいから行こう」
「は、はい」
そうしてまず予定通り、婚約指輪を選びに宝石店へと向かう。
思いっきりな年の差カップルにもなんらひるむこと無く「お似合いな美男美女のカップルですね」と笑顔で対応してくれるプロの店員さんに、お世辞だとわかってはいても悪い気はしない。
気分良くここで購入しようと決めて、お奨めの商品をいくつか見せて貰う事にした。
沢山の素敵な指輪にうっとりとしつつも、結局、最初に見せて貰ったもの――
私は勿論、正樹さんもこれと一目惚れしたウェーブラインデザインのリングにオーソドックスなラウンドブリリアントカットのダイヤをセンターに配し、小粒のピンクダイヤをサイドに配したエンゲージリングに決めた。
そうして夢見心地な幸せな気分に包まれたまま店を出ると、正樹さんが腕時計を見た。
「まだディナーまでには少し時間があるね。どこか寄りたいところが無ければ少しこの辺りを見て歩く?」
「ここに来たのも久しぶりだから、歩いてみたいかも」
「ん、それじゃそうしようか」
そして、お互い何も言わなくてもぴったりと寄り添い自然と腕を組む……
この何とも言えない空気が幸せで心地いい。
とは言え、それでも気になることはある。
すれ違う女性達の多くが足を止めては正樹さんの容姿に顔を赤らめ、通り過ぎた私達を振り返って見ている。
そうね、彼は身長も高いし、こんなに格好いい人だもの、さぞかし目立つわよね。
こういう視線を浴びるのは覚悟していたつもりだったけれども……
彼女たちには腕を組んで歩く私達がカップルに見えているだろうか? それとも仲の良い親子にしか見えていない?
大きなウィンドウガラスに映る私達の姿を見て思い悩む自分に、少し自己嫌悪を覚えてしまう……
「加奈子さん? どうしたの?」
「ん、ごめんなさい。ちょっと歩き疲れたのかも」
そう答える私を正樹さんがじっと見つめる。
「……そっか。気がつかなくてごめん。まだ時間には余裕があるから、あそこでお茶でもしようか」
そう言って正樹さんは私の額に軽くキスを落とすと、優しく私の腰に手を回して「さ、行こうか」と、少し先に見えるコーヒーショップへと足を向けた。
彼のその行動にすっかりのぼせてしまった私は、その瞬間から周囲の状況がすっかり目に入らなくなってしまい顔を真っ赤にしたまま彼の身体に頭をこてんと倒し、その胸に抱かれるように寄り添い歩いた。
そして、その時沸き起こった周囲の女性のざわめきが私の耳に届くことは無かった。
コーヒーショップに入り、飲み物を買って窓際のカウンターに腰を下ろし一息つくと、ようやく先程までの行動が脳に届いて、すっかりといたたまれない気分になってしまった。
「私…… なんて恥ずかしい真似を……」
「そう? 可愛かったよ?」
「だから恥ずかしいのよ」
「俺は嬉しかったな。頼られてるって気分になれたし」
「ううう」
そういう風に言われてしまうと、私は文句の一つも言うことが出来なくなってしまい、所在なくキョロキョロと辺りを見回した。
そして、店の向かいにあるブライダルサロンのウィンドウに飾られているウェディングドレスが目に入る。
私がそれに一瞬目を奪われたのに気付いたのか、正樹さんもドレスを見ながら私に話しかけてきた。
「加奈子さんにはどんなドレスがいいかな。シンプルなのも可愛らしいのも似合いそうだけど…… 和装はどうする? お色直し二回はしたいよね」
「え? 結婚式するの?」
「勿論するよ。加奈子さんのドレス姿を俺に見せてよ。神父さんの前で俺の隣に立つ加奈子さんのドレス姿をずっと夢見てきたんだからさ」
「……でも」
「年の差を気にしてる? それとも…… 二度目だから?」
「………………」
「だったら尚のことする。披露宴にも沢山人を呼ぶ」
「え? どう……して?」
「加奈子さんになんら恥じることはないからだよ。だから堂々と俺達をみんなに見て貰いたい。そして加奈子さんこそが俺の愛する人なんだって、この人の生涯に相応しい男は誰でもない俺なんだってはっきりと示す」
「正樹さん……」
「でも、婚約指輪が出来上がったら、まず父さんと暁美に報告して四人だけでお祝いしたいね」
「ん、そうね。一番祝って欲しい二人だものね」
「ああ。盛大にやるのはその後だ」
そうして、四人でのお祝いはどこの店でするとかそんな事を話していたら、そろそろディナーの予約時間になってきた。
「それじゃ加奈子さん、行こうか」
「……はい」
き……緊張してきた……
ディナーが終わればその後は……
今はそれを考えないように…… そう思えば思うほど余計意識してしまう。
どうしよう……
ホテルのディナーコース料理は確かに豪華でした。
味は…… 正樹さんが喜んでいたから多分美味しかったんだと思う……
緊張で味なんて全然覚えてないけど。
そしてそのままホテルの最上階まで上がって、お部屋は素敵なスイートルーム……
なのに目に入ってくるのは、でんっとそこで存在感を放つダブルベッド。
ああああああ……
ベッドに目を奪われていると、ふわりと背後から優しく抱きしめられた。
「加奈子さん…… いいよね?」
「あ……えっと、先にシャワーを浴びたい……んだけど……」
「駄目、加奈子さんの匂いが薄れちゃう。それにずっと加奈子さんの可愛らしさにあてられてもう限界……待てない」
「えっ? あっ、あの…… 私、こんな年なのに経験が殆どなくて…… その……」
