第06話
それから夫との思い出に阻まれながらも少しずつ遺品を整理し纏めていった。
それでも正樹さんへの想いを支えにして、一番過去の思い出が刺激される写真も含め、全て返却する遺品の中へ一緒に収めていった。
夫とはお互いに両親を失った状態での結婚だったから、現在、この遺品を返せる先は夫の伯母しかいない。
そして数日後、遺品の整理も全て終わり、私は彩子伯母さんの元へと訪ねていった。
「お久しぶりです、彩子伯母さん」
「久しぶり、加奈子さん。やっと決心したのね」
「……はい」
「祐一には報告した?」
「いえ、これからです」
「そう…… 祐一も喜んでくれるわよ」
「そうでしょうか?」
「どんな形であれ、残された人が幸せになる事が愛する人を残して死んだ者にとっての幸せなのよ」
「………………はい、そうだと嬉しいです」
「でも、思い切ったわね。再婚するって言われたから、てっきり父親の方と一緒になるんだと思ったら、息子の方だなんて」
「私も自分にびっくりしました。でも、正樹さんだからこそ再婚しようって思えたんだって今は思います」
「そうだね。今の貴女はあの頃よりももっと素敵よ。だからこそ私も快くお祝いできるってもんだわ。過去は今の為に有るの……貴女は正樹君と結ばれるのが運命だったのよ。幸せになって頂戴」
「…………はい………… ありがとう……ございます」
そうして泣く私を、彩子伯母さんは優しく抱きしめてくれたのでした。
彩子伯母さんの家をお暇し、その足で祐一さんのお墓を訪ねた。
お墓の前に座り、手を合わせて祐一さんに語りかける。
「……祐一さん…… ご存じだと思いますが、私、結婚することにしました。私はあなたを失って絶望してから色々なものが見えなくなっていたと思います。あなたにも随分と心配をかけたと思います。 彼は…… 正樹さんはそんな私の心を少しずつ溶かしてくれたんです。あなたとの愛娘も彼に随分と助けられたんですよ。あなたとは全然タイプの違う人ですけれど、今の私にとってかけがえのない人になりました。あなたを失ってから今まで、娘の幸せが私の幸せの全てだと思って生きてきましたけれど、これからはまた自分自身の幸せの為にも生きていけると思います。だから安心して下さいね」
そして薬指の指輪に手をかけ、ゆっくりと引き抜いてお墓の上に置いた。
「愛してました、祐一さん。いままで………… ありがとうござ……いまし……た……」
最後に祐一さんの為にひとしきり泣いた後、私は自宅に戻り、正樹さんへと電話をかけた。
「今日、挨拶してきました」
『もういいの?』
「はい。これでもう私が本当に頼れる男の人はあなたしかいなくなりましたよ? 責任とってくださいよ?」
『喜んで責任を取らせて貰うから。改めてよろしく、愛してるよ加奈子さん」
「よろしくお願いしますね。私も愛してます、正樹さん」
『それじゃ、明日にでもそっちに帰るから、午後三時に駅前で待ち合わせね』
「自宅じゃないの?」
『そのまま、婚約指輪を選びに街に出るから』
「あ…… えっと…… いいの?」
『今更いいもなにも無いでしょ。それとも加奈子さんは嫌なの?』
「そんなことない。とっても嬉しい」
『うん。だったら明日午後三時、駅前。その後、ホテルで食事するからおしゃれして来てね』
「ほ…… ほてる? 明日?」
『うん。今ネットで確認しながら話してたんだけど…… よし、予約取れたから大丈夫だよ』
「そ、そうじゃなくて…… え? あの……」
『うん、そういう事だから、おしゃれしてきてね』
「あ…… え? あの…… え? おしゃれって…… あの……』
『それじゃ明日ね』
「あ、まっ――――て……」
ツー
切られた……
正樹さん、何を言った?
ほ…… ホテル…… ホテルで食事って…… 予約をとったって……
それって…… 彼がわざわざホテルと言った意味は、たぶんそういう事…………
うわぁー
自慢にもならないけれど、私は結婚するまで全く男性経験が無く、この年まで知っている男の人は祐一さん一人だけ。
しかもその祐一さんもすぐに事故で失って……
要するに経験値が殆ど無いレベル1の初心者も同然だったりする……
対する正樹さんも小さな頃から私一筋で、よそ見が出来るような人じゃない。
と言うことはまず間違いなく経験値0の可能性大よね。
なに? この不安な組み合わせ。
年齢的には私が導く立場なのだろうけど……
……
…………
………………
無理っ!
数少ない過去の経験を思い出そうとしたけれど、もう殆ど覚えてない……
そもそも、あの人も私が初めてだったから上手く出来てた筈も無かったし。
……ご、ごめん、正樹さん…… あなたに全てお任せしていい?
せめて…… せめてがっかりさせないように明日の午前中にデパートへおしゃれな下着を買いに行こう……