第05話
それから四年近く。
二人とも就職を決めて地元に戻ってくることになった。
暁美は家の近くにある事務器屋の店員として、正樹君は電車で三十分程の市街地にある大手企業の支店へと。
そんな二人を家族でクリスマスに祝うことにした。
暁美には正樹君と大きく進展したとは聞いていないけれど、相変わらず仲が良いのは帰省時にしっかりとわかっているのでこれからゆっくりと気持ちを育てていけば良いと思っている。
そうしてお店へと予約を入れたり、クリスマスプレゼント交換用のプレゼントを何にするか選んだりしているさなか、正樹君から電話が入ってきた。
『加奈子さん、クリスマスパーティー楽しみだね』
「そうね、来年からは暁美も正樹君も社会人だから、今年は良いところを予約してお祝いするからね」
『ありがとう、楽しみにしてる。プレゼントも期待して良い?』
「そうね。しっかり考えるわ」
『俺もしっかり考えてるから楽しみにしててね』
「毎年、正樹君の選ぶものってセンスが良いから、今年はなんだろうって楽しみにしてるわよ」
『今年は特によく考えた結果だからね』
「それは楽しみだわ」
『それじゃ、クリスマスに』
「ええ。クリスマスに会いましょうね」
◇ ◇
やられたわ……
渡された花束は、赤と白の薔薇…… そして赤い大輪の菊……
薔薇の花言葉としてこの場で選ばれるべき言葉は「愛」で間違いないだろう。
更に、赤い薔薇には「あなたを愛してます」白い薔薇には「私はあなたにふさわしい」という意味があり……
菊の花言葉としては「私を信じて下さい」
そして赤い菊には「真の愛」という意味がある……
これがあの時の私に対する正樹君の答え。
四年間、積もりに積もった想いを思い切りぶつけられてしまった。
なんでなの? どうして私なの?
そんな想いと同時に、もう駄目だ…… とも思った。
死んだ夫、年の差、子持ち、娘と一番仲の良い年頃の男の子…… 色んな思いで蓋をしてきた気持ちが溢れかえってしまった。
互いにフリーな状態で、元々好ましく想える相手にこれほどまでに一途に愛を貫かれて求め続けられ、それでも拒み続けられる程に私は強くない……
自分自身に嘘をつけなくなってしまった今、もう私の心が彼を求めて止まらない。
「何? どうしたの? お母さん」
暁美、今までずっと応援していたのに…… ごめんなさい……
「ううん。なんでもないわ」
正樹君がじっと私を見つめている。
そんな彼ににこっと微笑んで……
「ありがとう」
その花束と共に、私は彼の心を受け取った。
翌日。
「婚約指輪はいつ買いに行こうか。今週末空いてる?」
ニコニコしながら正樹君が私に話しかけてきた。
「………………」
「ん? どうしたの加奈子さん。ひょっとして後悔してる?」
「…………後悔はしてないつもりだったわ。けど……」
「けど?」
やっぱり言おう。この事を隠したまま彼と一緒にはなれない……
「暁美の事……」
「暁美? 暁美がどうしたの?」
「私、ずっとあなたと暁美のことを応援してたの。暁美にもずっと頑張れって。なのに…… 私、暁美のことを裏切った…………」
「加奈子さん?」
「ごめんなさい。やっぱり私、暁美を――――――」
「あははははは」
何? 真剣に話している私に対して、いきなり正樹君が笑い出した。
「なっ、何よ。私、こんなに真剣なのに」
「ごっ……ごめ…… あははははは」
「正樹君っ!」
「ごめん、ごめん加奈子さん。笑うつもりは無かったんだけど、つい。ごめん」
「なんなのよ、もう。私は昨日からこの事ばかり考えて眠れなかったのに」
「ごめんってば。いや、加奈子さんわかってなかったんだと思ってさ」
「え? わかってないって、何が?」
「暁美の事」
「……暁美の事? わかってないって…… どういうこと?」
「それは俺からは言えないかな。暁美には暁美の考えがあるだろうし…… でも、一つだけ言えるのは俺と暁美の間にはお互いそういう感情は無い。だから加奈子さんが悩む必要は無い。今は俺を信じて?」
「…………本当なの? その言葉を信じても良いの?」
「本当。俺の一生にかけて誓うよ。もし違ったら一生かけて二人に償う。誓約書を書いたっていい」
そして私は正樹君に抱きしめられた。
強く強く、正樹君の想いがこもった抱擁に涙が零れる。
そのまま正樹君と見つめ合い…… 初めてのキスをした。
「婚約指輪のことだけど……」
「うん?」
「もう少し待って貰ってもいいかな?」
「どうして?」
「先に、夫の遺品を整理しておきたいから……」
そう言って左手の薬指に嵌まっている指輪に目を落とした。
「……そう……だね。うん。なら、待ってる」
「ごめんなさい……」
「いや、加奈子さんにとって必要なことなんだよね」
「ええ……」
「なら、俺も大学卒業準備や入社前カリキュラムをこなしながら待ってるよ。それに、これから時間はいっぱいあるから焦らずに整理して」
「うん、ありがとう。大好きよ、正樹さん。愛してるわ」
そう言うと、正樹さんは真っ赤な顔をして両手で顔を覆った。
「………………うあ……加奈子さん、それ反則だよ」
「ふふっ。ずっとやられっぱなしだったからね」
「くそっ、俺だって誰よりも愛してるよっ!」
そう言って、再び私は正樹さんに抱きしめられ、長い長いキスをかわしたのだった。