「いいから俺に任せて。加奈子さんこっちを見て」
そう言われて、身体は抱きしめられたまま動かせなかったので顔だけで振り向いて正樹さんの顔を見ると、目が合った瞬間に唇を重ねられて舌を絡め取られた。
「んっ、んんっ……」
しばらくそうして互いの唾液まで交換しあい、離れていく唇に名残惜しさを感じつつもとろんとした目で正樹さんを見つめていると、耳元に唇を寄せられ彼の甘い声で囁かれた。
「俺の全てを加奈子さんにあげる。だから加奈子さんの全てを俺に頂戴」
「…………はい、私の全部をもらってくださっ……んっ……」
私からのお願いの言葉を言い終わるか終わらないか否や、我慢しきれなかったのか正樹さんに深く口付けられて…… そのままお姫様抱っこに抱え上げられた。
「ま、まって、こんなの恥ずかしい……」
「なんで?」
「だって、もうこんなことされる年じゃ……」
「まだそんな事を言ってる。 いい? 加奈子さんは初恋の人で、ずっと想い続けていた人で、俺にとってのお姫様なの。もう二度と年の事を言わないで欲しいな」
「あの……怒ってる?」
「怒ってるさ。そんな事を言う加奈子さんにも、そんな事を加奈子さんに言わせてしまう俺にもっ!」
そう言って本気で辛そうに顔をしかめる正樹さんに、真に愛されている事を実感して全身に痺れるような感覚がはしる。
それと同時に彼への愛しさが心から溢れかえり、切なさに心が締め付けられた。
私の心が一人の女としてこの人に埋め尽くされていく…… そして、それが嬉しくてたまらない。
私はこの人と出会うために産まれてきたんだとすら思える程に……
「正樹さん……」
「……なに?」
「だいすき…… あなたがだいすきなの…… 愛して…… 私を離さないで…… もうあなたのいない未来に生きていられそうにない……から」
「加奈子……さん……」
「嫌…… さんなんていらない…… 私の事、呼び捨てで呼んで」
「…………かな……こ」
「はい」
「加奈子…… 加奈子、加奈子、加奈子っ! 加奈子はずっと俺の加奈子だ、いいな?」
「はい。正樹さんっ、あなたを愛してます。私はこれからずっとあなたのものです」
お姫様抱っこされたまま、彼の首に抱きついて互いに激しく口づけあい…… そのままベッドへと運ばれ……
……それからこういう行為は初めての筈の彼に心ゆくままに抱かれ、何度も何度も絶頂された。
彼の長年の想いをたっぷりと受け入れたお腹の中の暖かさに喜びを感じつつ、それでもかつてこんなに乱れた記憶の無い私は戸惑いを隠せない。
そしてもう一つ……
彼の腕の中に抱かれる幸せを噛み締めながらも、それでも気になって聞かずにいられない事がある。
「正樹さん、なんだか上手だった…… ひょっとして、どこかで練習でもしてた?」
流石にあれだけ私への愛を前面に押し出し続けてくれていた彼が他に女を作っていたなんて考えは無いので、風俗で練習?
心の中に、それでも嫌だという独占欲が溢れてくるのがわかる……
ああ、彼も若いんだしとか、私がずっと彼を待たせていたのだから風俗くらいとか、そういう年上の余裕なんて全然無い。
彼に心の垣根を壊されてしまった今、感情が素直に表に出てきてしまうようになってしまった。
「あ、加奈子、拗ねてる? 嬉しいな、ヤキモチ焼いてくれてるんだ」
「茶化さないで!」
「ごめん。とんでもない話を言われたからさ、つい」
「とんでもない?」
「うん、とんでもない。俺の相手は例え妄想であっても加奈子しかいない。それはもう性に興味を持ったと自覚した中学の頃からずっとだよ」
「ちょっ」
まさかのカミングアウト。
あなた、どれだけ…… これ、喜んで良い話なの?
「だから、今日のための勉強自体はその手のビデオを参考に、それをインターネットの女性の本音サイトとつき合わせながら補正していった。後はその知識をベースにしながら加奈子の反応をよく見て慎重に頑張ったんだ。嬉しいな、上手だったって言ってくれるって事は本当に気持ちよくなってくれたんだよね。これからも頑張るから期待しててよ。あ、念の為に言っておくけど、ビデオ見てもそれでは何もしてないからね。その後はしっかり加奈子の水着写真をネタにして――――」
「ストーップ」
「え、なに?」
「いい! もういいからっ! っていうか、水着写真って何よ、いつのよ」
「え? 小学校の時、みんなで海水浴に行ったでしょ? その時撮った写真だよ」
「……そんな昔の……」
「もう結構ボロボロなんだよね、来年の夏には水着写真も撮らせてよ。あ、今度はネタにするんじゃ無いよ? 本人目の前に居るのにそんな勿体ない真似はしないし、俺の加奈子コレクションに加えるんだ」
「………………降参」
「え?」
美形台無しよ? あなた。
◇ ◇
幸せそうに眠る夫を眺めながらあの頃のことを思い出し、ついくすりと笑ってしまった。
それでもそんな彼の残念な姿に愛して貰えている喜びを感じてしまって、少しホッとした事も覚えている。
「ありがとうあなた…… 私を諦めないでいてくれて……」
そして彼を起こさないよう唇にそっと口づける。
あなたがずっと諦めないでいてくれたから、この幸せがある。
だから私も諦めない。
こんな色んな意味でハイスペックな夫を持つと色々と大変だけれど。
それでもこの人と道を違えること無く一生を共に歩んでいくんだと改めて心に強く誓う。
愛してます、正樹さん。